2015年03月12日
怒りは、心がいっぱいいっぱいな自分への叫び。拗ねる心を手放そう。
相手が自閉症スペクトラムであるとか関係なしに、
わかってもらいたいときに、自分の主張が理解されないなんて
ことがあると、公私問わず、「怒り」と言う感情が浮上してきます。
この「怒り」とは一体どういうことなのでしょう。
怒りやすい短気な人から、そうでない人まで
いろんなタイプがいるでしょうが、怒りという感情は
人間は持ち合わせているものです。
心理学的に言うと怒りの裏側には隠された感情が
あると言います。
「わかってくれない」
「愛してくれない」
「助けてくれない」
「称賛してくれない」
怒ってしまうことって、誰にでもあることですが、
怒ってしまった後に、自分は何に怒りが向いている
のか確認することは、今後の怒りのコントロールを
していく上でよい訓練となります。
これらの感情、まとめて言うならば、
「自分が思ったとおりに相手をコントロール出来ない」
「自分が期待していた反応と違う事に対する不満」
と思うときにより怒りが出てきてしまうのだろうと思います。
アスペ嫁みたいに、ただでさえコミュニケーションが
取れない人と生活をしていると、「怒り」が募らない日
の方が珍しいのかもしれません。
どうしても「怒る」という感情を先に出してしまいがちですが、
怒ったことで実は良い事なんてあまりないんですよね。
自分は、より一層イライラしてくるし、周りの雰囲気まで
悪化させてしまったり。
ただ、怒るのを我慢すれば良いということではないです。
我慢はその怒りエネルギーを自分の体のどこかへ蓄積
されていきますので、いつかは爆発します。
じゃあどうすれば良いかと言えば、
我慢でなく、結果的には、「許す」ということが必要になります。
「自分だったら、絶対こう行動する」
「自分だったら、こう思う」
「自分だったら、これ以外考えられない」
こういった自動思考で頭が固定化されている
ことから、受け止めるという選択肢は生まれません。
「わかってくれない相手が悪い」
「動いてくれない相手が悪い」
「考えてくれない相手が悪い」
と、無意識領域で責任転嫁することになります。
⇒明日のあなたへ 愛するとは許すこと
自分は間違っていないという選択肢しか持ち合わせて
いない場合は、小さい頃から守ってきた自分を守るために
も、自己防衛の意味でも受け入れられない部分は、
相手に責任転嫁する傾向があります。
怒りは、SOSのサインなのです。
自分自身が今いっぱいいっぱいですよ!という
叫びなのだと思います。
幸せなときに、怒りまくる人はいないですよね。
余裕があるときに、怒りまくる人もいないですよね。
SOSが出ているのに、同じ怒りを続けていくと
体や心を自分自身で傷つけていくことになりますので、
決して良いこととはいえません。
まず、そういうことが自分の無意識領域で
行われていると言うことを理解することが必要です。
アダルトチルドレンの症状が重ければ重いほど、
無意識下で、相手からの称賛を求めます。
自分が思ったような反応が返ってこないと不安なのです。
自分の居場所が見つけられなくなってしまいますので。
依存度合いが高い相手であればあるほど、
その怒りも大きくなる傾向があるようです。
でも、全てが自分の考えている基準と同じ反応
をしてもらうなんて言うことは、冷静に考えれば
無理だと言うことがわかります。
どんなに共感できる人同士でも、
考えていることは1人1人違うからです。
ある心理学の本では、そういう怒りを、
「拗ねている」表現を使っていました。
私は、これを見たときドキッとしてしまいました。
大人である自分が拗ねてなんかいやしない。
そう思っていたからです。
でも、ちっとも大人になっていないのは自分自身でも
あったわけです。拗ねていることを認めたくなかった
部分が多かったのですが、結果的に拗ねて
ふて腐れている「怒り」の感情が多分に含まれていたのです。
「わかってくれないから、拗ねて怒っている」
「愛してくれないから、拗ねて怒っている」
「助けてくれないから、拗ねて怒っている」
「称賛してくれないから、拗ねて怒っている」
私は、まさにこの気持ちで埋め尽くされていました。
怒りは、感情の蓋とも呼ばれているそうです。
自分で蓋を閉めてしまった感情は、自分の思うような
謝罪や反応で相手が受け入れてくれないと、
曲がったへそが元に戻りません。
アスペ嫁相手に今まで何十年もこういったことを
してきた自分がいますが、結果何も生まれないんです。
怒り続けていて、幸せなんて訪れませんし、感じることも
出来ないと思います。
自分のその「怒り」が非生産的な行動だと自分で
理解できるようになると、少しは心が穏やかになるかも
しれませんね^^
まずは、相手でなく己を知り、己に克つ事からはじめたいです。
わかってもらいたいときに、自分の主張が理解されないなんて
ことがあると、公私問わず、「怒り」と言う感情が浮上してきます。
この「怒り」とは一体どういうことなのでしょう。
怒りやすい短気な人から、そうでない人まで
いろんなタイプがいるでしょうが、怒りという感情は
人間は持ち合わせているものです。
心理学的に言うと怒りの裏側には隠された感情が
あると言います。
「わかってくれない」
「愛してくれない」
「助けてくれない」
「称賛してくれない」
怒ってしまうことって、誰にでもあることですが、
怒ってしまった後に、自分は何に怒りが向いている
のか確認することは、今後の怒りのコントロールを
していく上でよい訓練となります。
これらの感情、まとめて言うならば、
「自分が思ったとおりに相手をコントロール出来ない」
「自分が期待していた反応と違う事に対する不満」
と思うときにより怒りが出てきてしまうのだろうと思います。
アスペ嫁みたいに、ただでさえコミュニケーションが
取れない人と生活をしていると、「怒り」が募らない日
の方が珍しいのかもしれません。
どうしても「怒る」という感情を先に出してしまいがちですが、
怒ったことで実は良い事なんてあまりないんですよね。
自分は、より一層イライラしてくるし、周りの雰囲気まで
悪化させてしまったり。
ただ、怒るのを我慢すれば良いということではないです。
我慢はその怒りエネルギーを自分の体のどこかへ蓄積
されていきますので、いつかは爆発します。
じゃあどうすれば良いかと言えば、
我慢でなく、結果的には、「許す」ということが必要になります。
「自分だったら、絶対こう行動する」
「自分だったら、こう思う」
「自分だったら、これ以外考えられない」
こういった自動思考で頭が固定化されている
ことから、受け止めるという選択肢は生まれません。
「わかってくれない相手が悪い」
「動いてくれない相手が悪い」
「考えてくれない相手が悪い」
と、無意識領域で責任転嫁することになります。
⇒明日のあなたへ 愛するとは許すこと
自分は間違っていないという選択肢しか持ち合わせて
いない場合は、小さい頃から守ってきた自分を守るために
も、自己防衛の意味でも受け入れられない部分は、
相手に責任転嫁する傾向があります。
怒りは、SOSのサインなのです。
自分自身が今いっぱいいっぱいですよ!という
叫びなのだと思います。
幸せなときに、怒りまくる人はいないですよね。
余裕があるときに、怒りまくる人もいないですよね。
SOSが出ているのに、同じ怒りを続けていくと
体や心を自分自身で傷つけていくことになりますので、
決して良いこととはいえません。
まず、そういうことが自分の無意識領域で
行われていると言うことを理解することが必要です。
アダルトチルドレンの症状が重ければ重いほど、
無意識下で、相手からの称賛を求めます。
自分が思ったような反応が返ってこないと不安なのです。
自分の居場所が見つけられなくなってしまいますので。
依存度合いが高い相手であればあるほど、
その怒りも大きくなる傾向があるようです。
でも、全てが自分の考えている基準と同じ反応
をしてもらうなんて言うことは、冷静に考えれば
無理だと言うことがわかります。
どんなに共感できる人同士でも、
考えていることは1人1人違うからです。
ある心理学の本では、そういう怒りを、
「拗ねている」表現を使っていました。
私は、これを見たときドキッとしてしまいました。
大人である自分が拗ねてなんかいやしない。
そう思っていたからです。
でも、ちっとも大人になっていないのは自分自身でも
あったわけです。拗ねていることを認めたくなかった
部分が多かったのですが、結果的に拗ねて
ふて腐れている「怒り」の感情が多分に含まれていたのです。
「わかってくれないから、拗ねて怒っている」
「愛してくれないから、拗ねて怒っている」
「助けてくれないから、拗ねて怒っている」
「称賛してくれないから、拗ねて怒っている」
私は、まさにこの気持ちで埋め尽くされていました。
怒りは、感情の蓋とも呼ばれているそうです。
自分で蓋を閉めてしまった感情は、自分の思うような
謝罪や反応で相手が受け入れてくれないと、
曲がったへそが元に戻りません。
アスペ嫁相手に今まで何十年もこういったことを
してきた自分がいますが、結果何も生まれないんです。
怒り続けていて、幸せなんて訪れませんし、感じることも
出来ないと思います。
自分のその「怒り」が非生産的な行動だと自分で
理解できるようになると、少しは心が穏やかになるかも
しれませんね^^
まずは、相手でなく己を知り、己に克つ事からはじめたいです。
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いつもコメント感謝致します!
怒りや、受け止めるというのはわかっていても
難しい問題ですね。
ただ、幸せで、楽しく、元気に生活していくのには、
怒ると言う感情は、本来必要ないのでしょうね。
私自身、まだまだ道半ばですが、あまり自分が
嫁を何とか常識人にしようという試みは相当
減ってきました。良い意味です。
どうしても自分の怒りが納まらなくて仕方ない。
毎日が怒りにまみれた生活になるのであれば、
その時は、離婚しようと割り切ったからかも
しれません。
今までは、離婚するなんて後ろ向きなことを
考えれば、世間からの目線や、当然子供たち
への影響を考えたら避けるべきだし、そんな
みっともないこと自分は出来ないとも思って
ましたが、結局したくない理由って、嫁を
大切な気持ちもありますが、半分以上は周りの
目線が気になっているんです。
非常識なやつだと、自分もセットで見られてしまいます
からね^^
最近は、最悪はそれでも仕方ないなぁと^^
もちろん良い方向で転がっていて欲しいですけどね。
なんで私ばっかり、なんで私だけ…と。
アスペのパートナーほど報われない立場はありませんね。
感情がある分、DVのパートナーの方がマシだと思ってしまいます。
加害者であるアスペ本人が何も理解しないせいで、我慢できなくなって怒ってしまう私が全ての元凶と捉えられてしまうのだけは納得いきません(苦笑)
さ、ストレスの根源である彼女との再会まであと9日。覚悟をしときます(笑)