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2024年04月27日
【短編小説】『銀の静寂都市』(1話完結)
【未来を断ち切る銀の声】
<東洋の国、とある街>
この街は、若い人が子育てしやすく、
親子ともに生きやすい環境を目指していました。
その取り組みの一環として、
新しい保育園を建てる計画を進めていました。
小さい子どものいる夫婦たちは、
保育園ができることを喜んでいました。
ところが…。
「保育園の建設反対!」
「子どもの声がうるさい!」
「トラブルなんてごめんだ!」
「せっかく静かな地域に家を買ったのに!」
地域住民の反対多数により、
保育園の建設は見送られてしまいました…。
ーー
とある駅で、
ベビーカーを引いた夫婦が
電車を待っていました。
電車がやって来ましたが、
車内は混んでいました。
夫婦はベビーカーをたたんで、
子どもを抱っこしようとしました。
子どもは慣れない電車の音に驚き、
泣きそうになりました。
夫婦は仕方なく
ベビーカーをたたまずに乗車しました。
夫婦はベビーカー用のスペースへ
移動できましたが、
ヒソヒソ…。
「ベビーカーをたたまずに乗車なんてね。」
「混雑しているのに非常識な親ねぇ…。」
「どういう躾で育ったの?」
どこからか、
夫婦を非難する声が聞こえてきました。
夫婦はまるで
子どもがいることが罪のように感じました…。
子どもは気まずい空気をいち早く察して
泣き出しました。
すると…。
「チッ…!うるさいな…!」
「子どもを静かにさせることもできんのか…!」
イライラを隠せない乗客から、
舌打ちや罵声が聞こえてきました…。
その様子を見ていた若い乗客の何人かは、
こう思いました。
「子どもがいたら、こんなにセケンサマから叩かれるのか?」
「こんなにイヤな思いをするなら、子どもはいらないや。」
ーー
この国では、結婚するときは
どちらかが苗字を変える必要がありました。
多くの場合、女性が苗字を変えました。
国民の「選択的夫婦別姓」の声は
どんどん大きくなりました。
政治の現場では
何度も議論が巻き起こりましたが、
そのたびに…。
「妻は夫の家に入るものだ!」
「夫婦別姓なんてけしからん!」
「同じ苗字を名乗ってこそ家族の絆があーだこーだ!」
という大物政治家たちの声が大きく、
なかなか認められませんでした…。
とある大物政治家は、
誰も見ていないところでつぶやきました。
(そんな法案が通ってみろ…。)
(俺たちがすがりつく男性優位の家父長制が崩れる…。)
(俺は支配者である自分しか肯定できない臆病者だ…。)
(俺の優位を脅かす法案は何としてでも阻止せねば…。)
こうした面倒や不平等感が、
結婚のハードルを少しだけ上げたとか、
上げなかったとか…。
ーーーーー
<数十年後>
欧州のとある国に、
旅行好きな若い夫婦がいました。
2人は都会の喧騒を離れ、
静かな国でのんびりしたいと思いました。
そこで、夫婦は
なじみのツアーガイドさんへ
今回の旅行先を相談しました。
すると、ツアーガイドさんは2人に
東洋のとある国を勧めました。
その国は世界有数の経済大国で、
治安が良い上に「大都会」でした。
夫婦
『大都会なら騒がしいんじゃないですか?』
ツアーガイド
『それがですね…。』
『びっくりするくらい静かなんですよ!』
『こんな国、他に見当たりませんよ。』
夫婦
『へぇ…騒音対策に力を入れているんですか?』
ツアーガイド
『どうですかね?』
『穏やかな人が多いんでしょうか?』
『この前ツアーで行きましたが、皆さんいい人でしたよ。』
夫婦
『都会なのに静かなんて初めて。』
『ぜひ行ってみたいです。』
こうして、
夫婦は東洋のとある国へ旅立ちました。
ーー
<東洋のとある国>
夫婦
『すごい…本当に大都会…!』
とある国は、本当に静かな大都会でした。
街中はきれいで人通りも多いのに、
騒がしいネオンや広告は見当たりません。
まるで森林にたたずんでいるような
錯覚を覚えるほどでした。
ただ、
夫婦には1つ気になることがありました。
夫婦
『若い人や子どもが見当たらない…。』
道行く人のほとんどが
観光客かご年配の人たちで、
若い人はいませんでした。
観光客でない子どもの姿は
まったく目にしませんでした。
夫婦
『…たまたまだよね。』
『これだけ発展している国だもん。』
『子どもはたくさんいるはず。』
夫婦は観光スポットだけでなく、
その国の日常を見て回るのも好きでした。
2人は地元住民の生活を体験するため、
ローカルバスに乗り、住宅街を歩きました。
すれ違う人たちはみな穏やかで、
2人に気持ちよく挨拶してくれました。
夫婦は住宅街の公園でひと休みしました。
夫婦
『ツアーガイドさんの言う通りね。』
『とても静かで、のんびりできるね。』
『この国の人は、とても幸せなんでしょう。』
くつろぐ夫婦に、
通りすがりの老人が話しかけてきました。
老人
『こんにちは。』
『お2人は観光でいらしたんですか?』
夫婦
『そうです。』
老人
『ようこそ。』
夫婦
『ありがとう。』
『この国は素晴らしいですね。』
『大都会なのに、静かで、穏やかで。』
老人
『そうですか。』
『気に入ってくれて何よりです。』
夫婦
『1つ不思議なことがあって。』
『聞いてもいいですか?』
老人
『何でしょう?』
夫婦
『子どもの姿を見かけないんです。』
『私たちがこの国に来てから1度も。』
『公園を元気に走り回る子どもの姿も…。』
老人
『子ども…ですか…。』
にこやかだった老人の目が、
とたんに寂しそうになりました。
夫婦
『空港や観光スポットの託児施設も…。』
『すべて観光客向けでした。』
老人
『そうでしょうとも…。』
夫婦
『この国の子どもたちはどうしているんですか?』
老人
『子どもはもう…この国にはいませんよ…。』
夫婦
『…え?!』
老人
『国民向けの託児所なんて…。』
『もう不要なんですよ…。』
夫婦
『…本当に1人もいないんですか?』
老人
『ええ…この国の出生率はゼロです。』
『とっくの昔からね。』
夫婦
『そんな…どうして…?』
老人
『誰も子どもをほしがらなくなったんです。』
『この国は静かでしょう?誰も騒がない。』
「いえ…。』
『騒ぐ元気のある国民がもういないから。』
老人はそこまで言うと、
言葉に詰まり、空を見上げました。
まるで過去の自分の振る舞いを
思い出しているようでした。
かつての自分や周りの大人たちの声が、
彼の頭の中で再生されました。
(保育園建設?反対!)
(子どもの声がうるさい!)
(チッ!電車内ではベビーカーをたためよ…!)
(子どもを静かにさせることもできんのか…!)
(夫婦別姓?男女平等?けしからん!)
(俺の優位性の確保だけが至上命題だ!)
夫婦
『じゃあ…この国の人たちは…。』
老人
『100年後には絶滅しているでしょう。』
『何しろ、次世代の国民はもう生まれませんから。』
『”銀の世代”がいなくなったら、それでおしまいです…。』
夫婦
『どうして…?』
『どうして誰も子どもをほしがらなくなったんですか?』
夫婦の問いに、老人は小声でつぶやきました。
老人
『………。』
『…他人を叩いたり…八つ当たりしたり…。』
『若い人や子どもが生きづらい社会にしてしまった…。』
夫婦
『え?今なんて…?』
老人
『ああ失礼、どうしてでしょうね。』
『きっと私たちは、ほんの少し余裕がなくて…。』
『ほんの少し…他人に不寛容だっただけ…。』
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『枯草の収容所』(1話完結)
『将来という虚構』(1話完結)
⇒参考書籍
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2024年04月25日
【短編小説】『首輪の神』(1話完結)
【本当にお客様は神様ですか?】
<夜22時頃、とあるバー>
神
「すみませーん、お酒まだー?」
スタッフ
『申し訳ございません!』
『ただいまお持ちします!』
神
「急いでねー。」
「まったく…ここはお酒の提供が遅い。」
「スタッフの愛想も良くない。」
「会社の近くだからよく来るが。」
店内は満席に近づいていました。
神
「肴でも頼むか。」
「ん?お気に入りのメニューが品切れ?」
スタッフ
『大変お待たせしました!』
神
「このメニュー、今日はないの?」
スタッフ
『はい、先週から食材の仕入れが難しくなって…。』
『原産国の治安が悪くなったとかで。』
神
「ああ、ニュースでやってたアレね。」
「それでも客のニーズには応えてほしい。」
「あなた方はプロなんだから。」
スタッフ
『申し訳ございません…。』
こうして、このバーでは
割高な食材でも買わざるを得なくなりました。
お酒や料理の値段が上がると、
今度は神様から「値段が高い」との
お𠮟りを受けました…。
ーー
<とあるスーパー>
店長
『今までの営業時間は9時から22時でしたが…。』
『来月から24時間営業になります。』
スタッフ
『どうしてですか?!』
店長
『お客様のライフスタイルの多様化です。』
『早朝や深夜にもニーズが出てきました。』
『他の店にお客様を取られてしまうので。』
スタッフ
『それなら…仕方ないですね…。』
店長
『お客様は神様ですから…。』
こうして、このスーパーに
夜勤や早朝シフトが導入されました。
これにより、
生活が昼夜逆転する人や、
人手不足で休日出勤する人が続出しました。
スタッフの勤務時間もサービス残業も
増える一方でした…。
ーー
<とある配送センター>
センター長
『来月から土日も配達します。』
『365日、休まず稼働します。』
スタッフ
『どうしてですか?!』
センター長
『お客様からの要望です。』
『即日配達と細かい時間指定に応えるためです。』
『そうしないと我が社は切られてしまいます…。』
『安くて良いサービスはいくらでもあるので。』
スタッフ
『それなら…仕方ないですね…。』
センター長
『お客様は神様ですから…。』
こうして、この配送センターは
365日、休まず配達するようになりました。
スタッフは連休が取りにくくなり、
趣味や家族サービスの時間がなくなりました。
神様は配達時間が少しでもズレると、
ネットに低評価のレビューを書き込みました。
配送スタッフたちは、
幾度ものサービスの品質の点検に
仕事の時間を取られるようになりました…。
ーー
神様たちのこうした労働のおかげで、
世の中はとても便利になりました。
安くて高品質のモノが
いつでも手に入るようになりました。
神様たちは、いつしか
「それが当たり前」だと
思い込むようになりました。
神様からお店へのサービスの要求レベルは
上がり続けました。
お店にはやらなくてもいい仕事が増え、
サービス残業が増えました。
スタッフのワークライフバランスは
どんどん崩れていきました。
政府は懸命に「働き方改革」を叫びました。
けれど、神様たちの過剰なサービス要求は、
改革を許してくれませんでした…。
ーー
<とある会社>
神
「22時…ようやく仕事が一段落ついた…。」
「今日は4時間の残業か…ま、早い方だ。」
神様は連日の残業でくたくたでした。
神
「どうしてウチの会社はこんなに仕事が多いんだ?」
「定時に終わるわけないだろう?」
「取引先からの要求が細かすぎる。」
「納期も時間指定もサービスの品質も。」
「だが、あちらの都合に合わせないと取引を切られる…。」
神様は疲れた身体を引きずり、
繫華街へ向かいました。
神
「どいつもこいつも…。」
「どうして完璧なサービスを求めるんだよ!」
「ハァ…一杯飲んで帰るか…。」
神様はため息をつきながら、
とあるバーへ入りました。
神
「すみませーん、お酒まだー?」
スタッフ
『申し訳ございません!』
『ただいまお持ちします!』
神
「急いでねー。」
「まったく…ここはお酒の提供が遅い。」
⇒冒頭へ戻る
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『銀の静寂都市』1話完結
『将来という虚構』1話完結
⇒参考書籍
リンク
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2024年04月23日
【短編小説】『ママ、桜咲いたよ。』(1話完結)
⇒過去作品『スマホさん、ママをよろしくね。』からの続き
<登場人物>
・影山 慈玖(かげやま いつく)
主人公、8歳の少女
・影山 夕理(かげやま ゆり)
慈玖の母親
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【ママと歩いた桜道】
わたし、影山 慈玖。
今はお空に住んでいるの。
天使さんたちは、
わたしにとっても優しくしてくれるよ。
わたし、8歳のときに
せかいから消えたの。
どうしてって?
わたしのママは
スマホばかり抱っこしていて、
わたしは「いない子」だったから。
ママがわたしを見てくれなくて
「悲しい」って思うたびに、
からだが透明になっていったの。
わたし、ママのイイコになれなかったから、
スマホさんにママのことをお願いしたの。
「スマホさん、ママをよろしくね。」って。
わたし、
まだお空の下のせかいにいたとき、
ママと桜を見たかったの。
ママは1回だけ、わたしを
桜の並木道に連れて行ってくれたの。
慈玖
「ママ!見て見て!」
「桜、咲いたよ!」
わたしは嬉しくて
ママにそう言ったけど、
ママはやっぱり
歩きながらスマホを見ていたの。
慈玖
「ママ、桜咲いたよ。」
「きれいだね!」
夕理
『ええ、きれいね。』
わたし、1度でいいから
ママとそんなお話がしたかったの…。
せっかく
きれいな桜の下を歩けたのに、
わたしは何も言えなくなっちゃった。
わたし、泣きそうになったけど、
ママが『泣かないでよ』って言うから
ガマンしたの…。
それが、わたしが消える前の心残り。
ーー
わたし、お空にいるから歳をとらないの。
わたしの中身は8歳だけど、
天使さんにたのんで
背を伸ばしてもらったの。
いまのわたし、見た目は18歳だよ。
大人でしょ?
わたし、大人になれば
ママのイイコに近づけるかなって思ったの。
そしたら、ママは今度こそ
あの桜の道を一緒に歩いてくれるかな?
わたし、消える前は子どもだったから、
ママがかまってくれなかったのかな?
わたしが大人になれば、
ママはわたしを見てくれるかな?
ママのことは
スマホさんにまかせたはずなのにね。
やっぱり、あきらめ切れないの。
たった1人のママだもん。
わたし、
せかいから消えたときに
みんなから忘れられちゃったの。
むかし駅でぶつかっちゃったお兄さんは、
今でもわたしを思い出してくれるの。
お兄さんは
わたしとぶつかったことがきっかけで、
歩きスマホをやめたんだって。
わたし、消えるときに
お兄さんの夢の中に遊びに行ったの。
「誰かを困らせたり悲しませたりしないでね?」
って伝えたかったから。
お兄さんは夢の中でわたしに
『ありがとう』って言ってくれたの。
けれど、お兄さんは
わたしの名前を忘れていたの。
ママがわたしより
スマホさんを大事にしていたから、
他の人がわたしを忘れるのも無理ないよね。
ーー
わたし、
大人の姿になったから
ママに気づいてもらえるかな?
そう思って
お空の下のせかいへ行ったの。
ママはおしごとに行くときに
あの桜の道を歩いていたの。
だからわたし、
ママがおしごとに行くときに
並んで歩いてみることにしたの。
春風がふわっとしていて、
優しい気持ちになれたよ。
慈玖
「ねぇママ、見て見て。」
「桜、咲いたよ。」
夕理
『…。』
スタスタ
慈玖
「ママ、わたしが見える?」
「わたしのこと覚えてる?」
「わたし、慈玖。」
「ママの子どもだよ?」
夕理
『…。』
慈玖
「ママ、手…にぎってもいい?」
ぎゅ
夕理
『…?何かが手に触れて…。』
クルッ
夕理
『誰もいない。気のせいか…。』
慈玖
「ママ?気のせいじゃないよ?」
「思い出して?慈玖だよ?」
夕理
『…春になると変な夢を見るのよね。』
『私に娘がいて、この道を一緒に歩く夢。』
『それも10年間ずっと。』
慈玖
「ママ…夢じゃないよ?」
「ママにはちゃんと…。」
夕理
『私には子どもがいないのにね。』
スタスタ
…やっぱりそうだよね。
ママに忘れられたわたしは、
もうこのせかいの存在じゃないから。
天使さんにムリを言って
大人の姿にしてもらったけど、
やっぱりスマホさんには敵わなかったよ。
ポロ、ポロ
ママ、もう行っちゃったし、
泣いてもいいよね。
泣いたら
ママのイイコじゃなくなるけど、
少しくらい、いいよね。
ぎゅ
ママの手、あったかかったなぁ。
たとえママが
わたしだって気づかなくてもいいの。
あのときママの手をにぎったのは、
たしかにわたしだから。
ポロ、ポロ
いけない、お洋服が濡れちゃった。
ママ…じゃなくて
天使さんに𠮟られるかな?
わたし、
お空に帰ったらお洗濯するよ…。
だから、
いまはもう少しこのまま
泣かせてほしいの…。
ーー
わたし、春がくるたびに、
お空の下のせかいに遊びにいくよ。
18歳のわたしの姿で、
ママと歩きたかった桜の道を歩くよ。
いつかママが
わたしを思い出してくれる?
そんなはずないけど、
せめてママと一緒に歩きたいの。
それでね、わたし、
ママに届かなくても言うよ。
ママがこたえてくれなくても、
何度も、何度も言うよ。
「ママ、桜咲いたよ。」って。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『スマホさん、ママをよろしくね。』全4話
『モノクローム保育園』全5話
『雪の音色に包まれて』全4話
2024年04月20日
【短編小説】『鳥カゴを打ち破って』4 -最終話-
⇒【第3話:私自身の意志で】からの続き
<登場人物>
・山口 光夢(やまぐち みむ)
♀主人公、大学1年生
親の意向で地元の大学へ進学していた
・宮野 明輝(みやの あき)
♀光夢の幼馴染
・終夜 彩雪(しゅうや あゆき)
♂大学1年生
地元の北国を離れ、遠い西方の大学へ進学してきた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:鳥カゴを打ち破って】
女バスの宅飲みが始まってしばらく経った。
みんなすっかり出来上がっていた。
明輝
『親の説得、大変だったでしょ〜?』
光夢
「うん、けど私…。」
「明輝がくれたチャンスを逃したくないの。」
明輝
『そこまで終夜くんのことが好きなんだ〜。』
『練習で最初にバテる彼がねぇ。』
光夢
「そんなことないよ!」
「最近はみんなよりたくさん走ってる!」
明輝
『さすが〜よく見てらっしゃる〜(笑)』
光夢
「うぅ…///(照)」
明輝
『光夢、覚悟しな〜。』
光夢
「え?」
明輝
『終夜くん、もうすぐ着くってさ〜。』
光夢
「いつの間に呼んだの?!」
明輝は早くから出来上がっていたのに、
きっちり仕事をこなしていた。
さすが1年生ながら
スタメンを張る幼馴染だ。
ピンポーン、ガチャ
彩雪
『こんばんは。』
明輝
『よぉ終夜〜待ってたわ〜。』
ドキッ
ついに終夜くん…彩雪くんが来た。
彩雪くんは
「なぜ自分が呼ばれた?」という顔をしていた。
軽い雑談が続いてしばらくすると、
明輝
『あ〜お酒切れちゃった〜。』
光夢
「あれ?買い置きがまだ…むぐ!」
明輝は私の口を塞ぎながら、
明輝
『終夜、悪いけど買い出し頼んでいい〜?』
『私らのおごりだから〜。』
彩雪
『いいよ。そのために呼んだの?』
明輝
『まーまー、行けばわかるから〜。』
『光夢も付き添いよろしく〜。』
光夢
「わ、私…?」
これが、明輝が言った
「いい感じに2人きりにする作戦」?
動揺する私に、
明輝はうつろな視線を向けた。
明輝
(あとはがんばりな!)
私は明輝からのエールを受け取り、
覚悟を決めた。
光夢
「そ、それじゃ終夜くん、買い出し行こ?」
彩雪
『うん。』
私と彩雪くんは
2人で明輝のアパートを出た。
アパートの周囲には水田が広がっていた。
沢の水音が響き、蛍が飛び交っていた。
私と彩雪くんは
近くのスーパーで買い出しを済ませ、
無言で水田のあぜ道を歩いた。
光夢、ここだよ!
ここで勇気を見せて!
光夢
「あの、あのね…?」
「今日は来てくれてありがと!」
彩雪
『こちらこそ。』
光夢
「終夜くん、いつも練習すごく頑張ってるよね。」
彩雪
『玄関で休んでばかりだけどね。』
光夢
「そんなことないよ!」
「最近はダウンしてないし、誰より走れてるよ!」
彩雪
『ようやくこっちの暑さに慣れてきたよ。』
『なんでそれを知ってるの?』
光夢
「実はずっと男バスの練習を見てて…。」
「終夜くんの頑張ってる姿が…。」
「か、かっこいいなって思ったの!!」
彩雪
『はは、ありがと。かっこいいのかな?』
光夢
「かっこいいの!」
「それでね…もっとお話してみたくて…。」
「彩雪くんって呼んでもいい?///(照)」
彩雪
『うん、僕も光夢さんって呼んでいいかな?』
光夢
「もちろん!嬉しい!」
「彩雪くんよろしくね!」
私と彩雪くんとの距離は、
明輝のアパートを出たときより
近くなっていた。
私にとって1番大切なものは、
親の鳥カゴなんかじゃない。
初めてできた好きな人に、
私の気持ちを伝えること。
それが私の「大学デビュー」
ーーーーーENDーーーーー
⇒【短編小説】『白だしうどんは涙色』へ続く
2024年04月19日
【短編小説】『鳥カゴを打ち破って』3
⇒【第2話:1番ヘタでかっこいい人】からの続き
<登場人物>
・山口 光夢(やまぐち みむ)
♀主人公、大学1年生
親の意向で地元の大学へ進学していた
・宮野 明輝(みやの あき)
♀光夢の幼馴染
・終夜 彩雪(しゅうや あゆき)
♂大学1年生
地元の北国を離れ、遠い西方の大学へ進学してきた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:私自身の意志で】
終夜くんは、
見知らぬ土地での新生活を選んだ。
彼は慣れない気候と環境で
実力差を見せつけられても、
折れずに立ち上がってきた。
「自らの意志」で。
私の家族はとても仲がいいって
ずっと思っていた。
本当は、私は両親の「鳥カゴ」に
閉じ込められていただけ。
私には、
自分の意志で決めてきたものが
ほとんどなかった。
将来の目標も、交友関係も、進学先も。
私はまるで「親のお人形」だ…。
私は終夜くんと
もっと仲良くなりたいと思った。
どうすればいい?
門限は19時。
バスケ部の練習を終えたら、
すぐに大学を出発しないと間に合わない。
日中は?
終夜くんと私は学部が違うけど、
昼休みなら会えるかな?
そんなことを考えていたある日、
明輝
『女バス1年生で宅飲みするよ!』
『光夢もおいで!』
私は初めて宅飲みに誘われた。
みんな私の門限を知っていたから、
気を使って誘わないようにしていた。
光夢
「私が行ってもいいの?時間は?」
明輝
『20時から(汗)』
『何とか親に許可取ってくれない?』
『私も説得に行くから。』
明輝と私は家族ぐるみの付き合いで、
私の両親のことをよく知っていた。
明輝はそれを承知で私を誘ってくれた上、
私の親の説得まで買って出た。
光夢
(20時…お父さんとお母さん怒るよね…。)
(いいえ、明輝がここまでしてくれたから…。)
明輝
『みんな知ってるよ。』
『光夢が終夜くんのこと気になってるって。』
光夢
「みんなも?!///(照)」
「なんでバレて…。」
明輝
『光夢を見てればわかるよ。』
『あんなに彼に釘付けなんだから。』
光夢
「〜///(照)」
明輝
『あんたらをくっつける作戦会議を行います!』
『それも兼ねての宅飲み!』
光夢
「明輝…ありがと…(涙)」
「私、親の説得がんばる!」
明輝
『よく言った!』
光夢
「それでね…1つお願いがあるの。」
明輝
『何?』
私は勇気を出して、
幼馴染に無茶を言ってみた。
光夢
「その宅飲みに終夜くんを呼んでもらえる…?」
すると、明輝はまるで
私がそう言うのを待っていたかのように、
明輝
『任せとき!!』
『いい感じに2人きりにさせるから。』
『あとは上手くやりなよ!』
バシッ!
明輝は私の背中を思いきり叩いた。
ーー
私は必死で親に頼み込んで、
宅飲みの日の外泊許可を取った。
1人でやるって言ったのに、
明輝も説得に加わってくれた。
『まさか男と遊ぶのか?』と疑われた。
何度も女バスで宅飲みと説明した。
半分ウソな気がして、罪悪感を覚えた。
それでも、今回ばかりは
引き下がるわけにはいかなかった。
これは私の「大学デビュー」だから。
何のデビュー?
親のいいなりから脱すること。
好きな人への私の気持ちに正直になること。
初めて「私の意志で」何かをすること。
私は今こそ、
家族という鳥カゴを打ち破るんだ!
⇒【第4話(最終話):鳥カゴを打ち破って】へ続く
2024年04月18日
【短編小説】『鳥カゴを打ち破って』2
⇒【第1話:仲の良い家族】からの続き
<登場人物>
・山口 光夢(やまぐち みむ)
♀主人公、大学1年生
親の意向で地元の大学へ進学していた
・宮野 明輝(みやの あき)
♀光夢の幼馴染
・終夜 彩雪(しゅうや あゆき)
♂大学1年生
地元の北国を離れ、遠い西方の大学へ進学してきた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:1番ヘタでかっこいい人】
明輝
『男バス…今日もあの子だけバテてるね。』
『1年生の…終夜 彩雪くんだっけ?』
女子部員
『確かに男バスの練習はキツそう。』
『それにしても彼、体力なさすぎじゃない?』
明輝
『こっちの暑さに慣れてないみたい。』
『あの子、北国から進学してきたんだって。』
女子部員
『えー?!あんな遠くから?!』
『夏に家族旅行で行ったけど寒かったよ…。』
明輝
『あっち出身じゃあ、そりゃバテるよね…。』
今日も明輝と
女子部員たちのトークが聞こえてきた。
かっこいい選手の話ではなく、
1番苦労してそうな選手の話だった。
光夢
(ふーん…終夜 彩雪くんっていうんだ。)
彼はよく練習を離脱して、
体育館の玄関でぐったりしていた。
光夢
(終夜くん…大丈夫かな…?)
(体格も細いし、練習に付いて行けてないし…。)
私の終夜くんの第一印象はその程度。
だったけど、
光夢
「あれ?終夜くん…。」
「いつの間にか練習に復帰してる。」
終夜くんは
さっきまで玄関で倒れていたのに、
もう他の部員と走っていた。
けれど、
彼は何度もバテて離脱を繰り返した。
彼はお世辞にも
バスケが上手いとは言えなかったから、
ゲームの練習にも出してもらえなかった。
明輝
『終夜くん、よくやるよね。』
『私ならとっくに心が折れてるわ…。』
女子部員
『ぶっちゃけ男バスで1番ヘタだよね。』
『それでも辞めないところはすごいよね。』
女バスで終夜くんの話が出るときは、
たいていそんな評価だった。
「レギュラーの誰々がかっこいい」
みたいな話が盛り上がる中で、
1番ヘタな部員の話が出るのは、
ある意味すごく目立っていたから。
明輝
『光夢、どうしたの?』
『ボーっとして。』
光夢
「あ…え?何?」
「ごめん、ちょっと考えごと。」
明輝
『ふーん…(ニヤニヤ)』
気づいたら、私はバスケ部の練習中、
隣のコートの男バスの練習ばかり見ていた。
いいえ、正確には男バスじゃなくて…。
明輝
『気になるんでしょ?』
光夢
「な、何が…?(汗)」
明輝
『ずっと見てるもんね。』
『終夜くんのこと。』
光夢
「…?!!!///(照)」
「なんで知って…。」
明輝
『幼馴染をナメないで?(笑)』
光夢
「うぅ…。」
明輝
『確かに彼はヘタだけどさ。』
『練習に戻ってくるのはすごいよね。』
光夢
「それだけじゃないよ!」
「終夜くん、遅くまで居残り練習してるよ!」
明輝
『へぇ、何であんたがそれ知ってるの?』
光夢
「…たまたま見かけて…(汗)」
明輝
『光夢と終夜くん、お似合いだと思うよ。』
光夢
「んな…?!///(照)」
明輝
『仕方ない、応援してやるか!』
光夢
「〜///(照)」
私が今まで感じたことのない気持ち。
顔の火照りと、胸の早鐘が止まらないよ…。
まさか、これが「好き」ってこと?
だとしたら、
私は終夜くんのどこに惹かれたの?
女バスの先輩も同級生も、
恋愛トークで盛り上がるのは
レギュラーの選手ばかり。
私もレギュラーの先輩たちは
かっこいいと思う。
けれど、私には1番ヘタで体力のない
終夜くんがかっこよく見えた。
それはきっと、終夜くんが
「私にないもの」を持っていたから。
⇒【第3話:私自身の意志で】へ続く
2024年04月17日
【短編小説】『鳥カゴを打ち破って』1
<登場人物>
・山口 光夢(やまぐち みむ)
♀主人公、大学1年生
親の意向で地元の大学へ進学していた
・宮野 明輝(みやの あき)
♀光夢の幼馴染
・終夜 彩雪(しゅうや あゆき)
♂大学1年生
地元の北国を離れ、遠い西方の大学へ進学してきた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:仲の良い家族】
私は山口 光夢。
地元の高校から市内の大学へ進んだ。
私の家族はとても仲がいい。
夕食は必ず家族そろって食べるのが
暗黙のルール。
私は中学校に入ると同時に
スマホを持たせてもらえた。
条件は1つ。
数時間おきに、
今どこにいて何をしているか、
何時に帰宅するかを家族へ連絡すること。
両親ともに教師なので、
私も自然と教師を目指すようになった。
私は理科の実験や自然が好きで、
理科の先生になろうと思った。
私は学校の成績が良かった。
両親が教えてくれたし、
門限を16時にしてくれたから、
勉強する時間をたくさん取れた。
私は高校でも成績が良かった。
県外の難関大学にも行けたけど、
両親は私を心配してくれた。
『知らない土地で一人暮らしは危ない』
『実家から通える市内の大学にしなさい』
そう言って私の進学先を決めてくれた。
私の両親は私を大事にしてくれた。
『変な虫が付かないように』と、
私を男子から遠ざけてくれた。
私は高校まで
女子バスケ部に入っていた。
両親は、
私を居残り練習や男子とのゲームに
参加させないようコーチに伝えてくれた。
私は何て家族に恵まれているんだろう。
私の勉強時間や交友関係に気を使ってくれて、
私がどこで何をしているか心配してくれて。
私は両親に従っていれば間違いない。
両親みたいな立派な教師になるんだ。
なのに…どうして?
私が高校生の頃から、
息苦しさを感じるようになったのは。
ーー
私は大学でも女子バスケ部に入った。
高校の同級生も多いし、
門限も19時まで伸びたから、
楽しくやれると思った。
大学の講義も楽しかった。
たくさん実験できて、
研究室も居心地がよかった。
私の大学生活は充実している、
はずだった。
母親
『光夢、連絡が遅いよ。』
『今どこにいるの?何してるの?』
父親
『昨日の帰宅時間は19時2分だった。』
『まさか男と遊び惚けてないよな?』
『家族を大事にしなさい。』
私は大学の用事で
家族に連絡できない時間が増えた。
その時間に比例して、
両親からの未読メッセージが積み上がった。
光夢
「心配させてごめんなさい…実験で…。」
父親
『事情はわかったが、教授へ伝えておく。』
『実験が長引くなら娘を帰宅させろと。』
光夢
「バスケ部の強化練習で…。」
母親
『あなただけ帰すようにコーチに伝えるわ。』
『部活は許可したけど、遅くなるなら退部よ。』
光夢
「ごめんなさい…。」
私は日々を楽しめなくなった。
何をしていても、
家族と門限が頭にチラついた。
高校生の頃から
うっすら芽生えた窮屈な感覚が、
日に日に私を支配していった。
私は閉塞感と
家族への罪悪感との板挟みに苦しんだ。
まず大学の成績が落ちた。
次にバスケのパフォーマンスが落ちた。
部員が少ないからベンチ入りはできた。
けれど、実力差は開く一方だった。
私が落ち込んでいたある日、
女子バスケ部の同級生の会話が
耳に入ってきた。
明輝
『男バスで気になる人いる?』
女子部員
『いないかな。』
明輝
『エースの先輩かっこいいよね。』
女子部員
『あの人は彼女いるらしいよ。』
明輝
『なーんだ。』
幼馴染の宮野 明輝と女子部員の恋愛トーク。
私は蚊帳の外だった。
よく考えたら、
私には好きな人ができたことがなかった。
両親は
『まさか男と遊び惚けていないよな?』
『変な虫が付かないように』と言った。
私は今まで
その意味を考えたことがなかった。
まさか…私を恋愛から遠ざけようと?
いいえ、両親は私を守るために言っただけ。
私を縛り付けようだなんて
思っているわけないよね…?
⇒【第2話:1番ヘタでかっこいい人】へ続く
2024年04月05日
【短編小説】『無限労働国家』(1話完結)
【シャカイジン1日8時間労働信仰】
1度は疑問に思いませんでしたか?
現代はこれだけ文明が進歩したのに、
なぜ労働時間は一向に減らないの?と。
今はほとんどの仕事を機械がやってくれます。
なのに、私たちのジョウシキはなぜか
「1日8時間労働が当たり前」のままです。
一見、不合理なものが残るのは、
「その方が都合がよい人がいるから」
なんて考え過ぎでしょうか…?
ーー
<とある大企業の一室>
側近
『バブル崩壊以来、我が国の経済は沈む一方です。』
幹部
『我が社も業績がさっぱり伸びなくなったな。』
側近
『人件費が重いですね。』
『終身雇用をうたってきた手前…。』
『わかりやすいリストラは悪評につながります。』
幹部
『何とかして正社員を減らしたいな…。』
側近
『正社員は法律でガッチリ守られています。』
幹部
『表立っての解雇は難しいか…。』
『何とか低賃金で長時間働かせる方法はないか?』
側近
『法律を変えればいいんです。』
『政治家へ働きかけましょう。』
幹部
『どのように変えるのだ?』
側近
『派遣法を改正すればいいんです。』
『非正規雇用の割合を増やしましょう。』
幹部
『あれは特定の仕事だけじゃないか?』
『我が社の仕事は適用外だ。』
側近
『そこも変えてもらいましょう。』
『あらゆる仕事で派遣を使えるようにするんです。』
幹部
『しかし、派遣を使える期限があるだろう?』
側近
『事実上の無期限にすればいいんです。』
『首をすげ替えれば延々と派遣を使い続けられるように。』
幹部
『それは名案だ。』
『さっそく組織票をネタに政治家へ圧力をかけよう。』
ーー
<十数年後>
幹部
『最近、セケンが長時間労働にうるさくなったな。』
側近
『流行語大賞は”ブラック企業”だそうです。』
『今、悪目立ちするとやりにくくなりますね。』
幹部
『ここまで従業員を無限に働かせられたが…。』
『バレた時のリスクが大きくなったな。』
『今の残業時間の上限は?』
側近
『”サブロクキョウテイ”で月80時間までと決まっています。』
幹部
『月80時間”しか”残業させられないのか…。』
『そんな労働時間では売上が出せん。』
『サービス残業が前提の仕事量だ。』
側近
『良い抜け穴があります。』
幹部
『何だ?』
側近
『特別条項があるんです。』
『年6回までなら月80時間を超えて残業してもOKです。』
幹部
『年6回までか…繫忙期なら”残業も致し方ない”な。』
側近
『ええ、何しろ”お客様は神様”ですから。』
『神に逆らうのは気が引けます。』
幹部
『よし、労働時間はしっかりカウントしてくれ。』
『年7回目は絶対に超えさせるな。』
『”ロウキ”とやらがうるさい。』
側近
『”残業させないホワイト企業”をアピールしましょう。』
幹部
『ああ、サブロクキョウテイ違反だけは気をつけろ。』
『労働者はギリギリまで使い倒すのだ。』
側近
『御意。』
ーー
<さらに十数年後>
幹部
『ぐぬぬ…”働き方改革”か…。』
『ここまで労働時間にうるさくなるとは…。』
側近
『単純に残業時間を減らすだけでは限界です。』
幹部
『どうしたものか…。』
『ところで側近よ。』
側近
『はい。』
幹部
『参考までに、何社か求人情報を見たのだが…。』
『”みなし残業”と”役職手当”とは?』
側近
『ああ、その手がありましたか。』
幹部
『?』
側近
『給与にあらかじめ残業代を含めましょう。』
幹部
『それが”みなし”だな?』
側近
『はい、それと役職に就く者は実質、残業代なしです。』
『何しろ役職手当をもらうので。』
幹部
『なるほど、これなら一見”高給”だな。』
『”月給45万円”か…ククク…。』
『ウソは言っておらん。』
側近
『あとはどうやってサービス残業させるかですが…。』
『在宅勤務を取り入れましょう。』
幹部
『在宅勤務?』
側近
『出社するしないは自由、働く場所も自由です。』
幹部
『それはいいが、サボる者が増えるのでは?』
側近
『仕事を持ち帰らせるんですよ。』
『働く時間と場所の”裁量”を与えてね。』
『裁量が少ないほどストレスが増えるのを逆手に取るんです。』
幹部
『そうか!』
『持ち帰った仕事は労働時間にカウントされない。』
『実質、サービス残業させていることに気づかれない。』
『これまでより定時に終わらない仕事量を振りやすくなるな。』
側近
『これで残業時間は大幅カットできます。』
『何しろ定時でタイムカードを切って帰宅済みですから。』
幹部
『こちらとしては都合がよくて助かるが…。』
『よくもまあ、あの手この手でごまかせるものだな…。』
側近
『ごまかすとは人聞きが悪い。』
『社員の生活を守るために会社を存続させるんですよ。』
幹部
『そうだな、健康で文化的な”最低限度の”生活を。』
『設備面では無人でも仕事が回るレベルだがな。』
側近
『”シャカイジンは1日8時間働くもの”でしょう?』
幹部
『まだその認識が一般的なのか?』
側近
『少しずつ崩れてきましたが…。』
『まだそのジョウシキに抗う動きは少数派です。』
幹部
『我々が豊かに逃げ切るまでは持ちそうか?』
側近
『おそらく。』
幹部
『では引き続き、社員の労働時間を”減らして”やれ。』
側近
『御意。』
ーー
ニュースキャスター
『若者の多くが非正規雇用です。』
『低収入、貧困で恋愛や結婚ができない人が増えています。』
『一方、人口減少と少子高齢化は加速しています。』
『50年後、我が国の人口は半分になる試算もあります…。』
幹部
『貧困?結婚できない?』
『自己責任だ!』
『最近の若者は努力が足りない。』
『俺たちが若い頃は月200時間以上も残業したものだ。』
『貧困がイヤなら、結婚したいならもっと働け。』
『働いて我が社を潤せ。』
政治家
『法律?社会制度?』
『そんなもの、カネと力でいくらでも操作できる。』
『力ある者が自らに有利な法律を作るのは当然だろう?』
『お前たちを無限に働かせる方法など、いくらでも作れるのだよ!』
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『将来という虚構』(1話完結)
『お金は神よりも神』全2話
⇒参考書籍
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2024年04月02日
【短編小説】『将来という虚構』(1話完結)
【来るはずのない”将来”】
<とある大学>
男
「軽音楽サークル?」
友人
『そ、入ってくれない?』
『バンド好きだったよね。』
『ギターやってなかったっけ?』
男
「昔やってたけど辞めた。」
友人
『辞めちゃったの?』
『あんなに楽しそうにしてたのに。』
男
「…そりゃ楽しかったけど。」
友人
『じゃあ久しぶりにやろうよ。』
『せっかく音楽ができる機会だよ。』
男
「…やめとく。」
友人
『忙しいの?』
男
「忙しいってほどじゃない。」
「サークル活動したら勉強する時間がなくなる。」
友人
『ま、まぁ確かに…。』
男
「将来が不安だから。」
「高給の会社に入るために勉強する。」
友人
『そっか…残念。』
『気が変わったら声かけてよ。』
(確かに将来のための勉強は大事だけど…。)
(せっかくの経験…もったいないなぁ…。)
その後、
友人が所属する軽音楽サークルは、
大学祭や地域のイベントで活躍しました。
バンドの人気が高まるにつれて
遠征や大舞台での演奏活動が増え、
彼らの人生の貴重な1ページになりました。
ーー
<数年後>
男
「海外旅行?」
恋人
『行こうよ!』
『ずっと憧れてたN国のツアー!』
『今すごく安くなってて予約取れそうだよ。』
男
「せっかくだけど、やめとく。」
恋人
『どうして?』
『せっかくの機会だよ?』
男
「旅行するお金を貯金する。」
「将来が不安だから。」
「老後2000万円問題もあるし。」
恋人
『…た、確かにそうだよね。』
『将来のために貯金した方が安心だよね…。』
(私…この人と一緒にいて幸せなのかな…?)
その後、
男にとって人生初の彼女は
彼のもとを去ってしまいました…。
ーー
<さらに数年後、とある大企業>
男
「ヘッドハンティング?俺を?」
同僚
『そう、先輩が独立してさ。』
『ベンチャー企業を立ち上げたんだよ。』
男
「ああ、今すごく伸びてるあの企業か。」
同僚
「うん、きみの力を見込んで引き抜きたいってさ。』
『俺も来月からそっちへ転職するんだ。』
『一緒に行こうよ。』
男
「せっかくだけど、やめとく。」
同僚
『えー?もったいない。』
『それだけ仕事ができるのに。』
『きっと今より楽しいよ。』
男
「将来が不安だから。」
「今の安定した収入を投げ出すのはちょっとな。」
同僚
『そっかー残念…。』
『先輩も取引先も評価してるのに。』
男
「悪いな…将来が不安なんだ。」
その後、同僚が転職したベンチャー企業は
世界中で名前が知られるまでに成長しました。
残留した男は
可もなく不可もなく仕事を続け、
いつの間にか定年退職を迎えていました。
男
「それなりに貯金できて、退職金も出た。」
「老後2000万円問題なんて気にする必要がなくなった。」
「なのに…俺の周りには誰もいない。」
「大学時代、軽音楽サークルの勧誘を断った。」
「就職して、人生で唯一できた彼女にも振られた。」
「はは…何十年前の話かな…。」
「はぁ……将来が不安だ……。」
将来が不安だから。
将来が不安だから。
将来が………。
ーー
気づいたら、
男は病院のベッドで
寝たきりになっていました。
日を追うごとに、
命の灯が消えていくのがわかりました。
遠のいていく意識の中を、
人生の走馬灯が駆け巡りました。
男
(…悔いはない…悔いはない…。)
(あれ?俺の人生って空っぽだ。)
男は気づいてしまいました。
自分の人生を充実させる経験が空っぽなことに。
男
(若い頃、数々のチャンスを断った。)
(将来が不安だからと、お金と時間を惜しんだ。)
彼には海外旅行の経験も、
気の合う仲間との飲み会も、
恋人とのかけがえのない時間も、
何もありませんでした…。
男
(人生に大きな失敗はなかった。)
(リスクらしいリスクも回避できた。)
(なのに、この虚しさは何だ…?)
彼の最期の「将来」は
数センチ先に控えていました。
彼は、終わりという将来のために、
残りの人生でもっとも若い「今」を
犠牲にしてきました。
残ったのは経験も感動もない、
不安に支配された人生でした。
男
(やっと気づいた…。)
(将来の俺は…将来を不安がる俺。)
(また将来の俺は、さらに将来を不安がる俺なだけ…。)
悔い
悔い
悔い…。
後悔
後悔
後悔…。
男
(…眠くなってきた…。)
(どうやって終わるんだ…?)
(痛いのか…苦しいのか…。)
(それとも、こんなに夢見心地なのか…?)
(ああ…この期に及んでも…。)
(将来が不安だ………。)
ーーーーーENDーーーーー
他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『枯草の収容所』(1話完結)
参考書籍
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2024年03月30日
【短編小説】『月の慈愛に護られて』2 -最終話-
⇒【第1話:月をよすがに】からの続き
<登場人物>
◎フェリシア
主人公、肩書きは月の神
◎月下 燈織(つきした ひおり)
10歳の少年
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:月のぬくもり】
燈織
『お姉さん、あの月だよね?』
『人の姿になって来てくれたんでしょ?』
フェリシア
「…わかるの?」
燈織
『わかるよ。毎日見てるから。』
神や精霊が人の姿を借りて人間界へ、
なんて誰が信じるだろう。
なのに、燈織くんは
まるでそれが日常のように振る舞った。
よほど心が広いから?
それとも現実を諦め切ってしまったから…?
フェリシア
「…それって、やっぱり寂しいから?」
燈織
「…?寂しいって何?」
「門限までの時間潰し。」
フェリシア
「……(ズキッ)……。」
私の胸が張り裂けそうなくらい痛んだ。
「親から愛されない」
それが子どもにとって
どれだけ大きな傷になるだろう?
親の寵愛を受けるイージーモードな子、
親の愛情を知らないハードモードな子。
人生のスタートは残酷なまでに不公平だ。
私は燈織くんに何をしてあげられるだろう?
親さえ信じられず、
月だけを心のよりどころにする燈織くんに…。
ぎゅ
燈織
『…お姉さん?』
『どうして僕を抱きしめるの?』
私は人間への変身には自信があった。
「衛星対抗・人間変身コンテスト」では、
ライバルのガリレオ衛星を抑えて5連覇中だ。
体温も肌の質感も、
人間と見分けがつかないはず。
そんな私でも、
燈織くんに人間のあたたかさを
教えてあげられる自信がなかった。
10歳にして、
人間への諦めに満ちた燈織くんに…。
燈織
『…お姉さん…苦しいよ…。』
私は少しだけ、両腕の力を緩めた。
燈織くんは少し安心したようだ。
燈織
『…あったかい……。』
今の燈織くんの表情は見えなかったが、
私には彼の真一文字の唇が
ほどけていくのがわかった。
フェリシア
「…今まで…つらかったね…。」
「…寂しかったね……!」
「…もう大丈夫……!」
「…泣いていいよ…?」
人間に似せただけのぬくもりで申し訳ない。
燈織くんに届かなくてもいい、私のエゴでいい。
それでも私は…この子を救いたい…。
親からもらえないなら、私が代わりでいい。
少しでも、人のあたたかさという希望を伝えたい…!
燈織
『…(ポロ…ポロ…)……。』
私の肩に、燈織くんの涙が伝っていった。
2滴、3滴、やがて細い流れになり、
彼の身体の震えが高まっていった。
燈織
『…本当は…寂しかった…。』
『お父さんもお母さんも僕に無関心で…。』
『ずっとずっと悲しかった…!』
ぎゅう
燈織
『…う…うぅぅ……!』
『うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
怒りも悲しみも、時が経てば薄れていく。
けれど、外へ出さない限り
決して「なかったこと」にはならない。
無意識にマヒさせて、感じないようにしただけ。
これ以上、心が壊れないように。
ーー
私の名前はフェリシア。
本当は月そのものだが、
今回は月の神と名乗っておく。
肩書きは何でもいい。
私は地球を回りながら、
いろんな人間模様を見てきた。
喜び、争い、憎しみ、嫉妬、悲しみ…。
残念ながら、
喜びを見られる機会は1割に満たない。
けれど、私は人間の
1割未満の喜びを見るのが1番の幸せだ。
私は人間への変身には自信があった。
私は10年前の
「衛星対抗・人間変身コンテスト」で、
ライバルのガリレオ衛星に敗れて6連覇を逃した。
けれど、私は決して自信を失わなかった。
私の人間に似せたぬくもりでも、
とある少年に”人のあたたかさ”を伝えられたから。
燈織
『フェリシアさん!お久しぶりです!』
フェリシア
「お久しぶりって…毎晩見てるでしょ?」
燈織
『そうですけど、人の姿で会うのは久しぶりなので。』
あれから10年が経ち、
燈織くんは立派に成長した。
無表情の仮面はすっかり取れて、
今では屈託のない笑顔を見せてくれる。
燈織くんの両親は相変わらずだ。
それでも、彼はあの日の私との触れ合いで、
生きる希望が芽生えたと言ってくれた。
燈織
『今日もきれいですね。』
フェリシア
「(クスッ)…ありがと。」
「それ、他の女の子にも言ってないよね?(笑)」
燈織
『あはは、そんなわけないですよ(苦笑)』
『ところで、いいんですか?』
フェリシア
「何?」
燈織
『月の神様が、1人の人間とこんなに会って。』
フェリシア
「いいのいいの、特に決まりはないから。」
燈織
『星の交友関係って意外と緩いんですね…。』
フェリシア
「まぁね、星は寿命が長いし。」
「長く生きたらいろいろあるでしょ?」
燈織
『確かにいろいろありました…(苦笑)』
『……本当に、僕でいいんですか…?』
フェリシア
「今さら何よ?」
燈織
『僕はフェリシアさんを残して逝きますよ?』
『フェリシアさんにとって”たった数十年”で。』
フェリシア
「私がいいって言ったらいいの!」
「10年以上、ずーーーっと私を見てくれた子を…。」
「好きにならないわけないでしょ?!」
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『永遠を解く鏡』全2話
『500年後の邂逅』全4話
『雪の音色に包まれて』全4話