2023年11月10日
【短編小説】『モノクローム保育園』1
<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
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【第1話:イイコと問題児】
私は桂 水星。
保育士になって3年目。
専門学校を卒業後、今の保育園に配属され、
子どもたちと騒がしい毎日を過ごしている。
同僚や子どもたちからは
『ミナセんせい』と呼ばれている。
私の名前は”ミナ”だと思っている子もいるのかなぁ…。
ミナセだよ!
私が保育士を目指した理由は、
保育園児の時に助けてくれた保育士さんへの憧れ。
私は幼い頃から活発、
悪く言えば落ち着きがなかった。
お昼寝の時間になっても寝ないし、
じっとしていられなかったことで、
問題児扱いされていた。
今なら「ADHD(注意欠如・多動症/発達障害の1種)」
に当てはまると思う。
当時は発達障害への理解が進んでいなかったから、
先生に𠮟られてばかりだった。
お仕置きとして
物置部屋へ閉じ込められたこともあった。
そんな私を物置部屋から出してくれた先生がいた。
園で孤立していた私に、いつも寄り添ってくれた。
その先生は後で上司から𠮟られていた。
内容はわからないけど、子ども心に感謝と罪悪感を覚えた。
私はあの先生のおかげで、居場所を失わずに済んだ。
それが私の夢の原点。
「私もあの人みたいな保育士になりたい。」
「問題児と呼ばれる子を救える保育士になるんだ!」
憧れの保育士になって3年。
大変だけど、子どもたちに囲まれる日々は幸せ。
そんな私が勤務する保育園には、
問題児とされている子がいる。
春原 絆奈くん5歳。
昨年、彼が4歳の時に入ってきた。
絆奈くんは落ち着きがなく、
他の子より「なぜなぜ期」が強い。
疑問に思ったことはすぐに口に出す。
お昼寝の時間になっても寝ずに
『どうして?眠くない子も寝るの?』
外遊びで公園に行くと
『どうしてここに来るの?』
幼い頃の私と同じく
ADHDグレーゾーンの傾向がある。
先輩保育士の間では
扱いにくい子として煙たがられている…。
絆奈くんが
ここに馴染めていないのも原因の1つだと思う。
0〜1歳から在籍する子が多い園で、
数少ない”年上”として入ってきたから。
ーーーーー
入園当初は、
絆奈くんの落ち着きのなさは問題にならなかった。
『慣れていないから仕方ないね』
で済んでいたが、一向におさまる気配がなかった。
多忙も相まって、
保育士の間に絆奈くんへのイライラが溜まっていった。
この園で1番のベテラン保育士・雅恵(まさえ)先生も例外なく。
雅恵先生は保育士歴20年以上。
仕事ができて頼れる人だけど、好き嫌いが激しい。
昔ながらのスパルタ気質で、
子どもをすぐに「イイコ」と「問題児」に分けてしまう。
絆奈くんは、
この園の裏ボス・雅恵先生に目を付けられてしまった…。
ある日のお昼寝時間。
やっぱり寝ない絆奈くんに、雅恵先生がついにキレた。
雅恵
『おとなしくお昼寝できないなら、あっちへ行きなさい!』
そう言って、
絆奈くんは物置部屋へ閉じ込められてしまった。
絆奈
『出してよ!こんなとこイヤだよ!』
『どうしてこんなことをするの?』
絆奈くんが泣き叫んでも、
お昼寝の時間が終わるまでは出してもらえなかった。
それを見た私は衝撃を受けた。
怖かったけど、雅恵先生へ意見した。
水星
「雅恵先生!閉じ込めるなんて、やりすぎです!」
黙っていられないところは、幼い頃と同じ。
雅恵
『言うことを聞かない子には、これくらいがちょうどいいの。』
水星
「ですが、かわいそうですよ…!」
「出してあげてください!」
雅恵
『ミナセんせい、あなた保育士歴は何年目?』
水星
「3年目です…。」
雅恵
『優しくするだけが保育士の仕事じゃないよ。』
『経験不足のあなたに何がわかるの?』
水星
「わかりませんが、あれはひどいと思います。」
雅恵
『だったらあの子を放っておくの?』
『それで他の子が寝られなかったら?』
『親からクレームが来たらどう責任取るの?』
水星
「それは…。」
雅恵
『…黙っていなさい。』
私は何もできないまま、お昼寝の時間が終わった。
物置部屋から出てくる絆奈くんの悲しい顔が、
私の心へ罪悪感を刺した。
⇒【第2話:物置部屋】へ続く
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