2024年04月02日
【短編小説】『将来という虚構』(1話完結)
【来るはずのない”将来”】
<とある大学>
男
「軽音楽サークル?」
友人
『そ、入ってくれない?』
『バンド好きだったよね。』
『ギターやってなかったっけ?』
男
「昔やってたけど辞めた。」
友人
『辞めちゃったの?』
『あんなに楽しそうにしてたのに。』
男
「…そりゃ楽しかったけど。」
友人
『じゃあ久しぶりにやろうよ。』
『せっかく音楽ができる機会だよ。』
男
「…やめとく。」
友人
『忙しいの?』
男
「忙しいってほどじゃない。」
「サークル活動したら勉強する時間がなくなる。」
友人
『ま、まぁ確かに…。』
男
「将来が不安だから。」
「高給の会社に入るために勉強する。」
友人
『そっか…残念。』
『気が変わったら声かけてよ。』
(確かに将来のための勉強は大事だけど…。)
(せっかくの経験…もったいないなぁ…。)
その後、
友人が所属する軽音楽サークルは、
大学祭や地域のイベントで活躍しました。
バンドの人気が高まるにつれて
遠征や大舞台での演奏活動が増え、
彼らの人生の貴重な1ページになりました。
ーー
<数年後>
男
「海外旅行?」
恋人
『行こうよ!』
『ずっと憧れてたN国のツアー!』
『今すごく安くなってて予約取れそうだよ。』
男
「せっかくだけど、やめとく。」
恋人
『どうして?』
『せっかくの機会だよ?』
男
「旅行するお金を貯金する。」
「将来が不安だから。」
「老後2000万円問題もあるし。」
恋人
『…た、確かにそうだよね。』
『将来のために貯金した方が安心だよね…。』
(私…この人と一緒にいて幸せなのかな…?)
その後、
男にとって人生初の彼女は
彼のもとを去ってしまいました…。
ーー
<さらに数年後、とある大企業>
男
「ヘッドハンティング?俺を?」
同僚
『そう、先輩が独立してさ。』
『ベンチャー企業を立ち上げたんだよ。』
男
「ああ、今すごく伸びてるあの企業か。」
同僚
「うん、きみの力を見込んで引き抜きたいってさ。』
『俺も来月からそっちへ転職するんだ。』
『一緒に行こうよ。』
男
「せっかくだけど、やめとく。」
同僚
『えー?もったいない。』
『それだけ仕事ができるのに。』
『きっと今より楽しいよ。』
男
「将来が不安だから。」
「今の安定した収入を投げ出すのはちょっとな。」
同僚
『そっかー残念…。』
『先輩も取引先も評価してるのに。』
男
「悪いな…将来が不安なんだ。」
その後、同僚が転職したベンチャー企業は
世界中で名前が知られるまでに成長しました。
残留した男は
可もなく不可もなく仕事を続け、
いつの間にか定年退職を迎えていました。
男
「それなりに貯金できて、退職金も出た。」
「老後2000万円問題なんて気にする必要がなくなった。」
「なのに…俺の周りには誰もいない。」
「大学時代、軽音楽サークルの勧誘を断った。」
「就職して、人生で唯一できた彼女にも振られた。」
「はは…何十年前の話かな…。」
「はぁ……将来が不安だ……。」
将来が不安だから。
将来が不安だから。
将来が………。
ーー
気づいたら、
男は病院のベッドで
寝たきりになっていました。
日を追うごとに、
命の灯が消えていくのがわかりました。
遠のいていく意識の中を、
人生の走馬灯が駆け巡りました。
男
(…悔いはない…悔いはない…。)
(あれ?俺の人生って空っぽだ。)
男は気づいてしまいました。
自分の人生を充実させる経験が空っぽなことに。
男
(若い頃、数々のチャンスを断った。)
(将来が不安だからと、お金と時間を惜しんだ。)
彼には海外旅行の経験も、
気の合う仲間との飲み会も、
恋人とのかけがえのない時間も、
何もありませんでした…。
男
(人生に大きな失敗はなかった。)
(リスクらしいリスクも回避できた。)
(なのに、この虚しさは何だ…?)
彼の最期の「将来」は
数センチ先に控えていました。
彼は、終わりという将来のために、
残りの人生でもっとも若い「今」を
犠牲にしてきました。
残ったのは経験も感動もない、
不安に支配された人生でした。
男
(やっと気づいた…。)
(将来の俺は…将来を不安がる俺。)
(また将来の俺は、さらに将来を不安がる俺なだけ…。)
悔い
悔い
悔い…。
後悔
後悔
後悔…。
男
(…眠くなってきた…。)
(どうやって終わるんだ…?)
(痛いのか…苦しいのか…。)
(それとも、こんなに夢見心地なのか…?)
(ああ…この期に及んでも…。)
(将来が不安だ………。)
ーーーーーENDーーーーー
他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『枯草の収容所』(1話完結)
参考書籍
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