2024年04月27日
【短編小説】『銀の静寂都市』(1話完結)
【未来を断ち切る銀の声】
<東洋の国、とある街>
この街は、若い人が子育てしやすく、
親子ともに生きやすい環境を目指していました。
その取り組みの一環として、
新しい保育園を建てる計画を進めていました。
小さい子どものいる夫婦たちは、
保育園ができることを喜んでいました。
ところが…。
「保育園の建設反対!」
「子どもの声がうるさい!」
「トラブルなんてごめんだ!」
「せっかく静かな地域に家を買ったのに!」
地域住民の反対多数により、
保育園の建設は見送られてしまいました…。
ーー
とある駅で、
ベビーカーを引いた夫婦が
電車を待っていました。
電車がやって来ましたが、
車内は混んでいました。
夫婦はベビーカーをたたんで、
子どもを抱っこしようとしました。
子どもは慣れない電車の音に驚き、
泣きそうになりました。
夫婦は仕方なく
ベビーカーをたたまずに乗車しました。
夫婦はベビーカー用のスペースへ
移動できましたが、
ヒソヒソ…。
「ベビーカーをたたまずに乗車なんてね。」
「混雑しているのに非常識な親ねぇ…。」
「どういう躾で育ったの?」
どこからか、
夫婦を非難する声が聞こえてきました。
夫婦はまるで
子どもがいることが罪のように感じました…。
子どもは気まずい空気をいち早く察して
泣き出しました。
すると…。
「チッ…!うるさいな…!」
「子どもを静かにさせることもできんのか…!」
イライラを隠せない乗客から、
舌打ちや罵声が聞こえてきました…。
その様子を見ていた若い乗客の何人かは、
こう思いました。
「子どもがいたら、こんなにセケンサマから叩かれるのか?」
「こんなにイヤな思いをするなら、子どもはいらないや。」
ーー
この国では、結婚するときは
どちらかが苗字を変える必要がありました。
多くの場合、女性が苗字を変えました。
国民の「選択的夫婦別姓」の声は
どんどん大きくなりました。
政治の現場では
何度も議論が巻き起こりましたが、
そのたびに…。
「妻は夫の家に入るものだ!」
「夫婦別姓なんてけしからん!」
「同じ苗字を名乗ってこそ家族の絆があーだこーだ!」
という大物政治家たちの声が大きく、
なかなか認められませんでした…。
とある大物政治家は、
誰も見ていないところでつぶやきました。
(そんな法案が通ってみろ…。)
(俺たちがすがりつく男性優位の家父長制が崩れる…。)
(俺は支配者である自分しか肯定できない臆病者だ…。)
(俺の優位を脅かす法案は何としてでも阻止せねば…。)
こうした面倒や不平等感が、
結婚のハードルを少しだけ上げたとか、
上げなかったとか…。
ーーーーー
<数十年後>
欧州のとある国に、
旅行好きな若い夫婦がいました。
2人は都会の喧騒を離れ、
静かな国でのんびりしたいと思いました。
そこで、夫婦は
なじみのツアーガイドさんへ
今回の旅行先を相談しました。
すると、ツアーガイドさんは2人に
東洋のとある国を勧めました。
その国は世界有数の経済大国で、
治安が良い上に「大都会」でした。
夫婦
『大都会なら騒がしいんじゃないですか?』
ツアーガイド
『それがですね…。』
『びっくりするくらい静かなんですよ!』
『こんな国、他に見当たりませんよ。』
夫婦
『へぇ…騒音対策に力を入れているんですか?』
ツアーガイド
『どうですかね?』
『穏やかな人が多いんでしょうか?』
『この前ツアーで行きましたが、皆さんいい人でしたよ。』
夫婦
『都会なのに静かなんて初めて。』
『ぜひ行ってみたいです。』
こうして、
夫婦は東洋のとある国へ旅立ちました。
ーー
<東洋のとある国>
夫婦
『すごい…本当に大都会…!』
とある国は、本当に静かな大都会でした。
街中はきれいで人通りも多いのに、
騒がしいネオンや広告は見当たりません。
まるで森林にたたずんでいるような
錯覚を覚えるほどでした。
ただ、
夫婦には1つ気になることがありました。
夫婦
『若い人や子どもが見当たらない…。』
道行く人のほとんどが
観光客かご年配の人たちで、
若い人はいませんでした。
観光客でない子どもの姿は
まったく目にしませんでした。
夫婦
『…たまたまだよね。』
『これだけ発展している国だもん。』
『子どもはたくさんいるはず。』
夫婦は観光スポットだけでなく、
その国の日常を見て回るのも好きでした。
2人は地元住民の生活を体験するため、
ローカルバスに乗り、住宅街を歩きました。
すれ違う人たちはみな穏やかで、
2人に気持ちよく挨拶してくれました。
夫婦は住宅街の公園でひと休みしました。
夫婦
『ツアーガイドさんの言う通りね。』
『とても静かで、のんびりできるね。』
『この国の人は、とても幸せなんでしょう。』
くつろぐ夫婦に、
通りすがりの老人が話しかけてきました。
老人
『こんにちは。』
『お2人は観光でいらしたんですか?』
夫婦
『そうです。』
老人
『ようこそ。』
夫婦
『ありがとう。』
『この国は素晴らしいですね。』
『大都会なのに、静かで、穏やかで。』
老人
『そうですか。』
『気に入ってくれて何よりです。』
夫婦
『1つ不思議なことがあって。』
『聞いてもいいですか?』
老人
『何でしょう?』
夫婦
『子どもの姿を見かけないんです。』
『私たちがこの国に来てから1度も。』
『公園を元気に走り回る子どもの姿も…。』
老人
『子ども…ですか…。』
にこやかだった老人の目が、
とたんに寂しそうになりました。
夫婦
『空港や観光スポットの託児施設も…。』
『すべて観光客向けでした。』
老人
『そうでしょうとも…。』
夫婦
『この国の子どもたちはどうしているんですか?』
老人
『子どもはもう…この国にはいませんよ…。』
夫婦
『…え?!』
老人
『国民向けの託児所なんて…。』
『もう不要なんですよ…。』
夫婦
『…本当に1人もいないんですか?』
老人
『ええ…この国の出生率はゼロです。』
『とっくの昔からね。』
夫婦
『そんな…どうして…?』
老人
『誰も子どもをほしがらなくなったんです。』
『この国は静かでしょう?誰も騒がない。』
「いえ…。』
『騒ぐ元気のある国民がもういないから。』
老人はそこまで言うと、
言葉に詰まり、空を見上げました。
まるで過去の自分の振る舞いを
思い出しているようでした。
かつての自分や周りの大人たちの声が、
彼の頭の中で再生されました。
(保育園建設?反対!)
(子どもの声がうるさい!)
(チッ!電車内ではベビーカーをたためよ…!)
(子どもを静かにさせることもできんのか…!)
(夫婦別姓?男女平等?けしからん!)
(俺の優位性の確保だけが至上命題だ!)
夫婦
『じゃあ…この国の人たちは…。』
老人
『100年後には絶滅しているでしょう。』
『何しろ、次世代の国民はもう生まれませんから。』
『”銀の世代”がいなくなったら、それでおしまいです…。』
夫婦
『どうして…?』
『どうして誰も子どもをほしがらなくなったんですか?』
夫婦の問いに、老人は小声でつぶやきました。
老人
『………。』
『…他人を叩いたり…八つ当たりしたり…。』
『若い人や子どもが生きづらい社会にしてしまった…。』
夫婦
『え?今なんて…?』
老人
『ああ失礼、どうしてでしょうね。』
『きっと私たちは、ほんの少し余裕がなくて…。』
『ほんの少し…他人に不寛容だっただけ…。』
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『枯草の収容所』(1話完結)
『将来という虚構』(1話完結)
⇒参考書籍
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