新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2024年03月27日
【短編小説】『月の慈愛に護られて』1
<登場人物>
◎フェリシア
主人公、肩書きは月の神
◎月下 燈織(つきした ひおり)
10歳の少年
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:月をよすがに】
私の名前はフェリシア。
月の化身というか、月そのもの。
肩書きは何でもいい。
古来より人間たちは私を神聖視してきたので、
今回は月の神ということにしておく。
私は地球を回りながら、
いろんな人間模様を見てきた。
喜び、争い、憎しみ、嫉妬、悲しみ…。
残念ながら、
喜びを見られる機会は1割に満たない。
「幸せになりたい」
「喜びに満ちた人生を送りたい」
人間はそう望みながら、
なぜ真逆なことばかりするのか。
私にはわからない。
最近、私には気になる男の子がいる。
好意という意味ではなく、気がかりな子。
名前は月下 燈織くんというらしい。
学校の先生が出席を取る時にそう呼んでいた。
年齢は人間の数え方で10歳くらい。
燈織くんは学校が終わっても、
まっすぐ家に帰らなかった。
燈織くんは夏は学校近くの川辺に寝転がって、
冬は公園のドーム状の遊具で暖を取りながら、
門限まで私を眺めて過ごしていた。
友達が少ないのかと思ったが、
それだけではないらしい。
燈織くんと両親との関係は、
遠くから見ていても胸が痛む…。
ーー
燈織
『…ただいま…。』
燈織の母
『……。』
燈織くんの母親は、
学校から帰った息子に見向きもしなかった。
母親は薄い板をなでる作業に夢中で、
『おかえり』の一言もなかった。
彼女はあの薄い板で
誰かと連絡を取っているのだろうか。
友人か、それとも不倫相手か…。
燈織くんにとっては、
どうでもいいことだった。
燈織の父
『燈織、ほしいものがあるなら言いなさい。』
『値段は気にしなくていいぞ。』
仕事人間の父親が、
珍しく家族をショッピングモールへ連れて行った。
燈織くんは急に「ほしいもの」を聞かれて
困ってしまったようだ。
確か、以前にも同じようなことがあった。
父親は値段を気にせず、息子へ買い与えた。
ただし、息子が希望したものではなく、
父親が認めたものだけを。
燈織くんが言葉に詰まっていると、
父親は以前と同じようにイライラを募らせた。
そして、
燈織の父
『何だ?その反抗的な眼は。』
『言いたいことがあるならしゃべれ!!』
燈織
『……(ギリッ!)……!』
燈織の父
『チッ!△○□●△□!!!』
父親は公衆の面前で息子を罵倒した。
母親は薄い板を横に倒して、何かを観ていた。
息子に無関心なのか、
自分から矛先を逸らすために生贄にしたのか。
どっちでもいい。
私の眼には、
燈織くんは親に守られることを知らずに
生きているように映った。
ーー
フェリシア
「燈織くん…今夜も来てる…。」
夏が終わり、
夜は少し肌寒くなってきた。
燈織くんは、今日もいつもの川辺で
私のことをぼんやり眺めていた。
燈織くんには表情がなかった。
あの子と同年代、
いや、それ以外の人間でも
喜怒哀楽はある程度ハッキリしていた。
なのに、燈織くんは
まるで仮面を付けているみたいに、
いつも口を真一文字に結んでいた。
私は居ても立っても居られなくなり、
人間に化けて地球へ向かった。
ポン
燈織
『…?…誰?』
私は燈織くんを驚かせるのを承知で、
彼の肩に手を置いた。
燈織くんは少し戸惑ったが、
驚きはしなかった。
フェリシア
「毎日あんなに見られたら恥ずかしいよ。」
燈織
『…月を見るのが好きなの。』
私たちは嚙み合わない言葉を交わした。
なのに、燈織くんは
まるで旧友と接するように答えた。
『あなたは誰?』
『いきなり現れて何を言い出すの?』
という当然に疑問を、
彼は意に介していないようだった。
フェリシア
「…ありがとう…。」
「どうしてそんなに月が好きなの?」
燈織
『きれいだから。』
フェリシア
「…あとは?」
燈織
『月は人間と違って裏切らないから。』
フェリシア
「裏切らない?」
燈織
『月はいつでも夜空のどこかに出てくれる。』
『人間みたいに無視したり罵倒したりしない。』
フェリシア
「そっか…。」
燈織くんは無表情でサラッと言った。
主語が「人間」と一括りになっているところに、
彼の諦観の深さがにじみ出ていた。
フェリシア
「私、ずっと心配だったの。」
「きみが毎日、悲しそうな顔で私を見ているから。」
燈織
『悲しい顔?』
燈織くんは心底わからないという声色で言った。
「悲しいって何?」と言わんばかりに。
強がって言わないのではなく、
感情がマヒして自分でもわからないようだ…。
フェリシア
「ねぇ、私を見て驚かないの?」
燈織
『驚かないよ。何で?』
フェリシア
「いきなり現れて、なれなれしくして…。」
「”あなたは誰?”って思わないの?」
燈織
『思わない。』
フェリシア
「どうして?」
燈織
『僕、お姉さんのこと、よく知ってるから。』
フェリシア
「え?!」
私が燈織くんに人の姿を見せたのは初めてだ。
なのに、どうして燈織くんは
こんなに平然としていられるんだろう。
⇒【第2話(最終話):月のぬくもり】へ続く
2024年03月22日
【短編小説】『枯草の収容所』(1話完結)
【”男らしさの押しつけ”という監獄】
草食系男子を頼りなくて情けないと見下すことで、
男たるもの女子を強気にリードすべきという考え方が
「普通」として維持されているのです。
『男が働かない、いいじゃないか!』 より
とある世界に
「男子だけを収監する目に見えない収容所」
という都市伝説がありました。
「男らしさ」に縛られた者から
自動的に収監されていくそうです。
ところで、この世界では
「少子高齢化の犯人探し」が流行っていました。
そこでターゲットにされたのが、
例の収容所へ収監された男子たちでした。
「少子高齢化」「人口減少」
「未婚率の上昇」「恋愛はコスパ悪い説」
それらの”犯人”として祭り上げられた彼らは、
いつしかこう呼ばれるようになりました。
『草食系男子』
ーーーーー
ある日のニュースで
”若者の恋愛離れ”が取り上げられていました。
ニュースキャスター
『若者の恋愛離れが加速しています。』
『婚姻数は減り続け、生涯独身率はいずれ5割に迫るでしょう。』
『特に”草食系男子の大繫殖”が顕著です。』
『女性に積極的にアプローチできない男子が増えています。』
とある繫華街で、若者の恋愛についての
街頭インタビューが行われていました。
女性A
『彼が頼りないんです。』
『ほんと草食系男子の典型で。』
インタビュアー
「付き合い始める前はどんな感じでしたか?」
女性A
『私が脈ありサインを出してるのに…。』
『いつまで待っても告白してくれなくて。』
『じれったくて私から伝えました。』
『本当は彼に引っ張ってほしいし、決断してほしいです。』
『けど草食系の彼にリードしてもらうのは難しそうです。』
女性B
『デートで彼がリードしてくれなくて…。』
『ちょっと情けないなと思います。』
インタビュアー
「そうですか…デート代はどうしてますか?」
女性B
『割り勘にしてます。』
『欲を言えば全額か、彼に多めに出してもらいたいです。』
『けど、彼は非正規だし、あまりお金なさそうだし…。』
『シンデレラに憧れても無理そう。』
『消極的な理由だとわかってるんですけど…。』
ガシャン
おや?
今、どこかで
何かの扉が閉まる音がしませんでしたか?
まるで収容所の分厚い扉が閉まるような音が。
いったい誰が収容されたんでしょう?
そういえば、さっきのインタビューで
「草食系男子」という言葉が出ていたような…。
ーー
とある家で、
久しぶりに実家に帰った息子が
親に𠮟られていました。
親
『今の仕事は?』
息子
「派遣社員。」
親
『その歳で非正規雇用だなんて…。』
『真面目に働く気あるの?』
息子
「…あるよ…。」
親
『そんな不安定じゃ将来、家族を養えないでしょ?』
『大企業とは言わないから、早く正社員になりなさい。』
息子
(正社員……。)
親
『彼女はいるの?』
息子
「いないよ。」
親
『どうして?アンタ、もういい歳でしょ?』
息子
「……。」
親
『まさか恥ずかしくて声をかけられないの?』
息子
「…その話は止めてよ。」
親
『そんな情けなくてどうするの?』
『男なら好きな女性にアプローチしなさいよ。』
息子
「……。」
親
『そんなんじゃ孫の顔が見られないでしょ?』
『早く結婚して親孝行してちょうだい。』
息子
「俺、仕事ばっかりの人生なんて…。」
親
『男は稼いで一家の大黒柱になるものなの!』
『まったく…どこで育て方を間違えたんだか…!』
息子
「…(ギリッ)…!!」
ガシャン
また、分厚い扉が閉まる音がしました。
気のせいでしょうか?
先ほど親に𠮟られていた青年が、
扉の中へ閉じ込められたような…。
ーー
ニュースキャスター
『次のニュースです。』
『2023年から不同意性交罪が適用されました。』
『15年間さかのぼって訴求が可能になりました。』
『昨日、有名人の誰々が逮捕され、今後は裁判で…。』
このニュースを知った男子たちは
震え上がりました。
・女性にアプローチどころか
近寄るだけで犯罪者になり得るの?
・そんな極大のリスクを取ってまで
恋愛や結婚するくらいなら
自分が末代でいいや
・男女の相互不信が加速しそう
怖くて関われない
そう言って、
自ら収容所へ入る草食系男子が
どんどん増えていきました…。
ガシャン
ガシャン
見えない収容所から、
草食系男子たちの悲鳴が聞こえてきました。
「今は男女平等なんですよね?」
「なのにどうして恋愛や告白は男子からが当然なんですか?」
「”草食系女子”って言いますか?」
「草食系男子という言葉が生まれるってことは…。」
「肉食でない男子は情けない」
「っていう概念が当然だと思われてるってことですよね?!」
「消極的な男子はセケンサマのジョウシキとやらに反するんですか?」
「だからわざわざ”草食系男子”なんて言葉を作ったんですか?」
「そんなに男子が問題みたいにしたいんですか?だったら…。」
「草食系男子という言葉が生まれること自体が怖くないですか?」
恋愛は男子が犯罪者になるリスクを背負って
女性にアプローチして当然
「っていう世界そのものが1番怖くないですか?!!!」
「男子に生まれた時点で、ここから出られないんですか?」
「『男らしさの押しつけ収容所』から!」
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『国教「頑張れ教」』全4話
『なぜ学校にはお金の授業がないの?』全2話
⇒参考書籍
リンク
リンク
リンク
2024年03月19日
【短編小説】『永遠を解く鏡』2 -最終話-
⇒【第1話:永遠に生きる孤独】からの続き
<登場人物>
◎宇佐見 永逢(うさみ とわ)
主人公(♀)、とある国の統治者の子孫
◎道永 鏡(みちなが きょう)
数え年21歳(♂)
永逢が住む村の青年
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:永遠を解く祈り】
私は鏡へのぎこちない態度を
何とか直そうとした。
寿命がない私と一緒にいて
彼は幸せになれるのか?
私の呪いのことを明かしたら、
彼は私を嫌いになるかもしれない?
そんなの些細なことだ。
たった一言
「私も鏡が好き」と伝えるだけなのに…。
どうして、その言葉だけが
喉に詰まって出て来ないんだろう…?
そうこうしているうちに、
村の青年たちへ領主からの招集命令が出た。
村で「隣国との関係悪化?」という噂を聞いた。
労役?もしかしたら兵役かもしれない。
長引けば鏡は数年間、村を離れることになる。
私は鏡が出発する日、
何とか彼と会うことができた。
永逢
「ごめんね…。」
鏡
『…何がです?』
永逢
「お返事、待たせちゃって…。」
鏡
『大丈夫です!』
『むしろそれだけ考えてくれて嬉しいです。』
永逢
「私…本当は鏡のこと…。」
私がそう言いかけた瞬間、
領主の使いの者から出発の号令が響いた。
鏡
『…しばしのお別れですね…。』
永逢
「鏡…。」
鏡
『必ず帰ってきます。』
『僕の永逢さんへの気持ちは変わりません。』
『帰ってきたら返事を聞かせてください。』
永逢
「…待っ……!」
私は鏡への想いを伝えられないまま、
鏡は城下町へ旅立って行った。
ーー
ある日、1人の老人が私の家を訪ねてきた。
老人
『ごめんください、あなたが永逢さんですね?』
永逢
「そうです、どちらさまですか?」
見たことのない人だ。
最近、村へ引っ越して来たんだろうか?
老人
『私は…道永 鏡の弟です。』
永逢
「え……?!!」
鏡には歳の離れた弟がいると聞いていた。
けれど、鏡が城下町へ旅立ったとき、
弟はまだ数えで8歳くらいだったはずだ。
鏡の弟を名乗る老人は、
ボロボロの手紙を私へ差し出した。
鏡の弟
『…兄から永逢さんへの手紙です。』
『兄の遺品を整理していたら出てきました。』
手紙の日付は50年前の今日になっていた。
永逢
「遺品…?もしかして彼はもう…?」
「50年前ってどういうこと?!」
私は動揺を隠せないまま手紙を読んだ。
鏡が城下町へ招集されて間もなく
隣国との争いが激化。
鏡はそのまま兵役に就いた。
鏡はそれでも
「告白の返事をもらっていないから」と、
いつか帰れる日を信じて10年間の任務に就いた。
永逢
「…10年……?!」
が、鏡の願いもむなしく、
彼は隣国の奇襲部隊との戦闘であっけなく…。
私の全身に激しい後悔が駆け巡った。
どうして私は
1度も鏡に会いに行かなかったんだろう?
城下町には1週間も歩けば着く。
どうして私は、
たったそれだけの距離を越えないまま、
50年も放置してしまったんだろう。
どうして私は、鏡の出発の時に
想いを伝えられなかったんだろう…。
どうして「たった数十年」で
みんないなくなるんだろう?
父さまも母さまも、お姉さまもお兄さまも、
想い人も……。
永逢
「……?…”たった数十年”?」
それが脳裏をよぎった瞬間、私はハッとした。
永遠の呪いに生きる私には、老いも終わりもない。
刻が止まっているのは私だけなんだ…。
ーー
私は涙でにじんだ手紙を読み進めた。
手紙の最後に、
鏡の思いの丈がしたためられていた。
-----鏡からの手紙-----
僕は永逢さんが
現人神の子孫であることを知っていました。
なぜなら、僕はあなたに呪いをかけた
高僧の子孫だからです。
先祖の過ちを子孫が詫びても、
あなたを救えるなんて思いません。
ただ、これだけは伝えさせてください。
僕は決して、僕の先祖が
あなたに呪いをかけた罪悪感から
あなたに近づいたのではありません。
あなたに許してもらうためでも、
償いをするためでもありません。
僕はただ、
永逢さんという人間を好きになったんです。
たとえ寿命が違っても、
僕があなたを残して旅立つとしても、
現世にいる短い間、
大好きなあなたと生きたかったんです。
僕はいつまでも、
あなたをお待ちしています。
いつか、あなたを現世に縛りつける呪いが
解ける日が来ることを祈っています。
あなたへ伝えた想いの返事を
まだもらっていませんから。
道永 鏡
-----
あれから何百年経っただろう。
私が住む村は様変わりした。
田畑は埋め立てられ、
住宅が建ち並んでいる。
かつて幅を利かせた呪術師たちは、
”カガク”という新しい呪術に地位を奪われた。
私は宇佐見 永逢。
今もこの国を統べる現人神の子孫。
私は今も永遠からの解放の道を
探し続けている。
永遠に逢えないはずの
愛しき人に逢える日を夢見て。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『雪の音色に包まれて』全4話
『500年後の邂逅』全4話
⇒この小説のPV
2024年03月17日
【短編小説】『永遠を解く鏡』1
<登場人物>
◎宇佐見 永逢(うさみ とわ)
主人公(♀)、とある国の統治者の子孫
◎道永 鏡(みちなが きょう)
数え年21歳(♂)
永逢が住む村の青年
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:永遠に生きる孤独】
むかしむかし、遥か東方に
神の子孫が治める国があった。
統治者は神の血縁者=現人神のみで、
そうでない者が皇位に就くことは許されなかった。
あるとき、
代々呪術に優れる高僧の勢力が
国の乱れに乗じて台頭した。
ついには時の女帝に取り入り、
皇位簒奪を企てる者が現れた。
朝廷軍VS高僧軍の壮絶な戦いの末、
反乱は鎮圧された。
が、高僧は今わの際に、
女帝の娘の1人に呪いをかけた。
「永遠の命」という呪いを。
ーーーーー
私は宇佐見 永逢。
私を見た者はみな、私を「美しい」と讃える。
けれど、私はちっとも嬉しくない。
傲慢に聞こえるだろうが、許してほしい。
いくら外見を褒められても、
私の心は空虚なまま。
なぜって?
どれだけ親しくなった人も、
私を好いてくれた人も、
数十年もすれば
みんないなくなってしまうからだ…。
父さまも母さまも、兄さまも姉さまも、
老いや病でこの世を去っていった。
私だけ取り残されていく。
老いもせず、病にもかからず、
周囲が「美しい」と讃える姿のまま。
私の中身はいったい何歳なの?
数百年が経った頃、数えるのを止めた。
「なぜ”たった数十年で”大切な人がいなくなるの?」
私の時間の感覚は、完全にマヒしていた。
ーー
私だって女の子だ。
好きな男の人と親しくなりたい。
けれど、一緒にいられるのは
長くても「たった数十年」だ。
私は別れが怖い。
好きな人との今生の別れが怖い。
必ず取り残される悲しみが怖い。
だから私を好きにならないでほしい。
私を「美しい」と讃えないでほしい。
素敵な人たちよ、
あなた方は私と違って限りある命だ。
私と過ごすような使い方をしてほしくない。
私みたいな「化け物」と過ごすなんて…。
私は自己卑下にまみれるうちに、
人を好きになれなくなった。
私が引き受けたのは、
権力闘争の果ての呪い「永遠の命」
どうして私がその対象に
選ばれなければいけなかったの?
「限りある命で好きな人と恋がしたい」
私が現人神の娘の1人というだけで、
本来”享受できたはずの幸せ”を永遠に失った。
卑屈な私から、次第に人が離れていった。
まして好意を伝えてくる異性なんて
いるはずもなかった。
私は何もかもイヤになり、
数百年前に現人神の家を飛び出した。
今、ある村の外れでひっそり暮らしている。
もう私を知る人間は1人も生きていない。
天涯孤独だ、これからもずっと。
それでいい。
こんな私を好きになる人なんて
いるはずがない。
なのに…どうして……?
ーー
鏡
『永逢さん!』
『ずっとあなたのことが好きでした!』
『僕とお付き合いしていただけませんか?』
今しがた、私に想いを伝えてきた
酔狂な青年は道永 鏡。
私が住んでいる村の好青年。
歳は数えで21だったかな?
鏡は村の女性からとても人気があった。
その気になれば、私なんかより
いくらでも素晴らしい相手を選べるはずだ。
実際、私は何度か
彼が村の美人から告白されているのを
見たことがあった。
なのに、なぜ鏡はこんな暗い女を好きになったの?
私は思わず彼に尋ねた。
永逢
「嬉しいけど…。」
「こういうことは初めてだから戸惑ってる。」
「どうして私に…?」
鏡
『永逢さんの誠実さと奥ゆかしさに惚れました。』
永逢
「誠実さと…奥ゆかしさ…?」
私は自分とかけ離れたことを言われ、困惑した。
鏡
『永逢さんはいつも村の役に立とうと動いています。』
『なのに決してそれを自慢しません。』
永逢
「それは…。」
すべてを諦めた人生の暇つぶし…。
などと言えるはずがなかった。
鏡
『悩んでいる人の話を黙って聞いたり。』
『見返りを求めずに困っている人を助けたり。』
『それがちっとも恩着せがましくない。』
『永逢さんのそういう姿に惚れました。』
永逢
「…私はそんな立派な人間じゃないよ…。」
鏡
『どういうことですか?』
永逢
「私は根暗で口下手で…。」
「村の人と上手く交流できない。」
「だから村の外れで暮らしているの。」
鏡
『…だから永逢さんの家だけ、村から離れて…。』
永逢
「私は恩着せがましくないって言ってくれたけどね。」
「善意でもないし、言葉が出てこないだけ。」
鏡
『理由なんて何でもいいんです!』
永逢
「どういうこと?」
鏡
『村のみんなが永逢さんに感謝しているのは事実です。』
『人を助ける動機より、何をするかが大切だと思います。』
『それをさりげなくできるあなたが好きなんです。』
永逢
「…ありがとう…。」
「まだ心の整理がつかないの。」
「お返事、少し待ってもらえる?」
鏡
『もちろんです!何年でも待ちます!』
『それくらい僕は本気ですから!』
ーー
それ以来、私は悩みに悩んだ。
鏡が本気で私を好いてくれていることは
十分すぎるほど伝わってきた。
だが、私には寿命がない。
もし鏡と一緒になっても、
数十年後、私は孤独に戻る。
鏡には私の呪いのことを明かしていない。
こんな話、信じてもらえないだろう。
それに、もし明かしたら
鏡は私を嫌いになるかもしれない。
永逢
「…私は…ちっぽけだ…!」
自分が傷つきたくないために、
こうして言い訳ばかり並べている。
彼の想いに向き合うことすらできていない。
自己嫌悪…。
私は村で鏡と顔を合わせても、
ぎこちない態度しか取れなくなっていった。
⇒【第2話(最終話):永遠を解く祈り】へ続く
⇒この小説のPV
2024年03月13日
【短編小説】『雪の音色に包まれて』4 -最終話-
⇒【第3話:役目を託して】からの続き
<登場人物>
◎加賀美 氷月(かがみ ひづき)
主人公、20歳の大学生(♂)
◎雪音(ゆきね)
氷月の近所のお姉さん
◎白石 愛冬(しらいし まふゆ)
氷月の高校と大学の同級生、20歳(♀)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:愛しき冬が氷を解かす】
長くて短い冬は進み、雪解けが始まった。
この日、名残惜しむように最後の雪が降った。
雪音
『明日、遠い国へ発つことになったの…。』
氷月
「…そんな気がしてた。」
「今日で雪音さんとお別れだってことも。」
雪音
『どうして?』
氷月
「もうすぐ…雪が降らなくなるから。」
雪音
『…そう…気づいたのね。』
氷月
「うん、ずっと不思議だった。」
「僕は12年間で大人になった。」
「なのに雪音さんは出逢った頃のまま。」
雪音
『…。』
氷月
「いつか愛冬が言ってた。」
「雪音さんは”雪の妖精”じゃないかって。」
「僕も冗談だと思ったけど、本当なんでしょう?」
雪音
『…ええ…。』
氷月
「雪音さんは0歳でも100歳以上でもあるって言った。」
「それは水が雪になってから0歳。」
「雪が水になってこの星を巡るから100歳以上。」
「…ってことだよね?」
雪音
『…氷月くん、成長したね。』
『その通りよ。』
氷月
「どうして遠くへ行っちゃうの?」
雪音
『あなたがもう孤独じゃないからよ。』
『私の役目は終わったの。』
氷月
「ちがうよ!」
「僕は親に見捨てられて、ずっと孤独だよ?」
「”こんな人生早く終わればいいのに”って思ってた。」
「雪音さんがいたから生きてこれたんだよ!」
雪音
『…覚えてる?』
『”あなたを想う人は身近にいるかもしれない”』
『って伝えたこと。』
氷月
「覚えてない…ショックで…。」
雪音
『そうよね…。』
氷月
「僕のことを想う人が身近に?」
「そんなはずないよ。」
雪音
『どうしてそう思うの?』
氷月
「僕はずっと人を避けてきた。」
「人に好かれる要素なんて…。」
雪音
『自分を卑下しないで?』
『ホラ、あなたの後ろ。』
氷月
「…?」
僕が振り返ると、
愛冬が焦った表情で走ってきていた。
氷月
「愛冬?!」
愛冬
『ハァ…ハァ…ダメだよ早まっちゃ…。』
氷月
「早まる?というか、どうして愛冬がここに…?」
愛冬
『氷月、ずっと元気なかったでしょ?』
『雪音さんに逢えなくなるから。』
氷月
「…うん。」
愛冬
『あんた、相当思い詰めた顔してたよ?』
氷月
「大丈夫だって。」
愛冬
『そんな強がりはお見通しだから!』
『今日なんて、ほっといたら川に飛び込みそうだった!』
『だから…あんたを止めに来たの。』
氷月
「そこまで見てくれていたの…?」
「僕がいなくなったって…。」
愛冬
『バカ!いなくならないでよ!』
『そんなこと二度と言うな!!!』
氷月
「?!」
愛冬
『氷月がいなくなったらさ…。』
『誰が私をナンパから守るのよ…?!』
氷月
「愛冬…それって…。」
愛冬
『いいから!ちゃんと私の隣にいてよ!』
雪音
『…氷月くん、気づいた?』
『あなたはもう孤独じゃないって。』
氷月
「…うん。」
雪音
『あなたを想ってくれる人はいるのよ?』
氷月
「…ようやくわかった…。」
雪音
『(ニコリ)…それじゃあね。』
『氷月くんとお話できて楽しかった。』
『どうか幸せに…。』
氷月
「僕も雪音さんに逢えてよかった。」
「12年間、本当にありがとう。」
(次に逢うときは、僕の大切な人を紹介するよ…。)
淡雪が止むのに合わせ、
雪音さんは消えてしまった。
ーー
雲間から夕陽が差し込んだ。
”天使のはしご”だ。
きっと雪音さんは、あのはしごに乗って
遠い国へ「還って」行ったんだろう。
彼女はときに雪として、
ときに水としてこの星を巡り、
誰かの孤独に寄り添うんだろう。
愛冬
『さて!氷月、覚悟はできてる?』
氷月
「覚悟?」
愛冬
『私に落とされる覚悟!』
氷月
「落とされるって…。」
愛冬
『氷月が雪音さんに向けていたキラキラした眼。』
『私に向けさせてやるんだから!』
氷月
「僕、そんな眼してた?」
愛冬
『してたよ。』
『年上のお姉さんに恋しちゃってる眼!』
氷月
「恋じゃないって!恩人への憧れだよ。」
愛冬
『どーだか。』
『でもまぁ、これだけは思い知ってよね!』
氷月
「思い知るって?」
愛冬
『氷月はもう孤独じゃない。』
『あんたのことが大好きな変わり者は…。』
『もう隣にいるんだからね!』
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『訣別の雪辱戦(グラジマッチ)』全6話
『無表情の仮面』全11話
『500年後の邂逅』全4話
⇒この小説のPV
2024年03月11日
【短編小説】『雪の音色に包まれて』3
⇒【第2話:あなたの瞳の片隅に】からの続き
<登場人物>
◎加賀美 氷月(かがみ ひづき)
主人公、20歳の大学生(♂)
◎雪音(ゆきね)
氷月の近所のお姉さん
◎白石 愛冬(しらいし まふゆ)
氷月の高校と大学の同級生、20歳(♀)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:役目を託して】
僕の人生で20回目の冬がやって来た。
雪音さんは今年も
初雪に合わせて僕を迎えてくれた。
僕は雪音さんに
大学での愛冬とのやり取りを話した。
初めて雪音さんのことを話したとき、
愛冬が不服そうな顔をしたことも。
雪音さんは”雪の妖精”じゃないかと
冗談を言い合ったことも。
氷月
「…ということがあって。」
「愛冬の態度に困惑したんだ。」
雪音
『あらあら、それは大変だったね。』
雪音さんは笑顔で僕の話を聞きながら、
ふと、今まで僕が見たことのない表情を見せた。
まるで何かに安心したような、
何かの役目を終えたような、
ほっとした表情だった。
雪音
『実はね…私…。』
『こっちへ来るのは今年で最後なの…。』
氷月
「え?!どうして?!」
雪音
『…家の都合でね。』
『遠い国へ引っ越すことになったの。』
氷月
「そんな…お別れなんて嫌だよ!」
雪音
『私だって寂しいよ…。』
『大丈夫、あなたはもう孤独じゃないから。』
氷月
「大丈夫じゃないよ!」
「僕はずっと雪音さんに救われてきた!」
「雪音さんがいなくなったら…。」
雪音
『ありがとう…それは嬉しいけど…。』
『成長したあなたなら見えるはずよ。』
氷月
「…僕に…何が見えるの…?」
雪音
『周りに目を向けてみて?』
『あなたを想う人は身近にいるかもしれないよ?』
氷月
「……?!」
このときの僕は、あまりのショックで
彼女の言葉が耳に入ってこなかった。
人にはそれぞれの人生があるし、
いつかお別れが来る。
僕は冬を重ねるにつれて、
それを受け入れてきたつもりだった。
それでも、いざそのときが来ると、
平静でいられるはずがなかった。
僕は大学には何とか通ったが、
雪音さんとの約束「元気でいて」を守れず、
落ち込んで過ごしていた。
愛冬
『氷月、どうしたの?』
『最近、元気ないよ?』
氷月
「雪音さんが…遠い国へ引っ越すって。」
愛冬
『そっか…。』
いつもの愛冬なら、
雪音さんの話になると頬を膨らませたり、
不服そうな顔をするところ。
そんな彼女が、
今回ばかりはとても悲しそうな顔をした。
氷月
「大丈夫だよ。」
「いつまでも雪音さんに甘えてられないし。」
僕は愛冬を心配させまいと、強がって見せた。
愛冬
『無理してない?』
氷月
「してないよ、雪音さんと約束したんだ。」
「”元気でいる”って。」
愛冬
(本当に大丈夫…?)
(目を離したら”やらかして”しまいそう。)
(ショックで冬の川へ飛び込んだり…?)
愛冬
『…私になら…。』
氷月
「?」
愛冬
『弱音吐いたっていいんだよ?』
氷月
「…ありがとう。大丈夫だから。」
愛冬
『…そう…辛くなったら言ってよ?』
氷月
「…うん。」
愛冬
(あぁもう……私じゃ…。)
(どうやっても雪音さんの代わりになれない…。)
(私じゃ…氷月の心の支えになれないの…?)
このときの僕には、
愛冬のそんな苦悩に気づけるはずもなかった。
⇒【第4話(最終話):愛しき冬が氷を解かす】へ続く
⇒この小説のPV
2024年03月09日
【短編小説】『雪の音色に包まれて』2
⇒【第1話:大嫌いで待ち遠しい冬】からの続き
<登場人物>
◎加賀美 氷月(かがみ ひづき)
主人公、20歳の大学生(♂)
◎雪音(ゆきね)
氷月の近所のお姉さん
◎白石 愛冬(しらいし まふゆ)
氷月の高校と大学の同級生、20歳(♀)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:あなたの瞳の片隅に】
雪音さんと過ごす冬が
3回、4回、5回と過ぎていった。
気づいたら僕は20歳の大学生になっていた。
中学校までは、
クラスメイトの「あいつ暗いよな」
という陰口を聞きながら過ごした。
それでも僕は雪音さんと過ごすうちに、
少しずつ明るくなったらしい。
高校2年生の後半あたりに、
クラスメイトの何人かと友達になれた。
愛冬
『ねぇ氷月、次の講義同じでしょ?』
『一緒に教室行こ?』
僕が通う大学のキャンパスで、
高校の同級生・白石 愛冬が声をかけてきた。
愛冬は僕の数少ない友人だ。
まさか同じ大学に進むとは思っていなかった。
愛冬と話すようになったきっかけは、
高校時代に街で知らない男に絡まれていた彼女を
僕が連れ出したことだった。
僕は「助けよう」だなんて
大それたことをしたつもりはなかった。
「自分なんか、あの男たちに殴られたっていい」
「人生が終わる前に人の役に立っておこう」
そんな投げやりな気持ちで動いただけ。
けれど、愛冬にとっては
大きな出来事だったらしい。
愛冬
『あいつ…いつも1人でいるけど…。』
『意外といい奴じゃん。』
周囲から孤立していた僕のことを、
彼女が見直すきっかけになったそうだ。
愛冬
『氷月って放課後は急いで帰るよね。』
氷月
「うん。」
愛冬
『何か大事な用があるの?』
氷月
「大事な用…そうだね、何よりも大事。」
愛冬
『どんな用事か聞いてもいい?』
氷月
「…人に逢いに行ってたんだ。」
愛冬
『人?』
氷月
「施設の近所にさ…。」
「冬の間だけこっちに来てるお姉さんがいて。」
「その人に逢うために急いで帰ってたんだ。」
愛冬
『お、女の人?!』
氷月
「そうだよ。」
愛冬
『むぅー…。』
愛冬は露骨に不服そうな顔をした。
氷月
「なんでそんな不服そうな顔するのさ。」
愛冬
『不服だから不服そうな顔するの!』
氷月
「急に何…?」
愛冬
『いいでしょ!こっちの事情!』
『で?!その人の名前は?』
氷月
「雪音さん。」
愛冬
『雪音さんね。どれくらい年上?!』
氷月
「どれくらい…?」
そういえば不思議だった。
僕は8歳から20歳になった。
身長が伸びたし、見た目も変わった。
なのに雪音さんは12年間、
まったく歳を取っていないように見えた。
氷月
「僕が小学生の頃は20歳くらいに見えた。」
愛冬
『20歳かぁ…子どもから見たら大人だね。』
氷月
「それがさ…雪音さんは去年逢ったときも…。」
「僕が子どもの頃と変わってなかったんだ。」
愛冬
『雪音さんは歳を取っていないってこと?』
氷月
「かもしれない。」
愛冬
『雪音さんに逢えるのって、本当に冬の間だけ?』
氷月
「うん、それも初雪から雪解けの間だけ。」
愛冬
『ふーん…もしかしてその人…。』
『”雪の妖精”だったりして。』
氷月
「はは、まさかね。」
「確かに初めて逢ったときはそう思ったけど。」
愛冬
(何よあんた……。)
(そんなにキラキラした眼ができるんじゃないの…。)
(雪音さんが羨ましいなぁ。)
(氷月のキラキラした眼を独り占めできて。)
(ちょっとは私に向けてほしいのに…。)
愛冬は頬をぷくーっと膨らませた。
愛冬
『氷月さ。』
氷月
「何?」
愛冬
『雪音さんのこと好きなの?』
氷月
「す、好き?!(汗)」
愛冬
『素直に吐きなさい。』
氷月
「…好きだけど、わからない…。」
愛冬
『わからないって何よ?』
氷月
「恩人への憧れとして好きなのか、恋愛感情なのか。」
愛冬
『…釈然としないけど…まぁいいか、合格。』
氷月
「合格って何の審査?」
愛冬
『別にー。』
(そりゃ、年上のお姉さんには敵わないけどさ…。)
(もうちょっと私のことも見てよね…。)
氷月
「何か言った?」
愛冬
『何でもない。』
『ホラ!次の講義始まるよ!』
僕は愛冬の
コロコロ変わる表情に振り回されながらも、
少しずつ心が癒されていくのを感じた。
⇒【第3話:役目を託して】へ続く
⇒この小説のPV
2024年03月07日
【短編小説】『雪の音色に包まれて』1
<登場人物>
◎加賀美 氷月(かがみ ひづき)
主人公、20歳の大学生(♂)
◎雪音(ゆきね)
氷月の近所のお姉さん
◎白石 愛冬(しらいし まふゆ)
氷月の高校と大学の同級生、20歳(♀)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:大嫌いで待ち遠しい冬】
僕、加賀美 氷月は冬が大嫌いだ。
長い夜、冷たい風、枯れた木々が
虚しさを募らせるから。
けれど、僕は冬が待ち遠しかった。
理由は、冬にだけ孤独でなくなるから。
冬にだけ逢える「近所のお姉さん」が、
僕の心を救ってくれたから。
僕は8歳のときに
近所のお姉さん・雪音さんと出逢った。
彼女の透き通る白い肌、
木枯らしになびく銀髪、
儚げな笑顔に僕の心は惹かれた。
幼い僕には、
雪音さんが”雪の妖精”に見えた。
雪音
『どうしたの?1人?』
氷月
「…うん。」
雪音
『外は寒いよ?家に帰らないの?』
氷月
「帰りたくない。」
雪音
『どうして?』
氷月
「…家なんて、寂しいだけだから。」
雪音
『じゃあ、もう少しお姉さんとお話しよっか?』
氷月
「…うん。」
雪音
『私は雪音。あなたは?』
氷月
「加賀美 氷月。」
雪音
『素敵な名前ね。氷月くん、よろしくね。』
氷月
「…よろしく…お願いします…///(照)」
こうして、
僕は10歳以上も年上のお姉さんと仲良くなった。
僕は8歳にして、すでに冷め切っていた。
自分にも未来にも希望が持てず、
空虚な目をした子どもだった。
僕は学校でも浮いた存在で、
友達は1人もいなかった。
雪音さんは、
そんな可愛げのカケラもない僕に
笑顔で接してくれた。
僕は「あたたかさ」というものを
初めて人に対して感じた。
ーー
雪音さんは冬の間だけ
地元へ戻って来ているそうだ。
氷月
「雪音さん、冬が終わったら帰っちゃうの?」
雪音
『うん。』
氷月
「夏の間はどこに住んでるの?」
雪音
『そうね…お空かな?海かな?』
氷月
「なにそれ?教えてくれないの?」
雪音
『うふふ、考えてみて?』
僕は上手くはぐらかされてしまった。
僕は冬の間、
放課後になると急いで家路についた。
早く家に帰りたいから?とんでもない。
早く雪音さんに逢いたいから。
僕と雪音さんは、
毎日暗くなるまで語り合った。
けれど毎年、雪解けの季節になると、
雪音
『私、明日帰るの。』
氷月
「そっか…寂しいな…。」
雪音
『私も。』
氷月
「また逢える?」
雪音
『ええ、次の冬になったらね。』
『またこっちへ戻ってくるから。』
氷月
「本当?ウソつかない?」
雪音
『もちろんよ。』
『だから氷月くん、それまで元気でいてね?』
氷月
「わかった。」
「僕、来年の冬まで元気にしてるよ。」
ーー
僕は春が嫌いだった。
雪音さんに逢えなくなるから。
雪音さんがこっちへ戻って来るまで、
3つも季節を越えないといけないから。
僕は幼い頃から養護施設で暮らしていた。
僕の両親は、ある日
僕を置いてどこかへ行ってしまった。
周りの大人たちが
「シャッキン」とか「ヨニゲ」とか
難しい言葉を口にしていたが、
僕には意味がわからなかった。
ただ1つ、僕には
「親に見捨てられた」という絶望感が残った。
それでも、
僕は雪音さんとの約束通り元気にしていた。
春、夏、秋、
長い季節を越え、次の冬がやってきた。
雪音さんは、
まるで初雪に合わせるように
僕を迎えてくれた。
僕は9歳になり、少し大人に近づいた。
けれど、雪音さんは
去年の冬と変わっていなかった。
氷月
「ねぇ、雪音さんはいくつなの?」
幼い僕は、女性に年齢を尋ねるという
デリカシーのないことをしてしまった。
それでも雪音さんは
「子どもの言うことだから」と、
寛大に答えてくれた。
雪音
『私?私はねー、0歳1ヶ月!』
『いいえ100歳かな?』
僕は20〜22歳と予想していたので、
肩すかしをくらった。
9歳の子どもから見れば、
20歳は大人のお姉さんだ。
氷月
「なにそれ?0歳って僕より年下?」
雪音
『うふふ、そうね。』
氷月
「100歳って何?」
雪音
『大人でしょ?』
氷月
「僕も100歳になったら…。」
「雪音さんみたいな大人になれる?」
雪音
『ええ、きっと。』
僕はまたも
はぐらかされてしまった。
雪音さんがふざけていたとは思わないが、
その場は軽い冗談で終わった。
本当は、
雪音さんは0歳でも100歳以上でもあった。
僕がそのことに気づくのは、
ずいぶん後になってからだった。
⇒【第2話:あなたの瞳の片隅に】へ続く
⇒この小説のPV
2024年03月02日
【オリジナル小説・PV】『スマホさん、ママをよろしくね。』制作背景
オリジナル小説:『スマホさん、ママをよろしくね。』の
PV動画を作ってみました。
この小説と、PV動画の制作背景を紹介します。
本作は、
スマホネグレクトされた子どもの気持ち
を訴えたくて作りました。
・親が本当に
子どもよりスマホが大事だったかどうかはわからない
⇒けれど、幼い子どもの主観では
「親は自分よりスマホが大事なんだ」と感じた
⇒スマホに夢中になる親を見て、子どもはこう思った
「あぁ、誰も自分に興味ないんだ」
「自分を作り出した親さえも」
⇒子どもは親を諦め、誰の助けも期待しなくなる
現実を諦め、スマホの中へ引きこもる
こうした「親からの精神的ネグレクト」が、
他人への興味や痛みに無関心な人を生んでいると思います。
僕は歩きスマホをする人が嫌いですが、彼らは
「愛情不足の痛みを仮想世界で癒さずにいられない人」
とも感じています。
僕自身、
子どもに無関心な親のもとで育ちました。
おそらく、両親ともに中〜重度の発達障害です。
・自分がこだわるものにしか興味を持てない
・空気読みや他人の気持ちの想像が難しい
という特性があるので、
子どもの心に無関心なのは仕方ないです。
(※受けた傷を許すつもりはありません)
⇒話が通じない親には”心の実体”が存在しないのではないか。
なので
スマホネグレクトとは事情が違いますが、
親からの精神的なケアを受けずに育つ苦しみは
理解しているつもりです。
そして、
幼少期に「親から見捨てられた」と感じた傷を
大人になってから埋める作業は困難を極めます。
僕はその作業6年目ですが、
ようやく怒りの2割くらい手放せた程度です。
生まれ直しができない以上、
もうどうやっても傷は埋まらないと覚悟しています。
だから僕は、1人でも多くの人が
スマホネグレクトの重大さに気づく材料を
投下したかったんです。
薄い板1枚で得られる快楽は、
ときに人1人に一生消えない傷をつけます。
⇒他作品
【オリジナル小説・PV】『反出生の青き幸』制作背景
【オリジナル小説・PV】『どんな家路で見る月も』制作背景
PV動画を作ってみました。
この小説と、PV動画の制作背景を紹介します。
- 制作した動画
- 作品の概要
- 制作の所感
1.制作した動画
2.作品の概要
- 使用曲
『白銀の小舟』 - 楽曲提供
魔王魂さま - 動画制作期間
8日 - Vroid衣装提供
BOOTH - 使用した動画編集ソフト
「AviUtl」
「MikuMikuDance(MMD)」
「VRoid Studio」 - 使用したフリー画像素材サイト
「ニコニ・コモンズ」
3.制作の所感
本作は、
スマホネグレクトされた子どもの気持ち
を訴えたくて作りました。
・親が本当に
子どもよりスマホが大事だったかどうかはわからない
⇒けれど、幼い子どもの主観では
「親は自分よりスマホが大事なんだ」と感じた
⇒スマホに夢中になる親を見て、子どもはこう思った
「あぁ、誰も自分に興味ないんだ」
「自分を作り出した親さえも」
⇒子どもは親を諦め、誰の助けも期待しなくなる
現実を諦め、スマホの中へ引きこもる
こうした「親からの精神的ネグレクト」が、
他人への興味や痛みに無関心な人を生んでいると思います。
僕は歩きスマホをする人が嫌いですが、彼らは
「愛情不足の痛みを仮想世界で癒さずにいられない人」
とも感じています。
僕自身、
子どもに無関心な親のもとで育ちました。
おそらく、両親ともに中〜重度の発達障害です。
・自分がこだわるものにしか興味を持てない
・空気読みや他人の気持ちの想像が難しい
という特性があるので、
子どもの心に無関心なのは仕方ないです。
(※受けた傷を許すつもりはありません)
⇒話が通じない親には”心の実体”が存在しないのではないか。
なので
スマホネグレクトとは事情が違いますが、
親からの精神的なケアを受けずに育つ苦しみは
理解しているつもりです。
そして、
幼少期に「親から見捨てられた」と感じた傷を
大人になってから埋める作業は困難を極めます。
僕はその作業6年目ですが、
ようやく怒りの2割くらい手放せた程度です。
生まれ直しができない以上、
もうどうやっても傷は埋まらないと覚悟しています。
だから僕は、1人でも多くの人が
スマホネグレクトの重大さに気づく材料を
投下したかったんです。
薄い板1枚で得られる快楽は、
ときに人1人に一生消えない傷をつけます。
⇒他作品
【オリジナル小説・PV】『反出生の青き幸』制作背景
【オリジナル小説・PV】『どんな家路で見る月も』制作背景
2024年03月01日
【オリジナル小説・PV】『どんな家路で見る月も』制作背景
オリジナル小説:『どんな家路で見る月も』の
PV動画を作ってみました。
この小説と、PV動画の制作背景を紹介します。
引っ越して間もない頃、
いつも通りの1日を終えて家路についた。
「引っ越し前の家ではいろいろあったなぁ」
などと思い出に浸りながら歩いていたら、
無意識に引っ越し前の家に向かっていた。
という経験はありませんか?
僕は昨年、引っ越した直後にありました。
僕は最寄り駅から自宅まで、
月を見ながら歩くのが好きです。
「きれいだなぁ」
「今日は満月?いや、少しかじられてる」
ぼんやり考えながら家に近づくと、
その家での思い出が次々に浮かんできます。
それが引っ越し前の家路だなんて
気づかないまま。
主人公にも同じように引っ越してもらい、
月を見ながら家路についてもらいました。
もし主人公が引っ越した家が、
大好きだった元カレと同棲していた家だったら?
もし主人公が
間違えて引っ越し前の家に帰ってしまったら?
彼女は
月を見ながら歩く家路で何を思うのでしょう?
僕の引っ越しは、
離婚からちょうど5年後でした。
失敗したこと、傷つけたこと、学んだこと、
それらが詰まった部屋を去るときには、
こみ上げるものがありました。
けれど新しい家路で見る月は、
変わらずにきれいでした。
月はこれからも
いろんな人の傷を映しながら
そこにあるんでしょう。
本作では、そんな引っ越しと月夜の
切なさを感じてもらえたら嬉しいです。
⇒他作品
【オリジナル小説・PV】『反出生の青き幸』制作背景
【オリジナル小説・PV】『雪の妖精 待ち焦がれ』制作背景
PV動画を作ってみました。
この小説と、PV動画の制作背景を紹介します。
- 制作した動画
- 作品の概要
- 制作の所感
1.制作した動画
2.作品の概要
- 使用曲
『In my Sweet Memory』 - 楽曲提供
t.tamさま - 動画制作期間
12日 - Vroid衣装提供
BOOTH - 使用した動画編集ソフト
「AviUtl」
「MikuMikuDance(MMD)」
「VRoid Studio」 - 使用したフリー画像素材サイト
「ニコニ・コモンズ」
3.制作の所感
引っ越して間もない頃、
いつも通りの1日を終えて家路についた。
「引っ越し前の家ではいろいろあったなぁ」
などと思い出に浸りながら歩いていたら、
無意識に引っ越し前の家に向かっていた。
という経験はありませんか?
僕は昨年、引っ越した直後にありました。
僕は最寄り駅から自宅まで、
月を見ながら歩くのが好きです。
「きれいだなぁ」
「今日は満月?いや、少しかじられてる」
ぼんやり考えながら家に近づくと、
その家での思い出が次々に浮かんできます。
それが引っ越し前の家路だなんて
気づかないまま。
主人公にも同じように引っ越してもらい、
月を見ながら家路についてもらいました。
もし主人公が引っ越した家が、
大好きだった元カレと同棲していた家だったら?
もし主人公が
間違えて引っ越し前の家に帰ってしまったら?
彼女は
月を見ながら歩く家路で何を思うのでしょう?
僕の引っ越しは、
離婚からちょうど5年後でした。
失敗したこと、傷つけたこと、学んだこと、
それらが詰まった部屋を去るときには、
こみ上げるものがありました。
けれど新しい家路で見る月は、
変わらずにきれいでした。
月はこれからも
いろんな人の傷を映しながら
そこにあるんでしょう。
本作では、そんな引っ越しと月夜の
切なさを感じてもらえたら嬉しいです。
⇒他作品
【オリジナル小説・PV】『反出生の青き幸』制作背景
【オリジナル小説・PV】『雪の妖精 待ち焦がれ』制作背景