2023年09月22日
【短編小説】『どんな家路で見る月も』(1話完結)
⇒他作品『割れた翠玉の光』からの続き
<登場人物>
・夜野 逢月姫(よの あづき)
26歳、OL
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
逢月姫
「お疲れさま、今日もお仕事がんばったね。」
最寄り駅のホームを出る。
周りに人がいないことを確認し、
自分へ労いの言葉をかける。
歩き慣れた家路を、ゆっくり歩く。
(早くメイクを落としたい。)
(窮屈なワイヤーの締め付けから解放されたい…。)
色んな願望が浮かんでくる。
ふと、夜空を見上げる。
逢月姫
「あぁ、今日も月がきれい。」
濃紺と黒を分けた空色に、
少し欠けた月がひときわ目立つ。
これ、帰り道の密かな楽しみなの。
『月がきれいですね。』
1度は素敵な彼からそんな告白をされてみたい、
なんて妄想がはかどる。
「アナタ鈍感だから、言われても気づかないでしょ?」
もう1人の”悪魔の私”が水を差してくる。
「もう!余計なこと言わないでよ!」
すかさず”天使の私”が反論する。
”悪魔の私”に退場いただいてから、
妄想の続きを膨らませる。
ーー
マンション共用部の入口でポストを確認する。
今日は私宛ての郵便物はない。
階段を上がり、部屋のドアの前に立つ。
そこで気づく。
逢月姫
「部屋の電気が点いてる…?」
出勤前に消し忘れたかな?
いいえ、今朝は電気を点けていないはず。
それだけではなく、
部屋から何人かの笑い声がする。
私は一人暮らしだ。
実家の誰にも合鍵を渡していないし、
同棲中の彼氏もいない。
ガチャリ
女性
『あら?どなたでしょうか?』
ふいにドアが開き、
見知らぬ女性が私へそう尋ねる。
動転した私は、思わず
逢月姫
「こ、この部屋の住人ですッ!(汗)」
女性
『この部屋の?』
『私たち、先月ここへ引っ越してきたんです。』
私は”引っ越し”というワードに反応し、
ようやく我に返る。
(そうだ私、先月…引っ越したんだ。)
よく見ると、
ドアを開けた女性の後ろに
ダンボールが積まれている。
私は
引っ越したことをすっかり忘れて、
引っ越し前の家に帰ってしまったのだ。
逢月姫
「ごめんなさい、間違えました!」
「私、先月までここに住んでいて…。」
彼女に事情を説明する。
数分後、
私は彼女の乾いた愛想笑いに見送られ、
その場を後にする。
ーー
逢月姫
「あーあ…やっちゃった…。」
恥ずかしさで火照った顔が、
ようやく冷めてくる。
駆け足で乱れた息づかいが、
だんだん落ち着いてくる。
引っ越し先まで2キロくらい。
私は歩き慣れていない家路を、ゆっくり歩く。
(メイク…早く落としたいなぁ。)
(キツキツのワイヤーから解放されたいナ…。)
先送りになってしまった、
色んな願望が浮かんでくる。
ふと、夜空を見上げる。
逢月姫
「あぁ、この道から見る月も、きれい。」
まばらに浮かぶ雲が、
さっきより近づいて見える月を引き立てる。
逢月姫
「あの人たち、楽しそうに笑ってたなぁ。」
ついさっき謝った、
新しい住人のことを思い出す。
逢月姫
「数年前の私も笑ってたっけ?」
「たくさん泣いて、たくさん怒って…。」
私があの部屋に住んでいた頃の思い出が、
一気に蘇ってくる。
(私があの時、あんなことをしなければ…。)
(きっと今も、彼と一緒に…。)
ifの世界線が鮮やかになるほど、
”悪魔の私”が後悔を連れてくる。
(ヤメヤメ!彼とはもう終わったの!)
(幸せなこともいっぱいあったでしょ?!)
すかさず”天使の私”が反論する。
”悪魔の私”に退場いただいてから、
これからの出逢いに思いを馳せる。
『月がきれいですね。』
1度は素敵な彼からそんな告白をされてみたい。
そう思うのは、
引っ越し前の家に住んでいた頃の私まで。
これからの私は、
素敵な彼にそんな告白をするくらい成長するの!
あの家がくれた、
元彼との苦い思い出も幸せも、
ぜんぶ引き連れて。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『アロマンティックと孫のカオ』全2話
【短編小説】『いま、人格代わるね。』全3話
⇒この小説のPV
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