2022年10月27日
【短編小説】『いま、人格代わるね。』1
<登場人物>
◎空木 零依(うつき れい)
♂主人公、29歳の会社員
目標も趣味もなく孤独に生きていたが、
光空(るあ)との出逢いから壮絶な運命に巻き込まれる
◎無垢品 光空(むくしな るあ)
♀22歳、主人公に好意を抱き近づくが、
実は彼女の中に複数の”別人”がいて…?
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【第1話:切り離された4人】
『いま、交代するね。』
光空はそう言って、静かに目を閉じた。
わずかに口が動いているが、
何を言っているのかは聞き取れなかった。
ガクンッ
彼女が眠りに落ちたかに見えた、次の瞬間、
(?)
『よう、久しぶりやな。生きとったか?』
突然、光空は陽気な関西人へ変貌した。
(?)
『なんや本体が「話したいことがある」ゆうてな。』
『どないしたんや?お兄さんに話してみぃ。』
零依
「やあレオ。わざわざありがとう。実は…。」
僕もすっかり慣れたものだ。
本体?レオとは誰?
傍から見れば”わけがわからない”だろう。
目の前にいるのは光空だけ。
なのに僕は、まるで別人のように接していた。
交代?そう交代だ、人格の。
光空は多重人格者なのだ。
ーー
光空
『何だよあの店員…!態度悪いな…!』
零依
「ねぇ光空、ちょっと言葉遣いが乱暴じゃない?」
光空
『何ですって?!これくらい別にいいでしょ?!』
『セイヤ!出て来て!』
…まずい、セイヤが出てくる…。
非常に”ケンカっ早い”人格だ。
(セイヤ)
『おいおい、本体が言ってたぜ。』
『「彼氏のモラハラがひどい」ってよ!』
零依
「少し注意しただけだよ…。」
(セイヤ)
『うるせぇ!俺は寝起きで機嫌ワリィんだ!』
『オイタが過ぎるんじゃねぇか?』
『モラハラ彼氏さんよォ?!』
……この日は食器3つと、頬へ2発で済んだ。
ーー
零依
「ごめん!言い過ぎた!」
「謝るからクレハに代わって?」
(セイヤ)
『ちッ…!まぁいい、気は済んだ。』
『呼んでくるから待ってろ。』
零依
「………。」
(クレハ)
『お待たせしました。』
『ど、どうなさったんですか?!』
『そのケガに…割れたお皿…?!』
零依
「光空とケンカしちゃって…。」
(クレハ)
『大変!すぐに手当てします!』
『またセイヤさんですね…?』
零依
「まぁね…。」
(クレハ)
『…そうですか…些細なことで…。』
『いつもごめんなさいね…。』
零依
「クレハが謝ることじゃないよ…。」
クレハは優しい女性の人格だ。
だから大抵、セイヤが暴れた後に登場した。
ーー
零依
「お皿の片付けも終わったし、今日はもう寝よう…。」
「どうしたの?そんなところにうずくまって。」
光空
『…………。』
まさか…。
この時間に交代すると、出てくるのは…。
(サキ)
『うふふ。本体には先に眠ってもらったわ。』
『今夜も…楽しみましょ?』
彼女はサキ。とても…色欲の強い人格だ…。
(サキ)
『あら、そのケガどうしたの?』
零依
「セイヤが暴れてさ…。だから今日はもう眠くて。」
(サキ)
『そう、それならお姉さんが癒してアゲル。』
零依
「えっと、今日はちょっと…。」
3ヶ月後、僕の体重は心労から10キロ落ちていた。
ーーーーー
光空の中には4〜5人のメイン人格と、
十数人のサブ人格がいるらしい。
そして8割方、彼女の任意で交代できる。
交代するときは、
彼女の中にある複数の「部屋」を訪れ、
それぞれの人格と話す。
目を閉じ、口をわずかに動かすしぐさは、
”交代の交渉をしている”そうだ。
光空との交際が始まってから、
僕が今までに把握しているメイン人格は、
1.レオ
⇒関西弁の明るい青年、もっとも出番が多い
言いたいことは隠さず言うが、頼れるお兄さん
2.セイヤ
⇒好戦的で暴力的
口ゲンカが発展した際に切り札として登場
3.サキ
⇒非常に色欲の強い、派手好きなお姉さん
4.クレハ
⇒もの静かで優しい淑女
この他、10人ほどのサブメンバーと会った。
名乗ることもあるが、正直よく覚えていない。
わかるのは、
「あ、いま人格交代したな。」という感覚くらいだ。
ーーーーー
「今どきナンパなんて死後に近いんじゃないか?」
「あったとしても”ただしイケメンに限る”」
それがステレオタイプの1つだろう。
まして逆ナン?肉食系女子?
そんなものはおとぎ話だと思っていたが、
光空
『ねぇあなた、ちょっとかっこいいじゃない』
『この後、時間ある?お茶しましょ?』
とあるイベント会場で、
僕は唐突に光空に話しかけられた。
僕は驚いたが、
自分に言われたと勘違いしたら恥ずかしいと思い、
無反応に徹した。
「積極的な彼女から声をかけられる」
「順調に関係を深め、交際、そして同棲へ…。」
それは非モテをこじらせた男子にとって、
あまりに”ご都合主義的”だ。
だが数ヶ月後、
僕は光空のアプローチに押され、
”ご都合主義”の当事者になっていた。
このときの彼女は。
いや、このときの人格は光空”本体”だったのか?
それともサキ?
僕が会ったことのないサブメンバー?
わからない。ともかく僕らは、
「運命の出会い」「この人しかいない」
という、熱い錯覚の期間を過ごした。
ーーーーー
恋愛の熱が冷めるのは、
だいたい3ヶ月から半年後だ。
互いの長所だけが見えていた期間が終わり、
欠点が必要以上に大きく見えてくる。
その時期に、
いかに相手を傷つけずに本音を伝えるか。
それが恋人と長続きする秘訣なんだろう。
ただ、僕の”熱の冷め方”は心臓に悪かった。
ある日の仕事の休み時間。
ふと携帯を見ると、
彼女から1通のメッセージが届いていた。
そこには僕への辛辣な本音が、
関西弁で書かれていた。
零依
「……誰……?!」
光空が関西弁を話すところは、
今まで見たことがなかった。
迷惑メール?なりすまし?
まさか危険な目に遭い、携帯を奪われて…?
僕の頭の中に陰謀論が駆け巡った。
午後の仕事など手につかず、
不安に取り憑かれたまま急いで帰宅した。
ーー
光空
『そのメッセージ?私だよ。』
『レオに交代して送ってもらったの。』
彼女はあっけらかんと言った。
零依
「交代…?」
光空
『そう交代。私、多重人格なの。』
零依
「……?!」
恋の熱に浮かされる時期は終わった。
これからは勇気を出して本音を伝えよう。
僕はそう覚悟していた。
その夜に知ったことは、
予想通り彼女の僕への好意と不満。
予想通りでなかったのは、
その後に開演した、彼女の人格交代劇。
(レオ)
『初めましてやな。ワイはレオや、よろしゅうな』
(クレハ)
『クレハです。』
『困りごとがあったらおっしゃってくださいね?』
(セイヤ)
『セイヤだ。』
『コイツを泣かせたら、わかってるな?!』
光空
『サキは…今は呼ばないでおくね。』
あ、今のは本体か。
多重人格は、
難しい言葉で「解離性同一性障害」という。
トラウマや不安定な精神状態から心を守るため、
人格が分かれることがあるそうだ。
恋の熱が冷めた後、僕の仕事が2つ決まった。
1つ目は、恋人との良い関係の維持。
2つ目は、多重人格の勉強に躍起になることだ。
⇒【第2話:救済願望の沼】へ続く
⇒この小説のPV
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