2022年10月22日
【短編小説】『転入届は二度出される』後編。
⇒【短編小説】『転入届は二度出される』前編。の続き
某市N区、とある家。
『ねぇ、あたしが作った料理、残したでしょ?!』
「あ、あぁ。なんかいつもと味付けが違ってさ。」
「あと今日はそんなにお腹すいてなくて…」
『どういうこと?!』
『恋人が愛情込めて作った料理を残すなんてサイテー!』
「ちょっと待ってくれよ…」
『私のこと愛してるんでしょ?!』
『だったらぜんぶ食べて当然じゃない!』
「そうだけどさ、今日は…」
『お腹すいてない?!どうしてよ!』
『さては他の女と食事してきたんじゃないでしょうね?!』
「してないよ、頼む、少し落ち着いて…」
『もういや!あなたとは価値観が違いすぎるわ!』
『別れる!!』
ガチャ!バタン!
同棲するカップルのケンカ。
当事者にとっては一大事だが、
頭が冷えれば、話し合いがあるだろう。
--
数時間後、某市S区、とある家。
「あぁ?もう別れた?!」
『ええ。あんなサイテー男だと思わなかったわ。』
『やっぱり私にはあなただけよ。』
「だろ。俺ん家こいよ。」
『ええ。』
「引っ越しの手続きはどうすんだ?」
『明日、転入届を出しに行くわ。S区役所へ。』
別れた矢先。
これもまぁ、なくはない話だ。
よく言えば”切り替えが早い”だろうか…。
--
1週間後、某市S区。
『ねぇ、今夜も…いいでしょ…?』
「悪いが、今日は仕事で疲れててさ。」
「明日にしてくれないか?」
『どうしてよ?!』
『愛する人を抱きたくないっていうの?!』
「そうじゃなくてさ。」
「今日、取引先とトラブルがあって…」
『私からの誘いを断るなんてサイテー!』
『私のこと愛してないんでしょ!』
「落ち着けって…」
『運命の人だと思ったのに!』
『そんな男だとは思わなかったわ!もう別れる!』
ガチャ!バタン!
『やっぱり運命の人はあなただけよ。』
「だろ?戻ってこいよ。」
『1週間でまた引っ越しなんてね。』
「心配すんな。もう引っ越しなんてさせないから。」
『ええ。明日、N区役所へ行ってくるわ。』
--
3日後。某市N区。
『ねぇ、この連絡先って女の子?』
「そうだけど、職場の連絡用だよ。」
『私以外の女に連絡するってどういうこと?!浮気?!』
「違うって…」
『今すぐ消して!』
「仕事で使うから無理だよ、というか人のスマホ勝手に見るなよ…」
『そんな浮気性だったなんて信じられない!』
『もう別れる!』
某市S区。
『今、他の女のこと見たでしょ?!』
「べ、別にいいだろそれくらい…」
『私がいるのにどうしてよ!』
某市N区。
『どうして返信に5分もかかるの?!』
『他に女がいるんでしょ?!』
『もういや!別れる』
………………。
--
これらは決して、
「カップルのよくある痴話げんか集」ではない。
すべて1人の女性の話。
それも、来庁しただけでその場の空気を清める美女の。
そう。たびたび転入届を出しに来た、彼女だ。
極端な二面性がある性格のことを、
『ジキルとハイド』と呼んだりする。
それに、人間は矛盾した生き物だ。
誰もが少なからず『ジキルとハイド』な一面を持っている。
だとしても、
区役所に勤める兄弟は信じられるだろうか。
・些細なことで「別れる」と啖呵を切る
・数日〜1日での引っ越しもためらわず、別の同棲相手の家へ移る
それが彼女の、もう1つの顔だということを。
彼女が全身にまとう、やわらかさと気品。
すべてを清めるような存在感と、優しい声。
それを生み出しているのは、
彼女の異常なまでの嫉妬深さ。
そして、
”完璧な彼氏”以外は”サイテー男”という思い込み。
頭で理解しても、果たして受け入れられるだろうか…。
--
その後もN区役所、S区役所では、
数日から数週間おきに訪れる美女の話題で盛り上がった。
彼女が来なくなる1年の間、
事情を知らない来庁者たちは、
誰もがその後ろ姿に魅了された。
彼女は戸籍住民課の”常連”、
それも、異常な頻度で転入する”ワケアリ”。
職員たちはいつしか、
彼女の変わらぬ清涼感に戦慄を覚えるようになった。
N区から”華”が消えて、1年が過ぎた。
弟は偶然、遠い友人づてに彼女の噂を聞いた。
「1日2回転入」の裏事情、
尋常でない嫉妬深さと、彼氏への依存。
どちらの同棲相手ともうまくいかず破局。
今は生死すら不明…。
「あんな絶世の美女が、なぜ…?」
弟は、彼女が辿った末路に
思いを巡らせながらつぶやいた。
ときとして人間の心は、
もっとも醜い感情から、
もっとも美しい奇跡を生む。
1日に2度出された転入届は、
彼らにそう伝えていたのかもしれない。
--END--
過去作品
⇒【単発小説】『ゆりかごは、この手でゆらしましょう』。
⇒【ファンタジー小説】『魔王の娘は解放された』1
某市N区、とある家。
『ねぇ、あたしが作った料理、残したでしょ?!』
「あ、あぁ。なんかいつもと味付けが違ってさ。」
「あと今日はそんなにお腹すいてなくて…」
『どういうこと?!』
『恋人が愛情込めて作った料理を残すなんてサイテー!』
「ちょっと待ってくれよ…」
『私のこと愛してるんでしょ?!』
『だったらぜんぶ食べて当然じゃない!』
「そうだけどさ、今日は…」
『お腹すいてない?!どうしてよ!』
『さては他の女と食事してきたんじゃないでしょうね?!』
「してないよ、頼む、少し落ち着いて…」
『もういや!あなたとは価値観が違いすぎるわ!』
『別れる!!』
ガチャ!バタン!
同棲するカップルのケンカ。
当事者にとっては一大事だが、
頭が冷えれば、話し合いがあるだろう。
--
数時間後、某市S区、とある家。
「あぁ?もう別れた?!」
『ええ。あんなサイテー男だと思わなかったわ。』
『やっぱり私にはあなただけよ。』
「だろ。俺ん家こいよ。」
『ええ。』
「引っ越しの手続きはどうすんだ?」
『明日、転入届を出しに行くわ。S区役所へ。』
別れた矢先。
これもまぁ、なくはない話だ。
よく言えば”切り替えが早い”だろうか…。
--
1週間後、某市S区。
『ねぇ、今夜も…いいでしょ…?』
「悪いが、今日は仕事で疲れててさ。」
「明日にしてくれないか?」
『どうしてよ?!』
『愛する人を抱きたくないっていうの?!』
「そうじゃなくてさ。」
「今日、取引先とトラブルがあって…」
『私からの誘いを断るなんてサイテー!』
『私のこと愛してないんでしょ!』
「落ち着けって…」
『運命の人だと思ったのに!』
『そんな男だとは思わなかったわ!もう別れる!』
ガチャ!バタン!
『やっぱり運命の人はあなただけよ。』
「だろ?戻ってこいよ。」
『1週間でまた引っ越しなんてね。』
「心配すんな。もう引っ越しなんてさせないから。」
『ええ。明日、N区役所へ行ってくるわ。』
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3日後。某市N区。
『ねぇ、この連絡先って女の子?』
「そうだけど、職場の連絡用だよ。」
『私以外の女に連絡するってどういうこと?!浮気?!』
「違うって…」
『今すぐ消して!』
「仕事で使うから無理だよ、というか人のスマホ勝手に見るなよ…」
『そんな浮気性だったなんて信じられない!』
『もう別れる!』
某市S区。
『今、他の女のこと見たでしょ?!』
「べ、別にいいだろそれくらい…」
『私がいるのにどうしてよ!』
某市N区。
『どうして返信に5分もかかるの?!』
『他に女がいるんでしょ?!』
『もういや!別れる』
………………。
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これらは決して、
「カップルのよくある痴話げんか集」ではない。
すべて1人の女性の話。
それも、来庁しただけでその場の空気を清める美女の。
そう。たびたび転入届を出しに来た、彼女だ。
極端な二面性がある性格のことを、
『ジキルとハイド』と呼んだりする。
それに、人間は矛盾した生き物だ。
誰もが少なからず『ジキルとハイド』な一面を持っている。
だとしても、
区役所に勤める兄弟は信じられるだろうか。
・些細なことで「別れる」と啖呵を切る
・数日〜1日での引っ越しもためらわず、別の同棲相手の家へ移る
それが彼女の、もう1つの顔だということを。
彼女が全身にまとう、やわらかさと気品。
すべてを清めるような存在感と、優しい声。
それを生み出しているのは、
彼女の異常なまでの嫉妬深さ。
そして、
”完璧な彼氏”以外は”サイテー男”という思い込み。
頭で理解しても、果たして受け入れられるだろうか…。
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その後もN区役所、S区役所では、
数日から数週間おきに訪れる美女の話題で盛り上がった。
彼女が来なくなる1年の間、
事情を知らない来庁者たちは、
誰もがその後ろ姿に魅了された。
彼女は戸籍住民課の”常連”、
それも、異常な頻度で転入する”ワケアリ”。
職員たちはいつしか、
彼女の変わらぬ清涼感に戦慄を覚えるようになった。
N区から”華”が消えて、1年が過ぎた。
弟は偶然、遠い友人づてに彼女の噂を聞いた。
「1日2回転入」の裏事情、
尋常でない嫉妬深さと、彼氏への依存。
どちらの同棲相手ともうまくいかず破局。
今は生死すら不明…。
「あんな絶世の美女が、なぜ…?」
弟は、彼女が辿った末路に
思いを巡らせながらつぶやいた。
ときとして人間の心は、
もっとも醜い感情から、
もっとも美しい奇跡を生む。
1日に2度出された転入届は、
彼らにそう伝えていたのかもしれない。
--END--
過去作品
⇒【単発小説】『ゆりかごは、この手でゆらしましょう』。
⇒【ファンタジー小説】『魔王の娘は解放された』1
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