2022年10月21日
【短編小説】『転入届は二度出される』前編。
「転入の手続きをお願いします。」
ここは某市N区・区役所。
戸籍住民課では、とある美人の話題で盛り上がっていた。
「見たかよ…芸能人が来たのかと思ったぜ…。」
「あぁ。あんなきれいな人、本当にいるんだな。」
男性職員は口々に、称賛を語った。
「同性でも見とれてしまうわ…。」
女性職員は口々に、憧憬を語った。
おそらく身長は170センチを超える。
誰もが振り返る、美しいスタイル。
それでいて気取った素振りは一切なく、
穏やかな笑顔は謙虚さであふれていた。
全身にまとう清涼感と気品。
そして、あの優しい声。
彼女はまるで、絵画の世界から飛び出してきたようだ。
彼女はその後も手続きのため、
たびたびN区役所を訪れた。
彼女が来庁すると、
姿が見える前から、その場の空気が澄んでいった。
職員がどれだけ事務手続きに忙殺されていようと、
彼女がまとう清涼感は一瞬でわかるほどだ。
「彼女は何者なんだろう?」
「どんな仕事をしてるんだろう?」
「モデル?アイドル?それとも、高貴な家のご令嬢…?」
区役所の職員でなくとも、
想像を巡らせてしまう、圧倒的な存在感。
彼女は、彼女のあずかり知らぬところで
N区の”華”になっていた。
−−ところが−−
「転入の手続きをお願いします。」
数ヶ月後、
同市”S”区・区役所、戸籍住民課。
「見たかよ…芸能人が来たのかと思ったぜ…。」
「あぁ。あんなきれいな人、本当にいるんだな。」
N区役所に勤める弟には、
S区役所に勤める兄がいた。
その兄が最近、興奮しながらこんなことを言っていた。
「この前、戸籍住民課にすごい美人が来たんだよ!」
聞けば、その女性は長身で、謙虚な立ち振る舞い。
一瞬でその場を清める空気をまとっていたという。
まちがいなく、彼女だ。
数ヶ月前、同市”N”区へ転入してきたはずの。
市内の他の区へ引っ越す場合は、
引っ越し先へ転入届を出すだけでいい。
だからN区役所の職員たちは表面上、
彼女が引っ越しても気づかない。
たった数ヶ月後で引っ越し?
まぁ、そういう仕事なんだろう。
このとき、弟は気にも留めなかった。
--
兄の話を聞いてから1週間後。
「転入の手続きをお願いします。」
今度は同市”N”区役所に彼女がやってきた。
1週間でまた引っ越し?
弟は疑問に思ったが、
彼の役目は依頼された事務手続きの遂行だ。
3日後、兄がまた興奮しながら言ってきた。
「今日、すごい美人が転入届を…」
?!…何だ?このループは……?
弟は何度も、自分の頬をつねった。
鏡の向こうにいたのは、
赤らんだ頬の痛みで顔をしかめる自分だった。
--
次の日の朝、
弟はまた、彼女の転入手続きをしていた。
あれ?ついこの間、手続きしたはずでは…?
自分は幻術か何かにかかっているのか?
目の前にいる美人はまやかしか?
あぁ、僕は相当、疲れてるな…。
こんな幻覚を見てしまうなんて。
閉庁が近づいた夕方、
弟はこの日2度目の清涼感に包まれた。
「転入の手続きをお願いします。」
彼女の変わらぬ美しさは、
疲労した弟の顔から、血の気を奪った。
はじめは数ヶ月での引っ越し。
それが1週間、3日となり、ついに1日2回。
彼女の優しい声が、弟の耳には不気味に響いた。
そして、思わず口をついて出た。
「あなたはいったい、どんな仕事をしてるんですか…?!」
⇒『転入届は二度出される』後編へ続く
ここは某市N区・区役所。
戸籍住民課では、とある美人の話題で盛り上がっていた。
「見たかよ…芸能人が来たのかと思ったぜ…。」
「あぁ。あんなきれいな人、本当にいるんだな。」
男性職員は口々に、称賛を語った。
「同性でも見とれてしまうわ…。」
女性職員は口々に、憧憬を語った。
おそらく身長は170センチを超える。
誰もが振り返る、美しいスタイル。
それでいて気取った素振りは一切なく、
穏やかな笑顔は謙虚さであふれていた。
全身にまとう清涼感と気品。
そして、あの優しい声。
彼女はまるで、絵画の世界から飛び出してきたようだ。
彼女はその後も手続きのため、
たびたびN区役所を訪れた。
彼女が来庁すると、
姿が見える前から、その場の空気が澄んでいった。
職員がどれだけ事務手続きに忙殺されていようと、
彼女がまとう清涼感は一瞬でわかるほどだ。
「彼女は何者なんだろう?」
「どんな仕事をしてるんだろう?」
「モデル?アイドル?それとも、高貴な家のご令嬢…?」
区役所の職員でなくとも、
想像を巡らせてしまう、圧倒的な存在感。
彼女は、彼女のあずかり知らぬところで
N区の”華”になっていた。
−−ところが−−
「転入の手続きをお願いします。」
数ヶ月後、
同市”S”区・区役所、戸籍住民課。
「見たかよ…芸能人が来たのかと思ったぜ…。」
「あぁ。あんなきれいな人、本当にいるんだな。」
N区役所に勤める弟には、
S区役所に勤める兄がいた。
その兄が最近、興奮しながらこんなことを言っていた。
「この前、戸籍住民課にすごい美人が来たんだよ!」
聞けば、その女性は長身で、謙虚な立ち振る舞い。
一瞬でその場を清める空気をまとっていたという。
まちがいなく、彼女だ。
数ヶ月前、同市”N”区へ転入してきたはずの。
市内の他の区へ引っ越す場合は、
引っ越し先へ転入届を出すだけでいい。
だからN区役所の職員たちは表面上、
彼女が引っ越しても気づかない。
たった数ヶ月後で引っ越し?
まぁ、そういう仕事なんだろう。
このとき、弟は気にも留めなかった。
--
兄の話を聞いてから1週間後。
「転入の手続きをお願いします。」
今度は同市”N”区役所に彼女がやってきた。
1週間でまた引っ越し?
弟は疑問に思ったが、
彼の役目は依頼された事務手続きの遂行だ。
3日後、兄がまた興奮しながら言ってきた。
「今日、すごい美人が転入届を…」
?!…何だ?このループは……?
弟は何度も、自分の頬をつねった。
鏡の向こうにいたのは、
赤らんだ頬の痛みで顔をしかめる自分だった。
--
次の日の朝、
弟はまた、彼女の転入手続きをしていた。
あれ?ついこの間、手続きしたはずでは…?
自分は幻術か何かにかかっているのか?
目の前にいる美人はまやかしか?
あぁ、僕は相当、疲れてるな…。
こんな幻覚を見てしまうなんて。
閉庁が近づいた夕方、
弟はこの日2度目の清涼感に包まれた。
「転入の手続きをお願いします。」
彼女の変わらぬ美しさは、
疲労した弟の顔から、血の気を奪った。
はじめは数ヶ月での引っ越し。
それが1週間、3日となり、ついに1日2回。
彼女の優しい声が、弟の耳には不気味に響いた。
そして、思わず口をついて出た。
「あなたはいったい、どんな仕事をしてるんですか…?!」
⇒『転入届は二度出される』後編へ続く
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