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2024年02月03日
【短編小説】『夜蝶の手記』3 -最終話-
⇒【第2話:癒しの避難所】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
◎水嶋 クレア
主人公、23歳
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:優しくて誠実な2番手】
皆さんどうもこんばんは、水嶋 クレアです。
前回はすこーし会話が独特なお客さんと、
夜のお店は男の避難所って話だったね。
今夜は、個人的に恋愛市場で割を食ってると思う
「優しさと誠実さが売りの男」の話。
ゆっくりしていってね。
ーー
夜のお店って”疑似恋愛”を提供する商売よね。
来店する男の人もそれぞれで、
割り切ってる人も、あわよくば狙ってる人もいるのよ。
そういう男の人にとっては勝負の場でもあるんかな?
で、そんな恋愛戦場で働く身としては、
ちょっと失礼だけど感じるのよ。
(この人はモテそうだなぁ)
(この人は苦労してそうやなぁ)
って。
もちろん、お店での立ち振る舞いが
その人のすべてじゃないよ?酒も入ってるし。
けど、なんだろうね。
言葉で表すのが難しい雰囲気とかオーラ?
控え室で同僚の話を聞いてるとさ、
接客した男の人の話でけっこう盛り上がってるのよ。
「あんな人を彼氏にしたい」
「あの人は優しいけど本命じゃないかな」
面白いのは、
その人の年齢はあんまり関係ないところ。
若い人だから良いとか、
年齢を重ねてるからちょっと…
とかいう話はあんまり聞かないんよね。
むしろ年齢を重ねて経験豊富な人がいいって意見も多いよ。
そーいう話を聞いてると、
「俺はもう若くないから」なんて
悲観する必要はぜんぜんないと思う。
ただね…。
私も「この人はモテそうやなぁ」とか、
判定じみたこと言っといて申し訳ないけど、
女性ウケの基準って、そんな単純じゃないっぽいのよ。
それが私のお客さんの話。
歳は私より2〜3コ上かな?けっこう若い人。
見た目はシュッとした爽やかイケメン。
最初は会社の先輩に連れられて来たんだけど、
その理由が、
「彼女いない歴=年齢がコンプレックス」
なんだって。
女性にアプローチしたことは何度かあるらしいのよ。
けど全敗して、いよいよ自信喪失して。
先輩社員がそれ聞いて、
「まずは女性と話すことに慣れようぜ」
ってことで連れて来たらしいの。
確かにちょっと自信なさそうに見えるよ。
万人受けはしないだろうけど、
私的には「なんでこの人に彼女できないの?」って思ったのよ。
それで、私が後輩くんの席に付いたんだけど、
なんということでしょう。
後輩くん、私よりずっと聞き上手でした。
話の引き出し方が上手いのなんの。
こっちが話すペースに合わせてくれるし、
話を広げる質問も上手くてびっくり。
お主、実はカウンセラーか?
人と話すと石化する私でさえ、
最後まで話が途切れなかったわ。
たぶん、人生で初めて
「会話はキャッチボール、50:50が理想」
っていう幻想を信じた瞬間だった。
いるんだね、こんな稀少種。
しかも、本性はガサツな私よりずっと気遣い上手。
私の飲み物が減ってたり、
携帯してるハンカチを気にしてたら声をかけてくれる。
「指名のお客さんがいたらそちらへどうぞ」とか
「バックヤードへご用ですか?」とか。
かといって世話焼きって感じでもなくて、
すっげー自然にやってくれるのよ。
こーいう気遣いムーブを
恋愛テクニックとして使ってくる男もいるんだけど、
バレるのよね、なんか不自然で。
けどこの人は小手先感がしなくてさ。
なんだおめー?レディファーストマシンか?
そんで、向こうも居心地がよかったらしく、
ちょくちょく指名してくれるようになったのよ。
ーー
とまぁ、私のお客さんの中では飛び抜けて誠実な人。
なんだけど、
控え室で言われてるのは、
「あのお客さん、優しいけど物足りないよね」
「ドキドキしないし、ちょっと面白味に欠ける」
「いい人だけど、彼氏にするまででもないかな」
「よくて2〜3番手かな。いいお友達なら、まぁ…」
なんでだよオマエラーー。
…いやわかるよ。
確かに彼氏ってよりか
「面倒見のいいお兄ちゃん」だし、
「包んでくれるお母さん」的な雰囲気よ。
常にリードを求めるのはキツイし、
ガツガツきてほしい人には物足りないよ。
一緒にいると落ち着くけど、
非日常のドキドキはあんまりないかもよ。
けど、けどさ…オマエラ…
男から
与えてもらえることばっかり
値踏みしてんじゃねーよ!!!
…私、ちょっと悲しいのよね。
こんだけ誠実な男の人が「いい人止まり」だったり、
彼氏候補から除外っていう現実が。
人としては素晴らしいけど
男性としては評価されないってのが。
夜の世界も私の周りも
「スレてる人」が多いからね。
動くお金の量もケタ違いだし、
スペックあってなんぼの世界では厳しいかもね。
男にいろいろ求めちゃうのもわかるのよ?
狩猟採集時代は
強い男が女性を守ってたんだから、
本能でそれを求めてるってのも。
力では勝てないから、
力を自分に向けない男を厳選するのもわかるよ。
けどさ、
「自分が何をあげられるか」も考えようよ。
「ヤサ男はつまらない」って切り捨てる前に、
やすらぎを与えてくれる人って一面も見ようよ?
四六時中ドキドキしてたら疲れるよ?
私、ここまでエラソーなこと言ったけど、
彼女たちが言いたいのは、
「優しいのはすばらしいけど、それは大前提」
「強さもほしい、理想は優しいボディーガード」
だと思うのよ。
少女マンガでヒロインと恋に落ちる男性って、
そんなキャラが多いよね。
『ベルサイユのばら』だったら
フェルゼンとアンドレが理想の男ってことよね。
さすがに私のために国や片眼を捨てろとか、
盾になれっていうほど求めてはいない…と思いたいけど。
でさ、「誰にでも優しい男」には
その素養がないって判定されてるのが納得いかんのよ。
そりゃ一途であってほしいよ?
誰にでも優しいと
「自分だけ特別じゃないんだ…」って思うのもわかるよ?
けど考えてみ?
優しさや穏やかさって簡単には身に付かんよ。
たとえ自信のなさや処世術だとしてもよ。
自分を律したり相手の希望を立てたりできるって、
精神的にけっこうタフだと思わん?
なのに「優しそう」は褒め言葉じゃなくて
「男としては魅力ない」って意味?
それって、あまりに過程を想像してなさすぎじゃない?
物足りなさって、長く安定した関係になるには必要よ?
魅力だって”今はまだ”足りないだけかもしれないじゃん?
一時の刺激ばっかり追ってると、
すげーでかい魚を逃がして後悔するかもよ?
…うん、いったん落ち着くわ。酒をくれ。
ーー
で、例の後輩くんも、
同じ理由でフラれてきたっぽいのよ。
「いい人だけど恋愛対象じゃない」
的なことを言われて傷ついたって言ってたよ。
さすがに落ち込んで、
ワルイヤツになろうとしたけど、
根が優しいからイキれなくて失敗したんだって。
よかったね、闇墜ちしなくて。
確かに現実世界では正直者がバカを見るよ?
まっとうに生きてたって報われないことの方が多いよ?
けどさ、私は女だけど、
ヤサ男が報われないって理不尽すぎると思うのよ。
私が男だったら
「じゃあ、どうしろと?」
「求められる性格を演じろと?」って途方に暮れるよ…。
それでも後輩くん、お店に通ううちに
ちょっと自信ついてきたみたいでね。
先輩の狙い通り
「女性と話すことに慣れてきた」のよ。
すごいね。
男の人って自信が付くだけでこうも変わるんだ。
このままいけば近いうちに彼女ができて、
お店に来なくなるかもね。
あーあ、指名客が1人減っちゃうなぁ。
え?惚れたのかって?
そ、そんなわけないでしょ?!(汗)
ただのビジネスよ…ただの…。
ーー
私、この先どうなるんだろうね。
それなりにやってきたけど、
この仕事をいつまで続けるかは未定。
早起きは苦手だけど、私も一応ヒト科だからね。
日中に活動したいわ。
そんで、喪女だけど恋愛諦めてないからね。
ほ、本当だからね?!
夜の仕事をしてるとさ、
まかり間違って昼間の彼氏ができても、
起きてる時間帯が合わないのは避けたいよね。
未来はわからんけど、
今は目の前のリクエストに応えましょうか。
あの日、優しい先輩方が
ダメージデニム加工してくれたドレスあるじゃん?
アレ、やたら人気になっちゃったのよ。
恥じらいド底辺の私だから着るけどさ、
これって反則技な気がする。
あんまりあざといと、
また先輩のイビリイベント地雷を踏んじゃうから面倒ね。
まぁ、しばらくは「彼氏ほしい」とか毒とか吐きながら
ゆるっと過ごしますわ。
人生、意外と悪くないモンよ。
とりあえず生きとけ、なるようになる。
水嶋 クレアでした。おやすみなさい。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『どんな家路で見る月も』1話完結
『まもりたいもの1つ』1話完結
⇒参考書籍
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2024年02月02日
【短編小説】『夜蝶の手記』2
⇒【第1話:嫉妬の楽園】からの続き
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<登場人物>
◎水嶋 クレア
主人公、23歳
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:癒しの避難所】
皆さんどうもこんばんは、水嶋 クレアです。
前回は先輩のイビリが
神アシストになった話だったね。
今回は私のお客さんの話に付き合ってね。
最近は女性のお客さんも増えてきたけど、
基本的に男の人がお姉さんを求めて来るお店よね。
で、その現場で仕事してて思うのよ。
こーいう業界って、男の「イバリたい願望」を
収益化して成り立ってるんだなぁって。
自然界じゃオス同士で序列を争って、
強いオスがメスを総取りだもんね。
それは人間にも当てはまるみたい。
もはや男のイバリは強さのアピールのため。
DNAに刻み込まれた本能かもね。
お店にはいろんな「イバリたい願望」を
抱えた男の人が来るけど、たまに厄介な人がいるのよ。
私が1番苦手な
「どんな話題も自分の話に自動変換して返す機能」を
初期搭載した人ね。
最初の二言三言ですぐわかるの。
「あぁ、話通じないタイプか(棒)」って。
もちろん、お酒が入って
気が大きくなってるのもあるかもだけど。
たとえば私が
「お客さんの誰々に怒られちゃったんです。」
って話題を振った時ね。
ある程度、話を聞く力が高い人なら、
『それは大変だったね…どんなことで怒られちゃったの?』
みたいな、
共感しつつ話題を広げるムーブができたら
相手の好感度が上がると思うのよ。
けど、この手の人には自動変換機能があるから、
『あの人?なんで?俺にはすごくいい人だよ?』
『この前なんて俺のためにこんなことしてくれてさぁ…。』
って、自分語りに持っていくのよ。
こーいうの「会話泥棒」っていうのよね?
お金を払ってる私相手だからいいけど、
これシラフで家族とか友人にやったら
人が離れていくパターンよね…。
「この人には話が通じない」とか
「自分をアピールしたいだけ」とか思われてさ。
それで話し相手が減って、
話したい欲求が満たされなくなって。
たまーに人と話せたら、そりゃ
「このチャンス逃してなるものかァァ!!」ってなるよね。
そこで自分語りばっかりするから、
余計に人が離れていくっていう悪循環ね。
私の経験に限るけど、
そういう人ってパッと顔を見ると違和感がある。
なんつーか、目の焦点が定まってないのよ。
いや、眼球自体はシッカリと
私の身体とか身体とかに向いてるのよ?
けど、実はグルリと自分にしか
「関心の視線」が向いてないというか。
視界には入ってるけど眼中にはないというか。
虎視眈々と自分アピールのスキを狙ってる?
みたいな独特の眼球運動なのよ。
うん、うまく表現できないわ。
とりあえず、すげー失礼なこと言ってる、ごめんて。
ーー
失礼ついでだけど、
私ずっと聞き役やってきて最近
「自分ってお母さん役か?」って思うのよね。
さっきの「自分語り初期搭載型」の人に限らず、
みんな話聞いてほしいって飢えてるのよ。
外見は大人だけど、目ぇギラギラさせて
「ねぇお母さん、聞いて聞いて!」
って叫んでるように見えるの。
そう見えてくるとさ、
ちょっとかわいくも、かわいそうにも思えるのよね。
小さい頃、お母さんやお父さんに話聞いてもらえなくて
寂しかったんやろなぁ、って想像しちゃってね。
すげーわかるよ、私だってそうだったから。
ただそれを全面に押し出すと、
対人関係的にマズいってことよね。
そんで、世の中には
「お母さん聞いて聞いて!」に飢えてる人がいっぱいるから、
聞き上手は希少価値が高いってことね。
お?コミュ障の私の性格、意外とカネになるかも?
聞き上手で売れてる本性、だいぶ腹黒いな。
ーー
私、ここまでエラソーに
「男のイバリたい願望を満たしてる」
的なこと言ってるけど、男って大変ねって思う。
もちろん女も大変よ?
けど男の大変さって、女とちょっと違うのよ。
程度は人によるけど、
お店に来る男の人って”競争”に疲れた顔をしてるの。
とにかく学歴とか年収とか肩書きとかで競い合って、
勝ち続けないと捨てられる、みたいな逼迫感があってね。
どこかで
「男は生まれた瞬間から”結果出そうレース”が始まる」
って聞いたことあるけど、言い得て妙よね。
オスがモテたい、子孫を残したいってなったら戦闘力、
現代社会ならお金を稼ぐ力がないといけない、
ってことで必死なんだと思う。
ほんと、競争社会って残酷ね。
こんな世界に誰がした。
ついでに私に彼氏よこせ(切実)
ーー
そんなわけで、ポンコツな私でも
いろいろ考えて夜を生き残ってるわけよ。
意外とマジメでしょ?
マジメついでにぶっちゃけるけど、
最近、夜の世界って必要悪なんだと思う。
もちろん男にオラつかれたりイバられるのはアレよ?
アレだけど、ここって疲れた男の癒しの場所でもあるのよ。
競争に勝った男が自分の力をイバルところ
っていう光と、
競争に負けて惨めな思いをしてる男が
お金を払ってイバルことを許されるところ
っていう闇。
私は職業に貴賤はないと思うけど、
夜の仕事に独特のイメージがある人は
多いんじゃないかな。
けど、そこで働いてる人は
男のささやかなプライドを守ってるわけよ。
そう考えると、ちょっとやる気が出るよね。
今夜はかなり暴言を吐いちゃった。
酔ってんのかな。
今回も付き合ってくれてありがと。
次は最終回「男って大変よね」に関係する話ね。
個人的に
「優しさと誠実さが売りの男」って
恋愛市場で謎に割を食ってると思うのよ。
で、まさに私のお客さんにそんな人がいるから、
その男の人の話をするね。
おやすみなさい。
⇒【第3話(最終話):優しくて誠実な2番手】へ続く
2024年02月01日
【短編小説】『夜蝶の手記』1
<登場人物>
◎水嶋 クレア
主人公、23歳
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:嫉妬の楽園】
皆さんどうもこんばんは、水嶋 クレアです。
とある夜のお店のキャストやっとります。
ナンバー1ではないけど、
3年目でそこそこ売れるようになりました。
仕事柄、色んな人の話を聞くんだけど、
なんだかんだ面白いことも苦労もあるよ。
なので今日はこぼれ話に付き合ってくれる?
え?はよ始めろ?
ありがとうございます、指名よろしく。
ただ最初に言っておきたいのは、
「これだから男は(女は)」的なことを
言いたいわけじゃないってことね。
私はフェミニストでもないし、
今の時代「男だから女だから」ってのもマズいし。
とあるキャストの独り言だと思って流してね。
という予防線を展開したところで、本編どーぞ。
ーー
私、夜のキャストやってるけど、
実はすっごいコミュ障なのよ。
この世界に入る前は
コンビニのバイトとか居酒屋の店員とか、
いろいろやったけどクビ祭りでした。
私、人と話すと石化する設定らしいのよ。
ドラクエの呪文「アストロン」発動中って
こんな気持ちなのね。
そんな体たらくだから、
お客さんにまともな説明もできなくて
クレーム製造機になっちゃったんよね。
で、店舗の仕事はアカンと思い、
会社員(内勤)をやったこともあったよ。
けど私、早起きも苦手で遅刻しまくったのよ。
学生の頃から寝坊の常習犯だったしね。
そんな感じで、いろいろポンコツな私。
とりあえず早起きしなくていい働き方にしたら、
なんやかんや続いてます。
コミュ障の私にどうしてキャストが務まるのかって?
「聞き上手キャラ」がうまいこと人気になったのよ。
私、話そうとすると石像になるけど、
なぜか「話を聞く力」が高くてさ。
子どもの頃から、
親のろくでもない愚痴の聞き役を
やらされてきた経験が生きてるのかな?
当然「おもしれー話」なんてできないから、
そういうお客さんの楽しませ方は早々に捨てて、
「聞いて、持ち上げる」に全振りしたのよ。
そしたら「親身に話聞いてくれて癒される」って、
人気になったけふこのごろ。
なんつー怪我の功名。
動機は消去法だけどね。
なので接客っつてもほぼ話聞いて相づちです。
聞き上手はモテルって聞いたことあるけど、
業務的にモテルって意味か?
恋愛?おいそこ、喪女に聞くな。
ーー
で、そこそこ売れてきたら売れてきたで、
あるじゃん?嫉妬した先輩からのイビリイベント。
ドラマなら主人公のピンチで盛り上がるシーンね。
私は「そんなモン現実にあるんか?」
と思ってたけど、女の嫉妬力をナメてたわね。
ありましたよ。
ある日出勤したら、私のドレスが見事に破られてた。
それも明らかに着られない感じじゃなくて、
絶妙に男のチラリズムを刺激するデザインね。
こりゃ高度だわ。
ドレス破り慣れてるんかな?
もちろん犯人が名乗り出るわけないけど、
ある先輩方が私を見てニヤついてたからすぐ察したわ。
ポーカーフェイスって難しいのね。
先輩的には、
私が泣き伏してくれると期待したんだろうけど、
私の自己肯定感の低さは計算外だったんかね?
こちとらハナから捨て身。
今さら見られたところで、
削られる羞恥心なんか持ち合わせてないのよ。
破れたドレスのまま登場してやりました。
そしたら案の定、
あざとさと露出補正で男性諸氏の視線は釘付け。
もうダメージデニムのカテゴリーでよくない?
そんで、お客さんや黒服さんが心配してくれて、
「誰がやったんや」って騒ぎに発展。
その後はご想像に任せるけど、
その先輩方、いつの間にか移籍してました。
彼女、この前ヘルプに行った系列店でバッタリ会ってね。
「ごきげんよう(汗)」って顔してて気まずかった。
先輩よかったね、クビじゃなくて。
なるべく敵を作らないって大事ね。
ーー
そんな感じで、女の競争社会には
そこかしこにイビリイベント地雷が埋まってるのよ。
私は適当人間だから受け流せてるけど、
真面目で繊細な人だったらメンタル崩壊してるわ…。
私が入店した当時から、
お世話になってる人が売上ナンバー1でね。
優しくて気遣い上手で、
こーいう「嫉妬の楽園」界隈じゃ
真っ先にメンタル粉砕されそうな人なのよ。
で、彼女も上位になった当初は
周りからの嫉妬やイビリがエグすぎて、
闇墜ち一歩手前までイッたんだって。
店長に当時の彼女がどんな目に遭ってたかを聞いたら、
青ざめて無言になったからね。
よっぽど恐ろしかったんだろうね。
ごめんね店長、トラウマに塩ブチまけちゃって。
私の「ダメージデニム加工ドレス事件」なんて
ヌルゲーなんかね?
彼女、それでも這い上がってきたからすごいよね。
なんか、たたずまいからしてオーラが違うもん。
ただ、彼女は今でも
「私は夜のキャストに向いてない」って言うのよ。
ナンバー1よ?当時も今も。
そこまで上り詰めた人がそんな弱気?
って、未だに不思議に思う。
私、鈍感力Maxでほんと助かった…。
これ以上、内ゲバをエグるのもアレだから、
話題を変えましょうか。
次回は私の個性的なお客さんの話。
乞うご期待ってことで、おやすみなさい。
⇒【第2話:癒しの避難所】へ続く
2024年01月31日
【オリジナル歌詞】『遠イ日ノ奇跡』
夢ならば醒めないでと願い
胸の痛みで涙あふれて
2人過ごした眩い刻(とき)は
遠い日の儚い奇跡
幼過ぎたあの日どうして
つないだ手を離したのか
寄り添うあなたの優しさに
甘え過ぎた
永久(とわ)の後悔
背負うと気づかずに
夢で逢うたび手を伸ばしても
あなたの指先には届かない
夢から醒めて涙の跡に
すべての罪消してと乞う
人を信じられなかった僕に
あたたかさ教えてくれた
冷え切った心抱きしめて
救ってくれた
永久(とわ)に続くと
幻だけ観ていた
夢のあなたは幾年月を
重ねても決して褪せぬ微笑み
夢から醒めて涙の跡に
もう一夜(ひとよ)逢わせてと乞う
胸の痛みで流す涙も
消せない罪も明日への糧に
2人出逢った淡い奇跡は
心の奥で永遠(とわ)に輝く
ーーーーーーーーーーーーーーー
⇒他作品・歌詞
『生キテルアカシ』
『絶望のトビラ』
⇒他作品・小説
『白だしうどんは涙色』全2話
『まもりたいもの1つ』1話完結
2024年01月25日
【短編小説】『まもりたいもの1つ』(1話完結)
【最期の命は”まもりたいもの”のために】
赤ずきんのおばあさんの家に、
オオカミが入ってきてしまいました。
童話の通りなら、
おばあさんは丸飲みにされてしまいます、が…?
オオカミはせっかく獲物を見つけたのに、
なぜかおばあさんに襲いかかりません。
もうすぐ赤ずきんがやってきます。
けれどオオカミは、おばあさんに変装して
布団へもぐりこむ素振りも見せません。
オオカミは言います。
「悪役にだって”まもりたいもの”がある」と。
ーーーーー
オオカミ
「奥さん、危険だから家から出ないでくださいよ?」
「俺が家の外へ出て、森の奥へ消えるまで。」
「流れ弾が当たっちゃいけねぇ。」
赤ずきんの祖母
『わ、わかったわ…。』
オオカミ
「街の猟師組合には知らせましたかい?」
「近くの森にオオカミが出るって。」
赤ずきんの祖母
『ええ…もうすぐ来るって…。』
オオカミ
「(ニコリ)…そうですかい。」
赤ずきんの祖母
『オオカミさんはどうして私を襲わないんだい?』
オオカミ
「ははは、俺にはもうそんな力は残ってませんよ。」
「ツメだってキバだってホラ、この通りでさぁ。」
オオカミは笑いながら両前足を差し出しました。
ツメはボロボロで、キバは根本から折れていました。
赤ずきんの祖母
『あれまぁ…これは例の病気だね。』
『それも、もう長くは…。』
オオカミ
「ええ、わかってますよ。自分の身体ですから。」
赤ずきんの祖母
『立っているのも辛いんじゃないかい?』
『なのに、どうしてそこまでしてくれるの?』
オオカミ
「悪役にだって”まもりたいもの”の1つくらいあるんですぜ!」
「最期くらい、かっこよく決めさせてくださいよ。」
コンコン、ガチャ、
赤ずきん
『おばあちゃん、身体の具合はいかが…。』
『……オ、オオカミ?!』
オオカミ
「待ってたぜ赤ずきん!お前も食ってやる!」
オオカミは赤ずきんに襲いかかりました…。
いえ、これは…?
襲いかかる…フリ?
赤ずきんは、
飛びかかるオオカミの下をするりと抜け、
家の外へ助けを呼びに行きました。
猟師
『どうした?!オオカミか?!』
ちょうど近くまで来ていた猟師組合の1人が、
赤ずきんの叫びを聞きつけました。
赤ずきんは駆けつけた猟師の1人に保護されました。
オオカミは赤ずきんを襲うのを諦めて、
森の奥へ逃げました。
猟師
『例のオオカミだ!逃がすな!』
猟師たちはオオカミを追いかけて、
森の奥へ入っていきました。
しばらくして、
森の奥から1発の銃声が響きました。
鳥たちは驚いて飛び立ち、
木々の葉が少しだけざわつきました。
森の奥から猟師たちが帰ってきました。
赤ずきん
『…お父さん……?』
駆けつけた猟師の1人は、
赤ずきんが幼い頃に別居した父親でした。
赤ずきんは泣きながら
父親へ抱きついて言いました。
赤ずきん
『ねぇお父さん…?』
『お母さんね、いつも言っているの。』
『”まだ許してもらえるかな?やり直せるかな…?”って。』
赤ずきんの父親は、
それを聞くと涙が止まらなくなりました。
赤ずきん
『お父さん…帰ってきてよ!』
『私、お母さんとお父さんと一緒に暮らしたいよ!』
こうしてオオカミ退治は、
すれ違っていた赤ずきんのお父さんとお母さんが
仲直りするきっかけになりました。
おばあさんは幸せな息子夫婦と孫に囲まれて、
幸せに暮らしました。
10年後、天界。
オオカミ
「……おや?思ったより早いですね。」
「こっちへ来るのが。」
赤ずきんの祖母
『ええ…もう少しあの子たちの幸せを見たかったわ。』
『病気だけはどうしようもないね。』
オオカミ
「まったくだ、もう少し待ってくれてもねぇ。」
赤ずきんの祖母
『その…ありがとうね、オオカミさん。』
オオカミ
「…何がです?」
赤ずきんの祖母
『10年前のこと。』
オオカミ
「そんな昔のことは忘れましたね。」
赤ずきんの祖母
『とぼけないでよ、息子夫婦の仲直りのために…。』
『私たちを引き合わせてくれたんでしょう?』
オオカミ
『ああ、”偶然”再会できてよかったですね。」
赤ずきんの祖母
『素直じゃないねぇ…。』
『痛かったでしょう?撃たれたところ。』
オオカミ
「あんなの大したことねぇですよ。」
「…家族を失う痛みに比べたらね。」
赤ずきんの祖母
『お前さん、家族を”失くした”のかい?』
オオカミ
「さぁね、オオカミは悪役ですからね。」
「オオカミと猟師ってお似合いでしょ?」
赤ずきんの祖母
『…ごめんね、イヤなことを思い出させて…。』
オオカミ
「何でもねぇですよ、昔の話です。」
「俺は最期に”まもりたいもの”を守れて十分幸せでしたよ。」
赤ずきんの祖母
『ずいぶん優しい悪役だねぇ。』
オオカミ
「悪役なりの美学があるんすよ。」
「悪役にだって”まもりたいもの”の1つくらいあるんです。」
「”幸せそうな家族”っていう…ね。」
ーーーーーENDーーーーー
遠い国の、深い森の入口に、
優しいおばあさんが住んでいた家があります。
その家の庭に、2つのお墓があります。
1つはおばあさんの。
もう1つには誰が眠っているんでしょうね。
わかりませんが、
お墓には今でもたまにブドウ酒と、
一輪の花が供えられているんですって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒他作品
『まぼろしの舞踏会』全4話
『片翼の人形が救われた日』全4話
2024年01月22日
【短編小説】『まぼろしの舞踏会』4 -最終話-
⇒【第3話:解けた鎖】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
◎エレノア
後世「灰かぶり姫」と呼ばれる少女
継母や義姉にこき使われながらも、
優しさと誠実さで街の人々からの信望が厚い
◎セラフィス
エレノアが住む国の王子
穏やかで親しみやすく、市民とも気さくに会話できる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:幸せを見つけるココロ】
エレノアとセラフィス王子が結婚して
数年が経ちました。
エレノアは王太子妃として、
王子の公務を手伝う日々を送っていました。
愛する夫はもちろん、
お城の人たちも、とてもあたたかい人ばかりでした。
多忙ながら、エレノアにとって幸せな日々が続きました。
しかし、どうしても拭えない違和感が1つありました。
それは、かつて灰をかぶっていた頃とは
まったく違う「裕福な暮らし」でした。
当時、エレノアは街へお使いに行くたびに、
街の人々の暮らしをいやというほど見てきました。
エレノア自身と同じように、
食事は粗末なマメの煮物だけ。
わずかな野菜が浮かんだスープだけ。
そんな家庭はいくらでもありました。
貧しさのあまり、
盗みを働く者が捕まる現場を見たこともありました。
王子の献身的な働きもあり、
街の人々の暮らしはどんどん良くなっていました。
それでもエレノアは、
自分だけが”運良く”貧しさと無縁になったことに
居心地の悪さを感じていました。
エレノア
「王宮で余った食材は、お城や街の皆さんへお配りしましょう。」
「服も靴も、日用品も。」
エレノアは積極的に寄付や慈善活動をしましたが、
街の人々と同じ目線にいない自分がいやになりました。
エレノア
「私、今すごく幸せだけど…。」
「何だろう…?この幸せは作り物のような気がする…。」
彼女は幸せとは何かを悩み、
窓から外を眺めて過ごす日々が続きました。
ーー
そんなある日、
白い小鳥
『お久しぶりです。悩んでいるようですね。』
エレノア
「小鳥さん?!また来てくれた!」
数年前の、舞踏会の日以来の再会でした。
白い小鳥
『時々、見ていましたよ。幸せそうで何よりです。』
エレノア
「ええ。小鳥さん、あの時は本当にありがとう。」
「あなたと魔女さまのおかげで、私は今幸せよ。」
白い小鳥
『どういたしまして。』
『ところで、あなたは今”幸せ”とおっしゃいましたね。』
『それは心からの言葉ですか?』
エレノア
「うっ…それは…。」
白い小鳥
『責めたりしませんよ。』
『こうなると予想していましたから。』
エレノア
「幸せなのはウソじゃないの…。」
「ただ街のみんなを見ていると、自分への違和感が拭えなくて…。」
エレノアの返答に、
白い小鳥は彼女の心の成長を確信しました。
そして、満足げな表情で言いました。
白い小鳥
『うん、今のあなたなら自力で幸せに気づけるでしょう。』
『もう魔法は必要ありませんね。』
エレノア
「魔法?魔法は舞踏会の日だけって…。」
白い小鳥
『金の靴を覚えていますか?』
『王子さまがあなたを見つける手がかりになった靴。』
エレノア
「ええ、金の靴はここに。」
白い小鳥
『”衣装の魔法は24時まで”でしたよね?』
エレノア
「あ…金の靴だけが消えていない…。」
白い小鳥
『あなたにかけた2つ目の魔法、覚えていますか?』
エレノア
「確か”本当の幸せに気づくまで”って。」
「あの時はそのうちわかるって言っていたけど、この靴が?」
白い小鳥
『そう、2つ目の魔法が込められているのが金の靴です。』
『そしてあなたは王宮での暮らしを通じて気づきました。』
『あなたにとっての”本当の幸せ”に。』
エレノア
「私にとっての…本当の幸せ…?」
白い小鳥
『そろそろ魔法が解けるようですね。』
『驚くでしょうが、あなたなら大丈夫。』
白い小鳥がそう言うと、
金の靴からまばゆい光があふれ出し、
あたり一面を覆いつくしました。
エレノア
「…!何も見えない…!」
ーー
ようやく光がおさまった頃、
エレノアは周囲の景色の変わりように驚きました。
なんと、彼女はさっきまで王宮の一室にいたはずが、
街の民家にいたのです!
手元にあった金の靴は消え、
代わりに夫のために編んでいる最中だった冬服がありました。
エレノア
「…どういうこと…?」
エレノアは民家の外へ出てみると、
いつもの活気ある街の姿がありました。
丘の上にあったはずの王宮は消えていました。
エレノア
「あぁ…よかった…。」
「やっぱり、この街には初めから王宮なんてなかったのね。」
舞踏会の招待状が届いた日の、記憶が抜けたような感覚。
エレノアだけが、魔法で作られた幻影に気づいていたのです。
白い小鳥
『…がっかりしましたか?』
『王族としての裕福な暮らしは魔法だったとわかって。』
エレノア
「とんでもない。ほっとしたの。」
「私、もうとっくに幸せだってわかったから。」
白い小鳥
『…そうですか。』
『…あなたならそう言うと思いましたよ。』
エレノア
「小鳥さんは、どうしてこんなに私を気にかけてくれるの?」
白い小鳥
『…私があなたのお母さまのお墓へ行くたびに…。』
『自分の食事を削って、マメをくれましたよね。』
エレノア
「小鳥さんも寒そうだったもの。」
白い小鳥
『…本当に、無邪気に言えるんですね。』
『…まったく、あなたは底抜けのお人好しだ…。』
『まさか、1度王子さまの求婚を断るとは予想できませんでしたがね。』
エレノア
「私、幸せになる勇気がなかったの…。」
「けど今なら自信を持って言える気がする。」
「私にとっての幸せは、あの家から出られたこと。」
「優しい夫や、街のみんなに囲まれて暮らせることだって!」
白い小鳥
『(ニコリ)…これで、私の務めは終わりです。』
エレノア
「小鳥さん行っちゃうの?また来てくれる…?」
白い小鳥
『また来ますよ、おいしいマメをもらいに。』
『どこかの誰かに、次の幸せを届け終えてからね。』
エレノア
「小鳥さん…ありがとう!待ってるね!」
白い小鳥は青空へ飛び去っていきました。
ーー
セラフィス
『エレノア、ただいま。』
街の役所に勤める夫・セラフィスが帰ってきました。
エレノア
「セラフィス!おかえりなさい!」
エレノアはセラフィスへ駆け寄り、
思いっきり抱きつきました。
セラフィス
『わわ!今日はどうしたの?!』
『すごく嬉しそうだね、何か良いことがあったの?』
エレノア
「…ううん……何もないよ!」
「私、幸せだなぁって思っただけ!」
セラフィス
『そっか…エレノアが幸せで、よかった…。』
エレノア
「いけない!お夕食の支度の途中だった!」
セラフィス
「あはは、手伝うよ。」
「今日、街の商店街で野菜をもらったから入れよう。」
エレノア
「あなたって本当に街のみんなに好かれているよね。」
エレノアの言葉に、セラフィスは苦笑いしながら言いました。
セラフィス
『はは、それならありたがいけど。』
『好かれているのは僕なのかなぁ。』
エレノア
「苦笑いして、どうしたの?」
セラフィス
『街のみんなが野菜をくれる時も、靴を直してくれる時も…。』
『”エレノアちゃんのために”って言うんだよ。』
ーーーーー
ーーーーー
いかがでしたか?
時をさかのぼり、彼女の気持ちに触れてみて。
エレノアは継母の家から出られた時点で、
すでに十分幸せだったんですね。
それにしても、魔女の魔法はすごいですね。
王宮をまるごと出したり、街の人々の記憶を操ったり。
後世に残る「シンデレラ」は、
もしかしたら誰かが時をさかのぼって見てきたもの、
かもしれませんね。
え?魔女は誰かって?
うふふ、
物語には少しくらい謎があった方が
おもしろいでしょう?
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
『白だしうどんは涙色』全2話
『タイムシーフ・タイムバンク』全6話
2024年01月21日
【短編小説】『まぼろしの舞踏会』3
⇒【第2話:2つの魔法】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
◎エレノア
後世「灰かぶり姫」と呼ばれる少女
継母や義姉にこき使われながらも、
優しさと誠実さで街の人々からの信望が厚い
◎セラフィス
エレノアが住む国の王子
穏やかで親しみやすく、市民とも気さくに会話できる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:解けた鎖】
王宮では華やかな舞踏会が始まっていました。
セラフィス王子はもちろん、
美しい女性たちの憧れを一身に受けていました。
王子は幾人もの女性と踊りました。
エレノアの義姉のように外見は美しく、内面はそうでない人。
外見も内面も美しい人。
魅力的な女性はたくさんいましたが、
王子は思いました。
セラフィス
(この方もエレノアさんではない…。)
(何か理由があって来られないのだろうか…?)
その時、舞踏会場へ
1人の女性が遅れてやって来ました。
これまで見たこともないような美しさです。
見た目以上に、彼女から内面の美しさがあふれ出ていました。
継母も義姉たちも、
彼女がエレノアだと気づきませんでした。
継母と義姉たちには、外面しか見る目がなかったからです。
ですが王子は彼女を見つけた瞬間、思いました。
あの方がエレノアさんに違いない、と。
セラフィス
『私と踊っていただけますか?』
エレノア
「わ、私ですか…?」
エレノアは驚きました。
まさか王子さまに声をかけてもらえるなんて
思っていませんでした。
それでも、王子さまから誠実な人柄が伝わってきて、
エレノアは心を惹かれました。
エレノア
「はい…喜んで!」
こうして
エレノアと王子さまは楽しいひと時を過ごしました。
ーー
セラフィス
『私はセラフィスと申します。あなたのお名前は?』
エレノア
「私はエレノアと申します。」
セラフィス
『やはり…!ついに見つけました!』
『街であなたの評判を聞いて、ぜひお会いしたいと思っていたんです。』
エレノア
「わ、私なんかに…?光栄ですわ…。」
セラフィス
『後日、ぜひまたお会いしたい。』
『この街にお住まいなのですか?』
王子がそう尋ねた時、
ゴーン、ゴーン、
王宮の時計が23時55分の鐘を鳴らしました。
エレノア
「いけない!(魔法が切れちゃう!)」
セラフィス
『エレノアさん…?急に慌ててどうしたんです?!』
エレノア
「王子さま、申し訳ございません!」
「私、帰らなきゃ!」
エレノアは王子さまの問いに答える間もなく、
王宮を去ってしまいました。
彼女が履いていた金の靴の片方を残して。
ーーーーー
それから、王子は
街の定期視察のたびにエレノアを探しました。
街の人々は、灰をかぶった姿のエレノアしか
見たことがありませんでした。
そのため誰に尋ねてもエレノアの家を答えられません。
手がかりは彼女が落としていった金の靴だけでした。
数ヶ月後、街中を探し回った王子は、
ついに街外れの屋敷を訪れました。
エレノアと継母、義姉たちの屋敷です。
継母はエレノアのことを隠そうとしましたが、
セラフィス
『あなたのお嬢様は2人とも、金の靴を履けなかった。』
『そしてこの家にはもう1人、女性がいますよね?』
普段から街の人々の暮らしをよく見ている王子は、
この家が3人暮らしでないことを見抜きました。
王子は渋る継母を振り切り、
ついにエレノアと再会しました。
エレノアは舞踏会の時とは似ても似つかない、
ボロボロの身なりでしたが、
セラフィス
『やっと会えましたね…!』
金の靴がエレノアにぴったりだったことに驚いたのは、
むしろ継母と義姉たちでした。
セラフィス
『あの日から、ずっとお慕いしていました。』
『どうか私と結婚を見据えてお付き合いしていただけませんか?』
国中の女性が憧れる王子さまからの求婚です。
喜んでお受けする…はずが、
エレノア
「とても嬉しく思います…。」
「ですが私など、あなたの隣に立てるような者ではありません。」
「王子さまをお支えできるような者では…。」
なんと、エレノアは
王子からの求婚を断ってしまったのです!
エレノアは自分が幸せになることを、
自分自身が許していませんでした。
長年、虐げられたことで自己評価が下がり、
こんな自分が幸せになってはいけないと
思い込んでしまったのです。
王子はエレノアの境遇と心中を察し、
断りの理由を尋ねませんでした。
それどころか、
エレノアの奥ゆかしさにますます惹かれました。
セラフィス
『エレノアさん、お会いできて嬉しかったです。』
『今日は失礼しますが、私はあなたを諦めたくありません。』
『あなたに振り向いてもらえるよう、努める所存です。』
エレノア
(なんて潔いお方…。)
(私やっぱり王子さまが好き。だけど……。)
セラフィス
『ああ、それと奥様、お義姉さま方。』
継母
『?!』
セラフィス
『今まで随分とエレノアさんを”おもてなし”されたようですが。』
『今後は控えていただけますように。それでは。』
王子は、嫉妬に狂った継母や義姉たちが
エレノアに何をするかを察知していました。
釘を刺された継母たちは、
その日からエレノアへの仕打ちを
和らげるしかありませんでした。
ーー
その後もセラフィス王子は、
街の視察のたびにエレノアを訪ねてきました。
初めは固辞していたエレノアも、
だんだんと王子の熱意に押されていきました。
エレノアは王子への好意と同じくらいに、
彼といると”自分を縛っている鎖”を
解かれる心地よさを覚えました。
そして数ヶ月後、
ついにエレノアは王子との結婚を決意しました。
ある日、王宮からお迎えの馬車がやってきました。
エレノア
「王子さま、1つだけわがままを聞いてくださいますか?」
セラフィス
『何なりと。』
エレノア
『お義母さまとお義姉さまを、お許しください。」
セラフィス
『…どうしてですか?』
エレノア
「お義母さま方は、確かに私に優しくありませんでした。」
「ですが、そのことで何か罰を与えられるのは違います。」
「もし報復をお考えであれば、思いとどまっていただきたいのです。」
セラフィス
(何と優しいお方だろう…。)
(この方こそ、私が生涯愛する人。)
『…わかりました。』
『彼女たちにはこのまま、ひっそり暮らしてもらいましょう。』
エレノア
「…寛大なお心遣い、ありがとう…ございます…。」
エレノアはお迎えの馬車へ乗り込むまで、
涙をこらえました。
遠ざかっていく馬車を、
継母たちは憎々しい表情で見送ることしかできませんでした。
エレノアは愛する人と一緒になれましたが、
彼女にかけられた2つ目の魔法は解けていませんでした。
白い小鳥が言っていた
「本当の幸せに気づくまで続く魔法」が。
⇒【第4話(最終話):幸せを見つけるココロ】へ続く
2024年01月20日
【短編小説】『まぼろしの舞踏会』2
⇒【第1話:抜け落ちた記憶】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
◎エレノア
後世「灰かぶり姫」と呼ばれる少女
継母や義姉にこき使われながらも、
優しさと誠実さで街の人々からの信望が厚い
◎セラフィス
エレノアが住む国の王子
穏やかで親しみやすく、市民とも気さくに会話できる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:2つの魔法】
ついに王宮の舞踏会の日がやってきました。
心を躍らせる継母と義姉をよそに、
エレノアは早朝から仕事に追われていました。
彼女たちの髪すきやドレスの準備をする時間までに、
普段の家事をすべて終わらせるよう命じられたからです。
エレノアは無理難題を吹っかけられながらも、
どうにか仕事を終わらせました。
ですが、継母も義姉もわかっていました。
エレノアも舞踏会へ行きたいと言い出すこと。
そして、自らの器量も人格もエレノアに敵わないこと…。
継母
(エレノアを王子さまに逢わせてはいけない。)
(この子が選ばれてしまう…!)
エレノア
「お義母さま、私も舞踏会へ…。」
継母
『エレノア!今までサボっていたのかい?』
『まだこんなに仕事が残っているじゃないの!』
継母はエレノアの言葉をさえぎり、
部屋の暖炉を指差しました。
暖炉の灰の中には、
今週の夕食用に仕込んだはずのマメたちと、
エレノアの外出用の服と靴が投げ込まれていました。
継母
『舞踏会へ行くなら、あれを片付けてからにしなさい。』
『そんなに汚い服で行けるなら、だけど。』
継母はそう吐き捨てると、
義姉たちを連れて、いそいそと王宮へ向かいました。
エレノアは言葉を失いました。
とても舞踏会が始まるまでに片付けられる量ではありません。
たとえマメ拾いが終わっても、
灰まみれの服と靴では、門番が通してくれないでしょう。
エレノアは涙をこらえながら灰をかき分け、
仕事を終わらせました。
もう舞踏会が始まる時間になっていました。
ーー
エレノア
「もうダメ…間に合わない……!」
絶望したエレノアは、
家の裏手にある母親の墓前で泣きました。
エレノア
「お母さま…私…前を向いて生きてきました…。」
「けど、もう限界みたいです…。」
彼女が抱きしめた灰まみれの服と靴に、
涙が次々に落ちました。
涙は茜色の空に照らされて、キラキラ輝きました。
エレノア
「…小鳥さん…今日も来てくれたの…?」
「今日は私にとまっちゃダメよ?」
「灰まみれになっちゃう。」
母のお墓の後ろに、1本の木がありました。
その木には、よく白い小鳥たちが来てくれました。
白い小鳥たちはエレノアを仲間と思ったのか、
よく彼女の肩や腕にとまるようになっていました。
??
『やれやれ…こんな時まで他者の心配ですか?』
『あなたは底抜けにお人好しですね。』
エレノア
「…?!誰の声…?」
周りを見渡しても、誰もいません。
エレノア
「天のお迎えですか…?」
「ちょうどいいです、私はそろそろ…。」
??
『そう早まりなさんな。ここですよ、ここ。』
なんと!
声の主はエレノアの肩にとまった白い小鳥でした。
エレノア
「小鳥さんがしゃべって…?」
白い小鳥
『驚かせてしまいましたね。』
『さすがに見てられなくて正体を明かしました。』
エレノア
「小鳥さんの正体?」
白い小鳥
『はい、私はとある魔女さまの使いです。』
『あなたをずっと見守ってきました。』
エレノア
「私を?」
白い小鳥
『エレノアさん、ずいぶん辛い生活を送ってきましたね。』
エレノア
「あはは…私、辛いのかな…?」
「もうわかんないや。」
ポタ、ポタ、
エレノア
「あ、あれ?おかしいな、悲しくなんかないのに…。」
白い小鳥
『魔女さまが言っていましたよ。』
『”お前さん、曲がっていないんだね”と。』
『あなたは決して人を悪く言ったり、運命を呪ったりしなかった。』
エレノア
「そう、かな…。」
「私、お母さまがいなくなってから必死で…。」
「何も考えられなくて…。」
白い小鳥
『理由はともかく。』
『あなたがきれいな心の持ち主なのはわかります。』
『そこで私たちが幸せへの手助けをしたいと思いまして。』
エレノア
「幸せの?一体何を…。」
白い小鳥
『舞踏会、行きたいんでしょう?』
エレノア
「行きたいけど、こんな格好じゃ…。」
白い小鳥
『魔女さまの魔法で、行けるようにして差し上げます。』
白い小鳥はそう言うと、
どこからともなく美しいドレスと金の靴を出しました。
灰まみれだったエレノアの姿も、
いつの間にかきれいになっていました。
エレノア
「あ……。」
白い小鳥
『さぁ着てください。』
ドレスも金の靴も、エレノアの身体にぴったり合いました。
エレノア
「こんなに良くしてくれて、本当にいいの?」
白い小鳥
『今さらですよ。』
『街の人たちもあなたの幸せを望んでいます。』
エレノア
「街のみんなが?それなら嬉しいな…。」
白い小鳥
『ただし2つ注意してください。』
エレノア
「2つ?」
白い小鳥
『魔女さまといえど、魔力は無限ではありません。』
『1つ目、衣装の魔法の効果は今日の24時までです。』
『2つ目、魔法そのものの効果は”本当の幸せに気づくまで”です。』
エレノア
「衣装は24時までなのはわかるけど…。」
「”魔法そのもの”ってどういうこと?」
白い小鳥
『2つ目は急がなくていいです。』
『そのうちわかりますから。』
『答えはすでに”あなたの中にある”かもしれませんね。』
エレノア
「そのうちわかる?私の中に?」
白い小鳥
『のんびりしている場合じゃありませんよ?』
『あちらに馬車も用意したので、早く王宮へ向かってください。』
エレノア
「うん。小鳥さん、魔女さん、本当にありがとう。」
こうして灰かぶりのエレノアは、
魔女と白い小鳥の助けで舞踏会へ行けるようになりました。
それにしても意味深な魔法ですね。
”本当の幸せに気づくまで”とは、
いったいどういうことでしょう?
⇒【第3話:解けた鎖】へ続く
2024年01月19日
【短編小説】『まぼろしの舞踏会』1
<登場人物>
◎エレノア
後世「灰かぶり姫」と呼ばれる少女
継母や義姉にこき使われながらも、
優しさと誠実さで街の人々からの信望が厚い
◎セラフィス
エレノアが住む国の王子
穏やかで親しみやすく、市民とも気さくに会話できる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:抜け落ちた記憶】
後世で「シンデレラ」として語り継がれる物語。
不遇な少女が王子さまの寵愛を受け、
困難に耐えた末の成功譚として描かれます。
華々しいドレスや舞踏会に目が行きがちですが、
私には確かめたいことが1つあります。
シンデレラにとって、
”本当の幸せ”とは何だったのでしょうか?
白い小鳥たちからドレスや金の靴をもらえたこと?
王子さまと結婚できたこと?
彼女の気持ちに触れてみましょう。
少し、時をさかのぼりますね。
ーーーーー
ーーーーー
街の婦人
『エレノアちゃん?あの子は本当に優しい子だよ。』
『けど、泣きたいはずなのに顔に出さないんだ。』
『いつも心配になるんだよ…。』
街の靴職人
『エレノアは素晴らしい子だよ。』
『お母さんを亡くしてから、本当に苦労して…。』
『なのにいつも笑顔で、俺たちにも優しくてな。』
『街の連中は、あの子に生きる活力をもらっているよ。』
街の少女
『エレノアお姉ちゃん?』
『優しくて、お仕事の合間に遊んでくれるんだ!』
『けどね、いつもボロボロの服を着ているの…。』
『あんなにきれいなのに、もったいないよね…。』
セラフィス
『ううむ……。』
『これだけ街の人々に好かれるエレノアという女性…。』
『ぜひ1度お会いしてみたい、身分など関係ない。』
『何か手はないものか…?』
ここはとある片田舎の、小さな街。
この国の王子・セラフィスは人格者として知られています。
彼は『市民の暮らしを知ってこその為政者』
という信念のもと、定期的に街を視察していました。
セラフィス王子は身分で人を差別しません。
おかげで、街の人々と気さくに話せる間柄でした。
そして、王子は街で評判のエレノアという女性に、
いつしか想いを巡らせていました。
そんな王子の想いなど露知らず、
エレノアは継母と義姉たちに虐げられる毎日を送っていました。
後世で「灰かぶり」と呼ばれるほど
みすぼらしい服を着て、朝から晩まで働かされました。
それでもエレノアの美しさと内面の良さは、
身なりでは覆い切れなかったのでしょう。
街の人々のあたたかい言葉が、その証拠です。
彼らの支えのおかげで、
エレノアは辛い毎日に耐えていられたのです。
ーー
そんな折、
エレノア
「王宮の舞踏会…?」
王宮から、街のすべての女性宛てに
舞踏会の招待状が届きました。
もちろん身分は不問です。
継母や義姉たちは、
喜んでお化粧やドレス選びに勤しんでいました。
今回の舞踏会は、
人格者として名高いセラフィス王子の
花嫁候補探しでもあったからです。
『何としてでも娘のどちらかを王宮へ入れたい』
『王族となって裕福な暮らしを保障されたい』
継母や義姉のそんな欲望を叶えるべく、
エレノアはさらにこき使われました。
継母たちの手伝いに疲弊しながらも、
おそらくエレノアだけが違和感を抱いていました。
それは、
エレノア
「この街に王宮なんてあったかな…?」
こんな片田舎に
王都を構えるような小国ではありません。
それとも、この舞踏会は
王都からわざわざ王族が訪れての開催でしょうか?
継母
『王宮?この子は何を言い出すんだい?』
『窓から見えるじゃないか。ホラ、あの丘の上だよ。』
継母は呆れた顔で窓の外を指差しました。
エレノアが窓から外を見ると、
確かに丘の上に王宮がありました。
エレノア
「見慣れているような、初めて見たような?」
エレノアには現実感がありませんでした。
何だか、ある時までの記憶が
すっぽりと抜け落ちているようでした。
エレノア
(お義母さまもお義姉さまも不思議に思っていないの?)
(私、お母さまを亡くしてから悲しみ過ぎたから…。)
(私だけがおかしくなっちゃったのかな…?)
継母
『エレノア!何をボーっとしているの?!』
『早く掃除を終わらせて、こっちを手伝いなさい!』
エレノア
「は、はいお義母さま!ごめんなさい!」
エレノアと、彼女以外の人々の記憶の食い違い。
その正体を考えるヒマも与えられないまま、
エレノアの過酷な日々が過ぎていきました。
⇒【第2話:2つの魔法】へ続く
2024年01月16日
【オリジナル歌詞】『絶望のトビラ』
現(うつつ)で叶わぬ ささやかな願い
いつしか求めることさえ捨てて
絵空事へ避(に)げこみ救われず
孤り涙 流してきた
生きること 諦めたはずなのに
なぜ足搔き続ける?
冷えてゆく肌も心も
あたためてくれる
巡り逢いなど夢物語だと
受け入れる強さがほしい
孤りで消えゆくヒカリなら
辿り着いてみせよう 絶望の向こう側へ
たとえ未来がないとわかっていても
冷たい最期へ続く道だとしても
絵空事を紡ぐ羽がある限り
わたしはどこまでも高く飛べる
抱きしめられることの
決してなかったこの心 すくい上げて
薄れゆく残り火が 消えてしまう前に
さぁ逝こう 絶望のトビラの向こうへ
ーーーーーーーーーーーーーーー
⇒他作品・歌詞
『生キテルアカシ』
『安楽命絶権(アンラクメイゼツケン)』
⇒他作品・小説
『いま、人格代わるね。』全3話
『モノクローム保育園』全5話