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2023年12月02日
【短編小説】『声援は 補欠選手の 悲鳴なり』5 -最終話-
【第4話:試合に出るから上手くなる】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
・三鼓 詠澪(みつづみ えいれ)
主人公、17歳(背番号7)
とある公立高校女子バスケ部の2年生
入部以来、1度もベンチ入りできない補欠選手
・石堂 満温杏(いしどう まのあ)
詠澪と同じ高校に通う17歳(背番号6)
女子バスケ部の2年生エース
1年時から頭角を現し、チームの主力を担う
・石堂 実温莉(いしどう みおり)
18歳、女子バスケ部のキャプテン(背番号4)
詠澪と満温杏の1学年上
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第5話:補欠選手が飛べる空】
実温莉
『満温杏、本音を話せてよかったね。』
『詠澪さんへの後ろめたさは晴れた?』
満温杏
『お姉ちゃん?!先に帰ったんじゃ…?』
詠澪
「え?お姉ちゃん…?実温莉さんが?」
「そういえば苗字が同じ…石堂?」
満温杏
『うん、キャプテンは私のお姉ちゃん。』
詠澪
「えぇーー?!(驚)」
実温莉
『ごめんね。あまり口外しないようにしているの。』
『妹だからって手心を加えないためにね。』
『みんなには最初からバレているけど。』
詠澪
「そ、そうだったんですか…。」
満温杏
『詠澪、本当に気づかなかったの?』
詠澪
「うん…私って余裕なさすぎ…(汗)」
満温杏
『ま、まぁ…あえて言うほどのことでもないし…ね?(汗)』
実温莉
『…ともかく、妹なりに悩んでいたの。』
『”元・補欠”の自分が、詠澪さんと親友でいてもいいのか。』
『自分より上手いのに補欠の詠澪さんにどう声をかけたらいいのかって。』
詠澪
「私こそ…満温杏に負担をかけてばかりでした!」
「満温杏と一緒にプレーする資格があるのかなって…。」
実温莉
『…ありがとう…妹を大切に思ってくれて。』
『けど、これで確認できたんじゃない?』
『妹には詠澪さんの声が1番届いているって。』
満温杏
『私は元・補欠だから、試合中の声援…。』
『いいえ、”補欠選手の悲鳴”を聞いたら力が出てくるの。』
『あの子たちの、詠澪の悲鳴は、昔の私の声だから。』
ーーーーー
5年後。
私・三鼓 詠澪は大学を卒業し、社会人になった。
今は社会人のクラブチームで、
親友・石堂 満温杏とのダブルエースとして
チームの主力を担っている。
私の高校バスケは、控え選手として
少し試合に出られるところまでで終わった。
高校卒業後、私は大学バスケ部に入らず、
社会人クラブチームを探して入団。
満温杏は大学からの推薦で女子バスケ部へ入団。
そこでもエースとして活躍後、私と同じチームへ入団した。
私は部活という環境から離れた途端、
それまでがウソのように上達した。
社会人のクラブチームには、
基本的に補欠は存在しない。
下手だから見学とか、
補欠はコート外で球拾いなんてこともない。
重要な試合では
プレイタイムに差が出ることはあるけど、
多くの試合経験を積める環境が整っている。
淡水魚は海では生きていけない。
人間も同じ。
自分を活かすためには、
伸びる環境に身を置くことが大切。
部活という水槽で伸びる人もいれば、
私のように自由な環境で伸びる人もいる。
ーー
満温杏
『詠澪!聞いて聞いて!』
『お姉ちゃん、ついにウチへ入団してくれるって!』
詠澪
「本当?やったぁ!」
「実温莉さん、バスケを再開してくれるんだね!」
満温杏の姉・実温莉さんは大学バスケで活躍後、
しばらくバスケを離れてしまった。
プロチームの入団テスト受験も薦められたが、
その道には進まなかった。
満温杏が理由を聞くと、
実温莉さんは『バスケが息苦しくなった』と答えた。
実温莉
『バスケをすると、部活の息苦しさを思い出して苦しくなるの。』
『ミスしたら怒鳴られたり、多くの補欠選手が苦しんだり。』
『もしプロへ進んでも、あんな思いでバスケをするのかな…。』
『そう考えたら”もういいや”と思っちゃって。』
バスケが大好き。本当は辞めたくない。
けど、今は楽しさより苦しさが先立ってしまう。
自分は補欠として過ごす時間が短かった。
それはとても幸せだけど、妹や妹の親友が
補欠で苦しんでいる姿を見るのは辛かった。
かといって、試合に出ている自分には
励ます資格がないと思った。
ようやく妹と妹の親友が、
揃って自分を活かせる環境へたどり着いた。
今は2人の楽しそうな姿をコート外から見るのが幸せ。
もしこの幸せをコート上で見たくなったら、
その時は練習の見学に連れて行ってくれたら嬉しい。
それが、ここ数年の実温莉さんの返事だった。
将来のプロや代表にとっては損失かもしれない。
けど実温莉さんは、私と満温杏にとっては
一生の趣味を分かち合える大切な人。
そんな大切な人と、
また同じチームでバスケができるなんて幸せ。
私はこれからも、
この幸せを大切にしながらバスケを楽しみたい。
ここはもう、補欠に苦しむ部活じゃないんだ。
ーーーーーENDーーーーー
<あとがき>
日本の部活は”補欠選手”を量産するシステムです。
もちろん、部活の環境で伸びる人はいます。
が、その何十何百倍もの補欠選手が
ベンチの外で飼い殺されています。
ヘタだから補欠?上手いから試合に出られる?
逆です。”試合に出て経験を積む”から上手くなるんです。
大多数の選手にその機会すら与えない”補欠制度”
そのスポーツが生涯の趣味になり得たのに、
嫌いになってしまう人を量産する”補欠制度”
そろそろ辞めませんか?
「補欠でも我慢してチームに尽くすのが美徳」
そんな奴隷教の教義、疑ってみませんか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『なぜ学校にはお金の授業がないの?』全2話
【短編小説】『慰めの代打をさせないで』全3話
⇒参考書籍
リンク
2023年12月01日
【短編小説】『声援は 補欠選手の 悲鳴なり』4
【第3話:声援は補欠選手の”悲鳴”】からの続き
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<登場人物>
・三鼓 詠澪(みつづみ えいれ)
主人公、17歳(背番号7)
とある公立高校女子バスケ部の2年生
入部以来、1度もベンチ入りできない補欠選手
・石堂 満温杏(いしどう まのあ)
詠澪と同じ高校に通う17歳(背番号6)
女子バスケ部の2年生エース
1年時から頭角を現し、チームの主力を担う
・石堂 実温莉(いしどう みおり)
18歳、女子バスケ部のキャプテン(背番号4)
詠澪と満温杏の1学年上
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:試合に出るから上手くなる】
私、石堂 満温杏は8歳からバスケを始めた。
1つ年上の姉がバスケをしている姿に憧れて。
姉はとても上手だった。
小学校4年生からスタメンに定着し、
6年生の時にはキャプテンとしてチームを引っ張った。
私は姉のような選手を目指して練習に励んだ。
が、私は6年生になるまでベンチ入りすらできなかった。
『お姉ちゃんはあんなに上手いのにねぇ。』
そんな陰口に気づいても、何も言い返せなかった。
私はバスケ人生の最初の4年間を、
姉へのコンプレックスにまみれて過ごした。
それでも私はバスケを諦め切れなくて、
中学校でも女子バスケ部に入った。
が、私の上達は周りに追いつけなかった。
3年生が引退して部員が16人になった時も、
1番ヘタな私はベンチ入りできなかった。
(大会にエントリーできるのは15人)
試合の日はいつも憂鬱だった。
他の選手がユニフォームを着てベンチに並ぶ中、
私は1人、会場の2階席で応援…。
苦手な先輩から『ヘタくそ』と言われて落ち込んだ。
帰り道で毎日『バスケを辞めよう』と思った。
ーー
私のそんな日々は、
2年生の時に顧問の先生が代わってから一変した。
新任のコーチは、
古典的な部活顧問とはぜんぜん違った。
普段の練習では、きついフットワークも、
お決まりの基礎練習もしない。
軽いウォームアップとストレッチの後は、
ずっと3対3や5対5のゲーム。
公式戦では、大事な試合以外の勝敗は二の次。
コーチは紅白戦や練習試合をたくさん組んで、
とにかく全員に試合経験を積ませた。
部活の公式戦以外にも、
規約の範囲内で地域のリーグ戦にもエントリーした。
そこでも選手の試合経験を優先し、順位は二の次。
新任のコーチは、
勝利至上主義から”補欠選手”を量産する
部活環境を変えようとしている人だった。
それまで1度も試合に出たことがなかった私は、
コーチのおかげで一気に変わった。
たくさんのゲームを経験することで、
自分でも信じられないスピードで上達した。
2年生が終わる頃には、
「エース」と呼ばれるようになっていた。
それでも私が驕らなかったのは、
補欠の苦しみを知っていたから。
試合の日、
私が2階席から張り上げてきた声は、
「補欠選手の悲鳴」だと知っていたから…。
ーーーーー
詠澪
「満温杏にそんな過去があったなんて…。」
満温杏
『ごめんね、隠していたわけじゃないの。』
『”補欠選手の気持ちがわかる”なんて言えなかった。』
『今、試合に出ている私が言う資格なんてないから。』
詠澪
「謝らないで!」
「私を傷つけないために黙っていてくれたんでしょ?」
「試合に出ている満温杏に嫉妬する私のために…。」
満温杏
『嫉妬…?』
詠澪
「私はチームの勝利の喜びより、親友への嫉妬が強いの…。」
「応援の声だって、補欠の悔しさを隠すため…。」
「…醜いでしょ…?」
満温杏
『私が詠澪の立場だったら同じ気持ちになるよ。』
『自分が補欠だった昔と同じようにね。』
『だからお互いさま!』
詠澪
「お互いさま…ね…。」
満温杏
『それに、私には仲間の応援が悲鳴に聞こえるの。』
『試合中でも涙が出そうになるんだ。』
『”なぜあのコートに立っているのは自分じゃないの?”』
『”試合の日なんて嬉しくない、ただの苦行”』
『そんな悲鳴に聞こえるんだ…。』
あぁ、これか。
私と満温杏が入部初日から意気投合した理由。
私と満温杏は「まとっている空気が合う」
それは補欠の悔しさや嫉妬心を
押し殺してきた人の空気だったんだ。
⇒【第5話(最終話):補欠選手が飛べる空】へ続く
2023年11月30日
【短編小説】『声援は 補欠選手の 悲鳴なり』3
【第2話:エースと補欠の1on1】からの続き
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<登場人物>
・三鼓 詠澪(みつづみ えいれ)
主人公、17歳(背番号7)
とある公立高校女子バスケ部の2年生
入部以来、1度もベンチ入りできない補欠選手
・石堂 満温杏(いしどう まのあ)
詠澪と同じ高校に通う17歳(背番号6)
女子バスケ部の2年生エース
1年時から頭角を現し、チームの主力を担う
・石堂 実温莉(いしどう みおり)
18歳、女子バスケ部のキャプテン(背番号4)
詠澪と満温杏の1学年上
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【第3話:声援は補欠選手の”悲鳴”】
私と満温杏のペア解消の危機から1年後。
私たちは地区大会ベスト8まで勝ち上がっていた。
延長戦の末、2年生エース・満温杏の逆転シュートで
ベスト4入りを果たした。
コート上では、エースがもみくちゃにされていた。
私は補欠選手として、その光景を2階席から見守った。
ベンチに入れなかった、他の補欠選手とともに。
私は2・3年生の中でただ1人ベンチ入りできず、
補欠のままだった…。
2階席では、補欠選手たちが抱き合って喜んでいた。
嬉しくて泣いている選手もいた。
なのに私は…。
チームの逆転勝利を喜ぶフリで精一杯だった。
最後の場面、
詠澪
「満温杏ーー!決めてーー!」
あの叫びは、心からの声援だったの?
補欠選手たちの2階席からの声は、
純粋なチームの勝利への願い?
いいえ、応援の気持ちなんて1割。
9割は悲鳴。
補欠選手の悔しさ、やるせなさ、嫉妬心が
ぐちゃぐちゃに絡まった悲鳴…。
・部活に所属している以上、
チームの成功を喜ばなければいけない
・自分が試合に出られなくても、
投げやりになってはいけない
・補欠選手に甘んじているのはあなたの実力不足
利己的なことを考えてはいけない
チームのために。
チームのために。
チームの…ため……に……。
補欠選手には「チームのために」は響かない。
それが響くのは試合に出ている選手だけ。
補欠選手は聖人君子じゃない。
”投げやりで利己的な自分”を必死で隠している。
ベスト4へ勝ち上がったチーム。
ベスト8で負けてしまったチーム。
その中に1人でもいるだろうか?
補欠選手たちの声援が「悲鳴」に聞こえる人は…。
ーー
会場を撤収後、選手組と私たち補欠組が合流した。
コーチの軽いミーティングの後、解散になった。
私は満温杏と2人で帰路に着いた。
詠澪
「満温杏、勝利おめでとう!」
私は悔しさを抑えながら、親友の活躍を労った。
満温杏
『詠澪、ありがとう!』
『最後のシュートは詠澪が決めさせてくれたよ!』
詠澪
「私が…?」
満温杏
『最後の場面、この前の詠澪との1on1と同じだったの。』
詠澪
「そういえば…。」
私たちは、
1年生の時からずっとペアで練習していた。
この前の1on1で、
私は満温杏をサイドラインへ追い詰めながらも粘られ、
シュートを決められてしまった場面があった。
満温杏
『試合を通して思ったの。』
『相手のディフェンス強度は詠澪ほどじゃない。』
『だから突破できるって!』
詠澪
「そっか…役に立てて嬉しいな。」
満温杏
『もし詠澪が相手チームだったら止められていたのに…。』
『どうしてウチのコーチは詠澪を出場させないの?!(怒)』
詠澪
「あ…はは……(苦笑)」
満温杏
『あッ…!ごめんね…傷つけちゃったよね…。』
詠澪
「ううん、いいの。私は”補欠”だから…。」
「それより、満温杏にずっと聞きたかったことがあるんだ。」
満温杏
『なぁに?』
詠澪
「満温杏はどうして、私をこんなに大切にしてくれるの?」
「入部してからずっと仲良くしてくれたことも。」
「去年、実温莉さんと色々あった時も。」
満温杏
『…怒らないで聞いてくれる…?』
詠澪
「うん。」
満温杏
『…詠澪が…昔の私と同じ悩みを抱えているから。』
詠澪
「同じ悩み…?もしかして”補欠”のこと?」
満温杏
『うん。』
詠澪
「満温杏って補欠だったことあるの?!」
「あんなに上手いのに?ウソでしょ?!」
満温杏
『本当だよ。私もずっと補欠だったの。』
『だから詠澪と出逢った時、直感で思ったんだ。』
『この人なら同じ苦しみを共有できるって。』
満温杏ほどの選手にも、エースと補欠の分岐点が?
私は半信半疑のまま、彼女の過去に耳を傾けた。
⇒【第4話:試合に出るから上手くなる】へ続く
2023年11月29日
【短編小説】『声援は 補欠選手の 悲鳴なり』2
⇒【第1話:2階席の選手たち】からの続き
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<登場人物>
・三鼓 詠澪(みつづみ えいれ)
主人公、17歳(背番号7)
とある公立高校女子バスケ部の2年生
入部以来、1度もベンチ入りできない補欠選手
・石堂 満温杏(いしどう まのあ)
詠澪と同じ高校に通う17歳(背番号6)
女子バスケ部の2年生エース
1年時から頭角を現し、チームの主力を担う
・石堂 実温莉(いしどう みおり)
18歳、女子バスケ部のキャプテン(背番号4)
詠澪と満温杏の1学年上
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【第2話:エースと補欠の1on1】
実温莉
『石堂さん、三鼓さん、ちょっといい?』
ある日の練習後、
キャプテンの実温莉さんが私たちに声をかけた。
実温莉さんは高い実力とリーダーシップで
みんなから慕われている人。
そんな彼女が伏し目がちにしている姿を、
私は初めて見た。
実温莉
『2人には悪いけど…。』
『ペアの練習の相手を変えてほしいの…。』
あぁ、やっぱり…。
いつか言われる日が来ると覚悟していた。
実温莉
『石堂さんは、他のレギュラーの子と。』
『三鼓さんは、成長途中の1年生とペアで練習してほしいの。』
『その方が個人のスキル向上にも、チーム力の底上げにもなるから。』
そう…だよね。
実力のない私と練習しても、満温杏のためにならない。
もっと上手な人とペアで練習した方がいいよね。
詠澪
「…わかりまし…。」
満温杏
『待ってください!」
私の言葉を遮るように、満温杏が叫んだ。
満温杏
『実温莉さん…ごめんなさい、それはできません。』
詠澪
「……?!」
実温莉
『…どうして?』
満温杏
『私は詠澪とのペアでとても練習になっています。』
『実力に見合ったペアで強度を上げて練習すればいいんですよね?』
実温莉
『…そうね。』
キャプテンとしてチームをまとめるためには、
言いにくいことでも伝えないといけない。
私はそんな重責を担う実温莉さんの苦しみを、
少しは汲み取ったつもり。
だからこそ、
私は満温杏がペア変更を拒んだことに驚いた。
詠澪
「満温杏…私はいいよ?」
「実温莉さんの言う通りだから。」
「私より上手な先輩と組んだ方が…。」
満温杏
『詠澪、今から1on1の相手してくれる?』
詠澪
「1on1?いいけど…。」
満温杏
『実温莉さん、私と詠澪の1on1を見てもらえますか?』
『練習のペアは、その後で判断してください。』
実温莉
『…わかった。』
この時、実温莉さんはなぜ
『そう言うと思った』という顔をしたんだろう?
私には2人の意図が見えないまま、
満温杏との1on1へ臨んだ。
ーー
30分後。
満温杏
『ハァ……ハァ……実温莉さん、どうですか…?』
実温莉
『……これからも…2人で切磋琢磨してね。』
『あなたたちの成長がチームの成長になるから。』
満温杏
『…ありがとうございます…!』
実温莉
『2人には失礼なことを言ってごめんなさいね。』
『居残り練習はほどほどに。』
満温杏
『はい!』
『よかった…これからも詠澪と一緒に練習できる…!』
15点先取の1on1を5戦。
結果は、3勝2敗で私の勝ち…。
詠澪
「どうして…?!」
「まさか私のために…手を抜いてくれたの…?」
私は、失礼を承知で満温杏に尋ねた。
満温杏
『そんなわけないでしょ?』
『手抜きなんかしたら詠澪に1勝もできないよ?』
詠澪
「どういうこと?」
満温杏
『気づいていないみたいだけど、詠澪は上手いんだよ!』
詠澪
「じゃあ、普段の1on1も本気…だったの…?」
満温杏
『当たり前でしょ?』
『私、もっと上手くなりたいもん!』
私は上手い…?とても信じられなかった。
もちろん、
1on1が強い=チームを勝たせる選手とは限らない。
けど、ベンチにも入れない”補欠選手”の私が、
チームのエースと同じくらい…?
満温杏
『詠澪は私より上手いんだから!』
『自信持ってプレーしようよ!』
満温杏はそう言ってくれた。
もしその通りなら、私と満温杏の違いは何だろう?
試合で活躍する選手と、”補欠選手”の違いは…。
⇒【第3話:声援は補欠選手の”悲鳴”】へ続く
2023年11月28日
【短編小説】『声援は 補欠選手の 悲鳴なり』1
<登場人物>
・三鼓 詠澪(みつづみ えいれ)
主人公、17歳(背番号7)
とある公立高校女子バスケ部の2年生
入部以来、1度もベンチ入りできない補欠選手
・石堂 満温杏(いしどう まのあ)
詠澪と同じ高校に通う17歳(背番号6)
女子バスケ部の2年生エース
1年時から頭角を現し、チームの主力を担う
・石堂 実温莉(いしどう みおり)
18歳、女子バスケ部のキャプテン(背番号4)
詠澪と満温杏の1学年上
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:2階席の選手たち】
とある総合体育館では、
高校バスケットボールの地区大会が開催されていた。
この日の最終試合は16時開始。
女子チームのベスト8が激突した。
数時間後、
A・B・Cコートの試合が決着する中、
Dコートは延長戦にもつれこんでいた。
残り時間は10秒。
攻撃側のチームが1点負けていた。
コート脇では、
すでに試合が終わったコートの
両チームの選手たちが見守っていた。
キャプテンで司令塔の・石堂 実温莉は、
相手の厳しいマークに耐え、ボールをキープ。
ラストショットを
2年生エース・石堂 満温杏に託すべく、
パスコースを探し続けた。
残り時間は5秒。
司令塔は相手の一瞬のスキを突いて、
エースへボールを繋いだ。
詠澪
「満温杏ーー!決めてーー!」
私・三鼓 詠澪は、
会場2階の観客席から親友を鼓舞した。
相手の必死のディフェンスをかいくぐり、
エースが放ったシュートは…。
地上3メートル5センチのリングへ吸い込まれた。
直後、試合終了のブザーが響いた。
会場は高校生たちの歓喜と悲鳴に包まれた。
逆転シュートを決めた満温杏のもとへ、
選手たちが駆け寄った。
私は、もみくちゃにされるエースを2階席から見守った。
ベンチに入れなかった、他の”補欠選手”とともに…。
ーー
私は、9歳の時にバスケットボールに出会った。
高校バスケ部のコーチをしていた親のツテで、
プロの試合のチケットが手に入り、連れて行ってもらった。
そこで、オープニングアクトとして
小学生(ミニバスケットボール)チームの試合が行われた。
詠澪
「わぁ……かっこいい……!!」
私と同い年くらいの選手たちが、
センターコートを駆け回る姿。
あんなに高い場所にあるリングへ、
いとも簡単にボールを入れていく姿。
バスケットボール……楽しそう!
私もバスケをやってみたい!!
私は親に頼み込んで、
あの日試合をした小学生チームに入団した。
私の通う小学校から少し離れていたので、
バスで練習へ通った。
バスケは本当に楽しかった。
バスケットシューズを履いてコートに立つ瞬間。
初めてドリブルが上手くできた瞬間。
初めてシュートを決めた瞬間。
いつも、いつでも、わくわくが止まらなかった。
が…。
コーチ
『今回の大会メンバーは、以上の15名だ。』
大会のメンバー発表で、
私の名前が呼ばれることはなかった。
5年生になっても、6年生になっても、
私は補欠として会場の2階席から声援を送り続けた。
コートでは、
いつも一緒にプレーしている仲間が躍動していた。
勝敗を左右する場面で覚醒して、
頭角を現していく子をたくさん見た。
詠澪
「…悔しい…けど、仕方ないよね…。」
「私、ヘタだもん…。」
私がユニフォームをもらえたのは、
小学校も中学校も最後の大会だけ。
どちらも競った末に負け、私は出場できなかった。
ーーーーー
詠澪
「私、バスケが大好き。」
「バスケがしたいからバスケ部に入っている。」
「なのに、1番つらい日は”試合の日”なんだ…。」
「だって私は…。」
”補欠”だから………。
私は地元の公立高校へ進学した。
やっぱりバスケが好きで、女子バスケ部に入った。
私、まだ自分を諦め切れていない…。
”補欠選手の苦しみ”をイヤというほど味わってきたのに。
進学先は強豪校ではなく、スポーツ推薦もない。
だから、
「今度こそ上手くなって試合に出られるかも」
なんて、かすかに期待したのかな。
そんな私に不思議な出逢いがあった。
石堂 満温杏。
同じく女子バスケ部に所属するチームメイト。
満温杏と私は出身中学校もクラスも違った。
けど入部初日に、なぜか
「まとっている空気が合う」と感じた。
それは満温杏も同じで、私たちはすぐに意気投合した。
間もなく、私は驚かされた。
満温杏はとにかくバスケが上手かった。
入部してすぐに2・3年生を唸らせるくらいに。
満温杏は身長も体格も、私と同じくらい。
飛び抜けた身体能力はない代わりに、
多彩なスキルとクレバーさで、
相手の意表を突く名人だった。
満温杏はすぐに実力を認められ、
1年生から主力に成長していった。
そんな雲の上の選手が、
満温杏
『詠澪!1on1しようよ!』
『ストレッチ、一緒にやろうよ!』
満温杏は、ペアの練習のたびに私に声をかけてくれた。
単純に仲が良かったから?
それとも私が独りぼっちにならないよう
気を使ってくれたから?
補欠の私じゃなく、
レギュラーの先輩とペアで練習した方が上達するのに…。
私は満温杏への感謝と後ろめたさが混じったまま、
日々の練習に励んだ。
詠澪
「満温杏はどこでこんなスキルを身につけたの?」
満温杏
『うーん…中学2年の時にコーチが代わってからかなぁ。』
詠澪
「途中でコーチが代わったの?」
満温杏
『うん、顧問の先生が転任になってさ。』
『新しく来た先生がとっても優しくて。』
『びくびくしないでプレーできるようになったよ。』
詠澪
「すごいね!満温杏の才能が花開したんだ!」
満温杏
『うん、私にとっては良い転機だった。』
『環境や自分を大切にしてくれる人の存在は大きいよ。』
この時の私は、
完全に他人事としてしか受け止めていなかった。
「もともと素質があって、1つのきっかけで開花した」
くらいにしか思わなかった。
せめて満温杏に見捨てられるまでは、
2人でバスケに打ち込む時間を大切にしたかった…。
⇒【第2話:エースと補欠の1on1】へ続く
2023年11月14日
【短編小説】『モノクローム保育園』5 -最終話-
⇒【第4話:お絵描き事件】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第5話:ミナセんせいの彩(いろ)】
翌年3月。
私は次の1年間、
系列の保育園への期限付異動を命じられた。
私は、絆奈くんの保育園最後の1年を
一緒に過ごせなくなってしまった。
これが、あの時の園長からの”警告”。
絆奈くんを初めて物置部屋から助けた時の。
「保育の世界にも派閥争いがある」
それは実習生の頃から聞いていた。
けど、雅恵先生の権力と嫉妬の強さは、
私の想像をはるかに超えていた。
私はその後も園長…いいえ、
雅恵先生に背いて絆奈くんを助けたことで、
”反乱分子”になってしまった。
私の人事が
雅恵先生の口添えだったと知るのは、
ずっと後になってから…。
最後の1年間、
絆奈くんはどんな気持ちで過ごすんだろう。
「私がいなければ」なんて思い上がりだけど、
絆奈くんは何を心の支えにできるかな…。
傷だらけの彼に、雅恵先生は何をするのかな…。
母親は来年も『我が子に限って』と、
絆奈くんの内面への無関心を続けるのかな…。
派閥
嫉妬
見栄
劣等感
プライド
大人の自己保身のツケは誰に向かうの?
居場所を奪われていくのは誰なの?
悲しみに気づかれないまま、
そっと心を閉ざしていくのは誰なの?
誰を恨めばいいの?
先生?お母さん?発達障害?
「みんなと同じ」しか認めない世界?
それとも…”悪い子”の自分……?
私は保育士として、なんて無力だろう…。
私は、幼い頃の私を
物置部屋から出してくれた保育士さんみたいになれないの?
目の前の
傷ついた子を救うことさえできないの…?
水星
「神様…もしいるならお願いを聞いて?」
「どうかこれ以上、絆奈くんの心が壊れませんように……。」
ーーーーー
5年後。
私はずっと出していた異動願いが受理され、
雅恵先生のいない別の保育園で働いていた。
憧れの保育士になって8年。
仕事は大変だし、派閥争いがないわけでもない。
それでも、前の職場よりは柔軟な考え方の人が多い。
良い人間関係と、子どもたちに囲まれる日々は幸せ。
ただ、私は何年経っても
絆奈くんのことが頭から離れなかった。
毎年”問題児”と言われる子がいた。
そんな子と関わるたびに、絆奈くんの涙を思い出した。
「私は保育士として、絆奈くんを救えなかった」
そんな罪悪感を拭えずにいた。
今日は、毎年恒例の「保育園バザー」の日。
私は運営スタッフとして忙しくしていた。
そんな折、
『ミナセんせい、久しぶり。』
男の子の声がした。
水星
「もしかして…絆奈くん?!」
そこには、10歳になった絆奈くんが立っていた。
水星
「どうして私がここにいるってわかったの?!」
絆奈
『卒園した保育園の先生に教えてもらったんだ。』
『ミナセんせいにお礼を言いたくて。』
絆奈くんは卒園後、
何度か私に会いに保育園へ来ていた。
ママに駄々をこねて、連れて来てもらったそうだ。
けど、私はもう異動していた。
雅恵先生は
私の異動先を教えてくれなかったけど、
主任保育士さんがこっそり教えてくれた。
絆奈くんは相変わらず、
悲しそうな笑顔をしていた。
けど、悲しみの中に
少しの逞しさがにじんでいた。
あのママに駄々をこねられるくらいの逞しさが。
絆奈
『ミナセんせい、あの時は本当にありがとう。』
『ミナセんせいのおかげで僕は救われた。』
水星
「そんな…私のおかげだなんて…///(照)」
絆奈
『ミナセんせいだけが僕の居場所だった。』
『ウソじゃないよ。』
水星
「そっか、それなら嬉しいな…。」
「最後の1年はどうだったの…?」
「まさか雅恵先生に…。」
絆奈
『うん、雅恵先生もママもあんな感じ。』
『けど、僕はもう大丈夫だったよ。』
水星
「…あれで…大丈夫だったの…?」
絆奈
『ミナセんせいが味方でいてくれるって信じられたから。』
『おかげで今、笑って過ごせているよ。』
絆奈くんはサラリと言った。
けど、私には見えた。
彼が”大丈夫”と笑い飛ばせるようになるまでに、
泣き明かしてきた無数の夜が。
絆奈
『それとね…ミナセんせい…。』
絆奈くんはもじもじしながら
私へ2枚の絵を差し出した。
絆奈
『この絵、ミナセんせいにもらってほしいんだ。』
水星
「この絵は…!」
1枚は、
お絵描き事件の日に貼り出されなかった白黒の絵。
『剝がされるところを見なくて済む』
絆奈くんが精一杯に強がって、静かに泣いた時の。
そしてもう1枚は、同じ構図で”鮮やかに彩られた”絵。
絆奈
『これが僕の気持ち。』
『ミナセんせい、本当にありがとう。』
『白黒だった僕の心に彩(いろ)を付けてくれて。』
水星
「こんな大切な絵、本当にもらっていいの…?」
絆奈
『もちろん!ミナセんせいにもらってほしい!』
『ダメかな…?こんな下手な絵…。』
水星
「そんなこと…ないよ!…嬉しいよ………!」
園児
『あれー?ミナセんせいどうしたのー?』
園児たちが、私に気づいて声をかけた。
私は少しうつむきながら、幸せの涙を拭った。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『片翼の人形が救われた日』全4話
【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』全4話
【短編小説】『なぜ学校にはお金の授業がないの?』全2話
⇒参考書籍
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2023年11月13日
【短編小説】『モノクローム保育園』4
⇒【第3話:ウチの子に限って】からの続き
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<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:お絵描き事件】
その後も、
私は絆奈くんを物置部屋から出し続けた。
雅恵先生は、お昼寝の時間を狙い、
私に仕事を振ってくるようになった。
ある日、
水星
「どうしよう…この量…。」
「お昼寝が終わるまでに片付けられないよ…。」
主任保育士
『ミナセんせい、今日はどんな仕事を振られたの?』
『じゃあ、これだけやって、残りは私たちに分けて?』
主任や先輩保育士さんたちが、
こっそり私の仕事を分担で巻き取ってくれた。
水星
「…主任、ありがとうございます。」
主任保育士
『…絆奈くんが待っているでしょう?』
子どもたちが眠っている間、
そんな攻防戦が水面下で繰り返された。
いえ、そんなのは私たち大人の都合。
私はただ絆奈くんの心を守りたい。
お母さんにも
『保育園に行きたくない』と言えない彼は、
きっと”心の孤児”だ。
私だけでも味方でいたい。
幼い私を救ってくれた、あの保育士さんみたいに。
そんな奮闘も空しく、
決定的な事件が起きてしまった。
絆奈くんの心をえぐる「お絵描き事件」が。
ーー
保育参観が近づいたある日。
園の壁には、子どもたちが
お絵描きの時間に描いた絵が貼り出された。
『僕の絵、早くパパに見てもらいたい!』
『ママ、私の絵を見てびっくりするかな?』
子どもたちは、
キラキラした瞳で壁の絵を眺めていた。
水星
「…あれ…?ない?」
私は壁の絵を端から端まで見渡した。
けど、何度探しても見つからない。
絆奈
『雅恵先生、どうして僕の絵がないの?』
私より先に、絆奈くんが尋ねた。
昨日、確かに全員の絵を職員室に集めて、
手分けして貼っていった。
どうしてあの時に気づかなかったんだろう。
私が雅恵先生と絆奈くんのもとへ
駆け寄る途中、
絆奈
『ねぇ、僕の絵はどこ?』
『今度ママに見せたいんだ!』
雅恵先生は鼻で笑う仕草の後、
吐き捨てるように言った。
雅恵
『あなたの絵はありません。』
『悪い子だからお仕置きです。』
雅恵先生は、
駆け寄る私を横目で睨みながら立ち去った。
残された絆奈くんは、
唇を嚙みしめて立ち尽くしていた。
私は、絆奈くんにかける言葉が見つからなかった。
周りの子どもたちがはしゃいでいる中、
私と絆奈くんだけが切り離された世界にいた。
水星
「…絆奈くん……悲しい…ね…。」
私はようやく言葉を絞り出し、
絆奈くんの手をそっと握った。
絆奈
『ううん…これでいいの……。』
水星
「絆奈くんの絵、私が探してくるよ?」
「ママに…見てもらおうよ…!」
絆奈
『ミナセんせい…ありがとう…。』
『けど、いいんだ。これなら…。』
『”剥がされるところ”を見なくて済むから…。』
私の視界が涙でぼやけた。
気づいたら、
私は無言で絆奈くんを抱きしめていた。
絆奈くんは声をこらえ、静かに泣いた。
ーー
その日の夕方、
私は職員室で絆奈くんの絵を見つけてきた。
絆奈
『ミナセんせい、見つけてくれてありがとう。』
『僕、持って帰るよ。』
水星
「そっか……。」
その絵には、”白黒の”お花畑で微笑む3人。
笑顔の女の人は、絆奈くんのママ。
そばで眠る男の子は絆奈くん。
そして2人を優しく見守る女の人は、
私だそうだ…。
絆奈
『ママが膝まくらしてくれるの。』
『それでね、ミナセんせいが守ってくれるの…!』
水星
「……!!(涙)」
絆奈
『ミナセんせい?!どうしたの?』
『どうしてそんなに泣くの…?』
絆奈くん。
あたたかい絆に恵まれ、
愛に包まれる子であってほしい。
そう願って名付けられたはずなのに…。
彼は愛されるどころか煙たがられている。
母親から『ADHDの傾向がある子なんて認めない』
という態度を取られている。
水星
(どうしてよ…?!)
(どうしてこの子がこんな目に遭うの?!)
(幸せになる権利は誰にでもあるなんてウソなの?!)
憤り
悲しみ
不条理
愛しさ
私の心はぐちゃぐちゃのまま、
もう1度、絆奈くんを抱きしめた。
水星
(…ごめんね絆奈くん…!)
(助けてあげられなくて…ごめんね……。)
⇒【第5話(最終話):ミナセんせいの彩(いろ)】へ続く
2023年11月12日
【短編小説】『モノクローム保育園』3
⇒【第2話:物置部屋】からの続き
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<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
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【第3話:ウチの子に限って】
絆奈
『僕、本当は保育園に来たくない。』
『けどママが”行きなさい”って言うから。』
水星
「ママが”行きなさい”って言うの?」
絆奈
『うん…本当はイヤ。』
『先生にいじめられるんだもん。』
水星
「うっ……!」
絆奈
『けど今は保育園に来たい。』
『ミナセんせいに会えるから!』
『雅恵先生は嫌いだけど、ミナセんせいは好き!』
水星
「…絆奈くん…。」
今日は保育園と、
絆奈くんの親御さんとの面談の日。
私は主任保育士の付き添いとして
立ち会うことになっていた。
昼間、絆奈くんの本音を聞いた私は、
どんな親御さんか怖くなっていた。
私がそわそわしている間に、
絆奈くんの母親が来園した。
細身の長身。
スーツをびしっと着こなし、
いかにも仕事ができる女性という姿。
大学在学中に起業し、
今や業界でも注目の会社の社長だそうだ。
主任保育士
『絆奈くんは、あまり馴染めていないようです。』
『落ち着きがなかったり寝つけなかったりで…。』
『衝動性が目立ちます。』
主任保育士は、言いにくそうに続けた。
主任保育士
『もしかしたら”ADHD”の傾向が…。』
『発達障害の傾向があるかもしれません。』
『1度、専門機関を訪ねてみてもいいかもしれませんね…。』
医師でも専門家でもない私たちには、
ADHDかどうかなんて判断できない。
私たちができるのは、普段の様子を見て、
やんわりと可能性を伝えること。
発達障害への理解は始まったばかりだ。
受け入れる親も、そうでない親もいる。
そして絆奈くんの母親はというと…。
絆奈の母
『発達障害?聞いたことはありますが…。』
『まさか先生、ウチの子に障害があるとおっしゃるんですか?』
絆奈くんの母親は、
”障害”という言葉に過敏に反応した。
主任保育士
『障害というわけではありませんが…。』
『あくまで特性の1つとして…。』
絆奈の母
『ウチの子に限って、そんなことはあり得ません。』
絆奈くんの母親は、
受け入れられないという態度を示した。
”ウチの子は優秀です、なぜなら優秀な私の子だから”
というプライドが伝わってきた。
絆奈の母
『先生方の対応に問題があるのでは?』
『まさか、ウチの子を雑に扱っていませんよね?』
絆奈くんの母親は、静かに詰め寄ってきた。
雅恵先生が絆奈くんに何をしたか、
保育士はみんな知っていた。
けど、言えない。
親御さんからのクレームの恐怖と、
自らの良心との板挟み。
主任保育士
『そんなことは決して…。』
絆奈の母
『…まぁ、いいでしょう。私が選んだ保育園です。』
『優秀な先生方、息子をよろしくお願いしますね。』
主任保育士
『は、はい…。』
絆奈の母
『絆奈、帰るよ。』
母親は静かに言うと、
私にしがみついていた絆奈くんの手を引っ張った。
水星
「……絆奈くん…また明日ね…!」
絆奈
『ミナセんせい、また明日ね……。』
絆奈くんの顔は、悲しみと諦めに満ちていた。
水星
「主任!…大丈夫ですか…?」
主任保育士
『…ありがとう、大丈夫よ。』
『それより、ミナセんせい。』
水星
「…はい。」
主任保育士
『良い勉強になったでしょう?』
『これが”発達障害への理解の現状”よ…。』
水星
「”みんなと違うこと”は受け入れられないんですか…?」
「”ウチの子に限って”と見過ごされてしまうんですか…?」
主任保育士
『残念だけどね…。』
『ミナセんせいは3年目?』
『そろそろ…気づいているでしょう…?』
水星
「ええ…気づいています…。」
「その子の内面まで愛している親ばかりじゃないこと。」
「我が子を、親の評価のための作品にしている親もいること…。」
主任保育士
『ええ…。だから時々思うの。』
『保育士はなんて無力なんだろうって。』
『ああいう子を救ってあげられないのかなって。』
保育士への夢と憧れ。
保育現場で味わう理不尽と無力感…。
水星
「…それでも……私は諦めたくないです。」
主任保育士
『…そう。絆奈くんのこと、頼みますね。』
『私たちもサポートするから…。』
⇒【第4話:お絵描き事件】へ続く
2023年11月11日
【短編小説】『モノクローム保育園』2
⇒【第1話:イイコと問題児】からの続き
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<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
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【第2話:物置部屋】
数日後。
私はまだ絆奈くんへの後ろめたさを引きずっていた。
それでも、
子どもたちの前では明るい振る舞いを求められた。
私の作り笑いは、たぶんみんなにバレていた。
お昼寝の時間を迎えても、
やっぱり寝ない絆奈くんは
雅恵先生に引っ張られていった。
あの日と同じように、物置部屋へ。
ここ数日、私は落ち込んでいたけど、
密かに絆奈くんを助ける準備をしていた。
子どもたちがお昼寝している間にも、
保育士の仕事はたくさんある。
うつぶせになっていないか、
呼吸は大丈夫かを見回ったり、
保育ノートをまとめたり、
保護者や上司への報告書を書いたり。
私はお昼寝の時間にフリーになるため、
山積みの仕事を死ぬ気で終わらせた。
もう絆奈くんを見て見ぬふりなんてできない!
絆奈
『…グス…ねぇ…出してよ…!』
コンコン
水星
「絆奈くん!」
絆奈
『ミナセんせい?!』
『出してくれるの?』
水星
「うん。みんなが起きるまで私と遊ぼう?」
「みんなはお昼寝しているから、静かにできる?」
絆奈
『うん、できる!』
私は職員室を抜け出し、
絆奈くんをかくまうことに成功した。
ただ、絆奈くんと一緒にいる間も、
見回りだけは欠かせない。
水星
「みんなの様子を見てくるから待っていてね。」
絆奈
『うん、待つ。』
絆奈くんは驚くほど素直だった。
水星
「戻ってきたら絵本読もうか?」
絆奈
『読んで!』
その後、絆奈くんは私の膝で寝てしまった。
彼がお昼寝しないのは、
確かにADHDの特性もあるかもしれない。
それ以上に、
彼には”安心して眠れる場所”がなかったんだ。
私に安心して寝てくれた絆奈くんが、
たまらなく愛おしく思えた。
ーーーーー
雅恵
『ミナセんせい?』
『あなた、絆奈くんをこっそり出したでしょ?』
退勤する間際に、私は雅恵先生に呼び止められた。
水星
「はい、やっぱりやりすぎだと思います。」
雅恵
『勝手に動かれては困ります。』
『もし彼が騒いで、他の子が起きたらどうするの?』
水星
「絆奈くんはとても素直な子です。」
「寝つけないのは、ここでは安心して眠れないからです。」
雅恵
『あら、私が絆奈くんを追い詰めていると?』
『私の保育方針が間違っている…とでも言いたいの?』
水星
「そういうわけではありません。」
「私は彼が安心できるようにしてあげたかったんです。」
雅恵
『あなたは駄々をこねる子に何でも与える気?』
『わがまま放題にさせても平気なの?』
水星
「それは…違います…。」
雅恵
『時には大人がわからせることも必要よ。』
『多少の手荒なんて、私たちの頃は日常だったもの。』
水星
「そういう時代だったかもしれませんが…。」
「今は下手をすると虐待を疑われてしまいますよ?」
雅恵
『あくまで私のやり方に反対するんだね?』
『まぁ、後悔しないことね。』
水星
「………。」
後日、私は園長から”お𠮟り”と、
ちょっとした警告を受けた。
この園の最大派閥・雅恵先生の
口添えかどうかなんて、わからないまま。
⇒【第3話:ウチの子に限って】に続く
2023年11月10日
【短編小説】『モノクローム保育園』1
<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
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【第1話:イイコと問題児】
私は桂 水星。
保育士になって3年目。
専門学校を卒業後、今の保育園に配属され、
子どもたちと騒がしい毎日を過ごしている。
同僚や子どもたちからは
『ミナセんせい』と呼ばれている。
私の名前は”ミナ”だと思っている子もいるのかなぁ…。
ミナセだよ!
私が保育士を目指した理由は、
保育園児の時に助けてくれた保育士さんへの憧れ。
私は幼い頃から活発、
悪く言えば落ち着きがなかった。
お昼寝の時間になっても寝ないし、
じっとしていられなかったことで、
問題児扱いされていた。
今なら「ADHD(注意欠如・多動症/発達障害の1種)」
に当てはまると思う。
当時は発達障害への理解が進んでいなかったから、
先生に𠮟られてばかりだった。
お仕置きとして
物置部屋へ閉じ込められたこともあった。
そんな私を物置部屋から出してくれた先生がいた。
園で孤立していた私に、いつも寄り添ってくれた。
その先生は後で上司から𠮟られていた。
内容はわからないけど、子ども心に感謝と罪悪感を覚えた。
私はあの先生のおかげで、居場所を失わずに済んだ。
それが私の夢の原点。
「私もあの人みたいな保育士になりたい。」
「問題児と呼ばれる子を救える保育士になるんだ!」
憧れの保育士になって3年。
大変だけど、子どもたちに囲まれる日々は幸せ。
そんな私が勤務する保育園には、
問題児とされている子がいる。
春原 絆奈くん5歳。
昨年、彼が4歳の時に入ってきた。
絆奈くんは落ち着きがなく、
他の子より「なぜなぜ期」が強い。
疑問に思ったことはすぐに口に出す。
お昼寝の時間になっても寝ずに
『どうして?眠くない子も寝るの?』
外遊びで公園に行くと
『どうしてここに来るの?』
幼い頃の私と同じく
ADHDグレーゾーンの傾向がある。
先輩保育士の間では
扱いにくい子として煙たがられている…。
絆奈くんが
ここに馴染めていないのも原因の1つだと思う。
0〜1歳から在籍する子が多い園で、
数少ない”年上”として入ってきたから。
ーーーーー
入園当初は、
絆奈くんの落ち着きのなさは問題にならなかった。
『慣れていないから仕方ないね』
で済んでいたが、一向におさまる気配がなかった。
多忙も相まって、
保育士の間に絆奈くんへのイライラが溜まっていった。
この園で1番のベテラン保育士・雅恵(まさえ)先生も例外なく。
雅恵先生は保育士歴20年以上。
仕事ができて頼れる人だけど、好き嫌いが激しい。
昔ながらのスパルタ気質で、
子どもをすぐに「イイコ」と「問題児」に分けてしまう。
絆奈くんは、
この園の裏ボス・雅恵先生に目を付けられてしまった…。
ある日のお昼寝時間。
やっぱり寝ない絆奈くんに、雅恵先生がついにキレた。
雅恵
『おとなしくお昼寝できないなら、あっちへ行きなさい!』
そう言って、
絆奈くんは物置部屋へ閉じ込められてしまった。
絆奈
『出してよ!こんなとこイヤだよ!』
『どうしてこんなことをするの?』
絆奈くんが泣き叫んでも、
お昼寝の時間が終わるまでは出してもらえなかった。
それを見た私は衝撃を受けた。
怖かったけど、雅恵先生へ意見した。
水星
「雅恵先生!閉じ込めるなんて、やりすぎです!」
黙っていられないところは、幼い頃と同じ。
雅恵
『言うことを聞かない子には、これくらいがちょうどいいの。』
水星
「ですが、かわいそうですよ…!」
「出してあげてください!」
雅恵
『ミナセんせい、あなた保育士歴は何年目?』
水星
「3年目です…。」
雅恵
『優しくするだけが保育士の仕事じゃないよ。』
『経験不足のあなたに何がわかるの?』
水星
「わかりませんが、あれはひどいと思います。」
雅恵
『だったらあの子を放っておくの?』
『それで他の子が寝られなかったら?』
『親からクレームが来たらどう責任取るの?』
水星
「それは…。」
雅恵
『…黙っていなさい。』
私は何もできないまま、お昼寝の時間が終わった。
物置部屋から出てくる絆奈くんの悲しい顔が、
私の心へ罪悪感を刺した。
⇒【第2話:物置部屋】へ続く