2023年11月13日
【短編小説】『モノクローム保育園』4
⇒【第3話:ウチの子に限って】からの続き
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<登場人物>
・桂 水星(かつら みなせ)
♀主人公、22歳の保育士
勤務先の保育園では”ミナセんせい”と呼ばれる
・春原 絆奈(すのはら きずな)
♂5歳、保育園児
落ち着きのなさや衝動性が強く、
園では煙たがられている
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【第4話:お絵描き事件】
その後も、
私は絆奈くんを物置部屋から出し続けた。
雅恵先生は、お昼寝の時間を狙い、
私に仕事を振ってくるようになった。
ある日、
水星
「どうしよう…この量…。」
「お昼寝が終わるまでに片付けられないよ…。」
主任保育士
『ミナセんせい、今日はどんな仕事を振られたの?』
『じゃあ、これだけやって、残りは私たちに分けて?』
主任や先輩保育士さんたちが、
こっそり私の仕事を分担で巻き取ってくれた。
水星
「…主任、ありがとうございます。」
主任保育士
『…絆奈くんが待っているでしょう?』
子どもたちが眠っている間、
そんな攻防戦が水面下で繰り返された。
いえ、そんなのは私たち大人の都合。
私はただ絆奈くんの心を守りたい。
お母さんにも
『保育園に行きたくない』と言えない彼は、
きっと”心の孤児”だ。
私だけでも味方でいたい。
幼い私を救ってくれた、あの保育士さんみたいに。
そんな奮闘も空しく、
決定的な事件が起きてしまった。
絆奈くんの心をえぐる「お絵描き事件」が。
ーー
保育参観が近づいたある日。
園の壁には、子どもたちが
お絵描きの時間に描いた絵が貼り出された。
『僕の絵、早くパパに見てもらいたい!』
『ママ、私の絵を見てびっくりするかな?』
子どもたちは、
キラキラした瞳で壁の絵を眺めていた。
水星
「…あれ…?ない?」
私は壁の絵を端から端まで見渡した。
けど、何度探しても見つからない。
絆奈
『雅恵先生、どうして僕の絵がないの?』
私より先に、絆奈くんが尋ねた。
昨日、確かに全員の絵を職員室に集めて、
手分けして貼っていった。
どうしてあの時に気づかなかったんだろう。
私が雅恵先生と絆奈くんのもとへ
駆け寄る途中、
絆奈
『ねぇ、僕の絵はどこ?』
『今度ママに見せたいんだ!』
雅恵先生は鼻で笑う仕草の後、
吐き捨てるように言った。
雅恵
『あなたの絵はありません。』
『悪い子だからお仕置きです。』
雅恵先生は、
駆け寄る私を横目で睨みながら立ち去った。
残された絆奈くんは、
唇を嚙みしめて立ち尽くしていた。
私は、絆奈くんにかける言葉が見つからなかった。
周りの子どもたちがはしゃいでいる中、
私と絆奈くんだけが切り離された世界にいた。
水星
「…絆奈くん……悲しい…ね…。」
私はようやく言葉を絞り出し、
絆奈くんの手をそっと握った。
絆奈
『ううん…これでいいの……。』
水星
「絆奈くんの絵、私が探してくるよ?」
「ママに…見てもらおうよ…!」
絆奈
『ミナセんせい…ありがとう…。』
『けど、いいんだ。これなら…。』
『”剥がされるところ”を見なくて済むから…。』
私の視界が涙でぼやけた。
気づいたら、
私は無言で絆奈くんを抱きしめていた。
絆奈くんは声をこらえ、静かに泣いた。
ーー
その日の夕方、
私は職員室で絆奈くんの絵を見つけてきた。
絆奈
『ミナセんせい、見つけてくれてありがとう。』
『僕、持って帰るよ。』
水星
「そっか……。」
その絵には、”白黒の”お花畑で微笑む3人。
笑顔の女の人は、絆奈くんのママ。
そばで眠る男の子は絆奈くん。
そして2人を優しく見守る女の人は、
私だそうだ…。
絆奈
『ママが膝まくらしてくれるの。』
『それでね、ミナセんせいが守ってくれるの…!』
水星
「……!!(涙)」
絆奈
『ミナセんせい?!どうしたの?』
『どうしてそんなに泣くの…?』
絆奈くん。
あたたかい絆に恵まれ、
愛に包まれる子であってほしい。
そう願って名付けられたはずなのに…。
彼は愛されるどころか煙たがられている。
母親から『ADHDの傾向がある子なんて認めない』
という態度を取られている。
水星
(どうしてよ…?!)
(どうしてこの子がこんな目に遭うの?!)
(幸せになる権利は誰にでもあるなんてウソなの?!)
憤り
悲しみ
不条理
愛しさ
私の心はぐちゃぐちゃのまま、
もう1度、絆奈くんを抱きしめた。
水星
(…ごめんね絆奈くん…!)
(助けてあげられなくて…ごめんね……。)
⇒【第5話(最終話):ミナセんせいの彩(いろ)】へ続く
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