2024年03月27日
【短編小説】『月の慈愛に護られて』1
<登場人物>
◎フェリシア
主人公、肩書きは月の神
◎月下 燈織(つきした ひおり)
10歳の少年
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【第1話:月をよすがに】
私の名前はフェリシア。
月の化身というか、月そのもの。
肩書きは何でもいい。
古来より人間たちは私を神聖視してきたので、
今回は月の神ということにしておく。
私は地球を回りながら、
いろんな人間模様を見てきた。
喜び、争い、憎しみ、嫉妬、悲しみ…。
残念ながら、
喜びを見られる機会は1割に満たない。
「幸せになりたい」
「喜びに満ちた人生を送りたい」
人間はそう望みながら、
なぜ真逆なことばかりするのか。
私にはわからない。
最近、私には気になる男の子がいる。
好意という意味ではなく、気がかりな子。
名前は月下 燈織くんというらしい。
学校の先生が出席を取る時にそう呼んでいた。
年齢は人間の数え方で10歳くらい。
燈織くんは学校が終わっても、
まっすぐ家に帰らなかった。
燈織くんは夏は学校近くの川辺に寝転がって、
冬は公園のドーム状の遊具で暖を取りながら、
門限まで私を眺めて過ごしていた。
友達が少ないのかと思ったが、
それだけではないらしい。
燈織くんと両親との関係は、
遠くから見ていても胸が痛む…。
ーー
燈織
『…ただいま…。』
燈織の母
『……。』
燈織くんの母親は、
学校から帰った息子に見向きもしなかった。
母親は薄い板をなでる作業に夢中で、
『おかえり』の一言もなかった。
彼女はあの薄い板で
誰かと連絡を取っているのだろうか。
友人か、それとも不倫相手か…。
燈織くんにとっては、
どうでもいいことだった。
燈織の父
『燈織、ほしいものがあるなら言いなさい。』
『値段は気にしなくていいぞ。』
仕事人間の父親が、
珍しく家族をショッピングモールへ連れて行った。
燈織くんは急に「ほしいもの」を聞かれて
困ってしまったようだ。
確か、以前にも同じようなことがあった。
父親は値段を気にせず、息子へ買い与えた。
ただし、息子が希望したものではなく、
父親が認めたものだけを。
燈織くんが言葉に詰まっていると、
父親は以前と同じようにイライラを募らせた。
そして、
燈織の父
『何だ?その反抗的な眼は。』
『言いたいことがあるならしゃべれ!!』
燈織
『……(ギリッ!)……!』
燈織の父
『チッ!△○□●△□!!!』
父親は公衆の面前で息子を罵倒した。
母親は薄い板を横に倒して、何かを観ていた。
息子に無関心なのか、
自分から矛先を逸らすために生贄にしたのか。
どっちでもいい。
私の眼には、
燈織くんは親に守られることを知らずに
生きているように映った。
ーー
フェリシア
「燈織くん…今夜も来てる…。」
夏が終わり、
夜は少し肌寒くなってきた。
燈織くんは、今日もいつもの川辺で
私のことをぼんやり眺めていた。
燈織くんには表情がなかった。
あの子と同年代、
いや、それ以外の人間でも
喜怒哀楽はある程度ハッキリしていた。
なのに、燈織くんは
まるで仮面を付けているみたいに、
いつも口を真一文字に結んでいた。
私は居ても立っても居られなくなり、
人間に化けて地球へ向かった。
ポン
燈織
『…?…誰?』
私は燈織くんを驚かせるのを承知で、
彼の肩に手を置いた。
燈織くんは少し戸惑ったが、
驚きはしなかった。
フェリシア
「毎日あんなに見られたら恥ずかしいよ。」
燈織
『…月を見るのが好きなの。』
私たちは嚙み合わない言葉を交わした。
なのに、燈織くんは
まるで旧友と接するように答えた。
『あなたは誰?』
『いきなり現れて何を言い出すの?』
という当然に疑問を、
彼は意に介していないようだった。
フェリシア
「…ありがとう…。」
「どうしてそんなに月が好きなの?」
燈織
『きれいだから。』
フェリシア
「…あとは?」
燈織
『月は人間と違って裏切らないから。』
フェリシア
「裏切らない?」
燈織
『月はいつでも夜空のどこかに出てくれる。』
『人間みたいに無視したり罵倒したりしない。』
フェリシア
「そっか…。」
燈織くんは無表情でサラッと言った。
主語が「人間」と一括りになっているところに、
彼の諦観の深さがにじみ出ていた。
フェリシア
「私、ずっと心配だったの。」
「きみが毎日、悲しそうな顔で私を見ているから。」
燈織
『悲しい顔?』
燈織くんは心底わからないという声色で言った。
「悲しいって何?」と言わんばかりに。
強がって言わないのではなく、
感情がマヒして自分でもわからないようだ…。
フェリシア
「ねぇ、私を見て驚かないの?」
燈織
『驚かないよ。何で?』
フェリシア
「いきなり現れて、なれなれしくして…。」
「”あなたは誰?”って思わないの?」
燈織
『思わない。』
フェリシア
「どうして?」
燈織
『僕、お姉さんのこと、よく知ってるから。』
フェリシア
「え?!」
私が燈織くんに人の姿を見せたのは初めてだ。
なのに、どうして燈織くんは
こんなに平然としていられるんだろう。
⇒【第2話(最終話):月のぬくもり】へ続く
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