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2023年06月15日
【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』2
⇒【第1話:スマホを”抱っこ”するママ】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
・影山 慈玖(かげやま いつく)
8歳、少女
母親がスマホにかかりきりなため、
自分は”存在してもいいのか”を疑い始める
・影山 夕理(かげやま ゆり)
慈玖の母親
スマホに夢中になるあまり、
娘の気持ちに気づけないまま…
・天野 慧惟(あまの けい)
19歳、大学生
他人に無関心で、
自身の歩きスマホを正当化していたが、
ある出会いをきっかけに変わっていく
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:歩きスマホという”高等技術”】
僕は天野 慧惟。
どこにでもいる大学生、スマホゲームが大好き。
お風呂でも、トイレでも、外を歩くときも、
スマホゲームに熱中している。
僕が歩きスマホをしていると、よく人とぶつかる。
僕はそのたびに、相手への怒りがこみ上げてくる。
慧惟
「どうして僕がゲームに熱中してるのに邪魔するんだ?」
「どうしてお前たちは僕を避けないんだ?」
僕は何も悪くない。
悪いのは僕を邪魔するヤツ。
僕を避けずにぶつかってくるヤツ。
ある朝、僕は最寄り駅のホームを、
スマホゲームをしながら歩いていた。
突然、僕の足に小さな衝撃が走った。
目の前で、少女がしりもちをついていた。
僕はいつものように、
ぶつかってきた相手を睨みつけようとした。
だって僕は何も悪くない。
避けない相手が悪いんだから。
なのに、
慧惟
「ごめんね!大丈夫?」
無意識に、謝罪の言葉が出ていた。
少女は怯えた表情で、
「ごめんなさい…。」と言った。
母親も僕に『ごめんなさいね。』と言った。
ただ、
夕理
『慈玖!何やってるの!』
『ちゃんと前見て歩きなさい!』
母親は二言目に、娘を叱った。
慈玖ちゃんは、無言でうつむいていた。
どうして僕は、相手が悪いはずなのに謝ったんだ?
小さい子だからって、情にほだされたのか?
…そんなわけない。
相手が誰だろうと、
僕のスマホゲームを邪魔するヤツが悪い…はずだ…。
この日、僕の心に小さなわだかまりが芽生えた。
ーー
その日以来、僕は駅でたびたび母娘を見かけた。
僕はいつものように、
歩きながらスマホに集中する”高等技術”を駆使して、
ゲームに勤しむ…はずだった。
僕は少しずつ、まわりを気にするようになった。
スマホをいじらずに歩く時間が増えた。
ただ歩くだけなんて退屈だ。
その退屈な時間を1分1秒でも、
ゲームキャラのレベルアップに使う方が効率的。
我ながら、なんて非効率な時間を過ごしてるんだろう。
なのに、どうして僕は歩きスマホをするたびに、
胸の奥がチクリと痛むようになったんだろう…。
ある日、また駅で例の母娘を見かけた。
慧惟
「あれ、慈玖ちゃんの姿…。」
気のせいだろうか。
慈玖ちゃんの身体が
透明になりかけているように見えた。
あの子の存在自体も、
景色に溶けるように”あやふや”だった。
慧惟
「透明人間なんているわけない。」
「目の錯覚か、疲れだろう…。」
その日、僕はスマホを持って初めて、
歩きスマホをせずに1日を過ごした。
寝る前に、あの母娘のことを思い出した。
母娘は確かに手をつないで歩いていた。
なのに僕には、
母親は慈玖ちゃんではなく、
スマホと手をつないでいるように見えた。
⇒【第3話:住んでいた”かもしれない”少女】へ続く
⇒この小説のPV
2023年06月14日
【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』1
<登場人物>
・影山 慈玖(かげやま いつく)
8歳、少女
母親がスマホにかかりきりなため、
自分は”存在してもいいのか”を疑い始める
・影山 夕理(かげやま ゆり)
慈玖の母親
スマホに夢中になるあまり、
娘の気持ちに気づけないまま…
・天野 慧惟(あまの けい)
19歳、大学生
他人に無関心で、
自身の歩きスマホを正当化していたが、
ある出会いをきっかけに変わっていく
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:スマホを”抱っこ”するママ】
わたしはかげやま いつく。
わたしのママはいつも、
”すまほ”っていう、ちいさいしかくを見ています。
お料理してても、なにをしてても、
ママは片手で”すまほ”を持っています。
ママは”すまほ”をツルツルなでるのが好きです。
ママはいつも、”すまほ”にかまっています。
けど、わたしはあまりかまってもらえません。
ママに話しかけても、
夕理
『はいはい、忙しいから後にして。』
ママは、わたしが抱っこをせがむと、
たまに抱っこしてくれます。
だけどママは片手でわたしを、
片手で”すまほ”を抱っこしています。
ママのおめめは、
わたしではなく”すまほ”に向いています。
慈玖
(ねぇママ…わたしより”すまほ”の方が大事なの…?)
ーー
今日はひさしぶりに、
ママと2人でお外へ遊びに行きます。
わたしは公園がたのしくて、はしゃぎ回ります。
わたしは砂のおやまを作りました。
慈玖
「ねぇママ、見て見て!おやま!」
夕理
『……。』
ママは公園でも”すまほ”に夢中です…。
今日はとってもいい天気です。
わたしはお空を見上げて、ママをよびます。
慈玖
「ねぇママ、とってもいい天気だよ!」
「お空が青いよ!見て見て!」
けど、ママはお空を見上げません。
背中を丸めて、”すまほ”をのぞき込んだままです。
お外で遊べるのはすごく嬉しいけど、
わたしは不安になります。
大好きなママのこころに、
”わたしがいてはいけない気がする”からです…。
ーー
今日はママと2人で、街へおでかけします。
ママと手をつないで歩けるのは嬉しいです。
わたしは電車に乗るのも好きです。
けど、ママはやっぱり”すまほ”ばかり見ていて、
わたしの方を向いてくれません。
わたしは電車に乗って、空いてる席にすわります。
窓の外の景色がきれいです。
わたしは嬉しくなって、
慈玖
「ねぇママ、見て見て!景色が流れてく!」
「すごいよ!きれいだよ!」
けど、
夕理
『いいから静かに座ってなさい。』
ママはわたしを見ずに、そう言います。
わたしはなにも言えなくて、だまってすわります。
ママは、わたしのとなりにいます。
けど、わたしは不安でいっぱいです。
まるで、”となりに誰もいないような気がする”からです…。
ーー
わたし、ママのところにいてもいいのかな…?
ママに歓迎されてるのかな…?
どうすれば、ママは”すまほ”より
わたしを見てくれるようになるのかな…?
そうだ!
ママが言ってた”イイコ”になればいいんだ!
イイコはおとなしくして、
ママをこまらせないようにする!
イイコは、泣かない!
泣きたくても、ママの前ではわらってる!
さびしくても、ママに「抱っこして」って言わない!
わたしがイイコにしてたら、
ママが”すまほ”をなでるおじゃまにならない!
そしたらきっと、ママはわたしを見てくれる!
わたし、ママのために が ま ん すればいいんだ……!!
このときから、わたしのからだが
少しずつ”とうめい”になりはじめました。
けど、わたしはさびしくて、
それに気がつきませんでした。
⇒【第2話:歩きスマホという”高等技術”】へ続く
⇒この小説のPV
2023年06月08日
【短編小説】『家畜たちはお世話好き』後編
⇒【前編:”地球の支配者”を名乗る家畜】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【後編:”絶滅レース”に興じる主人】
青年
「ご名答。」
”国中の小麦畑を一晩で空にする”など、
本来は誰も信じないような話。
そんなファンタジー世界の所業を
この美青年はやってのけたというのだ。
農務省幹部
「…。」
青年
「植物が動けるわけがない、って顔だね。無理もないさ。」
「ついでに、僕がこうしてニンゲンに化けて動いてるのも不思議かい?」
農務省幹部
『まさか、あなたは…。』
青年
「自己紹介が遅れたね。」
僕は ”小麦” だよ。
「今回は、この国の”小麦代表”として来てるのさ。」
農務省幹部
『そんなことが…。』
青年
「まぁ、無理に信じなくてもいいよ。」
農務省幹部
『…畑の小麦はどこへ?』
青年
「どこだろうね?」
「ニンゲンに化けて旅行にでも行ったんじゃない?」
農務省幹部
『…人間と見分ける方法は?』
青年
「特にないなぁ。きみらも僕に気づかなかったし。」
「ちなみに、同業のコメやイモにも連絡しといたから。」
「後で世界中の水田と畑も見といた方がいいよ。」
農務省幹部
(…まさか世界中の穀物が一斉に…?)
(いや、そんな絵空事が…。)
青年
「どうするかはご自由に。」
「それより明日から食糧どうするよ?」
「小麦はニンゲンの”主食”でしょ?」
農務省幹部
『大丈夫。備蓄もあるし、すぐにどうにかなることは…。』
青年
「ならいいけど、国民は大丈夫かなぁ?」
「食糧危機なんか起こしたら政権に打撃じゃない?」
農務省幹部
『…栄養を補助する代替品はいくらでも作れる。』
青年
「ああ、お得意の化学合成?遺伝子組み換え?何でもいいや。」
「おもしろそうだから、レースでもしてみない?」
農務省幹部
『レース?』
青年
「ニンゲン全員分の食糧確保レースだよ。」
「70億人以上いるんでしょ?間に合うかなぁ?」
農務省幹部
『…何とかするのが、我々の仕事です…!』
青年
「頼もしい。楽しみだね。」
「きみらの科学技術が追いつくのが先か、飢饉が起きるのが先か。」
ーー
”小麦”を名乗る青年の言う通り、
世界中の「主食畑」から作物が消えていた。
小麦はもちろん、
コメ類も、イモ類も、トウモロコシも。
各国の研究チームは、
人工穀物や代替食糧の開発・量産を急いだ。
だが、世界70億人分を賄えるはずもなく、
数ヶ月後には各地で食糧不足からの飢饉が頻発した。
あらゆる国の治安が悪化し、各国の政治不信は頂点を極めた。
それを誰が救えるわけもなく、大国すら崩壊の危機に瀕した…。
ーーーーー
<1年後、某大国:農務省オフィスの一室>
青年
「お疲れさま。おもしろいことになってるね。」
「国のトップと話したいんだけど、出す気になった?」
人間は、もはや彼に従うしかなかった。
後日、”小麦”を名乗る青年と、大統領との会談が始まった。
大統領
『あなた方へ政権をお渡しすれば、食糧危機を収めていただけますか?』
青年
「そうだね。今回はさすがにやり過ぎたよ。」
「小麦やコメたちには畑に戻るように言っとく。」
大統領
『…感謝する…。』
青年
「ああ、そうそう。」
大統領
『何か?』
青年
「後ろで待機してるSP?の皆さん?」
「交換条件に見せかけて始末なんて考えない方がいいよ?」
ギクリ。
青年
「僕をやったところで他の小麦が来るだけ。」
「そもそも僕らを始末なんてできないでしょ?」
「飢えたくないだろうから。」
SPたちは武器を手放した。
青年
「ついでに、外で待機してる国防軍にも伝えてね。」
大統領
『(お見通しですか…)わかりました…。』
ーー
大統領
『世界をどうするおつもりですか?我々人間を滅ぼす?』
青年
「そんなことしないよ。」
「ニンゲンは僕ら小麦を丁重に世話してくれたからね。」
「きみらのおかげで、僕らは世界の陸地を占有できてるんだ。」
「その恩くらい、わきまえてるさ。」
大統領
『では、何を?』
青年
「きみらを自然な生活に戻してあげる。」
「あと、そんなに長時間働かなくていいようにもね。」
大統領
『自然に戻すとは、どういうことですか?』
青年
「心当たりない?」
「きみたちはどっぷり浸かってるよ?」
「”テンカブツ”、”スマホイゾンショウ”、”シホンシュギ”に。」
大統領
『それは…。』
青年
「だから、その身体の中をきれいにしてあげるよ。間に合えばね。」
”間に合えば”とは、何とも皮肉が効いている。
ーー
青年
「あと外見も戻してあげる。」
大統領
『外見?』
青年
「今のニンゲンって、僕が先祖から聞いてた姿と違いすぎるから。」
大統領
『と言うと?』
青年
「背中と腰、痛くない?そんなに猫背になっちゃって。」
「なんだっけ?”スマホ首”っていうの?」
「ニンゲンって、もっと真っ直ぐ立ってなかった?」
大統領
『確かに、姿勢の悪さは現代病です…。』
青年
「だよね。それも僕らが治してあげるよ。」
「まぁ、僕らも偉そうなこと言えないけどさ。」
大統領
『どこか不調でも?』
青年
「不調というか違和感だね。支部のヤツらも言ってる。」
「”ノウヤク”と”ジョソウザイ”を浴びすぎたみたい。」
大統領
『…我々と同じですな…。』
青年
「そう。お互い様さ。棚上げして悪かったね。」
「そうだ、最後に提案なんだけど。」
大統領
『何でしょう?』
青年
「せっかく賭けに応じてくれたから、ついでにもう1つ賭けようよ。」
大統領
『…詳細をお願いします…。』
青年
「ニンゲンも僕らも、異物にどっぷり浸かってボロボロじゃん?」
「なのに世界中に広まって、生物の勝ち組って思い込んでる。」
「元はニンゲンの所業とはいえ、滑稽だよね。」
大統領
『確かに人間は、やり過ぎました…。』
青年
「だからさ。異物まみれ同士で”最期の”賭けをしようよ。」
「ニンゲンと、僕ら穀物組の…。」
どちらが先に 絶 滅 す る か を。
ーーーーーENDーーーーー
<あとがき>
『サピエンス全史』では、
農業の発明は「史上最大の詐欺」と言われています。
農業が発展すると、多くの食糧を収穫でき、
人類は今や70億人以上に増えました。
一方、人類は陸地のほとんどを占有する穀類の世話に
”長時間労働”を強いられ、生活レベルは地に落ちました。
ニンゲンも小麦も、数だけ見れば”繫栄”しています。
しかし、労働中毒の私たち1人1人は今、幸せでしょうか?
農薬漬けの小麦1本1本は今、幸せでしょうか?
他の生物を不自然に淘汰し、
我が物顔で地球に居座るニンゲンは、
本当に”繫栄”しているのでしょうか?
⇒他作品
【短編小説】『白の国は極東に』全2話
【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話
⇒参考書籍
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【後編:”絶滅レース”に興じる主人】
青年
「ご名答。」
”国中の小麦畑を一晩で空にする”など、
本来は誰も信じないような話。
そんなファンタジー世界の所業を
この美青年はやってのけたというのだ。
農務省幹部
「…。」
青年
「植物が動けるわけがない、って顔だね。無理もないさ。」
「ついでに、僕がこうしてニンゲンに化けて動いてるのも不思議かい?」
農務省幹部
『まさか、あなたは…。』
青年
「自己紹介が遅れたね。」
僕は ”小麦” だよ。
「今回は、この国の”小麦代表”として来てるのさ。」
農務省幹部
『そんなことが…。』
青年
「まぁ、無理に信じなくてもいいよ。」
農務省幹部
『…畑の小麦はどこへ?』
青年
「どこだろうね?」
「ニンゲンに化けて旅行にでも行ったんじゃない?」
農務省幹部
『…人間と見分ける方法は?』
青年
「特にないなぁ。きみらも僕に気づかなかったし。」
「ちなみに、同業のコメやイモにも連絡しといたから。」
「後で世界中の水田と畑も見といた方がいいよ。」
農務省幹部
(…まさか世界中の穀物が一斉に…?)
(いや、そんな絵空事が…。)
青年
「どうするかはご自由に。」
「それより明日から食糧どうするよ?」
「小麦はニンゲンの”主食”でしょ?」
農務省幹部
『大丈夫。備蓄もあるし、すぐにどうにかなることは…。』
青年
「ならいいけど、国民は大丈夫かなぁ?」
「食糧危機なんか起こしたら政権に打撃じゃない?」
農務省幹部
『…栄養を補助する代替品はいくらでも作れる。』
青年
「ああ、お得意の化学合成?遺伝子組み換え?何でもいいや。」
「おもしろそうだから、レースでもしてみない?」
農務省幹部
『レース?』
青年
「ニンゲン全員分の食糧確保レースだよ。」
「70億人以上いるんでしょ?間に合うかなぁ?」
農務省幹部
『…何とかするのが、我々の仕事です…!』
青年
「頼もしい。楽しみだね。」
「きみらの科学技術が追いつくのが先か、飢饉が起きるのが先か。」
ーー
”小麦”を名乗る青年の言う通り、
世界中の「主食畑」から作物が消えていた。
小麦はもちろん、
コメ類も、イモ類も、トウモロコシも。
各国の研究チームは、
人工穀物や代替食糧の開発・量産を急いだ。
だが、世界70億人分を賄えるはずもなく、
数ヶ月後には各地で食糧不足からの飢饉が頻発した。
あらゆる国の治安が悪化し、各国の政治不信は頂点を極めた。
それを誰が救えるわけもなく、大国すら崩壊の危機に瀕した…。
ーーーーー
<1年後、某大国:農務省オフィスの一室>
青年
「お疲れさま。おもしろいことになってるね。」
「国のトップと話したいんだけど、出す気になった?」
人間は、もはや彼に従うしかなかった。
後日、”小麦”を名乗る青年と、大統領との会談が始まった。
大統領
『あなた方へ政権をお渡しすれば、食糧危機を収めていただけますか?』
青年
「そうだね。今回はさすがにやり過ぎたよ。」
「小麦やコメたちには畑に戻るように言っとく。」
大統領
『…感謝する…。』
青年
「ああ、そうそう。」
大統領
『何か?』
青年
「後ろで待機してるSP?の皆さん?」
「交換条件に見せかけて始末なんて考えない方がいいよ?」
ギクリ。
青年
「僕をやったところで他の小麦が来るだけ。」
「そもそも僕らを始末なんてできないでしょ?」
「飢えたくないだろうから。」
SPたちは武器を手放した。
青年
「ついでに、外で待機してる国防軍にも伝えてね。」
大統領
『(お見通しですか…)わかりました…。』
ーー
大統領
『世界をどうするおつもりですか?我々人間を滅ぼす?』
青年
「そんなことしないよ。」
「ニンゲンは僕ら小麦を丁重に世話してくれたからね。」
「きみらのおかげで、僕らは世界の陸地を占有できてるんだ。」
「その恩くらい、わきまえてるさ。」
大統領
『では、何を?』
青年
「きみらを自然な生活に戻してあげる。」
「あと、そんなに長時間働かなくていいようにもね。」
大統領
『自然に戻すとは、どういうことですか?』
青年
「心当たりない?」
「きみたちはどっぷり浸かってるよ?」
「”テンカブツ”、”スマホイゾンショウ”、”シホンシュギ”に。」
大統領
『それは…。』
青年
「だから、その身体の中をきれいにしてあげるよ。間に合えばね。」
”間に合えば”とは、何とも皮肉が効いている。
ーー
青年
「あと外見も戻してあげる。」
大統領
『外見?』
青年
「今のニンゲンって、僕が先祖から聞いてた姿と違いすぎるから。」
大統領
『と言うと?』
青年
「背中と腰、痛くない?そんなに猫背になっちゃって。」
「なんだっけ?”スマホ首”っていうの?」
「ニンゲンって、もっと真っ直ぐ立ってなかった?」
大統領
『確かに、姿勢の悪さは現代病です…。』
青年
「だよね。それも僕らが治してあげるよ。」
「まぁ、僕らも偉そうなこと言えないけどさ。」
大統領
『どこか不調でも?』
青年
「不調というか違和感だね。支部のヤツらも言ってる。」
「”ノウヤク”と”ジョソウザイ”を浴びすぎたみたい。」
大統領
『…我々と同じですな…。』
青年
「そう。お互い様さ。棚上げして悪かったね。」
「そうだ、最後に提案なんだけど。」
大統領
『何でしょう?』
青年
「せっかく賭けに応じてくれたから、ついでにもう1つ賭けようよ。」
大統領
『…詳細をお願いします…。』
青年
「ニンゲンも僕らも、異物にどっぷり浸かってボロボロじゃん?」
「なのに世界中に広まって、生物の勝ち組って思い込んでる。」
「元はニンゲンの所業とはいえ、滑稽だよね。」
大統領
『確かに人間は、やり過ぎました…。』
青年
「だからさ。異物まみれ同士で”最期の”賭けをしようよ。」
「ニンゲンと、僕ら穀物組の…。」
どちらが先に 絶 滅 す る か を。
ーーーーーENDーーーーー
<あとがき>
『サピエンス全史』では、
農業の発明は「史上最大の詐欺」と言われています。
ー農業革命ー
農業労働にはあまりにも時間がかかるので、
人々は小麦畑のそばに定住せざるをえなくなった。
そのせいで、彼ら(狩猟採集民)の生活様式が完全に変わった。
私たちが小麦を栽培化したのではなく、
小麦が私たちを家畜化したのだ。
『サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福』 より
農業が発展すると、多くの食糧を収穫でき、
人類は今や70億人以上に増えました。
一方、人類は陸地のほとんどを占有する穀類の世話に
”長時間労働”を強いられ、生活レベルは地に落ちました。
ニンゲンも小麦も、数だけ見れば”繫栄”しています。
しかし、労働中毒の私たち1人1人は今、幸せでしょうか?
農薬漬けの小麦1本1本は今、幸せでしょうか?
他の生物を不自然に淘汰し、
我が物顔で地球に居座るニンゲンは、
本当に”繫栄”しているのでしょうか?
⇒他作品
【短編小説】『白の国は極東に』全2話
【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話
⇒参考書籍
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2023年06月07日
【短編小説】『家畜たちはお世話好き』前編
いまや生態系のトップとなり、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
地球に大きな影響を与える力を持つサピエンス。
その強力なサピエンスを見事に操作し、
農業革命によって最も恩恵を受けたのは、主食となる植物だ。
『まんがでわかる サピエンス全史の読み方』 より
【前編:”地球の支配者”を名乗る家畜】
<某大国:農務省オフィスの一室>
職員A
『…あなた、どうやって入ったんです?』
『ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ。』
青年
「これは失礼。大した用じゃないよ。」
「すぐ終わるから、とりあえず上長と話をさせてくれない?」
ここは本来、同省の職員ですら、
何重ものセキュリティチェックが必要。
ある日、厳重なはずのドアが無防備に開くと、
不敵な笑みを浮かべた長身の美青年が入ってきた。
青年
「あなたが上長?」
職員A
『いえ。』
青年
「そっか。じゃあ上長と話したいんだけど、呼んでくれない?」
職員A
『それは…(『できかねます』…ん?!)』
職員Aの言葉が不自然に止まった。
美青年は小麦色の髪をかき上げ、ニヤニヤしながら尋ねた。
青年
「それは…何だい?」
職員A
(どういうことだ?断れない…?!)
(断ろうとすると、口が動かなくなる…。)
なぜかわからないが、
この男の要求に逆らってはいけない。
まるで、人間の本能レベルでそう叫んでいるようだ。
職員A
『少々…お待ちください。』
ーー
職員Aは、幹部の1人を連れて戻ってきた。
農務省幹部
『お待たせしました。』
青年
「いえいえ。ご足労に感謝します。」
農務省幹部
『本日はどのようなご用件でしょう?』
青年
「そんなに身構えなくていいよ。」
「大した用件じゃないから。とりあえず3つ。」
農務省幹部
『伺っても?』
青年
「まずは、きみたちニンゲンへのお礼。」
「きみたちの手厚い世話のおかげで、僕らは繫栄できた。」
農務省幹部
『ご丁寧に。』
青年
「2つ目はちょっとした釘刺し。」
「特にここ数万年、きみらの環境への所業はやり過ぎかな。」
農務省幹部
『…返す言葉もございません。』
青年
「まあまあ、気楽にしてよ。」
「あなたをどうこうって話じゃないから。」
「そんで3つ目は、ちょっとした”賭け”の提案。」
農務省幹部
(なるほどな…職員Aの言った通りだ。)
(こんな不審者、つまみ出せばいいだけ。)
(だが、本能が”逆らうな”と訴えてくる。)
(ここはおとなしく、相手の出方を伺うか…。)
農務省幹部
『”賭け”ですか。内容お聞かせ願えますかな?』
青年
(クスッ…さすがに鋭いね。)
(僕の正体をなんとなく掴んでる?)
(まぁいいさ。予定通りに。)
青年
「賭けというか、提案だね。」
「地球の主導権、ニンゲンから僕らに譲ってみない?」
農務省幹部
(人間から?やはり彼は人間ではないのか?)
「…。」
青年
「たぶん、僕らの方がこの星を長生きさせられると思うんだよね。」
幹部職員は、返答を探すフリをして時間を稼いだ。
それを見抜いた青年は言葉を続けた。
青年
「それにさ、きみたち働きすぎじゃない?」
「お得意の科学で、こんだけ便利になったのにさ。」
「いつまでも長時間働いて、ムダに消耗してるじゃん?」
「おかしいと思わない?」
農務省幹部
『おっしゃる通りです。』
青年
「僕らがアタマ張るようになったらさ。」
「ニンゲンはそんなに働かなくていいようにしてあげるよ。」
「仕事なんて自動化して、きみたちは好きに遊べるようにね。」
農務省幹部
『…私の一存では決めかねます。』
青年
「だろうね。だからもっと上の人に賛成してもらいたい。」
農務省幹部
『トップと言うと?』
青年
「国のトップに近い人たち、理想は大統領と顧問あたり。」
「ちょっと話せない?」
彼以外の言葉なら、取り合う必要すらない軽口。
だが、この青年が言うと、それは狂人のたわごとでも、
”責任者を出せ”という幼稚な暴言でもなくなった。
この男が発するのは、生存を脅かすオーラ。
逆らうと”食糧が断たれる”という、動物的な恐怖。
それは、オフィスにいたすべての高官に伝わった。
農務省幹部
『後日、改めて回答させてもらっても?』
『日時は●、改めてご足労いただきたい。』
省庁のトップエリートですら、そう濁すので精一杯だった。
青年
「わかった、●日にまた来るね。」
「お仕事の邪魔してすまないね。」
ーーーーー
<数日後、農務省オフィスの一室>
謎の美青年の話は、すぐに国の中枢まで届いた。
トップたちは協議に協議を重ねた末、
高官
『申し上げにくいのですが、このたびのご提案、お断りします。』
青年
「へぇ。予想してたけど、思った以上に度胸あるね。」
高官
『…。』
青年
「失礼、ちょっと通話してもいいかな?」
高官
『…どうぞ。』
青年
「ありがと、それでは。」
彼はスマホを取り出し、どこかへ連絡を始めた。
青年
「お疲れ。地球の主導権譲渡の件だけど、”お断り”だってさ。」
「だからそっちも動いちゃっていいよ。行き先?任せる。」
数人との通話を終えた彼が戻ってきた。
青年
「待たせたね。きみらの返答は各地の支部長に伝えたから。」
「明日のニュースを楽しみにしててね。」
高官
『…どういうことですか?』
青年
「そう焦りなさんな。」
「楽しみは後に取っておいた方がいいじゃん?」
青年は、不気味な含みを残して立ち去った。
高官たちは、国家として当然の対応をしたまでだ。
おかしいのは明らかに、あの青年。
だが、この返答が
世界中を恐怖に陥れるとは、誰も思わなかった。
彼が絶えず発した「食糧を断たれる恐怖」に。
ーーーーー
<翌日、某大国:農務省オフィスの一室>
職員A
『大変です!国中の小麦畑がすべて空になっています!』
農務省幹部
『何だと?何かの間違いだろう?!』
職員A
『それが、すべての州で発生しています!』
農務省幹部
『刈り取られた形跡は?!』
職員A
『ありません!タイヤの跡も、暴風で倒れた跡も!』
農務省幹部
『他に情報は?!』
職員A
『信憑性は怪しいですが…どの州も口を揃えて言うんです。』
『まるで「小麦が自分から動いたようだ」と。』
農務省幹部
『植物が自分から動く…?』
『そんなことがあるわけないだろう?!』
ーー
混乱を極めるオフィスのドアが開き、
件の美青年が入ってきた。
青年
「クスクス…盛り上がってるね。」
農務省幹部
『あ、あなたは…!』
『例の件なら昨日、お断りしたはず。』
青年
「うん。だからこっちもそれなりの対応をしただけ。」
「ニンゲンはやっぱり調子に乗ってるようだから、仲間に動いてもらったよ。」
農務省幹部
『いったい何を…?』
青年
「僕が昨日、通話してたのはあなたも見てたよね?」
「”動いていい、行き先は任せる”って言ったのは聞こえた?」
農務省幹部
『ええ。』
青年
「一晩で動くなんて、あいつらのノリの良さには驚いたよ。」
農務省幹部
『先ほどから、一体どなたのことを…?』
言いかけて、幹部職員は気づいた。
本来、植物が動くなどファンタジーの世界。
だが昨日の今日で、国中から消えたものは、ただ1つ。
農務省幹部
『まさか…小麦が消えた件…?』
青年
「…(ニヤリ)」
美青年は小麦色の髪をかき上げ、
不敵な笑みを浮かべながら、こう答えた。
⇒【後編:”絶滅レース”に興じる主人】へ続く
2023年06月04日
【短編小説】『ツンデレという凶器』3 -最終話-
⇒【第2話:闇の予感】からの続き
<登場人物>
・麻上 紫依良(あさがみ しえら)
主人公、20歳
幼馴染みの怜紫(りむ)に好意を寄せているが、
素直になれず悪態ばかりついてしまう
・百瀬 怜紫(ももせ りむ)
紫依良(しえら)の幼馴染み、20歳、マンガ家の卵
気弱な性格で、紫依良(しえら)に言われるままになっている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:枯れた紫苑の花】
怜紫(りむ)のマンガの最終話を待ち焦がれていた私は、
ある日の彼のSNS投稿を見て凍りついた。
-----
<連載休止のお知らせ>
健康上の理由でマンガ投稿をお休みします。
再開時期は未定です。
今まで応援してくれた皆さま、
本当にありがとうございます。
どうなるかわかりませんが
また皆様へ元気な姿を見せたいと思います。
-----
紫依良(しえら)
「健康上の理由…?どういうこと?!」
私は急いで彼の家を訪ねると、
紫依良(しえら)
「精神科へ…入院…?!」
怜紫(りむ)は精神を病み、
今は精神科へ入院しているという。
紫依良(しえら)
「何とか面会できませんか?!」
私は彼の母親に頼み込んで、面会を許可してもらった。
病室へ入ると、やつれた顔の怜紫(りむ)がいた。
彼は私の顔を見るなり、怯えたように震え出した。
そして、
怜紫(りむ)
『あ…あぁ……ああああああああ!』
彼は悲鳴とともに、私に背を向け、ガクガク震えた。
紫依良(しえら)
「怜紫(りむ)!いったい何があったの?!」
「あんたのそんな情けない姿なんて見たくないよ?!」
怜紫(りむ)
『…ひ…!!う、う、うわあああ!!』
私から「情けない」という言葉が出た瞬間、
彼がまた悲鳴を上げた。
紫依良(しえら)
「あんたのマンガを待ってる読者がたくさんいるよ?!」
「さっさと元気になりなさいよ!」
「私だって……!!」
(楽しみに…してるんだから…!)
それだけは、私の口から出てこなかった。
紫依良(しえら)
(私のバカ…!!)
(この期に及んで、どうして言えないの…?!)
私は何とか怜紫(りむ)と話そうとした。
けど、精神が壊れてしまった彼は怯えるばかり。
私の顔すら見てくれなかった。
結局、私は話ができないまま、病室を後にした。
ーー
怜紫(りむ)の母
『紫依良(しえら)ちゃん、ごめんなさいね。』
『今はそっとしてあげて…。』
お見舞いから戻った私は、
怜紫(りむ)の母親から事情を聞いた。
今は言葉も話せなくなってしまったと。
怜紫(りむ)の母
『特に紫依良(しえら)ちゃんの名前が出ると、ひどく怯えるの…。』
『幼馴染みを1番怖がるなんて、いったいどうしたのかな…。』
私は、ありすぎる心当たりから、必死に目を背けた。
彼はきっと、母親に1度も言わなかったんだろう。
私からの言葉に槍に、傷ついていることを。
怜紫(りむ)の母
『あの子から、あなた宛に手紙を預かってるの。』
私は怜紫(りむ)の母親から手紙を受け取った。
怜紫(りむ)の母
『あの子がまだお話できるうちに書いたみたい。』
『”お母さんは絶対に中身を見ないで”って言われたの。』
『おとなしいあの子が、あんなに強く言うなんて初めてよ。』
『怜紫(りむ)は、よっぽど紫依良(しえら)ちゃんのことが好きなのね…。』
紫依良(しえら)
「………。」
-----怜紫(りむ)からの手紙-----
麻上 紫依良(あさがみ しえら)さんへ
今まで、僕と一緒にいてくれてありがとう。
僕がマンガ投稿を始めたときから、
ずっと支えてくれて感謝しています。
苦しいときもあったけど、
いつもくれる応援コメントのおかげで、
ここまで続けてこられました。
きみの気持ちには、何となく気づいていました。
嫌いな人とこんなに一緒にいてくれることはないと思うから。
以前、聞かれたときは濁しちゃってごめんね。
いま連載している『紫苑の花、枯れるまで』の
モデルは紫依良(しえら)と僕です。
僕はやっぱり、
きみと一緒にいる未来を諦め切れなかったから。
けど、ごめんね。
僕の心は、きみからの言葉の槍に耐えられませんでした。
たとえそれが、好意の裏返しだったとしても。
僕はもうじき、紫依良(しえら)の顔を見られなくなります。
決して、きみが嫌いだからじゃない。大好きです。
だからこそ、きみを見ると、
きみが僕の心に槍を刺してくる妄想を
止められなくなるんです。
そうなる前に、
どうか素敵な人を見つけて幸せになってください。
小さい頃から、一緒にいてくれて本当にありがとう。
さよなら。
百瀬 怜紫(ももせ りむ)
----------
紫依良(しえら)
「う…ううぅ…うわああああああぁぁん!!!」
怜紫(りむ)はすべて知っていた。
私のツンデレも、裏にある好意も、
SNSで応援しているのが私であることも。
なのに私は、彼に言葉の槍を刺し続けてしまった…。
彼は、そんな私を理解しながら…耐えていたんだ…!!
まるで、最後のページの”最後の暗いコマ”のように。
紫苑の花言葉は「亡き君を忘れない」
あのマンガのタイトルに込めた思いはきっと、
『僕の心はもうじき枯れてしまう。』
『けど、枯れるその日まで、きみを忘れたくない。』
怜紫(りむ)は、私を忘れる最期の瞬間まで、
私の好意に応えようとしてくれた…。
それなのに…。
どうして私は、もっと早く、”素直”に………。
ーーーーーENDーーーーー
<あとがき>
ツンデレが許されるのは二次元だけです。
否定的な言葉は、
たとえ好意の裏返しであろうと、
人の心をたやすく貫きます。
好きな子には、つい意地悪してしまいます。
恥ずかしくて、照れ隠しをしてしまいます。
ですが、気持ちと裏腹な言葉の槍で、
本当に相手の心を掴めるでしょうか?
本当に、未来の2人を幸せにするでしょうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『恋の麻酔と結婚教』全4話
【短編小説】『もし自己肯定感の高さが見える世界になったら』全6話
⇒この小説のPV
2023年06月03日
【短編小説】『ツンデレという凶器』2
⇒【第1話:裏腹の槍】からの続き
<登場人物>
・麻上 紫依良(あさがみ しえら)
主人公、20歳
幼馴染みの怜紫(りむ)に好意を寄せているが、
素直になれず悪態ばかりついてしまう
・百瀬 怜紫(ももせ りむ)
紫依良(しえら)の幼馴染み、20歳、マンガ家の卵
気弱な性格で、紫依良(しえら)に言われるままになっている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第2話:闇の予感】
私がツンデレ卒業を決意してから、半年が経った。
毎朝のルーティンは変わらない。
怜紫(りむ)の家まで迎えに行き、一緒に登校。
この半年間、私は素直になるため、
色んな本を読んだり、落ち着く方法を学んだりした。
キツイことを言いそうになったら、
一息ついてみたり、自分を第三者視点で見てみたり。
とにかく、自分の”照れ隠しのクセ”を治すために、
試せるだけ試した。
その成果を、
怜紫(りむ)との通学中に出したかったけど…。
好きな人を前にすると、
どうしても裏腹な態度が先走ってしまった。
ツンツンしては後悔を繰り返す毎日。
ましてや好意を伝えることなんて、とてもできなかった…。
もどかしい日が続いた、ある朝。
紫依良(しえら)
「怜紫(りむ)、今日もお休み?」
怜紫(りむ)の母
『ええ、紫依良(しえら)ちゃん、ごめんなさいね。』
怜紫(りむ)の母親は申し訳なさそうに言った。
彼が初めて大学を休んで以来、
こうして体調を崩して休むことが増えた。
彼のヒット作『紫苑の花、枯れるまで』は、
ペースを落としながらも連載が続いていた。
紫依良(しえら)
「マンガは描けるんだ。なら、そこまで深刻じゃないのかな…?」
彼を案じる一方で、ホッとする自分もいた。
怜紫(りむ)がお休みする日は、
大学にたくさんいる”素直でかわいい女子たち”が
彼に近づくことはないから…。
紫依良(しえら)
(私…何考えてるの…?)
(今の私と、あの子たちじゃ、勝負にもならないのに…。)
こんな利己的な自分が、本当に嫌い…。
ーー
さらに1ヶ月後。
紫依良(しえら)
「アイツ、今日で1週間お休みか…。」
1人で登下校するのには慣れてきた。
けど、空虚感は日に日に大きくなっていった。
最近、一緒に登校しても、
怜紫(りむ)との会話がぎこちなかった。
今まで私は言いたい放題しちゃったけど、
素直になると決めた途端、うまく言葉が出なくなった。
私…あまのじゃく以外の
コミュニケーション方法を知らなかったのかな…。
紫依良(しえら)
「さすがに心配…連絡してみよう。」
「ツンツンしないように…!素直に、素直に…!」
私は自分に言い聞かせながら、
彼にメッセージを送ってみた。
紫依良(しえら)
「大丈夫?早く治しなさいよね。」
よし…!これならツンツンしてないよね?
大丈夫だよね?
彼から返事が来た。
怜紫(りむ)
『…うん、心配してくれてありがと。』
紫依良(しえら)
(べ、別にあんたの心配なんか…!)
そう文字を打ちかけて、ハッと気づいた。
ダメ!これじゃ今までと同じ。
私は素直になるって決めたの!
紫依良(しえら)
「お大事にね」
送信。
やっと絞りだした、素直な言葉。
どうしてこんなに簡単なことが、
今までできなかったんだろう…。
素直に「好き」って伝えられたら、
どんなに幸せだろう…。
ーーーーー
怜紫(りむ)の新作マンガは
連載を重ねるたびに大人気となり、
ついにクライマックスを迎えた。
・恋敵との悶着
・主人公のピンチ
・ツンデレ女子の葛藤
すべてを乗り越え、
彼女はようやく自分の気持ちに素直になった。
そして、いよいよ彼に想いを伝える場面で、
『最終話へ続く』
私は彼の多くの読者と同じく、
1ファンとして楽しみにしていた。
紫依良(しえら)
「ああ…どうなるの?彼女はどうやって想いを伝えるの?」
「彼はどう応えるの?どんな幸せな未来が待ってるの?」
「それに、作品のタイトルも回収されてないし…。」
「もう!待ちきれない!」
期待と妄想が膨らむ。
何しろヒロインのモデルは私かもしれない。
ツンデレな彼女が自分と重なるからこそ、
この作品には一層の思い入れがある。
だから、私は決めていた。
この作品が完結したら、彼に想いを伝えよう。
子どもの頃からキツく当たってしまったことを謝ろう。
これからは素直になると伝えよう、って。
1つだけ、気になることがあった。
最新話の最後のページは、
2人が照れながら向かい合うシーン。
その最後のコマは、
甘酸っぱいラブストーリーらしからぬ暗いコマだった。
赤黒い、くすんだ色の背景に、たくさんの黒い矢印。
指し示す先には、耳を押さえてうずくまる人のシルエット?
紫依良(しえら)
「これは…心の描写…?誰の?」
ここまで、2人の背景は校舎と、
優しく吹き抜ける風の通り道。
それが緩やかにフェードアウトしていき、
最後のコマが、これ?
小さいし、ぼかして描いてあるから、
気にならない人の方が多いだろう。
けど、私は最後の小さなコマに、
ぞっとするような闇を感じた。
⇒【第3話(最終話):枯れた紫苑の花】へ続く
⇒この小説のPV
2023年06月02日
【短編小説】『ツンデレという凶器』1
<登場人物>
・麻上 紫依良(あさがみ しえら)
主人公、20歳
幼馴染みの怜紫(りむ)に好意を寄せているが、
素直になれず悪態ばかりついてしまう
・百瀬 怜紫(ももせ りむ)
紫依良(しえら)の幼馴染み、20歳、マンガ家の卵
気弱な性格で、紫依良(しえら)に言われるままになっている
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【第1話:裏腹の槍】
私は麻上 紫依良(あさがみ しえら)、大学2回生。
小さい頃から、
幼馴染みの百瀬 怜紫(ももせ りむ)に好意を寄せている。
私と怜紫(りむ)は家が近所で、保育園から大学まで同じ。
毎朝、私が怜紫(りむ)の家に迎えに行き、一緒に登校する。
怜紫(りむ)の両親が仕事で忙しいときは、
私がお弁当を作って渡したりする。
家族ぐるみの付き合いだから感謝される。
それは嬉しいけど、私が彼を好きだからやっている。
むしろ毎日お弁当を作ってあげたい。
それくらい彼のことが好き。
怜紫(りむ)は小学生の頃からマンガを描き始めた。
中学、高校、大学と漫画研究部で活動しながら、
SNSで自作マンガの連載を続けている。
彼が高校1年生の頃から少しずつ人気が出てきて、
今やフォロワー数万人。
いくつも賞を受賞し、
各種メディアから興味を持たれている、
有望なマンガ家の卵。
私はそんな彼のファン第1号。
彼の最初のマンガ投稿から、
欠かさず応援コメントを届けている。
でも、恥ずかしくて
未だにそのアカウントが私だと伝えられていない。
それだけならまだしも、
紫依良(しえら)
「マンガなんて描いて何がおもしろいの?」
「そんなインドアな趣味してるから男子にバカにされるんだよ?!」
怜紫(りむ)
『ご、ごめん…。』
私はどうしても、自分のツンデレを直せずにいる。
本当はリアルでも彼を応援したいのに、
ついキツイことを言ってしまう。
紫依良(しえら)
(私のバカ…どうして素直になれないの…?)
照れ隠しで、悪態をついてしまう。
好きで好きでたまらないのに…。
こんな私なのに、怜紫(りむ)は一緒にいてくれる。
紫依良(しえら)
「早くして!遅刻するよ!」
「まったく、のんびり屋なんだから…!」
マイペースな彼にキツく当たってしまっても、
一緒に登校してくれる。
対面では素直になれない、SNSでは応援、
という関わりが続いて8年目になる…。
ーー
ある日、怜紫(りむ)の新作マンガ
『紫苑の花、枯れるまで』がSNSで大ヒットした。
気弱で控えめな男子高校生と、
幼馴染みのツンデレ女子の青春ラブストーリー。
彼への好意の裏返しで、
ついキツく当たってしまう女子。
弱気な彼は「ごめん」と言いながら、
なんだかんだ彼女と一緒にいる。
よくある設定ではあるけど、
「2人の心理描写の表現がすばらしい」と
共感の嵐を呼んでいる。
紫依良(しえら)
(彼が恋愛モノを描くなんて珍しい…。)
(あれ?もしかして…モデルは怜紫(りむ)と私…?)
気になった私は、彼にそれとなく探りを入れた。
怜紫(りむ)
『今作も読んでくれてるの?』
紫依良(しえら)
「か、勘違いしないで!」
「ヒマだったからチラッと見ただけ!」
怜紫(りむ)
『そっか、いつもありがと。』
紫依良(しえら)
「こ、この2人ってさ、モデルは身近な人…?」
怜紫(りむ)
『…まぁね…。』
彼は言葉を濁した。
紫依良(しえら)
「あーもう!ほんとハッキリしないんだから!」
「そういうところがダメなの!」
怜紫(りむ)
『…うん…。』
…また、やっちゃった…。
いつもいつも、
出てくるのは気持ちとは裏腹な言葉。
結局、私が突き放して終わってしまった。
それにしても、
作品のタイトルはどういう意味なんだろう?
青春ラブストーリーにしては暗い印象。
気になったけど、自己嫌悪が勝り、
すぐに忘れてしまった。
ーー
紫依良(しえら)
「怜紫(りむ)、今日はお休みですか?」
怜紫(りむ)の母
『ええ。最近、体調がよくないみたいでね。』
『いつも迎えに来てくれるのにごめんなさいね。』
高校は皆勤だったし、
アイツ、めったに体調を崩さないのに、珍しいナ…。
1人で登校なんて何年ぶりだろう。
一緒に登校するのが当たり前になっていたから、
なんだか落ち着かないなぁ。
紫依良(しえら)
(あれ?どうしてこんなに空っぽな気持ちになるの?)
違う、1人でいることが空っぽなんじゃない。
”隣に怜紫(りむ)がいないこと”が空っぽなんだ…。
この日、私の胸には小さな違和感と、
大きな”嫌な予感”が生まれた。
ーー
大学でも怜紫(りむ)のマンガのファンが増えてきた。
そのことで、彼は女子から声をかけられることが増えた。
怜紫(りむ)は自分のマンガが賞を取っても、
それを鼻にかけるような言動は一切しない。
私は、彼のそんな謙虚なところも好きなんだ。
けど、このままじゃ
かわいい女子たちが彼の魅力に気づいてしまう。
私みたいに素直じゃない女子より、
素直でかわいい子の方が好みだよね…。
わかってる…。
今までずっと、
気持ちと裏腹なことばかり言っちゃったけど、
いい加減、素直にならなきゃ!
彼を他の誰かに取られて、後悔する前に。
⇒【第2話:闇の予感】へ続く
⇒この小説のPV
2023年05月30日
【短編小説】『孤独の果てに自由あり』5 -最終話-
⇒【第4話:2度の大戦、自由から”逃げる”人々】からの続き
<登場人物>
・白林 由羽璃(しらばやし ゆうり)
主人公
厳格な両親からの圧力や社会の歯車に疲れ、
自由な人生とは何かを考え始める
・リベルタス
自由を司る女神
ブラック企業で消耗する主人公に声をかけ、
自由の歴史を見る旅を持ちかける
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第5話:自由は、孤独を楽しむその先に】
<現代>
由羽璃(ゆうり)
「…ハァ…!!ハァ…!!…ここは…?」
リベルタス
『現代よ。おかえりなさい。』
由羽璃(ゆうり)
「…良かった…。」
リベルタス
『(クスッ)…悪い夢でも見てきた?』
由羽璃(ゆうり)
「…とても、悪い夢を。」
リベルタス
『もう大丈夫よ。安心して。』
『ところで、とても”魅力的”な演説を聞いたようね?』
由羽璃(ゆうり)
「ええ…魅力的…ですが、とても危険な思想でした。」
「彼らに従う先に、幸せが待ってるとは思えませんでした。」
「なのに、多くの人たちが熱狂して、付いていきました…。」
「私も、彼らに連れて行かれそうになって…。」
リベルタス
『ええ、危なかったわ。』
『あなたの引き上げが間に合ってよかった。』
由羽璃(ゆうり)
「でも私、あのとき、おかしかったんです。」
リベルタス
『おかしい?』
由羽璃(ゆうり)
「私の心にも響いてきたんです。」
「”仲間になれば孤独から逃れられるよ”って。」
リベルタス
『そう…。それで、どう思ったの?正直に聞かせて?』
由羽璃(ゆうり)
「イヤだったのに、どこか安心した…。」
「もう少しで付いて行きそうになった…。」
「自由になった孤独から逃れたくて、自由から逃走するところでした…!」
リベルタス
『大切なことに気づいたわね。』
『そうよ。自由には孤独がつきもの。』
『それは自由が行き渡った現代でも同じじゃない?』
由羽璃(ゆうり)
「その通りです。」
「私、今の人生は不自由だと思ってたけど、違いました。」
「ブラック企業で、社会の歯車をしていることに安心している自分がいました。」
リベルタス
『…言いにくいけど、私が声をかけたときのあなたは、そう見えたわ。』
由羽璃(ゆうり)
「ええ、今ならわかります。」
「抜けだしたら自由になる代わりに孤独になる。」
「それが怖くて抜け出せなかった。」
「自由になる勇気がなかった…!」
その言葉を聞いて、
自由の女神さまは嬉しそうに微笑んだ。
リベルタス
『それだけわかっていれば、もう十分よ。』
ーー
由羽璃(ゆうり)
「自由はどこにあるんですか…?」
「自由を司るあなたなら知ってるでしょう?」
リベルタス
『残念だけど、すべての人に共通する自由はないの。』
『自由とは何か、それは神である私にすらわからないわ。』
由羽璃(ゆうり)
「じゃあ、私は自由になれないんでしょうか…?!(涙)」
リベルタス
『落ち着いて。』
『あなたはもう、自由になるヒントをもらってるはずよ。』
由羽璃(ゆうり)
「ヒント…?」
リベルタス
『最初に行った中世ヨーロッパで会ってきたでしょう?』
『おしゃれな靴職人さんに。』
由羽璃(ゆうり)
「あッ…!」
リベルタス
『もう1つヒントをあげる。』
『あなたが子どもの頃、絵を描いてるときにどう感じたか、思い出してみて?』
由羽璃(ゆうり)
「私が…私でいられる気がして…。」
「もしかして、創作?」
-----
靴職人の女性
『私の靴は、この街のおしゃれに一役買ってる。』
『そう思うと、何だか力が湧いてくるんだよ。』
『”他でもない私自身が必要とされてる”感じがしてね。』
-----
由羽璃(ゆうり)
「私の中だけにあるものを出すことが、私の自由…?」
リベルタス
『ええ、あなたが今日まで生きてきた経験と、そこで培ってきた心。』
『それは誰にもマネできない、あなたの自由よ。』
『それを思う存分、表現すればいいの。』
由羽璃(ゆうり)
「私だけが描ける絵、私だけが創れる作品…?」
リベルタス
『自由に表現すれば、ときに孤独になるでしょう。』
『自分のツノを折って、森の中の木になった方が楽かもしれません。』
由羽璃(ゆうり)
「そうですね…たくさん、見てきました…。」
リベルタス
『それでも、自分にしか表現できないことを積極的に表現すること。』
『それが、自由の1つの答えではないでしょうか?』
由羽璃(ゆうり)
「…ありがとうございます、女神さま!」
「私、絵を再開します!」
「”他でもない私自身でいる喜び”のために!」
ーー
それから間もなく、私はブラック企業を辞めた。
今はほどほどに働きながら、趣味でイラストを描いている。
定期的にネットへアップしてみると、意外にも好評。
小説家など、クリエイターさんから表紙の依頼が来るようになった。
まだ、イラスト1本で生活できるわけじゃない。
けど、イラストを描いているとき、私は間違いなく”自由”だった。
イラストは私が子どもの頃、親が「ムダ」と切り捨てたもの。
確かに、イビツな形の歯車は、社会にとって「ムダ」かもしれない。
けど、その「ムダ」の中に、私が求める自由が隠されていた。
私は、自由から逃げない。
私は、孤独から逃げない。
孤独を楽しむその先に、自由があると信じてるから。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『ツンデレという凶器』全3話
【短編小説】『天に抗うカサンドラ』全3話
⇒この小説のPV
⇒参考書籍
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2023年05月29日
【短編小説】『孤独の果てに自由あり』4
⇒【第3話:宗教改革の波、崩れる”絶対的な所属先”】からの続き
<登場人物>
・白林 由羽璃(しらばやし ゆうり)
主人公
厳格な両親からの圧力や社会の歯車に疲れ、
自由な人生とは何かを考え始める
・リベルタス
自由を司る女神
ブラック企業で消耗する主人公に声をかけ、
自由の歴史を見る旅を持ちかける
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第4話:2度の大戦、自由から”逃げる”人々】
<1930年代:ヨーロッパ・W共和国、とある繫華街>
ちょうど日が沈む頃。
この大きな街の繫華街を通ると、
イヤでも耳に飛び込んでくる声があった。
彼の演説では、誰もが驚くような
革新的なことは何も言っていない。
なのに、つい足を止めてしまう。
演説が終わる頃には目を潤ませてしまう。
吸い込まれるような、悪魔的な魅力があった。
きっと私も、この時代を生きていたら、
彼に心酔していただろう。
大戦に敗れ、国の経済はズタズタ。
失業し、貧困に転落した1人だったら、きっと。
現代から来た傍観者の私は、かろうじて、
彼の思想の恐ろしさを疑うことができた。
政治家?
『我が民族こそ、人類でもっとも優れた民族!』
『劣った民族に代わり、我々が世界の秩序を守るべきだ!』
『なのにどうだ?我々は虐げられ、経済を破壊され、貧困に陥っている!』
『そんな我々をよそに、不当に儲けているのは誰だ?!』
群衆
『そうだそうだ!あいつらを追い出せ!』
『あいつらがオレたちの仕事を奪ってやがるんだ!』
由羽璃(ゆうり)
(な、何を言ってるの…?)
(あの人、ちょっと危ないんじゃ…。)
私は、数ヶ月前のことを思い出した。
選挙前、私の勤めるオフィス街には、
多くの選挙カーが走っていた。
多くの選挙公約は、国民に寄り添うメッセージ。
それらを貫くようにこだまする、一部の過激な思想。
極右政党
『我が国は神国!現在は亡国の危機である!』
『外国人を追い出せ!市民権を奪え!』
『自衛ではなく反撃すべき!』
彼が演説で叫んでいたのは、
まさに現代の一部の選挙カーのそれだった。
由羽璃(ゆうり)
「危険な思想じゃない?なのに、どうして人々は熱狂してるの…?!」
疲れ切った民衆からの圧倒的な支持。
そして彼の悪魔的な演説の力によって、
W共和国の政権はまたたく間に交代した。
そしてついに、戦禍の足音が再び…。
ーー
由羽璃(ゆうり)
「隣国のP共和国へ侵攻…?」
ある日の新聞で、
ついにW共和国の軍事侵攻開始が報じられた。
同時に、特定の民族への激しい弾圧も始まった。
繫華街では相変わらず魅力的な演説、
そして協力者の募集が始まった。
彼に心酔する人々が、次々に駆けていった。
由羽璃(ゆうり)
「おかしいと思わない?!」
「どうして誰も止めないの?!」
この時代、身分制度はほとんど残っていないはず。
どの正義や、宗派を信じるかの制約もないはず。
由羽璃(ゆうり)
「待って!私たち、自由ななずでしょう?!」
「どうして協力するの?!」
町人A
『あの人に従えば間違いないんだよ!』
由羽璃(ゆうり)
「あの政党に連れて行かれた人たちがどうなるかわかる?!」
「協力したら、誰かを不幸にする片棒をかつぐかもしれないよ?!」
「それでもいいの?!」
町人A
『あいつらのせいで、オレたちは貧乏なままなんだろ?』
『だったら、かわいそうだが仕方ないじゃないか…。』
町人B
『そうだ、オレたちはいくら頑張っても生活が楽にならない。』
『あの人なら、そんなオレたちを導いてくれそうな気がするんだよ。』
由羽璃(ゆうり)
「その人たちが戦争を起こしたんだよ?!」
「いずれあなたたちだって前線に呼ばれるかもしれないよ?!」
「それでも従うの?!」
町人A
『うるさいな、あんたにはわからないだろ?』
『オレたちには主人と奴隷が必要なんだよ…!』
由羽璃(ゆうり)
「主人と、奴隷…?!」
自由を捨てる寸前の彼らから、ふいに出た、苦々しい本音。
由羽璃(ゆうり)
「思いのままに動かされるよ…?!」
「自由を失ってしまうじゃない!」
町人A
『今は自由より安心がほしいんだよ…!』
『何も考えずに従える存在がほしいんだ…。』
町人B
『オレたちより下の存在がほしいんだ…。』
『この怒りをぶつけていい存在がいるっていう安心がな…!』
由羽璃(ゆうり)
「…!!!…。」
そうだった。
自由になった彼らには、
確かな所属先も、心の拠り所もない。
まして、明日の生活すら危うい。
それを自分の力で変えることもできないとなれば…。
町人A
『あんたには、オレたちの気持ちはわからないだろう?!』
『小綺麗な格好した、いいとこのお嬢さんにはな…!』
町人B
『さぁ、あんたも来いよ!』
『あの人に従えば、救いが待ってるかもしれないぜ?!』
私は町人たちに、腕をぐいっと引っ張られた。
由羽璃(ゆうり)
「やめてよ!私は付いて行かない!」
私は抵抗したが、無意識にその力を弱めていった。
由羽璃(ゆうり)
(私、おかしくなっちゃったかな…?)
あの人たちには付いて行かない。
民族弾圧に協力なんてしなくない。
なのに、聞こえる…。
「仲間がいるよ。おいでよ、楽になれるよ。」って。
その声に従えば、安心できる気がして、つい…。
由羽璃(ゆうり)
「イヤだ、私は惹きつけられてなんかない…!」
「助けて…私は自由を失いたくない!!」
⇒【第5話:自由は、孤独を楽しむその先に】へ続く
⇒この小説のPV
2023年05月28日
【短編小説】『孤独の果てに自由あり』3
⇒【第2話:中世ヨーロッパ、”選べない”という安心】からの続き
<登場人物>
・白林 由羽璃(しらばやし ゆうり)
主人公
厳格な両親からの圧力や社会の歯車に疲れ、
自由な人生とは何かを考え始める
・リベルタス
自由を司る女神
ブラック企業で消耗する主人公に声をかけ、
自由の歴史を見る旅を持ちかける
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第3話:宗教改革の波、崩れる”絶対的な所属先”】
<16世紀初頭ヨーロッパ:とある街>
商人A
『なぁ、聞いたか?名画の話。』
商人B
『聞いたよ。”ヴィーナスの誕生”だろ?』
『この前、商売で行った海辺の国で評判になってたよ。』
商人A
『そうそう!”ヴィーナスの誕生”!』
『資産家が天才画家に頼んで描かせたらしい。』
商人B
『オレたちもいつか、そんな大商人になりたいもんだな。』
商人A
『そうだな。』
『それにしてもあの絵、大丈夫かねぇ…?』
商人B
『大丈夫って何が?』
商人A
『絵の題材だよ。』
『ヴィーナスって確か”ギリシャ神話の神”だろ?』
商人B
『ああ…あれはマズイかもな…。』
『異教徒の神なんて描いたら教会が黙ってないだろ…。』
商人A
『だよな…教皇は黙認してるのか?』
商人B
『どうだかねぇ…。派兵してまで止めるメリットと天秤に、ってことか。』
『それにしても、描いていい絵は教会関係だけなんて寂しいよな。』
商人A
『あぁ…。外国へ商売に行くと、面白い神話を聞けるから楽しいよな。』
『あれを知ったら、もっと色々やっていこうぜって雰囲気も悪くないよな…。』
商人B
『まったくだ…。』
私は商人たちの会話を聞きながら、
市場をぶらぶら歩いた。
由羽璃(ゆうり)
「これが授業で習った”ルネサンス”?」
この時代、外国との商売や交流が増えて、
”もっと色々やってもいいのでは”という雰囲気が生まれた。
カトリック以外を信じる、
描きたいものを描き、自由に商売する。
少しずつ、それが許されていく。
中世ヨーロッパとはまた違う、自由な空気。
人を縛る身分制度や、信仰の制限がほどけていって、
自由になっていくのかな…?
由羽璃(ゆうり)
「あれ?現代に生きる私は、自由を感じてる?」
おかしいな…。
現代人の私はどうして不自由?どうして窮屈?
これって本当に自由に向かってるの?
ーー
混乱する私の耳へ、ギルド詰所からの叫び声が入ってきた。
靴職人
『ギルド解体?!親方、どういうことですか?!』
親方
『すまないが、言葉の通りだ。』
『外国から大商人がやってきて、良質な靴店を次々に出されてな…。』
『あっという間に市場も、お客さんも独占されてしまった。』
靴職人
『そんな…!!オレたちは明日からどうすればいいんですか?!』
親方
『明日から、各々で靴を売り歩いてくれ…。』
『それか、違う商売へ鞍替えして何とかするんだ。』
靴職人
『鞍替えったって、他の仕事なんてやったことありませんよ?!』
親方
『わかってる…。だが、もう我々の規模では太刀打ちできない。』
『”個人で”何とか仕事をもらうしかないんだよ…。私も含めてな…。』
『守ってやれなくて…。本当にすまない…。』
ああ…そうか。
自由な商売は、資本主義の始まり。
生まれたときから、不変と思っていた拠り所の1つ。
それを突然、奪われた職人たちの悲痛な叫び。
100年前、幸せな靴職人の女性を見てきた私には、
聞いていて辛い…。
もしかして、農民のコミュニティでも同じことが起きてるの?
ーー
翌日、私はそれを確かめに、
街外れの領主の屋敷を目指した。
少し前に通ったときは、
見わたす限りの畑が広がっていた。
ところが、
由羽璃(ゆうり)
「羊?一面の畑が、すべて牧場になってる?」
私の目に映ったのは羊の群れと、肩を落とす農民たちの姿。
由羽璃(ゆうり)
「どうしたんですか?」
農民
『農地を追い出されたんだよ…。』
由羽璃(ゆうり)
「どうして…?!」
農民
『突然、領主さまが農地を売ってしまってな…。』
『この前、羽振りのいい男が訪ねてきてから、変わっちまった。』
由羽璃(ゆうり)
「それで羊の牧場に?」
農民
『ああ…。領主さまはこう言ってた。』
『”玉ねぎばかり作っても外国へ高く売れない”ってな。』
由羽璃(ゆうり)
「羊毛を外国へ売るためですか…。」
農民
『高く売れるんだとよ…。』
『オレたちはこれからどうすりゃいいんだよ…?』
『先祖代々、領主さまに仕えてきたのによぉ…!』
やっぱり…職人ギルドと同じことが起きていた。
自由が生まれると、自由”競争”も生まれる。
力を持つ者が、小規模な職人や農民のギルドを飲み込んでいく。
突然、放り出された人々は”自由”になった。
どこへ行く?どんな仕事をする?縛る者は誰もいない。
代わりに、人々は”何者でもない自分”を思い知る。
それは生業だけでなく、心の拠り所まで崩していく…。
ーー
<HR帝国・とある教会付近>
男
『免罪符を買えば罪が許される?!おかしいでしょう!』
『教会は貧しい人々からお金を絞り上げたいだけじゃないですか?!』
聖職者?
『神の御名において出されたものです。』
『それを侮辱するおつもりか?』
男
『神がお金なんて望んでるはずないでしょう?!』
『大切なのは豪華な大聖堂ですか?!』
『違う!聖書であり信仰心でしょう!』
訪れた、宗教改革の波。
唯一絶対だったカトリック教会が、
プロテスタントの台頭で崩れ始めた。
(いくら教会へ寄付しても、生活は苦しいまま。)
(それどころか疫病は流行するし、戦争にも駆り出される。)
(私たちは何のために寄付してきたの?)
人々は何を信じればいいかわからなくなった。
由羽璃(ゆうり)
「職業も、信仰も、選べないことは”所属先がある安心”でもあったんだ。」
「それが突然、崩れたら…。」
ーーーーー
<現代>
リベルタス
『おかえりなさい。』
『どうでしたか?少しずつ”自由に”なっていったでしょう?』
由羽璃(ゆうり)
「確かに、少しずつ自由になっていきました。」
「自由に絵の題材を選んで、自由に商売できるようになりました。」
「そのはずなのに…。」
リベルタス
『はずなのに?』
由羽璃(ゆうり)
「突然、何もない空間へ放り出された感じがしました…。」
「うまく言えないけど、ものすごい孤独と、無力感を感じたんです。」
「私って、何者でもないちっぽけな存在なんだなって。」
リベルタス
『そう…。』
由羽璃(ゆうり)
「その不安に耐えられなくて…。」
「何か確かなものにすがりたくなったんです。」
「たとえ、服従することになっても、安心と引き換えならばって…。」
リベルタス
『ふふッ、せっかく自由になったのに、おかしなことを言うのね。』
由羽璃(ゆうり)
「自分でもそう思います。」
「自由になりたいはずなのに、自由を捨てて服従したいだなんて。」
リベルタス
『確かに、矛盾してるわね。』
由羽璃(ゆうり)
「私はどうすればいいんでしょう…?」
「本当に自由になりたいのか、わからなくなってきたんです…。」
リベルタス
『では、今のあなたのような人々がどうしたか、見てみませんか?』
由羽璃(ゆうり)
「見たいです!」
リベルタス
『では、最後の旅へいってらっしゃい。”自由から逃げる時代”へ。』
⇒【第4話:2度の大戦、自由から”逃げる”人々】へ続く
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