2023年05月28日
【短編小説】『孤独の果てに自由あり』3
⇒【第2話:中世ヨーロッパ、”選べない”という安心】からの続き
<登場人物>
・白林 由羽璃(しらばやし ゆうり)
主人公
厳格な両親からの圧力や社会の歯車に疲れ、
自由な人生とは何かを考え始める
・リベルタス
自由を司る女神
ブラック企業で消耗する主人公に声をかけ、
自由の歴史を見る旅を持ちかける
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【第3話:宗教改革の波、崩れる”絶対的な所属先”】
<16世紀初頭ヨーロッパ:とある街>
商人A
『なぁ、聞いたか?名画の話。』
商人B
『聞いたよ。”ヴィーナスの誕生”だろ?』
『この前、商売で行った海辺の国で評判になってたよ。』
商人A
『そうそう!”ヴィーナスの誕生”!』
『資産家が天才画家に頼んで描かせたらしい。』
商人B
『オレたちもいつか、そんな大商人になりたいもんだな。』
商人A
『そうだな。』
『それにしてもあの絵、大丈夫かねぇ…?』
商人B
『大丈夫って何が?』
商人A
『絵の題材だよ。』
『ヴィーナスって確か”ギリシャ神話の神”だろ?』
商人B
『ああ…あれはマズイかもな…。』
『異教徒の神なんて描いたら教会が黙ってないだろ…。』
商人A
『だよな…教皇は黙認してるのか?』
商人B
『どうだかねぇ…。派兵してまで止めるメリットと天秤に、ってことか。』
『それにしても、描いていい絵は教会関係だけなんて寂しいよな。』
商人A
『あぁ…。外国へ商売に行くと、面白い神話を聞けるから楽しいよな。』
『あれを知ったら、もっと色々やっていこうぜって雰囲気も悪くないよな…。』
商人B
『まったくだ…。』
私は商人たちの会話を聞きながら、
市場をぶらぶら歩いた。
由羽璃(ゆうり)
「これが授業で習った”ルネサンス”?」
この時代、外国との商売や交流が増えて、
”もっと色々やってもいいのでは”という雰囲気が生まれた。
カトリック以外を信じる、
描きたいものを描き、自由に商売する。
少しずつ、それが許されていく。
中世ヨーロッパとはまた違う、自由な空気。
人を縛る身分制度や、信仰の制限がほどけていって、
自由になっていくのかな…?
由羽璃(ゆうり)
「あれ?現代に生きる私は、自由を感じてる?」
おかしいな…。
現代人の私はどうして不自由?どうして窮屈?
これって本当に自由に向かってるの?
ーー
混乱する私の耳へ、ギルド詰所からの叫び声が入ってきた。
靴職人
『ギルド解体?!親方、どういうことですか?!』
親方
『すまないが、言葉の通りだ。』
『外国から大商人がやってきて、良質な靴店を次々に出されてな…。』
『あっという間に市場も、お客さんも独占されてしまった。』
靴職人
『そんな…!!オレたちは明日からどうすればいいんですか?!』
親方
『明日から、各々で靴を売り歩いてくれ…。』
『それか、違う商売へ鞍替えして何とかするんだ。』
靴職人
『鞍替えったって、他の仕事なんてやったことありませんよ?!』
親方
『わかってる…。だが、もう我々の規模では太刀打ちできない。』
『”個人で”何とか仕事をもらうしかないんだよ…。私も含めてな…。』
『守ってやれなくて…。本当にすまない…。』
ああ…そうか。
自由な商売は、資本主義の始まり。
生まれたときから、不変と思っていた拠り所の1つ。
それを突然、奪われた職人たちの悲痛な叫び。
100年前、幸せな靴職人の女性を見てきた私には、
聞いていて辛い…。
もしかして、農民のコミュニティでも同じことが起きてるの?
ーー
翌日、私はそれを確かめに、
街外れの領主の屋敷を目指した。
少し前に通ったときは、
見わたす限りの畑が広がっていた。
ところが、
由羽璃(ゆうり)
「羊?一面の畑が、すべて牧場になってる?」
私の目に映ったのは羊の群れと、肩を落とす農民たちの姿。
由羽璃(ゆうり)
「どうしたんですか?」
農民
『農地を追い出されたんだよ…。』
由羽璃(ゆうり)
「どうして…?!」
農民
『突然、領主さまが農地を売ってしまってな…。』
『この前、羽振りのいい男が訪ねてきてから、変わっちまった。』
由羽璃(ゆうり)
「それで羊の牧場に?」
農民
『ああ…。領主さまはこう言ってた。』
『”玉ねぎばかり作っても外国へ高く売れない”ってな。』
由羽璃(ゆうり)
「羊毛を外国へ売るためですか…。」
農民
『高く売れるんだとよ…。』
『オレたちはこれからどうすりゃいいんだよ…?』
『先祖代々、領主さまに仕えてきたのによぉ…!』
やっぱり…職人ギルドと同じことが起きていた。
自由が生まれると、自由”競争”も生まれる。
力を持つ者が、小規模な職人や農民のギルドを飲み込んでいく。
突然、放り出された人々は”自由”になった。
どこへ行く?どんな仕事をする?縛る者は誰もいない。
代わりに、人々は”何者でもない自分”を思い知る。
それは生業だけでなく、心の拠り所まで崩していく…。
ーー
<HR帝国・とある教会付近>
男
『免罪符を買えば罪が許される?!おかしいでしょう!』
『教会は貧しい人々からお金を絞り上げたいだけじゃないですか?!』
聖職者?
『神の御名において出されたものです。』
『それを侮辱するおつもりか?』
男
『神がお金なんて望んでるはずないでしょう?!』
『大切なのは豪華な大聖堂ですか?!』
『違う!聖書であり信仰心でしょう!』
訪れた、宗教改革の波。
唯一絶対だったカトリック教会が、
プロテスタントの台頭で崩れ始めた。
(いくら教会へ寄付しても、生活は苦しいまま。)
(それどころか疫病は流行するし、戦争にも駆り出される。)
(私たちは何のために寄付してきたの?)
人々は何を信じればいいかわからなくなった。
由羽璃(ゆうり)
「職業も、信仰も、選べないことは”所属先がある安心”でもあったんだ。」
「それが突然、崩れたら…。」
ーーーーー
<現代>
リベルタス
『おかえりなさい。』
『どうでしたか?少しずつ”自由に”なっていったでしょう?』
由羽璃(ゆうり)
「確かに、少しずつ自由になっていきました。」
「自由に絵の題材を選んで、自由に商売できるようになりました。」
「そのはずなのに…。」
リベルタス
『はずなのに?』
由羽璃(ゆうり)
「突然、何もない空間へ放り出された感じがしました…。」
「うまく言えないけど、ものすごい孤独と、無力感を感じたんです。」
「私って、何者でもないちっぽけな存在なんだなって。」
リベルタス
『そう…。』
由羽璃(ゆうり)
「その不安に耐えられなくて…。」
「何か確かなものにすがりたくなったんです。」
「たとえ、服従することになっても、安心と引き換えならばって…。」
リベルタス
『ふふッ、せっかく自由になったのに、おかしなことを言うのね。』
由羽璃(ゆうり)
「自分でもそう思います。」
「自由になりたいはずなのに、自由を捨てて服従したいだなんて。」
リベルタス
『確かに、矛盾してるわね。』
由羽璃(ゆうり)
「私はどうすればいいんでしょう…?」
「本当に自由になりたいのか、わからなくなってきたんです…。」
リベルタス
『では、今のあなたのような人々がどうしたか、見てみませんか?』
由羽璃(ゆうり)
「見たいです!」
リベルタス
『では、最後の旅へいってらっしゃい。”自由から逃げる時代”へ。』
⇒【第4話:2度の大戦、自由から”逃げる”人々】へ続く
⇒この小説のPV
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