2023年06月16日
【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』3
⇒【第2話:歩きスマホという”高等技術”】からの続き
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<登場人物>
・影山 慈玖(かげやま いつく)
8歳、少女
母親がスマホにかかりきりなため、
自分は”存在してもいいのか”を疑い始める
・影山 夕理(かげやま ゆり)
慈玖の母親
スマホに夢中になるあまり、
娘の気持ちに気づけないまま…
・天野 慧惟(あまの けい)
19歳、大学生
他人に無関心で、
自身の歩きスマホを正当化していたが、
ある出会いをきっかけに変わっていく
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【第3話:住んでいた”かもしれない”少女】
今日も僕、天野 慧惟は、
いつもの駅で電車を待っていた。
大学の期末試験でよろしくない成績を取り、
追試の勉強で寝不足だった。
ボーっと立っていると、
少女?
「ママ、ママ!止まって!ぶつかっちゃうよ!」
半分、夢の中にいた僕の耳に、
少女の叫び声が飛び込んできた。
僕は慌てて左を向くと、
例の母娘が目の前まで迫っていた。
母親は歩きスマホをしていて、
僕に気づいていなかった。
慈玖ちゃんは懸命に母親を止めていたが、
母親は「うっとおしい」と聞き流していた…。
そしてついに、
ドンッ!
慧惟
「ごめんなさい!」
また、僕の声から謝罪の言葉が出た。
母親も慌てた様子で『ごめんなさい!』と言った。
互いに謝って、その場は収まった。が、
僕に背を向けた母親の二言目は、
夕理
『慈玖!どうして止めなかったの?!』
『人にぶつかっちゃったじゃない!』
慈玖
「止めたよ!ママ!」
夕理
『ウソつかないで!』
慈玖
「ウソじゃないもん…。ママ、信じてよ…。」
慈玖ちゃんは今にも泣き出しそうだ。
なのに母親は、
夕理
『こんなところで泣かないでよ!』
『恥ずかしいじゃない!』
ーー
その言葉を聞いた瞬間、
僕の頭の中に、封印したはずの幼い記憶が駆けめぐった。
父も母も、僕に無関心だった記憶。
僕が何をしても、褒められも𠮟られもしなかった記憶。
話しかけても「邪魔するな」と追い払われた記憶。
(僕は本当にここにいるの?)
(存在してはいけないの?)
そうやって、自分を責めた記憶…。
あぁ…そうだ。
僕は無関心な両親を嘆くうちに、
自分にも他人にも無関心になっていった。
バーチャル世界へ慰めを求めるうちに、
歩きスマホに何の罪悪感も感じなくなっていた。
慈玖ちゃんとぶつかったとき、
とっさに他責ではなく謝罪が出た理由、
今ならわかる。
あの子が、幼い頃の自分と重なったからだ。
子どもの心を「無視(ネグレクト)」する親を持つ自分と…。
それに気づいた瞬間、
僕はすさまじい罪悪感に襲われた。
今まで、僕が歩きスマホをして、
どれだけの人に気を使わせてきたか。
”避けない方が悪い”と、
まわりへ理不尽な怒りをぶつけてきたか。
僕はこの日、歩きスマホを卒業した。
ーーーーー
わたし、かげやま いつく。
この前、ママとお出かけしたときに、
お兄さんとぶつかっちゃった。
お兄さんはいい人だったの。
わたしが「ごめんなさい」って言ったら、
お兄さんも「ごめんね」って言ってくれたよ。
けど、ママに𠮟られちゃった。
『ぶつかっちゃダメでしょ!』って。
ママ、怖かったけど、
わたし、ちょっと嬉しかったの。
だって、ママがわたしを𠮟ったとき、
ママは”すまほ”じゃなくて、わたしを見てくれたから。
わたしね、さいきん気づいたの。
わたしのからだ、すこしずつ”とうめい”になってる。
ママはやっぱり、わたしが話しかけても、
わたしじゃなくて”すまほ”を見てる。
それが”悲しい”って思うたびに、
わたしの”とうめい”が進んでいくの。
そのたびにね。
わたしってここにいるのかなぁ、
いないのかなぁって、よくわからなくなるの。
昨日、わたしがぶつかったお兄さんと、
ママがぶつかっちゃったの。
わたし、またママに𠮟られたけど、
やっぱり嬉しかった。
けど、その後ママに
『泣くんじゃないの!』って言われたのは悲しかったの。
泣いたら”イイコ”じゃなくなるから、しかたないの…。
わたし、泣きたいときに泣いちゃいけないのかな…?
わたし、ママに”いない子”って思われてるのかな…?
…………。
………。
鮮やかな西日が、ある部屋を照らした。
小さなベッドを囲んだぬいぐるみたちが、
オレンジ色に染まった。
ここには以前、
ぬいぐるみのようにかわいらしい少女が
”住んでいたのかもしれない”。
⇒【第4話:”存在”と引き換えに届けた約束】へ続く
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