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2023年07月13日

【短編小説】『恋の麻酔と結婚教』2

【MMD】Novel Koino Masui SamuneSmall2.png

【第1話:ずっと一緒 ≠ 幸せ】からの続き

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
白神 想虹亜(しらかみ そにあ)
 主人公
 20歳、大学生、文学部在籍
 中学生時からWeb小説家として活動

秋月 心楽(あきづき みらん)
 主人公と同じ大学に通う幼馴染み
 20歳、デザイン学部在籍
 イラストレーター志望
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第2話:売れ線 ≒ 結婚教信者向け?】



多くのラブストーリーの結末
「付き合い始めて、結婚して、ハッピーエンド」

それに納得いかないまま、
私の作家としての人気は高まっていく矛盾。

悶々と過ごしていた、ある日、
とある出版社から「書籍化」の話をいただいた。



ジャンルは恋愛モノ、結末は指定なし。
作品を見てから採否を判断するという。

出版オファー自体は、もちろん嬉しい。
ただ、私が苦手なジャンル指定。

素直に喜べないまま、
私が編集者に提出した「恋愛小説」は、



 ----------
 <あらすじ>

 交際期間の長い2人は倦怠期を迎える。
 乗り越えるため、もがき続ける2人だが、
 最後には別れてしまう。

 その後、実は2人とも、
 誰かといるより1人でいる時間の方が
 幸せを感じる人間だったことに気づき、
 人生の質を問い直していく。

 2人が同じ方向へ歩くことはできなかった。
 それでも、互いに”自分にとっての幸せ”を考えさせてくれた。
 これも1つの愛の形だったと、最愛のパートナーを想う。
 -----------




編集者
『うーん…何か…違いますね…。』
『ドキドキとか、キュンとする感情がほとんど含まれてない。』
『もう少し恥じらいとか、嫉妬とか、恋敵とか、入れてもらえませんか?』


想虹亜(そにあ)
「はぁ…。」


編集者
『それと、描写する期間も変えてもらいたいです。』
『できれば、2人が付き合うまでの過程。』
『もしくは結婚するまでの山あり谷ありを。』


想虹亜(そにあ)
「えっと、そこで完結させるんですか?」
「どうしてそこまでしか描かないんですか?」


編集者
『どうしてって…。』
『その期間が1番、恋愛の特別な刺激を感じられるからです。』
『多くの読者はそれを求めてるんです。』
『そこ以外をわざわざ見せる必要はない。』


想虹亜(そにあ)
「恋愛のドキドキって、ただの麻酔ですよね?」
「正気に戻る前に、大変な出産から子育てを一気にさせるための。」
「麻酔が効いてる期間を”幸せの絶頂”というのは違う気がします。」


編集者
『そうですが、”下降線”は見せなくていいんですよ。』


想虹亜(そにあ)
「えぇ…?下降線が人生の大半ですよ?!」
「熱が冷める前提で、良いパートナーシップを築く努力の方が大事です。」
「じゃないと、冷めて不仲になった両親に子どもが巻き込まれる悲劇が繰り返されます…。」
「私は、それを助長する”麻酔期間”を幸せと表現するのは違うと思います。」


編集者
『確かにそれは問題ですが、物語では”疑似恋愛の夢”を提供してほしいんです。』
『現実に疲れた人たちに、好きな人とずっと一緒にいられる幸せの感情を。』


想虹亜(そにあ)
「私、”ずっと一緒にいる幸せ”がわからないんです。」
「1人の方が幸せじゃないですか?誰にも縛られず、監視されず、自由でいられます。」


編集者
『確かに1人の時間も大切ですが…。』
『世の中には”誰かと一緒にいたい人”の方が多いんじゃないですか?』


想虹亜(そにあ)
「そうでしょうか…?」


編集者
『とにかく、”誰かと一緒にいたい人にとっての幸せ”を書いてほしいんですよ。』


想虹亜(そにあ)
「一緒にいられればいいのでしたら、事実婚にしません?」
「契約結婚するにしても、別居婚で十分じゃありませんか?」


編集者
『ダメですよ。セケンサマの”結婚規範”を逆なでするような設定はマズいです。』


想虹亜(そにあ)
「結婚規範?」


編集者
『”結婚はするべきもの”という宗教観念のことですよ。』
『この国は他国に比べて”結婚すべき”と思い込んでいる人の割合が高いんです。』
『だから事実婚や婚外子を受け入れられず、批判する人が未だに多いんです。』


想虹亜(そにあ)
「じゃあ、事実婚や別居婚がゴールの作品は売れにくいと…?」


編集者
『そういうことです。』
『だから、結婚式か婚姻届を”シアワセの証拠”として見せてほしいんです。』
『この国のマジョリティ”結婚教信者”に合わせて。』


想虹亜(そにあ)
「うーん…それだと作品自体が”迎合”になって、底が浅くなりません?」
「作者が幸せだと思ってないのに、ムリヤリ幸せなことにするのは、ちょっと…。」


編集者
『不本意なのはわかりますが、商売とはそういうものです。』
『事業を続けるためには、”その時代の読者が求めるもの”を出す必要があります。』
『クリエイターの白神さんなら、よくわかってるでしょう?』


想虹亜(そにあ)
「…それは…わかってます……。」




ここで私は、
「書きたくない物語を出すくらいなら、書籍化自体を諦める」
という、商談にあるまじき選択をしてしまった。

我ながら頑固で、もったいないと思う。

けど私は、自分がウソだと思う結末を、
登場人物たちに迎えさせたくないんだ。

恋愛の先に、
結婚の先に、

幸せなんて待ってるはずないんだから…。




ーーーーー



<十数年前:想虹亜(そにあ)の回想>

想虹亜(そにあ)の母
『アンタがいるせいで、パパと離婚できないんだから!』
『育ててやってるだけでもありがたいと思いな!』


想虹亜(そにあ)
「…ママ…ごめんなさい…。」


私が小さい頃から、
パパとママはケンカばかりしていた。

家には怒鳴り声が響き、
モノを投げつけ合って破片が散乱、なんてことが日常だった。

パパはだんだん家に帰って来なくなった。
ママは私に当たり散らしたり、部屋に閉じ込めたりした。

おばあちゃんに聞いた話では、
パパとママは交際数ヶ月で、いわゆる”でき婚”をしたらしい。

私が生まれた頃には、恋の熱はすっかり冷め、
そこからはケンカばかり。

でき婚したこと自体を責める気はない。
だけど、幼い私は板ばさみで、ただ辛かった。

せめて少しでも、
その後の長い夫婦生活のことを考えてほしかった。

親の後悔、怒り、憎しみ。
そのツケはぜんぶ、子どもに向かうんだから。




<想虹亜(そにあ)の回想終わり>

ーーーーー



そんな家庭環境で育った私は、恋愛や結婚に夢を見なくなった。

「永遠の愛なんて存在しない」
「恋の熱が冷めた後、子どもを言い訳にして離婚しない」
「結ばれることは”自分から自由を捨て、あの監獄へ入る行為”だ」


そう思うようになった。

多くのラブストーリーが
交際や結婚までしか描かれないことに納得いかないのは、
まるでその闇を隠されているように感じるから。

少子化対策、納税者の確保のため、
「焚き付けるだけ焚き付けて、結婚出産までこぎつけさせよう」
という悪意を読み取ってしまうから。

その後、冷めた親の板ばさみになる子どもが
どうなるかを描かないなんて卑怯だ。


だから私は書きたくない。



ただ、

編集者さんの言う通り、
”売る側”から求められるのは、その期間の疑似恋愛体験。

作家には、恋愛の麻酔が切れる前、
恋愛ホルモンが1番多く分泌される期間の話を書くことを求められる。


けど、私の心の奥底には、

恋人と結ばれる
⇒ずっと誰かに束縛される
⇒自由を奪われる恐怖


という図式が染み付いている。

それを払拭できないまま、
”シアワセな恋愛小説”が書けなければ、
市場から追い出されてしまうかもしれない…。



ーーーーー



私はどうすればいいの?

書籍化の話が流れてから、
私は何のために小説を書いているのかわからなくなった。

読者が望むものと、
自分が書きたいものとの折り合いが崩れ、
作品がちぐはぐになっていった。


落ちていく人気に焦り、
ハッピーエンドのラブストーリーをムリヤリ書き続けた。

が、それは人気取りのために、自分の長所を消しただけ。
結果が出るはずがない。

ついに他のジャンルも書けなくなり、
執筆の休止を発表した。



想虹亜(そにあ)
「もう…辞めようかな…。」


商業作家としてやっていくなら、売れ線が書けないのは致命的。
もし書けても、私自身にウソをつき続けることが苦しい。

私は目標を見失い、ふさぎ込んだ。
大学も休みがちになり、引きこもることが増えた。



【第3話:空想に救われた少女】へ続く

2023年07月12日

【短編小説】『恋の麻酔と結婚教』1

【MMD】Novel Koino Masui SamuneSmall2.png

<登場人物>
白神 想虹亜(しらかみ そにあ)
 主人公
 20歳、大学生、文学部在籍
 中学生時からWeb小説家として活動

秋月 心楽(あきづき みらん)
 主人公と同じ大学に通う幼馴染み
 20歳、デザイン学部在籍
 イラストレーター志望
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フランス劇作家 アルマン・サラクルーの言葉

 「結婚は判断力の欠如」
 「離婚は忍耐力の欠如」
 「再婚は記憶力の欠如」



【第1話:ずっと一緒 ≠ 幸せ】



<とある映画館>

 恋愛映画の主人公
 ー ずっと…一緒だよ。 ー
 ー これからも、きみの隣で、支えていきたい。 ー

 ウエディングドレス姿のヒロイン
 ー…うん!ずっと一緒…! ー

 ー完結ー



心楽(みらん)
『はぁ…よかったぁ…。私もこんな恋がしたい…。』
『素敵な人と巡り逢って、ずっと一緒にいたい…。』


想虹亜(そにあ)
「あはは…そう、だね…(苦笑)」


心楽(みらん)
『まーたそんな顔して。』
『納得いってないんでしょ?結末に。』


想虹亜(そにあ)
「うん…心楽(みらん)には、お見通しだね。」


心楽(みらん)
『長い付き合いですから。』
『いつもの”それの何が幸せなんだろう?”って疑問でしょ?』


想虹亜(そにあ)
「そう…だね。」


心楽(みらん)
『あんたならそう言うと思った(笑)』


想虹亜(そにあ)
「ごめんね心楽(みらん)、小説の研究に付き合ってもらったのに。」


心楽(みらん)
『気にしないで!映画、おもしろかったし。』
『私もイラストの参考になったから!』


想虹亜(そにあ)
(ハァ…。あんなに素敵な恋愛映画を観ても、感想がこれだもん…。)
(私って、ズレてるのかな…?)



ーー


<小説読者からのDM>

読者
『ソニア先生の作品って、恋愛モノが少ないですよね!』
『ソニア先生なりの恋愛小説を読んでみたいです!』


想虹亜(そにあ)
「あ、執筆のリクエスト来てる。また恋愛モノかぁ…。」
「気が進まないけど、書いてみるか…。」


数ヶ月後。

読者
『何か、想像してたのと違います。』
『もっとドキドキや、キュンとする展開がほしいです。』
『おもしろいですがリアル過ぎて、救いがない感じがします。』


想虹亜(そにあ)
「うーん…やっぱり不評…。」
「心楽(みらん)と恋愛映画を観に行って研究したのになぁ。」
「はぁ…どうして私って、”結ばれる=幸せと思えない”んだろ…。」



ーー


などと悩んでいる私は
白神 想虹亜(しらかみ そにあ)、Web小説家。

空想少女だった私は、
幼い頃から物語を作るのが好きだった。

中学生のときに小説投稿サイトを知り、
作品投稿を始めた。

最初の数年はまったく読者がいなかった。
けど、

きれいごと抜きの心理描写や、
バッドエンド寄りな作風が、一部から熱い支持を得た。

おかげで、今ではネット小説界隈で
それなりの人気作家になっている。



そんな私が唯一、苦手なジャンルは恋愛モノ。

特に「ハッピーエンドのラブストーリー」は、
書いている自分でも”上辺だけの幸せ”と思ってしまう。


ネットで人気が出るにつれ、
執筆のリクエストをもらう機会が増えた。
特に恋愛モノのリクエストが多い。

そのたびに恋愛小説を投稿してみても、
お世辞にも好評とは言えない。


ーー


<大学>

心楽(みらん)
『想虹亜(そにあ)、おつかれー。お昼いこ!』


想虹亜(そにあ)
「おつかれ。うん、いこ!」


大学で、私を昼食に誘ってくれた彼女は、
秋月 心楽(あきづき みらん)

小学校から大学まで同じで、何でも話し合える親友。

心楽(みらん)はデザイン学部でイラストの勉強をしている。
大きな賞を取ったことはないものの、かなり上手い。

アニメ研究サークルでは人気No.1で、
イラストレーターを目指している。

私たちは学外でも定期的に遊ぶ傍ら、
お互いの作品を見せ合っている。



想虹亜(そにあ)
「心楽(みらん)のイラスト、また即売会で完売でしょ?」
「すごいよね!昔から上手かったけど、ますます上手くなってる!」


心楽(みらん)
『ありがと(照)』
『想虹亜(そにあ)の新作も読んだよ!』
『私は好きだけど…また不評だったの?』


想虹亜(そにあ)
「うん…ドキドキがないとか、もう少し救いがほしいとか。」


心楽(みらん)
『あー、確かに。いかにも”ラブストーリー”って感じではないよね。』
『原因はやっぱりアレ?』


想虹亜(そにあ)
『そう。わかってるけど、いざ書くとどうしても”上辺だけ”になっちゃう。」


心楽(みらん)
『うーん…そのドキドキが恋愛の醍醐味だけど…。』
『焦る必要はないんじゃない?ゆっくり考えていこうよ。』
『私も、納得いかない作品を出したときはモヤモヤするし。』


想虹亜(そにあ)
「そうだよね。焦らなくていいよね…。」




ーー


私が「ハッピーエンドのラブストーリー」を
書くのが苦手な理由はわかってる。

多くのラブストーリーが
「2人がお付き合いを始めたり、結婚したりするところ」
までしか描かれないことに納得いってないから。

そして、”それの何が幸せなの?”と思ってしまうから…。


私の生い立ちを知っている心楽(みらん)は理解してくれる。
けど、他の友人に話すと『なんで?』という顔をされる。

ついこの間も、こんなことがあった。


ーー


想虹亜(そにあ)
「ラブストーリーの終わり方っておかしくない?」
「どうしてスタートラインに立つまでで終わりなんだろ?」


友人
『おかしいかなぁ…?』
『互いにドキドキして、もどかしかったり、嫉妬したりして…。』
『その期間が恋愛で1番楽しいじゃない?だからそこを描くわけよ。』


想虹亜(そにあ)
「うーん…告白OK、プロポーズ成功が”幸せ”かなぁ?」


友人
『なんで?告白OKもらったのよ?プロポーズ成功したのよ?』
『ずっと一緒にいられるのよ?どう考えても幸せじゃん?』


想虹亜(そにあ)
「それって、自分から自由を捨てて縛られにいく行為だよね。」


友人
『そういう一面もあるかもしれないけど、好きな人と結ばれるんだよ?』
『その門出は十分幸せだから、そこで完結でいいじゃん。』


想虹亜(そにあ)
「恋愛熱の麻酔がかかった状態で”幸せの絶頂・完結”っておかしくない?」
「数年以内に恋の麻酔が切れて、正気に戻ってからの人生の方が長いんだよ?」


友人
『そうだけどさぁ…もう少し夢を見させてくれない?』
『たまには現実を忘れて、ドキドキしたいわけよ。』


こんなやり取りをして、友人に引かれてしまった…。



こんな私が書く恋愛小説が不評なのは当然だ。
作者自身が、納得いく結末の答えを出せていないんだから。

きっと読者にも、私の矛盾が伝わっているんだろう…。

シリアスな作品や、バッドエンドを迎える作品は、
相変わらずその筋のファンから支持されている。

私の作家としての全体的な人気や、
投稿サイトでのランキング順位は上がり続けた。

けど、恋愛小説だけは苦手なまま。
登場人物に”ウソっぽい幸せ”しか迎えさせてあげられない。


私は作家として、それが苦しかった。

近い将来、こんな私に”光栄な話”が来るなんて、
思いもしなかった。



【第2話:売れ線 ≒ 結婚教信者向け?】へ続く

2023年06月30日

【短編小説】『元気でね、孤独遺伝子さん。』2 -最終話-

【第1話:なぜ”1人好き”は生き残れたの?】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第2話:なぜ”1人好き”でも非モテは苦しいの?】



<とあるバス停・待合室>

A君
『あー、モテたいなー…。』


B君
「いきなり何?」


A君
『心の叫びが漏れた(笑)』


B君
「なにそれ。」


A君
『けど、僕はなかなかモテなくてさー。』
『この前もフラれて、立ち直るのに1ヶ月かかったよ。』


B君
「それは…お気の毒さま…。」


A君
『失恋って辛いよな…。』
「けど、立ち直ったらまた挑戦しちゃうんだよ、なんでだろ?』


B君
「何というか、たくましいね。」


A君
『そう?きみだって、モテるならモテたいだろ?』


B君
「…別に…。」


A君
『(ニヤニヤ)強がるなって!』


B君
「つ、強がってないから!(汗)」


A君
『1人が好きでも、”モテたい”とは思うんだ(笑)』


B君
「そりゃ…まぁ…(照)」


A君
『隠さなくていいって!健全、健全!』


B君
「わ、わかってるよ!(汗)」




A君
『けど、不思議じゃない?』


B君
「何が?」


A君
『きみは1人が苦じゃないんだろ?』


B君
「うん。」


A君
『だったら、”異性にモテたいと思わないはず”じゃない?』
『くっついたら1人じゃなくなるんだから。』


B君
「確かに…。」
「どうして僕は1人が好きなのに…。」
「モ、モ、モテたいと思うんだろ…?(照)」


A君
『おー、やっと認めたか(笑)』


B君
「そこまで強情じゃないから!(汗)」


A君
『モテないって苦しいよなー。』
『受け入れられなかったって事実も苦しいけど、それ以上に悪夢がなー。』


B君
「悪夢?」


A君
『失恋すると決まって見る悪夢があるんだよ。』
『みんなと一緒に乗るバスに乗れない夢。』


B君
「置いてけぼりってこと?」


A君
『そう。』


B君
「じゃあ1人旅して、別の場所でグループ作れば?」


A君
『1人は寂しいからイヤなんだってー!(泣)』


B君
「それは…僕には理解できない…。」




A君
『ちょっとくらいは思わない?』
『モテなくて苦しいまで行かなくても、”何となく寂しい”くらいは。』


B君
「…何となく、心に空虚感があるかな。」


A君
『だろ?それが”非モテの苦しみ”だよ!』
『よかったー!1人好きでも共感できる部分があって!』


B君
「無意識に抑圧してきたのかな…?」
「1人が好きだけど、”モテたい”は消せない。」
「非モテでいいはずなのに、非モテは苦しい。矛盾してるな…。」


A君
『そう、それ!』


B君
「何が?」


A君
『さっき、全滅したグループから生き残った”1人好き”の話したじゃん?』


B君
「うん。」


A君
『その”1人好き”も、もしかしたら非モテの苦しみに耐えられなかったんじゃない?』


B君
「だからモテる努力をして、子孫を残した”1人好き”もいたと?」


A君
『そうかもな。失恋した後に見る悪夢は苦しいから!』
『1回見てみ?バスに乗れない夢。あんなもん、二度と見たくない!』


B君
「見てって言われても(汗)」




A君の失恋話に付き合わされたB君は
気づきました。

1人好きなのに、モテたい。
孤独は苦じゃないのに、非モテは苦しい。
なぜだろう?


矛盾に戸惑うB君に、新たな疑問が生まれます。


ーー


B君
「あれ?」


A君
『どうした?』


B君
「じゃあ、僕らはどうして毎回、乗れなかったら苦しいバスを待つんだろ?』
「そもそもバスを待たなければ、そんな悪夢を見なくてもよくない?』


A君
『確かに、いつも次のバス停を目指しちゃうよな。』
『特に理由はないけど、なぜか止められないんだよ。』


B君
「バスに乗る気がないヤツに聞いてみたらわかるんじゃない?」


A君
『そんなヤツいるかなー?』
『そいつはバスに乗らなかったんだから、もう生き残ってないでしょ。』


B君
「あ、そうか。」


A君
『そうだよな、なんで次のバスに乗りたがるんだろうな。』
『何かに突き動かされてるというか、逆らえない指令を受けてる感覚だよな。』


B君
「うん。神様とも違う、絶対的な何かに動かされてる気がする。」


A君
『そうそう。頭の中で響くんだよ。』
『”生き残って、次のバスに乗れ”ってさ。』
『毎回、あんな悪夢を見せられるこっちの身にもなれって!。』


B君
「もしかして、その何かが見せてるんじゃない?」
「バスに乗れない悪夢。」


A君
『かもなー。』
『非モテが苦しくないヤツは、悪夢を見ないが次のバスに乗れない。』
『非モテが苦しいならモテろ。次のバスに乗れ。ってことか。』


B君
「きっと、個々の苦しみは考慮されてないんだね。」


A君
『だな。生き残ってるのは”非モテ=苦しい”と感じる連中だけ、か…。』
『神様か何か知らないが、残酷なことをなさる…。』




非モテ談議が落ち着いた矢先、
バスのライトが彼らを照らしました。

A君
『おっと、バスが来た。』
『じゃ、僕らはこれに乗るわ。きみは?』


B君
「僕は別のバスに乗るよ。」


A君
『1人で?』


B君
「うん、1人で。」


A君
『そっか。今日はありがとう。』
『おかげで、1人でいるヤツをハブるようなマネをしなくて済みそうだ。』


B君
「お役に立てて何より。」


A君
『きみは新しいグループを作らないのか?』


B君
「どうかな…当分は1人で気楽にやるよ。」
(もう…全滅なんて見たくないから…。)


A君
『(ニヤニヤ)非モテは苦しいぞー?!』


B君
「わ、わかってるよ!(照)」
「非モテの苦しみとは、うまく付き合っていくよ。」


A君
『まぁ、頑張れよ!(笑)』



『それじゃ、元気でな!”孤独遺伝子”さん?』




ーーーーー



いかがでしたか?
「遺伝子:A君」と「孤独遺伝子:B君」の会話。



人間は、ときに「遺伝子の乗り物」と呼ばれます。

遺伝子は、人間というバスを次々に乗り換え、
生き残ろうとします。

そのバスに乗れないことは、
自身が滅びる恐怖です。

遺伝子はそれを防ぐため、
「孤独=寂しい」「非モテ=苦しい」
と感じさせているのでしょうか。



それは”1人好き”な孤独遺伝子も同じです。
孤独は多少寂しいし、非モテはまぁまぁ苦しいです。

なのに、孤独遺伝子が現代まで生き残っているのは、

「疫病や災害で全滅しないための”粋な計らい”」

…なのかもしれませんね。



ーーーーーENDーーーーー



⇒他作品
【短編小説】『天に抗うカサンドラ』全3話

【短編小説】『家畜たちはお世話好き』全2話


⇒参考記事
「非モテが苦しいのは、生殖に成功した者だけが子孫を残してきたから」


⇒参考書籍











2023年06月29日

【短編小説】『元気でね、孤独遺伝子さん。』1

【第1話:なぜ”1人好き”は生き残れたの?】



人間は、程度の差はあれ、
「孤独=寂しい」と感じる生き物です。

それは太古の昔、弱い人間は集団でいることで
猛獣から身を守ってきたからだと言われます。

人間の遺伝子には、
「集団でいると安心」
「1人でいると危険=寂しい」
と書き込まれているのかもしれません。

にもかかわらず、現代にも
「1人が好き」「孤独が苦じゃない」
という人は一定数います。


実に不思議ではありませんか?

集団でないと生き残れない世界では、
「集団でいなくてもいい」という人間は、
途絶えてもおかしくないはずです。

なぜ「1人が好き」な人間が、
現代まで生き残っているのでしょう?



ーーーーー



<とあるバス停・待合室>

A君
『あー、ヒマだなー…。』
『早く次のバス来ないかな。』


B君
「……。」


A君
『ねぇ。』


B君
「何?」


A君
『きみはいつも1人で待ってるよね。』


B君
「うん。」


A君
『ウチのグループに入らない?』


B君
「遠慮しとく。僕は1人が好きなんだ。」


A君
「みんなと一緒にいなくて”寂しい”と思わないの?」


B君
「思わない。」


A君
『またまたー!強がっちゃって!』


B君
「強がってないよ。1人でいる方が気楽だから。」


A君
『へぇ。きみ、変わってるって言われない?』


B君
『よく言われる。』




A君は、B君を『変なヤツ』と思いつつも、
興味を引かれました。

確かに1人は気楽だけど、それ以上に寂しい。
1人でいるなんて耐えられない。


それが苦じゃないなんて、
どういう考えをしているんだろう?と。


ーー


A君
『ねぇ。』


B君
「何?」


A君
『きみに仲間はいるの?』


B君
「いるよ。けど、みんな1人が好き。」
「だから別々のバス停に行ったんじゃない?」


A君
『バス停まで1人旅?』


B君
「うん。」


A君
『”寂しい”とか”孤独”とか、ないの?』


B君
「特にないかな。自由でいいなー、くらい。」


A君
『…ほんと、きみは変わってるね。』


B君
「言われ慣れてる。」
「僕からすれば、みんなと一緒は息が詰まる。」
「ずっと誰かといると、”自分のエネルギーが枯渇していく感じ”がする。」


A君
『みんなといると疲れる?』


B君
「うん。たまにならいいけど、ずっと一緒は無理。」


A君
『そんなヤツに初めて出逢ったな…。』
『僕はみんなといると”エネルギーが充電される感じ”がするけどなぁ。』


B君
「へぇ、そういうもんかね。」


A君
『まぁ、それは個人差ってことで。』
『やっぱり、みんなといるのはいいもんだよ。』
『寂しくないからね。』


B君
「そういうヤツもいるんだ…。」




B君は、A君を『変なヤツ』と思いつつも、
興味を引かれました。

確かにみんなでいると心強いけど、それ以上に疲れる。
ずっと誰かと一緒にいるなんて耐えられない。


それが苦じゃないなんて、
どういう考えをしているんだろう?と。


ーー


B君
「僕からも聞いていい?」


A君
『どうぞ。』


B君
「きみの仲間って、みんなと一緒にいたい人ばかり?」


A君
『うーん、まぁ、そうかな?』
『全員に聞いたわけじゃないけど、たぶん。』


B君
「じゃあ、いつも全員でバス停で待ってるの?」


A君
『そうだよ。』


B君
「疫病とか、バスジャックに遭ったときとかどうしてるの?」


A君
『僕たちは幸い、そういう経験はないなー。』


B君
「他のグループは?」


A君
『噂では全滅したグループもあるらしい…。』


B君
「そっか…。」


A君
『悲しいけど、珍しくはないよ。』
『あ、そういえば…。』


B君
「何かあった?」


A君
『これも噂だけどさ。』
『そういうグループが、別の場所で復活することがあるらしい。』


B君
「復活?どうやって?」


A君
『復活したグループには、いつも”1人でいるヤツ”がいてさ。』
『そいつが脱出して、別の場所で新しいグループを作るらしいよ。』


B君
「へぇ。」


A君
『皮肉だよな、1人でいたヤツがグループを救うなんて。』
『”ぼっち”とか”陰キャ”とか、バカにされてたヤツもいるだろうに。』


B君
「確かに…。」
「けど、そいつは1人が好きなんでしょ?」
「どうやって新しいグループを作るんだろ?」


A君
『そこは色々あったんじゃない?』
『道中で気が合うヤツに出逢ったり、子孫を残すヤツもいたり。』


B君
「そっか…。」
(だから、僕の先祖は1人が好きなのに、生き残ったのか。)




とあるバス停の待合室で出逢った2人。
みんなと一緒にいたいA君と、1人が好きなB君。

バスはまだ来ないようです。
2人の不思議な会話が続きます。



【第2話:なぜ”1人好き”でも非モテは苦しいの?】へ続く

2023年06月24日

【短編小説】『天に抗うカサンドラ』3 -最終話-

【MMD】Novel Cassandra SamuneSmall1.png



【第2話:私もママも”カサンドラ”】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<登場人物>
古城 姫真浬(こじょう ひまり)
 主人公、22歳
 少し変わった父親と意思疎通できず、
 ”親に共感してもらう体験”がないことに悩む
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第3話:”誰も、悪くない”】



「パパは発達障害かもしれない」

カウンセリングを通じて、
ようやくパパの正体がわかった。

モヤモヤから解放された私から、
今度はママへの怒りが沸いてきた。

姫真浬(ひまり)
「どうしてママは、私じゃなくパパの肩を持ち続けたの?」


ママはパートで働いていたが、収入は高くなかった。
パパは数学界期待の准教授として、けっこうな高給取りだった。

姫真浬(ひまり)
「ママは私の気持ちより、経済的にパパに依存することを選んだの?」
「そのためにパパに隷属していたの?」


それはママが、
『娘はいつか、この疑問にたどり着く』
予見していたこと。

『娘に、いつか罵られる』
覚悟していたこと…。



姫真浬(ひまり)
「ママは私を守ってくれなかった…!」
「パパの宇宙人のような言動への忍耐に、私を道連れにした…!」


私の心は、”ママへの逆恨み色”に毒されていった。

きっと、ママも孤立していた。
けど私にとって、ママはトロイアの人たちと同じだ。

カサンドラの訴えを無視した、トロイアの人たちと…。


ーー


パパだけでなく、
ママへの怒りにも苦しむ日々が始まった。

私は毎晩、泣きじゃくり、枕を殴りつけた。
自室で1人、パパとママの罵倒を繰り返した。

姫真浬(ひまり)
「この怒り…今度、実家に帰ったら、パパとママにぶつけてやる!!」


ゆがんだ復讐心が募っていった。

それでも踏ん切りがつかず、
帰省できないヘタレな自分がいた…。

もがきながらも、覚悟が決まった、ある日。
実家のママからメッセージが届いた。




『パパが亡くなりました。葬儀は●日です。』




パパは急性脳出血で、
あっという間に逝ってしまった。

姫真浬(ひまり)
「どうして…?!急すぎるよ!!」


パパは研究に没頭するあまり、
何日も徹夜が当たり前だったそうだ…。

1つ、忘れていた。
カウンセラーさんが言っていた発達障害の特性。

「過集中」

興味の対象が、極端に狭くて深い。
いったん集中すると、何も見えなくなるほど没頭する。


パパは数学に、驚異的な集中力で没頭した。
そのかいあって、若くして数学界のホープになった。

代わりに寝食も、心身の異常も、見えなくなって…。


ーー


姫真浬(ひまり)
「私はどうすればいいの…?!」
「パパへの怒りをどこにぶつければいいの?!」


パパの葬儀の日、
私はママに、ありったけの憎しみをぶつけた。

姫真浬(ひまり)
「パパはずるいよ!」
「私に復讐もさせないまま逝っちゃうなんて!!」
「勝ち逃げなんて…卑怯だよ…!うぅ……。」


ママはただ、私の醜い言葉に耐えていた。

私が人間の顔に戻った頃、
ママは一言だけ、


『…姫真浬(ひまり)…今まで本当に、ごめんね……。』




ーーーーー



パパの葬儀から数ヶ月が経った。
最近、ママが少し変わった気がする。

あの後、ママは私に泣いて謝った。
まるで、積もった罪悪感を一気に吐き出したみたいに。

ママは、パパと私と暮らしていた頃は無表情で、
ロボットみたいだった。

けど最近、
ママは自分の気持ちを素直に言葉にするようになった。


「嬉しい」
「楽しい」
「ありがとう」


ママの初めて見る一面に、
私は胸の奥があたたかくなるのを感じた。




姫真浬(ひまり)
「ねぇママ…この間はごめんなさい…。」
「私、言い過ぎた。」



『私こそ、ごめんね…。』
『姫真浬(ひまり)を助けてあげられなくて。』


姫真浬(ひまり)
「私、カウンセリングに通って、知ったの。」
「パパの発達障害と、”カサンドラ症候群”のこと。」



『…?!…そう…。』


姫真浬(ひまり)
「だから、今ならわかる。」
「ママも、パパと気持ちが通じ合わなくて、孤立してたって。」



『…また、娘に気を使わせてしまったわね。』
『あなたにも”カサンドラ症候群”を背負わせたこと、反省してる…。』


姫真浬(ひまり)
「…ううん!もういいの!」
「これからは、もっとママとお話したい!」
「もちろん、ママのお話もたくさん聞かせて!」



『ええ…もちろん…!(涙)』
『姫真浬(ひまり)、何でも話してね。』
『もう二度と、あなたを孤立させないから!』


この日、私の中で
ママは”同居人A”から”大切な母親”になった。


私は、あたたかい家族や、
親に気持ちを共感してもらえる経験は、
もう手に入らないと諦めていた。

皮肉なことに、それは親が逝去して初めて手に入った。



ーー


わかってる。誰も悪くない。
パパも、発達障害も。


パパだって一生懸命に生きた。
きっと、まわりになじめなくて苦しんでいた。

私やママは、パパを宇宙人のように感じた。

きっとパパも、私やママを…。
いえ、まわりのほとんどの人間を宇宙人だと感じていた。

「どうしてパパは、人の話を聞けないんだろう?」
私やママがそう思う一方、

『どうしてまわりは、僕の話を聞けないんだろう?』
『僕は”自分が面白い=他の人も面白いこと”を話しているだけなのに。』

パパはそう思っていただろう…。

私は偶然、
そういう苦しみを背負うパパの元へ生まれただけ。

私とパパは偶然、
人間理解の能力が、嚙み合わなかっただけ…。



私はパパを一生、許せないかもしれない。

それなら、それでいい。
パパへの恨みが消えないなら、
いっそ私の人生に付き合わせてやる!


姫真浬(ひまり)
「私は、カサンドラ王女と同じ最期は迎えない。」
「トロイアが滅びても、ギリシャへ連れ去られても。」
「私は脱出してやる!ママと一緒に!」

「私は、しぶとく生きてやるんだから!」


今なら自信を持って、そう言える。



ーーーーーENDーーーーー



⇒他作品
【短編小説】『恋の麻酔と結婚教』全4話

【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話


⇒参考書籍















2023年06月23日

【短編小説】『天に抗うカサンドラ』2

【MMD】Novel Cassandra SamuneSmall1.png


【第1話:パパは”一方通行”】からの続き
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<登場人物>
古城 姫真浬(こじょう ひまり)
 主人公、22歳
 少し変わった父親と意思疎通できず、
 ”親に共感してもらう体験”がないことに悩む
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第2話:私もママも”カサンドラ”】




私は古城 姫真浬(こじょう ひまり)の母親。

大学准教授の夫と娘との3人暮らし。
日中はパートで働いている。

私は夫に”話が通じない”ことで悩んでいる。

付き合っていた頃から、
夫は1つのことにのめり込む人だと知っていた。

私は、数学に没頭する夫の姿に惚れた。
今もそれは変わらない。

ただ、結婚する頃から少しずつ違和感が生まれた。
私の心が”置いてけぼり”になっていく違和感に。



夫は、働き過ぎなくらい働く。
家事も、声をかければ手伝ってくれる。
反対に、私が声をかけないと、食事も睡眠も取らずに没頭する。

夫は、会話のキャッチボールができない。
私が何を話しても、夫が話したい話題ばかり返ってくる。

コミュニケーションが一方通行。
指摘したこともあるけど、


『ところで昨日の数学の問題で、こんな面白いのがあって…。』


こういうところは、
姫真浬(ひまり)が生まれてからも変わらなかった。



娘も、成長するにつれて気づいたみたい。

姫真浬(ひまり)
「ねぇママ、パパはどうして私の話を聞いてくれないの?」


ある日、娘は私にパパの相談をしてくれた。
けど…。


『パパはああいう人だから仕方ないの…。』
『悪いけど、わかってあげてちょうだい。』


私は娘ではなく、
パパの肩を持つようなことしか言えなかった。
そのうち、娘は私に相談してくれなくなった…。



わかってる。
あのときの私は娘の心より、自己保身を優先したことを。


後悔してる。
私を信じて、胸の内を話してくれた娘を突っぱねたことを。

いつか、成長した娘に、

姫真浬(ひまり)
「ママは私を見捨てて、パパへの経済的な依存を選んだんでしょ?!」


そう罵られる覚悟を決めなきゃ…。

せめて、言い訳だけでもさせてちょうだい。
私も、つらいの。私の心も、孤立してるの。

…カサンドラ王女みたいに。



ーーーーー



私は古城 姫真浬(こじょう ひまり)
話が通じないパパに、ずっと悩んできた。

あるとき、
私は学校で、ギリシャ神話の学習マンガに出逢った。
その本で、トロイア王女カサンドラの悲劇を知った。

予言の力で見た”国が滅びる”という未来。
それを必死で訴えても、誰も信じない。

そうこうしているうちに、
侵攻してきたギリシャ軍に破れ、トロイアは滅亡。

カサンドラ王女はギリシャへ連れ去られ、
非業の最期を迎えた。



姫真浬(ひまり)
「これ…まるっきり私………?」




孤立するカサンドラ王女が、私と重なった。

私には親がいるようで、いない。
友達のパパみたいに守ってくれたり、
心を受け止めてくれる存在がいない。

友達は、私のパパを見て、
「優しそうで、立派なパパ」と言う。

私の孤立感も、意思疎通できない苦しみも、
信じてもらえない。

「誰もカサンドラの予言を信じない」
という呪いをかけられた王女と同じように。


姫真浬(ひまり)
「私も、カサンドラ王女と同じ最期を迎えるのかな…?」


私はただ、人生を悲観した。
ママも同じ”孤立したカサンドラ”だと、気づかないまま。



私も、パパも、ママも、親子ではなかった。
互いの心が遠すぎて、同居しているだけの”あの人”だった。

私は、家にいるときの孤立感から逃れたくて、
受験勉強に打ち込んだ。

そして大学進学を機に、一人暮らしを始めた。



ーーーーー



数年後。

大学を卒業した私は、何とか就職できた。
が、仕事を始めた途端、心身の不調が次々に出てきた。

パパにもママにも相談できず、
何でも1人で抱え込んできたツケだった。

私は仕事を休みがちになり、ついに病院へ行った。
が、検査しても異常は見つからなかった。

「心因性かもしれません」と言われた。



私は勇気を出して、
精神科医がやっているカウンセリングに申し込んでみた。

当日、私は緊張しながら、
カウンセラーさんへ生い立ちや家庭環境を詳しく話した。

カウンセラーさんは、私の話をさえぎらなかった。
否定せず、最後まで聞いてくれた。

それは私にとって、初めての経験だった。
それだけで私は救われた気がした。



ーー


何度目かのカウンセリングの日。
軽い質疑のあと、カウンセラーさんは言った。

カウンセラー
『失礼を承知で申し上げます。』
『お父さんの特性から、”発達障害”かもしれませんね。』


姫真浬(ひまり)
「発達…?障害…?」


私は初めて”発達障害”という言葉を聞いた。
パパはあんなに頭がいいのに、障害?

知能や学習能力に問題がなくても、

・人の気持ちを想像できない
・空気を読んだ言動ができない
・こだわりやマイルールが強固
・コミュニケーションが一方通行


などの特性があるという。



姫真浬(ひまり)
「これ……パパだ…!」




私は発達障害について、さらに詳しく聞きたくなった。

姫真浬(ひまり)
「父は興奮すると、相手が理解できない話もおかまいなく続けました。」
「それに、人の話を聞こうとしませんでした。」
「それも発達障害の特性でしょうか?」


カウンセラー
『おそらくそうです。』
あなたの気持ちの想像や、適切な話題の選択が難しいからでしょう。』


姫真浬(ひまり)
「父は外出先でも、気に入らなければ私を怒鳴りました…。」
「まさかそれも?」


カウンセラー
『そうかもしれません。』
まわりの人が怖がることや、あなたが恥をかくことが想像できないんでしょう…。』


姫真浬(ひまり)
「父はハッキリしない態度が嫌いで、何でも白黒つけたがりました。」
「そういえば、数学は得意だけど国語が苦手だったみたいです。」


カウンセラー
『得意科目については何とも言えません…。』
白黒つけたがるのは、答えのない”曖昧な部分”の想像が難しいからでしょう。』


姫真浬(ひまり)
(パパが数学が得意なのは…ハッキリした答えがあるから…?)
(国語が苦手なのは…答えのないグレーゾーンの想像が難しいから?)



ーー


私を覆っていた、すべてのモヤモヤが晴れた。

パパは人の気持ちを想像したり、
静かにしたり”しない”んじゃなくて”できない”?


家族じゃなく同居している”あの人”に感じるのも、
家族の食卓なのに1人で食べているように感じるのも、

姫真浬(ひまり)
「パパには”共感する回路”がないから…?」


さらに、

姫真浬(ひまり)
「カサンドラ症候群…?!」


カウンセラー
『発達障害の家族やパートナーとのコミュニケーションの悩みです。』
『まわりの誰にも理解してもらえない苦しみをそう呼びます。』




私の苦しみに、名前が付いた。
それは救いであり、絶望の入口でもあった。

パパに娘の気持ちを共感してもらう体験は、
きっとこの先も”できない”。


私は、いつか読んだギリシャ神話の
カサンドラ王女を思い出した。

戦利品として、ギリシャへ連れ去られる船上で、
彼女はどんな気持ちになったんだろう。

もしかしたら、今の私と同じ気持ちで、
海を見つめていたのかもしれない…。



【第3話(最終話):”誰も、悪くない”】へ続く

2023年06月22日

【短編小説】『天に抗うカサンドラ』1

【MMD】Novel Cassandra SamuneSmall1.png

<登場人物>
古城 姫真浬(こじょう ひまり)
 主人公、22歳
 少し変わった父親と意思疎通できず、
 ”親に共感してもらう体験”がないことに悩む
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第1話:パパは”一方通行”】



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 昔々、ギリシャの対岸に、
 トロイアという大国がありました。

 トロイアの王女カサンドラは、
 アポロン神の寵愛を受け、予言の力を授かりました。

 ところが、カサンドラは見てしまったのです。
 トロイアは、いずれ侵攻してくるギリシャ軍に敗れ、
 落城する未来を。

 カサンドラは慌てて、そのことを皆に伝えました。
 しかし、誰も彼女の話を信じようとしませんでした。


 それは、
 カサンドラがアポロン神の愛を拒絶したことで、

  ”カサンドラの予言を誰も信じない”

 という呪いをかけられていたためでした。

 その後、トロイアはカサンドラの予言通り、
 ギリシャ軍に滅ぼされてしまいました…。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



皆さんは”発達障害”を知っていますか?

脳の発達の偏りによる特性から、
社会生活での”生きづらさ”を引き起こします。

”変わり者””わがまま”
”空気が読めないヤツ”とレッテルを貼られ、
いじめの標的にされることもあります…。

発達障害の特性の1つに、
”人の気持ちを想像できず、コミュニケーションが難しい”
があります。

決して本人が悪いわけではありません。
が、家族や配偶者にその特性があると、
パートナーは気持ちを理解されず孤立感に苦しみます。

まわりへ訴えても、
発達障害は見た目ではわからないので、
苦しみを理解してもらえません。

そんなパートナーの孤立は、
トロイア王女カサンドラの苦悩にちなんで、
こう呼ばれます。

『カサンドラ症候群』と。



ーーーーー



私は古城 姫真浬(こじょう ひまり)
22歳の社会人。

私は幼い頃から、
ちょっと変わったパパとうまくいかずに悩んできた。

おばあちゃんの話では、
パパは子どもの頃から計算が大好きだったらしい。

それで数学にのめり込み、若くして大学准教授になった。
数学界では注目の若手で、教授になる日も近いみたい。

私は、パパはすごい人だと思ってる。
けど、パパと接すると、何かが”違う”。

うまく説明できないけど、
私が何を話しても”伝わらない”感じがする。

幼い私にとって、パパはまるで”宇宙人”のようだった。


ーー


私のパパは、
人の気持ちを想像することが苦手みたい。


私は小学生の頃、算数が不得意だった。
そこで、わからない問題をパパに聞いてみた。

パパは嬉しそうに教えてくれたけど、
その後、


「この数式の成り立ちはどう」
「最新の論文での見解はこう、であるからして…。」


パパは興奮すると、話が止まらなくなった。

小学生の私には、
理解できない研究や論文の話まで持ち出してきた。

しかも、

姫真浬(ひまり)
「パパ…もう1時間もしゃべってる…。」


という、私のウンザリにも気づいてないみたい。

以来、私は勉強のことで
パパに話しかけることがなくなった。


ーー


私のパパは、
その場にふさわしい言動を読み取るのが苦手みたい。


静かにした方がいい場面でも、
おかまいなしに大声でしゃべったりする。

パパが好きなものの話になったときや、
イヤなことを思い出したときには、
まわりが静かでも、


『そうそう、パパなんてな、ああでこうで…。』
『アレが好きなんだよ!あのときのアレが許せなくてな…。』


興奮して、まわりが見えてないのかな?
それとも、わざと?わからない…。



それは私を叱るときも同じ。
以前、私がショッピングモールで服を選んでいたとき、


『姫真浬(ひまり)、どっちがいいんだ?ハッキリ選べ!』
『何が言いたいんだ?ハッキリしゃべれ!』


パパは大勢のお客さんの前で、私を怒鳴りつけた…。

お店の人も、まわりのお客さんもびっくりして、
こちらに注目した。

けど、パパはまったく気にしてない…。

パパが怖くて何も言えないでいると、
パパの怒号がエスカレートし、パパの気が済むまで続いた。

私にとって、パパとのお出かけは、
いつ執行されるかわからない公開処刑…。


ーー


私の友達は、
学校でイヤなことがあったとき、
パパが話を聞いてくれたと言っていた。

私はそれがうらやましくて、
パパに学校であったことを話してみた。
けど、


『あーそれはな、こうしてこう対処すればいいんだ。』
『パパの対処法は数学的に言うとだな、ああでこうで…。』


私の言葉はさえぎられ、パパの独演会が続いた。

姫真浬(ひまり)
「どうして私のパパは、人の話を聞こうとしないんだろう?」


悩んだ私は何度も、ママに相談した。
そのたびに、


『パパはああいう人だから仕方ないの…。』
『悪いけど、わかってあげてちょうだい。』


ママはパパを擁護するばかりで、
私の気持ちを理解してくれなかった…。




友達に相談しても、

友人
『えー、なんで?』
『姫真浬(ひまり)のパパ、背が高くて、優しそうで、かっこいいじゃん?』
『ちゃんとパパと話したの?』


パパは長身で、顔もかなり整っている。
若くして大学准教授という社会的地位もある。

それもあって、
友達にも私の悩みを理解してもらえなかった。

(この孤立感は、いったい何なの?出口はあるの?)

私はこの頃から
”カサンドラ症候群”に陥っていたことに、
まったく気づかなかった。



【第2話:私もママも”カサンドラ”】へ続く

2023年06月19日

【オリジナル小説・PV】『It’s my Life』制作背景

オリジナル小説:
『彩、凜として空、彩(かざ)る』
のPVを作ってみました。

この小説と、PV動画の制作背景を紹介します。

  1. 制作した動画
  2. 作品の概要
  3. 制作の所感

1.制作した動画




2.作品の概要


3.制作の所感

作品執筆のきっかけは
子どもの希望や才能を、
本人以外の邪魔で潰されることへの怒り
です。

・社長子息、令嬢だから
 将来は会社を継がせる

・企業同士の政略結婚で
 業務提携を強化

・親が果たせなかった夢を
 子どもを利用して叶えようとする

こういう、
「親にコントロールされる人生を子が受け入れて精進する」
場面を見るたび、疑問に思っていました。



「それ、本当に本人(子ども自身)の希望?」
「親の希望と同一視するよう洗脳してきたんじゃない?」
と。



それに気づいても親に逆らえず、
不本意な人生を送る子どもを、僕は見たくないです。

だから主人公には、
親の鳥カゴをぶち壊す”凜とした意志”を貫いて、
人生の空を彩ってほしいです。

自分の人生は、
自分がやりたいことをするためにあるから。



ーーーーーーーーーーー



⇒過去作品・MMD動画
【オリジナル小説・PV】『Memory Snow』制作背景

【オリジナルMV】魔王魂『捩花(ネジバナ)』



⇒過去作品・オリジナル小説
【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』全4話

【短編小説】『ツンデレという凶器』全3話

2023年06月17日

【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』4 -最終話-

【MMD】Novel Sumaho Mom Samune2.png

【第3話:住んでいた”かもしれない”少女】からの続き

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
影山 慈玖(かげやま いつく)
 8歳、少女
 母親がスマホにかかりきりなため、
 自分は”存在してもいいのか”を疑い始める

影山 夕理(かげやま ゆり)
 慈玖の母親
 スマホに夢中になるあまり、
 娘の気持ちに気づけないまま…

天野 慧惟(あまの けい)
 19歳、大学生
 他人に無関心で、
 自身の歩きスマホを正当化していたが、
 ある出会いをきっかけに変わっていく
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第4話:”存在”と引き換えに届けた約束】



翌日。

夕理
『どこいったの?!!!』


少女の母親”だったかもしれない”女性は、
慌てふためいていた。

彼女が朝起きると、娘(?)の姿はなかった。

あの子は昨夜、間違いなく部屋へ入ったはず。
なのに、ベッドやシーツにはシワ1つなかった。

まるで、最初から誰も寝ていなかったように。



誘拐?
いや、家に誰かが侵入した形跡はない。

夕理
『まさかあの子、夜中に1人で外へ?』


動揺した母親は、少女を探しに家を飛び出した。
警察へ捜索願を出し、親戚や保育園をあたり、
八方手を尽くした。

だが、ついに少女が見つかることはなかった。


ーー


数ヶ月後。

母親は近い未来、
娘(?)の捜索願が失踪届になる現実から
必死で目を逸らしていた。

そんな折、
彼女の”すまほ”に差出人不明のメッセージが届いた。



 ----------
 ママのやくに立てなくてごめんね。

 イイコになれなくて、
 ママの”すまほ”のじゃまばかりしちゃってごめんね。

 けど、わたしね、
 駅で会ったお兄さんのやくに立てたの。
 お兄さんが”あるきすまほ”をやめてくれたよ!

 あのあと、お兄さんがね。
 わたしの心に「ありがとう」って言いにきてくれたよ。

 わたし、わるい子だから、
 もっとママに抱っこしてもらいたかったの。

 わたしも、ママの”すまほ”みたいに、
 やさしくなでなでしてもらいたかったの。

 けど、ママをこまらせたくないから、
 悲しいけど消えるね。

 わたし、さいごにだれかのやくに立てたから、
 幸せだったよ。

 ”すまほ”さん、ママをよろしくね。
 ----------




ーーーーー



数年後。

僕、天野 慧惟は大学を卒業。
社会人として忙しい日々を送っていた。

あの日以来、
いつもの駅で母娘を見かけることはなかった。

引っ越したのかな?
娘さん、元気かなぁ…。

そんなことを考えながら駅のホームに立っていると、
見覚えのある女性を見かけた。

例の母親?

慧惟
「あの人…あんなにやつれていたっけ…?」


かろうじて面影が残っていたが、
見た目は別人だった。

慧惟
「今日は娘さん、一緒じゃないのかな?」
「娘さん…?名前…なんだっけ?」


まもなく電車が到着した。

電車の窓から見る彼女から、
後悔と罪悪感がにじみ出ていた。



僕はもう歩きスマホをしていない。

母娘にぶつかったときの反省もあるが、
それだけじゃない。

ある少女と、
大切な約束をしたような気がするからだ。


「誰かを困らせたり、悲しませたりしないでね。」
って。



その子の顔も名前も、思い出せない。

確かに覚えているのは、
僕がその子に「ありがとう」と伝えに行く夢。

その子はまるで、
自分の”存在そのもの”と引き換えに、
僕に大切なことを教えてくれた気がする。




ーーーーーENDーーーーー



<あとがき>

たとえ十分な衣食住の世話をしても、
子どもの心のケアを怠れば、
それは立派なネグレクトです。


子どもは、
最初の他人である親の反応を通じて、
この世界とのつながりを確かめます。

その親からの反応がないと、子どもは、

・本当に存在していいのか
・本当にこの世界に歓迎されているのか


それがわからないまま成長してしまいます。



スマホは「楽で、今すぐ楽しい」を生み出します。
その誘惑を蹴って、つらい現実を選ぶのは酷です。

ですが、その”つらい現実”の片隅に、
寂しさでうずくまる子どもがいます。

どうか少しでも、子どもの
”甘えたい””抱っこしてほしい”を叶えてあげてください。


大人になった彼らが、
「もう、親の愛情は手に入らない」と絶望する前に。



ーーーーーーーーーー



⇒他作品
【短編小説】『アロマンティックと孫のカオ』全2話

【短編小説】『どんな家路で見る月も』1話完結


⇒この小説のPV


⇒参考書籍











2023年06月16日

【短編小説】『スマホさん、ママをよろしくね。』3

【MMD】Novel Sumaho Mom Samune2.png

【第2話:歩きスマホという”高等技術”】からの続き

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<登場人物>
影山 慈玖(かげやま いつく)
 8歳、少女
 母親がスマホにかかりきりなため、
 自分は”存在してもいいのか”を疑い始める

影山 夕理(かげやま ゆり)
 慈玖の母親
 スマホに夢中になるあまり、
 娘の気持ちに気づけないまま…

天野 慧惟(あまの けい)
 19歳、大学生
 他人に無関心で、
 自身の歩きスマホを正当化していたが、
 ある出会いをきっかけに変わっていく
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



【第3話:住んでいた”かもしれない”少女】



今日も僕、天野 慧惟は、
いつもの駅で電車を待っていた。

大学の期末試験でよろしくない成績を取り、
追試の勉強で寝不足だった。

ボーっと立っていると、



少女?
「ママ、ママ!止まって!ぶつかっちゃうよ!」




半分、夢の中にいた僕の耳に、
少女の叫び声が飛び込んできた。

僕は慌てて左を向くと、
例の母娘が目の前まで迫っていた。

母親は歩きスマホをしていて、
僕に気づいていなかった。

慈玖ちゃんは懸命に母親を止めていたが、
母親は「うっとおしい」と聞き流していた…。

そしてついに、



ドンッ!

慧惟
「ごめんなさい!」




また、僕の声から謝罪の言葉が出た。
母親も慌てた様子で『ごめんなさい!』と言った。

互いに謝って、その場は収まった。が、
僕に背を向けた母親の二言目は、

夕理
『慈玖!どうして止めなかったの?!』
『人にぶつかっちゃったじゃない!』


慈玖
「止めたよ!ママ!」


夕理
『ウソつかないで!』


慈玖
「ウソじゃないもん…。ママ、信じてよ…。」


慈玖ちゃんは今にも泣き出しそうだ。
なのに母親は、

夕理
『こんなところで泣かないでよ!』
『恥ずかしいじゃない!』



ーー


その言葉を聞いた瞬間、
僕の頭の中に、封印したはずの幼い記憶が駆けめぐった。


父も母も、僕に無関心だった記憶。
僕が何をしても、褒められも𠮟られもしなかった記憶。
話しかけても「邪魔するな」と追い払われた記憶。

(僕は本当にここにいるの?)
(存在してはいけないの?)


そうやって、自分を責めた記憶…。



あぁ…そうだ。

僕は無関心な両親を嘆くうちに、
自分にも他人にも無関心になっていった。

バーチャル世界へ慰めを求めるうちに、
歩きスマホに何の罪悪感も感じなくなっていた。

慈玖ちゃんとぶつかったとき、
とっさに他責ではなく謝罪が出た理由、
今ならわかる。

あの子が、幼い頃の自分と重なったからだ。
子どもの心を「無視(ネグレクト)」する親を持つ自分と…。




それに気づいた瞬間、
僕はすさまじい罪悪感に襲われた。

今まで、僕が歩きスマホをして、
どれだけの人に気を使わせてきたか。

”避けない方が悪い”と、
まわりへ理不尽な怒りをぶつけてきたか。


僕はこの日、歩きスマホを卒業した。



ーーーーー



わたし、かげやま いつく

この前、ママとお出かけしたときに、
お兄さんとぶつかっちゃった。

お兄さんはいい人だったの。
わたしが「ごめんなさい」って言ったら、
お兄さんも「ごめんね」って言ってくれたよ。

けど、ママに𠮟られちゃった。
『ぶつかっちゃダメでしょ!』って。

ママ、怖かったけど、
わたし、ちょっと嬉しかったの。

だって、ママがわたしを𠮟ったとき、
ママは”すまほ”じゃなくて、わたしを見てくれたから。



わたしね、さいきん気づいたの。
わたしのからだ、すこしずつ”とうめい”になってる。

ママはやっぱり、わたしが話しかけても、
わたしじゃなくて”すまほ”を見てる。

それが”悲しい”って思うたびに、
わたしの”とうめい”が進んでいくの。

そのたびにね。
わたしってここにいるのかなぁ、
いないのかなぁって、よくわからなくなるの。



昨日、わたしがぶつかったお兄さんと、
ママがぶつかっちゃったの。

わたし、またママに𠮟られたけど、
やっぱり嬉しかった。

けど、その後ママに
『泣くんじゃないの!』って言われたのは悲しかったの。
泣いたら”イイコ”じゃなくなるから、しかたないの…。

わたし、泣きたいときに泣いちゃいけないのかな…?
わたし、ママに”いない子”って思われてるのかな…?


…………。

………。



鮮やかな西日が、ある部屋を照らした。

小さなベッドを囲んだぬいぐるみたちが、
オレンジ色に染まった。

ここには以前、
ぬいぐるみのようにかわいらしい少女が
”住んでいたのかもしれない”。




【第4話:”存在”と引き換えに届けた約束】へ続く

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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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