2023年06月24日
【短編小説】『天に抗うカサンドラ』3 -最終話-
⇒【第2話:私もママも”カサンドラ”】からの続き
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<登場人物>
・古城 姫真浬(こじょう ひまり)
主人公、22歳
少し変わった父親と意思疎通できず、
”親に共感してもらう体験”がないことに悩む
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【第3話:”誰も、悪くない”】
「パパは発達障害かもしれない」
カウンセリングを通じて、
ようやくパパの正体がわかった。
モヤモヤから解放された私から、
今度はママへの怒りが沸いてきた。
姫真浬(ひまり)
「どうしてママは、私じゃなくパパの肩を持ち続けたの?」
ママはパートで働いていたが、収入は高くなかった。
パパは数学界期待の准教授として、けっこうな高給取りだった。
姫真浬(ひまり)
「ママは私の気持ちより、経済的にパパに依存することを選んだの?」
「そのためにパパに隷属していたの?」
それはママが、
『娘はいつか、この疑問にたどり着く』と
予見していたこと。
『娘に、いつか罵られる』と
覚悟していたこと…。
姫真浬(ひまり)
「ママは私を守ってくれなかった…!」
「パパの宇宙人のような言動への忍耐に、私を道連れにした…!」
私の心は、”ママへの逆恨み色”に毒されていった。
きっと、ママも孤立していた。
けど私にとって、ママはトロイアの人たちと同じだ。
カサンドラの訴えを無視した、トロイアの人たちと…。
ーー
パパだけでなく、
ママへの怒りにも苦しむ日々が始まった。
私は毎晩、泣きじゃくり、枕を殴りつけた。
自室で1人、パパとママの罵倒を繰り返した。
姫真浬(ひまり)
「この怒り…今度、実家に帰ったら、パパとママにぶつけてやる!!」
ゆがんだ復讐心が募っていった。
それでも踏ん切りがつかず、
帰省できないヘタレな自分がいた…。
もがきながらも、覚悟が決まった、ある日。
実家のママからメッセージが届いた。
母
『パパが亡くなりました。葬儀は●日です。』
パパは急性脳出血で、
あっという間に逝ってしまった。
姫真浬(ひまり)
「どうして…?!急すぎるよ!!」
パパは研究に没頭するあまり、
何日も徹夜が当たり前だったそうだ…。
1つ、忘れていた。
カウンセラーさんが言っていた発達障害の特性。
「過集中」
興味の対象が、極端に狭くて深い。
いったん集中すると、何も見えなくなるほど没頭する。
パパは数学に、驚異的な集中力で没頭した。
そのかいあって、若くして数学界のホープになった。
代わりに寝食も、心身の異常も、見えなくなって…。
ーー
姫真浬(ひまり)
「私はどうすればいいの…?!」
「パパへの怒りをどこにぶつければいいの?!」
パパの葬儀の日、
私はママに、ありったけの憎しみをぶつけた。
姫真浬(ひまり)
「パパはずるいよ!」
「私に復讐もさせないまま逝っちゃうなんて!!」
「勝ち逃げなんて…卑怯だよ…!うぅ……。」
ママはただ、私の醜い言葉に耐えていた。
私が人間の顔に戻った頃、
ママは一言だけ、
母
『…姫真浬(ひまり)…今まで本当に、ごめんね……。』
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パパの葬儀から数ヶ月が経った。
最近、ママが少し変わった気がする。
あの後、ママは私に泣いて謝った。
まるで、積もった罪悪感を一気に吐き出したみたいに。
ママは、パパと私と暮らしていた頃は無表情で、
ロボットみたいだった。
けど最近、
ママは自分の気持ちを素直に言葉にするようになった。
「嬉しい」
「楽しい」
「ありがとう」
ママの初めて見る一面に、
私は胸の奥があたたかくなるのを感じた。
姫真浬(ひまり)
「ねぇママ…この間はごめんなさい…。」
「私、言い過ぎた。」
母
『私こそ、ごめんね…。』
『姫真浬(ひまり)を助けてあげられなくて。』
姫真浬(ひまり)
「私、カウンセリングに通って、知ったの。」
「パパの発達障害と、”カサンドラ症候群”のこと。」
母
『…?!…そう…。』
姫真浬(ひまり)
「だから、今ならわかる。」
「ママも、パパと気持ちが通じ合わなくて、孤立してたって。」
母
『…また、娘に気を使わせてしまったわね。』
『あなたにも”カサンドラ症候群”を背負わせたこと、反省してる…。』
姫真浬(ひまり)
「…ううん!もういいの!」
「これからは、もっとママとお話したい!」
「もちろん、ママのお話もたくさん聞かせて!」
母
『ええ…もちろん…!(涙)』
『姫真浬(ひまり)、何でも話してね。』
『もう二度と、あなたを孤立させないから!』
この日、私の中で
ママは”同居人A”から”大切な母親”になった。
私は、あたたかい家族や、
親に気持ちを共感してもらえる経験は、
もう手に入らないと諦めていた。
皮肉なことに、それは親が逝去して初めて手に入った。
ーー
わかってる。誰も悪くない。
パパも、発達障害も。
パパだって一生懸命に生きた。
きっと、まわりになじめなくて苦しんでいた。
私やママは、パパを宇宙人のように感じた。
きっとパパも、私やママを…。
いえ、まわりのほとんどの人間を宇宙人だと感じていた。
「どうしてパパは、人の話を聞けないんだろう?」
私やママがそう思う一方、
『どうしてまわりは、僕の話を聞けないんだろう?』
『僕は”自分が面白い=他の人も面白いこと”を話しているだけなのに。』
パパはそう思っていただろう…。
私は偶然、
そういう苦しみを背負うパパの元へ生まれただけ。
私とパパは偶然、
人間理解の能力が、嚙み合わなかっただけ…。
私はパパを一生、許せないかもしれない。
それなら、それでいい。
パパへの恨みが消えないなら、
いっそ私の人生に付き合わせてやる!
姫真浬(ひまり)
「私は、カサンドラ王女と同じ最期は迎えない。」
「トロイアが滅びても、ギリシャへ連れ去られても。」
「私は脱出してやる!ママと一緒に!」
「私は、しぶとく生きてやるんだから!」
今なら自信を持って、そう言える。
ーーーーーENDーーーーー
⇒他作品
【短編小説】『恋の麻酔と結婚教』全4話
【短編小説】『もう1度、負け組の僕を生きたいです』全5話
⇒参考書籍
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