玉置浩二『CAFE JAPAN』八曲目「Honeybee」です。
『LOVE SONG BLUE』『CAFE JAPAN』『JUNK LAND』の復活三部作(わたしが勝手にそう呼んでいるだけです。「ベルリン三部作」みたいなファンならみんな分かるような用語ではないのでお気をつけください)にはこういうきわどい、暗示的にか明示的にか性行為を表現した楽曲が散見されます。特にこの曲は明示的で、コメントに困っていけません(笑)。『LOVE SONG BLUE』だと「ダイヤモンドの気分」とか言ってもうちょっとオブラートに包んでいましたよね玉置さん!
さて曲はアコギと思しき澄んだ音がポロンポロンと右左から聴こえてきて、一瞬バラードなんじゃないのかと思わされます。ああ、題名がハニービーだから、花から花へ飛び、花粉を与えたり蜜をもらったりというそういう働き者の蜂さんの話なのかもしれない、そうだ、わたしたちは蜂のように生きるべきなのだ、蜜をもらう蜂は花に許可をもらったり申し訳ないという気持ちになどなったりしない、かわりに花粉を運んであげるのだから感謝せよとか恩着せがましい気持ちにもならない、交渉もしない……本来社会で働くとはそういうことなのだ、あるがままに自然に、各自の役割を果たし、それが何のためかとか死んだらパーとかそういう共同体主義とか個人主義とは無縁なものなのだ……ただあるがままに自然で尊い、ただひたすらに尊い、そういうものなのだ……「大きな"いちょう"の木の下に」「フラッグ」とは違った方面で働き蜂であるのに蜂のように自然に生きられないわたしたちの悲哀を攻めてきたか……さすが玉置さん……などと勝手に感心していたら、「イーアーパーストミニッ!イーアーパーストミニッ!」などと意味不明な悩ましい声で玉置さんが囁きだしたかと思えばズットン!ズットン!と艶めかしいリズムが打たれはじめ、おや何か様子が違うぞ?と困惑している間に「Yes! Honeybee!」の掛け声とともにアコギのカッティングに不穏なシンセが流れ始めます。「満月」だからためす?窓全開でとばす?な、何を?こ、これは、ぜんぜん違う歌でした(笑)。
蜂はふつう夜には活動しませんから、もう本当にノリで「Honeybee」って決めたんだと思います。なんとなく性行為を暗示させるよな、いろいろな点で!という感覚の問題でしょう。「ロケット」が男性器のイメージをもつとか「蜜」が分泌液のイメージをもつとか、いろんな意味でいちいち細かい解説を入れるのがためらわれる歌といえるでしょう。そういうものとしてこの文章もお読みいただけると幸いです。い、いや、わたくしここまでわかりやすいと逆に書けなくなるんです。松井さんの比喩はもうちょっと遠かったですから書く隙間があったような気がしたんですが、玉置さんと須藤さんはモロにその隙間をドカンと埋めてきました。
さてロケットがGOしまして曲は急展開、これまで元声ひとつとオクターブ上の声しか入っていなかったボーカルが、普通のハモリ音程になります。これが急に切迫した感じを演出していけません。ああ、始まったか……(笑)。途中でバカげた乱舞とかしてますけど、それもすべて基本行為中です。「別れた女のフリして」は正直意味がよくわかんないですけども、玉置さんほどの遍歴を重ねた情熱家ならばわたくしなどの想像が及ばないいろんな思いが去来するものと思われます、行為中に。
さて曲は間奏、ソロのない間奏で、アコギのカッティングがよく聴こえます。パラパラパラ〜と広がる安藤さんのキーボードもよく聴こえます。この曲はお二人だけで演奏しているのですが、ここからの三曲はほぼこのお二人だけなのです(「愛を伝えて」だけCat Bellsに違うクレジットが入っていますが)。よほど相性がいいと見えます。こんなに玉置さんが一人のミュージシャンと一対一で曲を作り上げたのはBAnaNAさん時代以来ではないでしょうか。こんな感じのキーボード入れたいなあって玉置さんが思うところを安藤さんが勝手に受信して的確に入れることができるくらいでなければ、こういう関係は築きにくいでしょう。「さっちゃんは音楽を作れる仲間だと思った。そういうやつが欲しかった」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)とまで玉置さんに評価されている安藤さんの存在は、この復活三部作の中でどんどんと大きくなってゆくのでした。
二番に入りまして、もちろん話は全然進んでおらず同じような濡れ場が描かれるんですが(笑)、これは二晩のことを歌っているのでなくて、同じ一晩のことを違う角度から描いたってところでしょう。一番ではまだ描写が客観的でしたが、この二番はもはや副詞だけというか、何やってるんだかさっぱりわかりません、「イライラ」はまだわかるとしても、「ブラブラ」「ブルブル」「グルグル」はもはやなんだかわからないし、あまり想像したくもないです(笑)。さほどに強烈かつ直接的でピンポイントすぎて、完全に脳内だけで起こっていることを身体が行っていることから切り離して表現したんじゃないかってくらい、傍からはわかりにくいものです。長嶋監督がバッティング指導するとき「ピャッときてバッと打つ」とか言ってほとんどの選手にはさっぱり伝わらなかったのと同じく(松井選手だけわかった)、天才の感覚的な表現というのは往々にして凡人にはわからないものなのでしょう。榎本喜八選手も現役時代にバッティングのアドバイスを求められ「体が生きて間が合えば必ずヒットになる」などといっていたせいか、あれほどの大打者でありながらコーチや監督を一度も経験せずに亡くなったのでした。玉置さんの天才ぶりは、長嶋榎本レベルか、あるいはそれ以上なのだと思い知らされる歌だといえるでしょう。
そしてサビのあと「Yes, Honeybee」のフレーズを二回繰り返します。「どうしたんだい 元気出して 一緒にいこう」?元気ないんですかね?夜じゅう頑張りすぎたのか、あるいはもう夜は明けていて別の誰かに言っているのか……いやいや!そんなふしだらなことは!(笑)
これも、時系列で考えるべきでなく、相手は同じ、シチュエーションが違っているのに一曲の中で重なる、時間や空間をすっ飛ばした(一人の相手への)強烈な愛情を表現しているものと思われます。あるいは、愛欲とか蜜蜂の労働とかそういう文脈の次元すらも吹っ飛ばして、玉置さんが多くの人たちに「元気出せよ!一緒に楽しもうぜ!」というメッセージなのかもしれません。わたしたちは文脈の中に生きていてあまりそこから離脱しませんので、ちょっと意識を飛ばさないと「そうだ!クヨクヨしてないで楽しまないと!」とは思えないわけですが(あんたいま行為中じゃん!)。
さて曲はいったんブレイクしまして玉置さんのシャウト、そしてギターソロに入ります。一分弱の長いソロです。あまり音程を大きく動かさずチョーキングを多用したエモーショナルなソロです。以前にも書きましたが、ギタリストだとここまで思い切ったソロはなかなか……あちこちのポジションを使って華麗に弾こうなんて思っちゃいますから、これは逆に難しいといえます。そしてアルペジオ、一瞬復活したドラムとベース、またアルペジオに玉置さんの囁き……これは次作『JUNK LAND』にもしばしばみられるのですが、こういう余韻というか、感情の流れ・動きをストレートに奔放に表現した箇所といえるでしょう。
この曲、玉置さんには大きな手ごたえがあったのでしょう。おそらくはお気に入りナンバーとして『安全地帯XIII JUNK』にも安全地帯で再録されています。
価格:2,599円 |