『安全地帯 アナザー・コレクション』八曲目、「チャイナ・ドレスでおいで」です。「プルシアンブルーの肖像」カップリングでした。
80年代、中国はとても縁の遠い国でした。メイドインチャイナの品物もほとんどありませんでした。NIESとかいって、韓国香港台湾シンガポールの製品が激安ショップ(いまでいう100円ショップ)に並んでおり、ネタで50円の電卓買ったら次の日はもう壊れていたなんて話をしているくらいでした。当時小学生〜中学生だったわたしの感覚からすれば、中国ってラーメンマンの国だろ、ついでにいうとインドはレインボーマンの国って認識でした。時代は変わるものです。
ところがそういう古い認識というのは昭和後期特有のもので、日本と中国の交流というのはおそらく有史以前から連綿と続いており、第二次世界大戦を機にほぼ断絶状態となった時期のほうが歴史のごく一部、ほんの一瞬にすぎないのです。わたしの祖父のように中国に出征した日本人もいれば、戦前から続く中華街で飲食店を営む中国人もいました。二国間の往来は有史以来活発であって祖父の世代のほうがよほどグローバル感覚を備えており、田中角栄による友好条約で日中間の行き来が再開したばかりのわたしの少年時代のほうが国際性に乏しい、それが当時の状況だったわけです。
そんな国際性乏しい昭和ヤングのわたしたちにとって、ヨコハマは身近に外国を感じることのできる異国情緒あふれる街でした。あ、いや、わたくし北海道ですから、横浜と函館や長崎の区別があんまりついてないんですけども。「あぶない刑事」を観ていても函館の街をいつでも思いだす、中華街のおいしいもの中継番組を観ていると家族で旅行した長崎の中華街のことを思いだす、そんな横浜素人のわたくしですが、思い切ってこの曲を語ってみようと思います。
いかにも「中国でござい、中華街でござい、今日は香港のお正月」って感じのリフがシンセサイザーで流れてきます。そうそう、春麗ちゃんが「スピン・ターン・キック!」とかいってくるくる回ってそうな音楽、これが当時の中国のイメージです。リズム隊は……「ドゴゴゴゴ!ドゴゴゴゴ!」と、シンセベースですかね?なんか六土さんのベースはたまにこういう音を出しそうで油断ならないんですが、まあふつうにシンセベースでしょう。このシンセベースの低音とシンセサイザーの高音がチャイナ的な演出の根幹を成していますね。ドラムはふつうに田中さんが叩いていると思います。二番に入る間奏で半径の短い……エフェクトシンバルですかね?ブシュ!って高い音を交えて叩いているんですが、これがこの曲におけるチャイナ感をいや増しています。
玉置さんの歌は、松井さんが「彼の好きなことばの遊び」をふんだんに入れて、「男女関係を茶化した」ものです(『Friend』より)。横浜の夜にチャイナドレスを着て赤い靴を履いた令嬢、うん、この時点でもうありえないんですが(笑)、この「ことばの遊び」が全てを浮つかせ、異国情緒と非日常感が絶妙にブレンドし、玉置さんなら、まあ、あるのかもな……?くらいにはリアリティが感じられるわけです。でもまあ、実際には起こりませんよ。驚いちゃうじゃないですか、横浜のホテルで玉置さんとチャイナドレスの女性が「潮風がしみるわね」とか言ってダンスしてたら。中国時代劇で殺し合いの関係として出逢った男女が梅満開の谷間で殺陣やってる間にくるくる回りながらスローモーションになって目が合い、いつのまにか惹かれ合い抱き合っていたなみのバカっぽさです。このあとパーティー組んで荒野を彷徨ってたら洞窟に迷い込んで、洞窟の中で三十年くらい修行している白髪の爺さんに出会いすべての謎、すべての因業を教えられ、すんごい必殺技を伝授してもらってふたりは真の敵を倒しに行く……うん、やっぱりバカだ(笑)。つまり、これはファンタジーなんでしょう。玉置さんならこんなことがあっても不思議じゃない、しかもバカっぽくなくてロマンチックだという、そんなファンタジーの光景を垣間見せる曲になっています。
「いいでしょう」「いるでしょう」「薄化粧」はもちろん、「とまらない(nai)しかたない(nai)愛(ai)」(類似パターンこのほか三例あり)、さらに「さむすぎる」「かみしめる」、どれも韻とリズムがバッチリハマってますね。とりわけファルセットと低音のボーカルが組み合わされたスピードあるサビの急転直下ぶりはスリル満点です。さらに、曲が違うことも無視していいとするなら、A面の「プルシアンブルーの肖像」で「はなせない」「はなさない」ってやってましたから、また「〜ない」かよ!と一枚で二度おいしいシングルとなっています。
それまで余裕こいて「カタカナ気分」とか糸井重里「じぶん、新発見。」なみのわけのわからないことを言っていたのに「もうとまらない!」と一気にヒートアップします。サビのギターがカッティングと小節終りの「チュクチュン!」で切迫感を演出しますね。これ、ワウ使っているんじゃないかな、と思います。クライベイビーでクワ〜!って感じでなく、軽ーくチャカポコやってる感じですね。
ギターの見せ場はソロです。シンセで四小節ばかり不穏な間をとってから最初のオクターバーとオーバードライブでチャイナ的なフレーズを弾くのが矢萩さん、それを受けてクリーンな音、これまたオクターバーかけた感じの音で返すのが武沢さんで、『安全地帯IV』の「デリカシー」に似たツインギターの掛け合いになっています。
そしてまたファルセットのチャカポコサビ「すぐさわらない」です。焦らすなって(笑)。なにせ「あなたひとりをかみしめる」ですから、チャイナドレスの女性はかなーり慎重にゆっくり迫られることと思います。「異人」がその薄化粧にざわめくという描写があるのですが、これは難しいですね。ナチュラルメイクすぎて外国人の方が驚くとか、そんなベタな話ではないと思うんですけども、というかそんなの驚く要素がないです。これは「薄化粧」の女性が美しすぎるとか妖艶すぎるとか、そんな意味でしょう。だから彼女はチャイナタウンのヒロイン、注目の的なのです。チャイナドレスからこぼれる脚線美が揺れるたびいちいち周囲の空気が動きます。そんな彼女が、玉置さんの前でだけ生まれたままの姿をさらけ出します。そして「いイィ〜よお〜」とささやくように歌う玉置さんの腕の中で、「想い出の抱きかた」に泣く……なんてこった、もはや国際性関係ない!わたくし落語でいうところの枕を間違ったようです(笑)。横浜だろうが中華街だろうが、日本だろうが中国だろうが、昭和だろうが令和だろうが男女ってのはあんまり変わらないねってオチにしようかと思ったんですが、書いてみるとバランス悪いことこの上ないです。
「Hong Kong」の記事で書いたのですが、安全地帯は中国、とりわけ香港では大人気でして、札幌のホームセンターで安全地帯BESTのカセットテープ香港版が逆輸入で売られていたくらいです(日本のとは違って「夢のつづき」が収録されていたのを覚えています)。なにも音楽にチャイナ感を出さずとも安全地帯の音楽はチャイナで大人気だったのですが、この「チャイナ・ドレスでおいで」は中国のファンにはどんなふうに聴こえていたんだろう?とちょっと興味ありますね。2000年ころだったでしょうか、香港のファンとメール交換していたこともあったんですが、もうメールもアドレスも失われてしまいましたから訊きようがないんですけども……。私の予想では、BON JOVIの「TOKYO ROAD」みたいに聴こえていたんじゃないかと思います。あのさあジョン、「さくらさくら」は確かに日本っぽいけどさあ!これじゃ小学生の音楽教科書だよとツッコミ入れたくなりますよね、あれ。アメリカ人にとっての日本の「ゲイシャ、ハラキリ」みたいなもので、日本人にとっての中国ってのはよくわからない国でした。知っている特徴を挙げてみたらラーメンとギョーザと清服といったように、興味があんまりないせいで認識がズレていたのです。それが悪いことであるわけでないんですが、平成後期以降の中国という工業大国を見る目、一種独特の威力を体感している目とはまるで違う、なんだか呑気な目で見ていられた平和な時代だったなあ、とこの曲を聴くと懐かしく思えてくるのです。
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ドラムがいちばん肝心な気がしますが、バンドサウンドで中国を感じさせるって至難の業な気がします。わざわざやるのがすごい、遊び心と余裕、おっしゃるとおりだと思います。安全地帯のB面はだから面白い……。
今この歳(もうすぐ50)になるとチャイナドレスの美しさに惹かれます。この曲はプルシアンブルーを発売日に買いに行き、自室にこもりシングルレコードに針を落とし、友達の真似をして粉のレモンティーなんかを片手に良く聴きました(笑)2番の後の、ドラムの田中さんの太鼓の流れるようなテンパレー?的なおかずが好きでした。
リズムは明るい安全地帯の王道パターンで、サビは高く裏声を駆使し、ちょっと変わった感じ。
旨いなぁ、当時人気実力共に絶頂期の余裕を感じさせた1曲と思います。ありがとうございました。