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2018年06月06日
プラハ駅前観光反対側(六月六日)
プラハでの用件が予想外に早く終わったため、帰りのペンドリーノまでの時間が三時間ほど空いてしまった。もちろん便を変更するのは可能だったはずだが、面倒くさかったしペンドリーノを使うこと自体も目的の一つだったからそのままにして、ノートPCの入ったカバンを抱えて散歩することにした。
プラハの中央駅を出て左側、つまりバーツラフ広場に向かう方向は、これまで何度も歩き回ったけれども反対側に足を伸ばしたことは、少なくとも最近はなくどんなものがあるのかまったく知らない。トラムで通ったときにマサリク駅があるのは見ていたから、最初の目的地は、チェコスロバキア第一共和国の初代大統領の名前を冠した駅にする。
マサリク駅は、これまで何度か廃止の話も出ていたと記憶するのだが、プラハから出る近距離の各駅停車用の駅である。特に東、北東に向かう電車が多いのかな。西に向かうのは、スミホフの駅から出るはずだし、中央駅から出る各駅停車もあるので、各駅停車ならすべてマサリク駅ということにはならないのである。オロモウツに向かう電車はすべて中央駅から出るから、使う理由もないのだけど、昔初めてチェコに来て旅行をしていたときには、何回か使ったような気もする。他にも最近名前を聞かなくなったホレショビツェの駅から電車に乗ったこともあるのだけど、あれはどこに行くときだっただろうか。
とまれ、駅前の公園を抜けてトラムの停留所のところまで歩く。そこで左に曲がると駅の裏側、ビノフラディのほうに向かうことになるので、左斜め前の通りに入る。ここも駅前から続くオプレタル通りのようである。オプレタルは確かナチスがチェコの大学を閉鎖したときに虐殺されたカレル大学の学生である。その通りの突き当りがすでにマサリク駅で線路の向こうには、フローレンツのバスターミナルと思しきものも見えている。
通りの突き当りを左に曲がって駅の外壁沿いに歩いて、最初の角を右に曲がると、マサリク駅の入り口である。ドアを開けて中に入るとすぐにホームが見えるというつくりで、中央駅のような駅舎は存在しないようである。おそらく、だから簡単に取り壊して近代的な巨大な建物を建てようという計画がしばしば現れるのだろう。外れのほうとはいえ、旧市街の一角をなす建物なので、なかなか最終的な許可が下りないみたいだけど。ブルタバ川沿いの踊るビルは例外中の例外なのである。あれはハベル大統領が……。
マサリク駅は終着、始発の駅で、ホームは完全に行き止まりになっている。確か数年前にホームに入ってきた電車が、ブレーキの不調か運転士のミスかで止まり切れなずにホームに乗り上げるという事故を起こしていた記憶がある。チェコの鉄道も以前に比べると格段に安全に力を入れるようになっていて、ヒヤッとするシーンは減っているのだけど、ときどきこんなことが起こる。最近も旅客列車と貨物列車が線路の合流点に同時に入ろうとして、激突寸前で停止に成功したなんて事故が起こっていたし。
マサリク駅を越えるとちょっとした広場のようになっているところに出る。そこを越えたところの交差点をわたったところに「café」の看板が出ていた。喫茶店で一休みするのも悪くないと思ったのだが、妙に高級そうな雰囲気である。よく見たら「カフェ・インペリアル」というお店で、プリマで料理番組を持っているチェコでは最も有名な料理人のスデニェク・ポールライフがやっているレストランじゃないか。コーヒー一杯だけでも高そうだから、外から見るだけでいいや。
ポールライフの番組は、今でもしばしば見かけるのだけど、再放送なのか新しい番組なのかよくわからない。経営の思わしくないレストランを立て直すためにチェコの各地に指導に出向く番組は、多分イギリスの番組のフォーマットを購入して制作されたものだと思うけれども、チェコではなかなか新鮮で結構真面目に見ていた。ただ料理番組は飽きてしまうのである。それで最近は見なくなってしまった。
それはともかく、この日のプラハ駅前散歩で、旧市街的な建物の並んでいる部分の外側に古い建物に挟まれて近代的なオフィスビルっぽい建物があって、その一階部分を中国系の銀行が占めていることに気づいてげんなりしてしまった。他にもあれこれ小さな発見はあったのだけど、観光客の波に襲われた中心部よりも、境界領域のほうがプラハは魅力的だということを再確認することができた。もちろんオロモウツはその上をいくわけだけどね。
2018年6月6日0時20分。