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2017年01月25日

診察料、あるいはポピュリズムの権化(正月廿二日)



 チェコの健康保険制度は、原則的に診察料の加入者負担がないので、月々一定の保険料を払っていれば、何回病院に行ってもお金を払う必要はない。この手の手厚い医療制度は、共産主義時代の名残なのだろうか。その結果、健康保険のシステムは、国の支援、税金の投入なしには存続できないような状態になっており、病院の経営も悪化し、開業医は過労にあえいでいた。

 そのかなり壊滅的だった状況を打開する最初の一歩として登場したのが、数年前の診察料の導入だった。基本的に市民民主党はまったく支持する気にはなれないのだが(他の政党がまともかと言われれば、目くそ鼻くそと答えるしかないのだけど)、このチェコには珍しい高く評価できる政策を国会で成立させたのは、市民民主党の党首が首班の政府であったと記憶する。
 診察料といっても、日本のように二割負担とか三割負担というものではなく、医者にかかったときに、一律で三十コルナの支払いを求められるようになっただけだ。ただ、医者に行っても払う必要があるときとないときがあって、ある問題で最初に医者にかかったときには求められ、同じ問題で二回目の場合には払わなくてもいいという制度だっただろうか。他にも、救急車で運ばれた場合、つまり急患の場合には九十コルナ、入院の場合には一晩百コルナというものもあった。急患と入院は額が逆かもしれない。

 一人当たりわずか三十コルナとはいえ、それまで保険会社に支払いを請求して支払われるのを待たなければいけなかったのが、診察直後に入って来るお金ができたことで、病院の経営の健全化に寄与し始めていた。また、診察料のおかげで、それまで大したことのない病気で、診察のためというよりは、半分世間話のために医者を訪れていた患者が、一気に減ったことで、一般の開業医に押し寄せる患者の数が減り、医者の仕事が多少楽になるとともに、保険会社が医者に支払う診療報酬も減り、赤字の削減にもつながったらしい。
 保険無しで歯医者にかかって全額支払っても、日本で保険に入っていて支払う金額よりも安かったので、三十コルナの診察料を払うのには全く抵抗はなかった。逆にこんなに安くていいのかと言いたくなるぐらいだった。ただ、医者にかかるのにお金を払わないことに慣れたチェコ人には不評で、社会民主党や、共産党の国会議員たちが、撤廃を求めて法案を国会に提出したり、憲法裁判所に提訴したりするという不毛なことをしていた。

 以前、腎臓結石で救急車で運ばれて、二泊ほど入院したときには、すでにこの診察料が導入されていたので、支払うことになった。支払う段になって、病院の人が信じられないことを言い出した。入院した病院のある南モラビア地方では、救急車で運ばれた分や入院の分も合わせて、この手の診察料は地方政府に負担を求めることができるというのだ。正直、何じゃそりゃである。
 しかも、地方政府が負担する場合には、地方政府からの寄付を受け取るという書類にサインする必要があるという。書類手続きが発生するということは、その書類を処理する仕事が発生するということである。病院側でもお金を受け取って記録するだけだったのが、自分で支払った人、地方政府の寄付を受け入れた人と別々に処理し、寄付を受け取った人に関しては、いちいちサインを求め、サインされた書類を、地方政府の担当部署に送る必要があったはずである。地方政府の側でも、提出された書類をバインダーに挟んでおしまいというわけにはいかなかっただろう。地方政府の負担は、診察料だけではなかったのである。
 これは、南モラビアや中央ボヘミアなどの、社会民主党の政治家が知事を務めていた一部の地方で導入された制度なのだが、社会民主党ではこれを地方議会の選挙で勝つための公約として掲げていたんじゃなかったか。選挙で訴えていたのは診察料を有名無実にするための別の方法で、選挙後それが法律上不可能だということがわかって、この制度になったのかもしれない。とまれ個人が払うべき診察料を地方政府が予算の中から負担するというのは、問題なかったのかね。

 社会民主党の政治家たちが、財務大臣のバビシュを、ポピュリストだと批判するとき、いつもこの診察料のことを思い出して、お前らの言えることじゃねえだろうと考えてしまう。選挙に勝つために、せっかく健康保険がいい方向に回り始めていたのに、その原因となった制度を骨抜きにしようというのだから、これを人気取り政策と言わずして、何を言うのだろうか。バビシュが提言した生ビールの消費税率を下げようというのよりも悪辣で露骨なポピュリズムの発露である。
 そして、社会民主党が中心となった連立政権が成立すると、真っ先にこの診察料の廃止が決められた。急患と入院時のどちらかは、今でも残っているかもしれないが、チェコの医療制度の状況が元の木阿弥に戻ってしまったことは否めない。
 チェコの政党は、バビシュのANOはもちろん、共産党も含め、なべて選挙が近づくと有権者に媚び始めるポピュリズムに犯されているのである。政党間にあるのは程度と方向の差であって、それはもう五十歩百歩としか言いようがない。選挙という制度が、一種の人気投票である以上、人気取りに走ってしまうのは、仕方がない面はあるのだろうけど、だからこそ、選挙に負けた側が相手をポピュリズムという言葉で批判することの滑稽さが増幅されるような気がする。

 えっ? 入院したときの診察料、どうしたかって? もちろん自腹で払ったに決まっている。高々三百コルナ、税金で面倒見てもらうほど落ちぶれた覚えはねえや。オロモウツ地方在住で、南モラビア地方の財政には全く貢献していないはずの人間が、もらっていいものでもなかろうということも考えたけどね。
1月23日23時30分。


posted by olomoučan at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | チェコ
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