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2016年10月11日
選挙の日(十月八日)
日本の選挙運動は、言わば押し売り型で、頼みもしないのに、候補者が家の近くにまで選挙カーに乗ってやってきたり、通勤に使う駅前に出没したりして、聞きたくもない話を聞かされてしまう。だから選挙期間に入れば、すぐにうんざりした気持ちと共に選挙が近づいていることを理解させられる。それに対してチェコの選挙運動は、イベント型なので住宅地にまで選挙カーが入ってくることはない。いや選挙カー自体が存在しない。かつてゼマンバスというのはあったけれども、あれは移動の手段であって、移動している姿は見せても、移動しながらマイクで叫ぶようなことはなかったはずだ。
だから、特に今回は、上院と地方議会の選挙ということで盛り上がりに欠け、オロモウツでも上院議員の選挙が行なわれるようだが、選挙が近づいているという実感は持ちにくかった。仕事帰りに街中を通れば、ホルニー広場では、誰かが大声で話しているのが聞こえてくることが多かったが、中央にある市庁舎の反対側を通ることが多く、何を言っているのかわからなかった。一度、極右に近いと思しきグループが演説しているのに出くわしたけれども、遠巻きに見ている人は数人いても、縁者の前で聞いている人は誰もおらず、一番数が多かったのは警備の警察官だった。九月末のことだから、あれも選挙運動の一環だったのだろう。
全国で行なわれる下院の選挙だと、もうすこし大々的に選挙運動が行なわれて、選挙に付き物のグラーシュを食べさせたり、選挙グッズを配ったりするのだけど、最近いろいろな事情で政党にお金がないせいか、以前と比べると選挙運動の規模が縮小しているような気がする。チェコ社会民主党は、前回の下院の総選挙でかなりの額の借金をして、返済が大変だったようだし、90年代に党本部の建物の所有権を巡る裁判で雇った弁護士から、謝礼の不払いで起こされた裁判に負けて、遅延によるペナルティも含めて多大な額を支払わなければいけないことになっている。
資金的に余裕があるのはバビシュのANOぐらいなのだろうけど、最近はバビシュ対策で、政党が選挙に掛けられるお金の上限を決めるとか、政党への寄付の上限を決めるとかされているので、資金力をほしいままには振るえなくなっているようだ。それに、この政党は、道路わきの巨大なビルボードにポスターを貼ることに力を入れているように見える。
選挙が行なわれるというのは、自宅の郵便受けに候補者の宣伝の紙が放り込まれたり、階段に投票用の候補者リストの入った紙が積まれたりしているのでわかっていたが、実際にいつ選挙が行なわれるのかは実感をもてないまま、気が付いたら選挙が始まっていた。チェコテレビの選挙前の特集番組も木曜日には党首を集めたスーパー討論会になっていたなあ。チェコ人も、と言うべきか、チェコテレビもと言うべきか、日本と同じで、いや日本以上に選挙が好きである。政見放送はない代わりに、水曜日までは、議席を得る可能性のある政党の代表を集めた討論番組を、毎日一地方ずつに放送していたのだ。
チェコの選挙は、金曜日に始まる。金曜日は午後二時から十時まで、土曜日は午前八時から午後二時までが投票所が開いている時間である。会場となるのは、地方自治体の役所、学校など日本と大きな違いはない。ただ体育館ではなく普通の教室を使うため、金曜日は朝から投票所の準備が必要になり、会場となった学校は休みになるらしい。台風による臨時休校なら体験したことがあるが、選挙による臨時休校とはうらやましい話である。
また、選挙管理委員の役をするのは、役場の職員が多いようだが、数が足りない場合には一般の人が選ばれて務めるようだ。多少の謝礼はもらえるようだけれども、二日合わせて十四時間ひたすら座っていなければいけないのは、あまり魅力的なアルバイトではなさそうだ。近年は投票率の低下がひどいので、待ち時間のほうが手続きをしている時間よりも圧倒的に長いに決まっている。昔、まだチェコ語の勉強をしていたころ、知り合いが選挙前の木曜日の夕方、実家のある町で選挙管理委員に選ばれたからと言って、嫌そうな顔で駅に向かっていたのを思い出す。
それから、共産主義時代は、投票率ほぼ百パーセント、共産党の得票ほぼ百パーセントという数字をたたき出すために、病院や老人ホームは当然のこと、交通の便の悪い家庭や、病気で寝込んでいる人のところにまで、投票箱を運んで投票を強要していたらしい。その名残なのか、事前に希望すれば老人ホームの入居者や、入院中の患者は投票所に出かけることなく、出張してきた選挙管理委員の立会いの下で投票できるようになっているようだ。
本来は、選挙の投票だけではなく、そろそろ自動車のタイヤを冬タイヤに交換する必要もあるので、今週末にうちのの実家に出かける予定だったのだけど、二人とも体調不良でオロモウツに残ることになってしまった。それで、選挙用に配られる候補者の名簿などあれこれ再確認して詳しい記事を書くことができなくなってしまった。来年まで書き続けることができていたら、来年の下院の選挙で再挑戦だな。
結局投票率は、全国平均で地方議会の選挙も、上院議員の選挙も35パーセント弱で、有権者のほぼ三分の二が投票に行かないという結果に終わった。選挙と同時にいくつかの町では、住民投票も行われていたが、ブルノでは有効とみなされる有権者の35パーセント以上という条件を満たすことができず、住民投票は無効となった。ブルノでの住民投票は、ここ廿年ぐらい議論が続くだけでまったく解決に向かっていない中央駅の移転先についてであったが、移転なんか不要だと考える人が多いということか。いや、一般的に政治に関する関心が低下していると考えたほうがよさそうだ。まあ、こんなのが、日本とも大差のないヨーロッパの民主主義の現状なのである。
10月8日22時。