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2016年10月06日
高千穂遙(十月三日)
生まれて初めて作家のファンであることを意識し公言したのは、『クラッシャージョウ』の作者高千穂遙についてだったと思う。田舎の品揃えの悪い本屋で手に入るのは、今はなきソノラマ文庫の『クラッシャージョウ』シリーズと、ハヤカワ文庫の『ダーティペア』シリーズぐらいだったが、この作家から濫読の道に入ったことは、我が読書の幅を広げてくれた。
最初に読んだ『クラッシャージョウ』は、いわゆるスペースオペラで、特にこむずかしい科学理論やSF理論なんか気にせずに楽しく読める作品である。以前、いずれかの巻の発売当時のSFマガジンの書評で、ご都合主義に過ぎるみたいな批判を見かけたが、無意味な批判である。
娯楽小説は、いや一体に小説というものは、多かれ少なかれご都合主義的な偶然に支えられているのだ。問題は、ご都合主義的な展開の結果、作品が面白くなったのか、ご都合主義過ぎて興ざめでつまらなくなったのかという点にある。その点、『クラッシャージョウ』は、少なくとも中高生にとっては最高に面白かった。
その後、『クラッシャージョウ』の外伝と『ダーティペア』の作品で、同じ事件を両者の側から書き分ける、しかも三人称と一人称で書き分け、どちらも十分以上に面白い作品に仕上げるという荒業を見せてくれた。片方を読んでしまったから、もう片方の作品がネタバレでつまらなくなるということも、片方しか読んでいないから話がよくわからないということもなく、両方読むとさらに面白くなるという魔法のような作品であった、というとほめ過ぎかもしれないが、他のどの作家にこんなことができるだろうかと考えてしまう。
『ダーティペア』の作品の解説に、確か野阿梓だったと思うが、高千穂遙は通俗的であると、文学では本来否定的な意味で使われることの多い「通俗的」という言葉を使って絶賛していたのを覚えている。このあたりは半村良が自分の作品を文学なんかではないといって誇っていたのと通じるものを感じる。SFに文学的真実なんぞ求める気はないし、面白すぎるという言葉が批判になっていた純文学の本を読むのをやめたのも、高千穂遙のすごさを再発見したのがきっかけになっているような気もする。
欠点がないかというとそんなこともなく、ちょっと自分の趣味に入れ込み過ぎて趣味丸出しの小説を書くのはどうなんだろうと思わなくもない。大半は面白いからいいのだけど、ときどき、えっって言いたくなるような描写が登場することがあるんだよなあ。
ヒロイック・ファンタジーの『美獣』や、古代ギリシャ・ローマ的な世界を舞台にした『黄金のアポロ』なんかに、筋肉の名前が出てくるのは、かなり違和感があった。日本語で言われてもカタカナで書かれても知らんし。『美獣』はともかく、結局『黄金のアポロ』は、SFでプロレスを書くための作品だったんだろうなあ。まあ、作品としては、ラジオドラマも含めて楽しませてもらったから、文句はないのだけど。
オートバイに凝っていた時期には、『夏・風・ライダー』という正統派のバイク小説を書いている。鈴鹿の四時間耐久を舞台にしたこの作品は、森雅裕の『マン島物語』と並んで、我が二大バイク小説である。バイクレースを題材にした小説は他にもあれこれ読んだけど、この二冊に勝るものはないと断言しておく。
ただ、高千穂遙、『狼たちの曠野』なんてのも書いてるんだよ。神殿に祈りをささげると、バイクが出現するなんて話、よくぞ出版できたと思う。作中には執筆当時のバイクが、ホンダもヤマハもみんな実名で登場するし、その事実の衝撃の大きさに、話の内容をほとんど覚えていないほどである。この本を喜々として読んでしまった以上、異世界に転生しようが、転生した世界がゲーム世界であろうが、異世界の設定が意味不明であろうが、小説として読んで面白いストーリーになっていれば、どんなものでも読めてしまうのである。
他にも中国拳法に入れ込んで、『ドラゴン・カンフー』『魔道神話』シリーズや、『神拳李酔龍』シリーズなんか書いてしまう。『神拳李酔竜』は、『ダーティペア』と同じ世界を舞台にしたスペースオペラで、宇宙で「ロミオとジュリエット」をやってしまうような、いい意味でとんでもない作品で大好きだし、『魔道神話』はインド神話に目を向けるきっかけにもなったから、いいんだけどね。あれ、裏社会で行われる格闘技の賭け試合を描いたシリーズもあったなあ。巻ごとに主人公が変わって、いつまで続くのか、次はどんな格闘技が中心になるのか楽しみにしていたら、三冊目でかなり強引な終わり方をしたんだよな、確か。あれはちょっと残念だった。
最近は自転車にのめりこんで、自転車小説を書いているみたいだけど、こちらにはまだ手を出していない。日本に行った知人に買ってこさせるほどではないしね。それにしても、実益を兼ねた趣味という点で、高千穂遙に勝る作家はいるのだろうか。
半村良のような多作の作家と比べると作品数はそれほど多くないが、日本にいる間に発売された作品については、一部を除いて、すべて購入して読んだ。数年前に一時帰国した際には、ハヤカワ文庫に移籍した『クラッシャージョウ』の新作を発見して狂喜して購入しちゃったし、今でもついつい読んでしまう作家である。今後も機会さえあれば読み続けるのだろう。
では、一番好きな高千穂遙の作品はと問われたら、やはり出会いの作品である『クラッシャージョウ』になるのかな。いや『神拳李酔竜』のあの独特の味も捨てがたいんだよなあ。いずれにしても、高千穂遙は、私にとってSFの、SFの中でも特にスペースオペラの作家なのだ。
10月4日16時30分。
これは未読。10月5日追記。