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2016年04月21日
チェキアってどこ?(四月十八日)
日本語で、チェコ共和国といい、チェコと言う。チェコ共和国が正式名称で、チェコが略称ということになる。チェコではここしばらく、この略称チェコにあたる言葉をどうするかで議論がかまびすしい。どうも、日本語のチェコにあたる言葉がないわけではないけれども、公式には認定されていないらしい。こんなの「にほん」と「にっぽん」の違いと同じで、特に公認する必要もないし、公認されたところで、それを実際に使うかどうかはまた別問題だと思うのだが、チェコでは微妙に事情が違うようだ。
日本では、恐らく外務省によって決められた公式の名称は、チェコではなく「チェッコ共和国」である。しかし、日本でその呼称を、略称である「チェッコ」も含めて使う人はいないし、外務省自身も、元首の公式訪問などの場でもない限り使用することはないはずである。このあたりの日本のいい意味でのいい加減さは失われてほしくない。
しかし、考えてみると、日本語の「チェコ」という名称にも問題がないわけではない。1993年のいわゆるビロード離婚以前は、チェコスロバキアという国であった。チェコ語、スロバキア語では、チェスコスロベンスコと呼ばれていたこの国の、英語名からカタカナ化して日本語として使っていたわけだ。そして、チェコスロバキアという名前が一口に言うには長すぎるため、「チェコ」のみで、チェコスロバキアを表すこともあった。かつて、日本の人がスポーツなどでチェコスロバキアを応援するときに、「チェコ」としか言わないのに、微妙な気分になるというスロバキアの人の話を聞いたことがある。それに今でも年配の日本人の中には、「チェコ」と言えば、チェコスロバキアの略だと思っている人もいる。
その本来チェコスロバキアを指す略称であった「チェコ」が、チェコとスロバキアが分離したときに、現在のチェコの部分のみをさすように使い方が変わったのである。その際、チェコでは問題となったモラビア、シレジアはどこに行ったのかという疑問は、日本語では必要なかった。なぜなら、チェコ語で「チェヒ」と呼ばれる部分はボヘミアというため、チェコ全体を指す「チェコ」との類似性が発生しないからである。
1993年にチェコとスロバキアが分離したときにも、この問題が議論の対象となり、「チェスコスロベンスコ」の前半「チェスコ」を、チェコ共和国(「チェスカー・レプブリカ」)の略称として使おうという意見があったらしい。しかしチェコでは、ボヘミア地方を「チェヒ」といい、それから派生した形容詞「チェスキー」、それが別の形容詞につながるときの形である「チェスコ」という言葉にには、ボヘミア臭が強すぎて、モラビアやシレジアの存在が消えてしまうという人がいるのである。その大半は、モラビア、シレジアの人であろうが、ハベル大統領もチェスコを公式の名称にするのは抵抗があると言って反対していたようである。
このボヘミア、モラビアの地域間の対立は、最近は和らいでいるような気がする。チェコのサッカー協会は、以前は、ボヘミア・モラビアサッカー協会が正式名称だったが、数年前にチェコ共和国サッカー協会に改称された。2000年ごろには、それこそ、ボヘミア協会とモラビア協会に分離して、リーグ戦だけ、共同で開催するようにしようかという案もあったのである。ただ、協会が分かれた場合には、代表チームも別々に組織しなければいけないということが発覚して撤回されたけれども。
スロバキアとの分離独立から四半世紀近くたった現在では、さまざまなメディアで「チェスコ」という表現が、所与のものであるかのように使われるようになった結果、「チェスコ」に反対する人は、減っている。それでも、反対という人はいて、「チェスコモラフスコ」はどうだなんて声もあるのだけど、それでも、シレジアはどこに行ったのかという批判には答えられないし、長すぎて略称がほしいという点では変わらない。
さらに問題をややこしくしているのが、この際英語での略称も決めようという主張である。英語には「チェコ共和国」という正式名称しか存在しないために、ビジネスの話をするときに苦労するなんて話には、あほらしいとしか思えなかったが、長野オリンピックの時のホッケー代表のユニフォームに、煩雑さを避けるために「チェック(Czech)」としか書かれていなかったという話には、英語でも略称があったほうがいいのかなとは思わされた。いや、正直に言えば、世界が画一化していくことを嫌う私にしてみれば、多様性を保つためにも、英語じゃなくてチェコ語で書けばいいだけの話じゃないかというところなのだけど。
その議論のなかで、「チェスコ」の英語バージョンとして推す人が多いのが「チェキア(Czechia)」である。上記の「チェスコ」と同じ理由での反対とは別に、問題が一つある。それは発音がわからないという点である。提案している人たちは、明確に「チェキア」と発音し、そのように読ませたいらしいのだが、意見を述べている人たちの中には、チェコ語風に「チェヒア」と読んでしまう人もいたし、何も知らない日本人だったら、「チェチア」とか読んでしまいそうである。
英語の名称では、ポーランドの例に習って、「チェックランズ」というのはどうだろうかという意見があった。複数形にすることで、ボヘミア以外の領域があることも主張できるということらしい。うーん、英語は使わないからどうでもいいと言えばいいのだけど、どちらもさして魅力的に響かない。どちらかを選べと言われたら、「チェックランズ」のほうがいいかなあ。ちょっと長いけど。
ここ一週間ほどの間に、何度もテレビのニュースで取り上げられ、特別番組の中で専門家たちの議論が行われているのだが、どうも国会で審議するらしい。国の略称なんて、それこそ定着途中の「チェスコ」と同じように、使用されているうちに自然に定着するものなのではないのだろうか。
現在チェコの外務省が焦って国定の英語における略称を決めようとしているのは、それを国連の加盟国の名称一覧に登録するためらしい。他の国は、例えばスロバキア共和国が正式名称ではあっても、スロバキアという呼び名も登録されているため、正式に国名としてスロバキアも使えるが、チェコは登録された略称がないため、つねにチェコ共和国を使用しなければならないのが負担なのだそうだ。
チェコの国会も暇なのかねえ。不法移民問題など審議しなければならないことは山のようにあるはずなのだけど。仮にこの提案が可決されて、英語での正式の略称が「チェキア」になった場合、チェコ政府は、すでに定着した表現を持つらしいフランス語、ドイツ語以外の言葉で「チェキア」を使うように求めるのだろうか。グルジアが「ジョージア」と呼ばれることを求めた例もあるし。
日本人の適当さを考えれば、求められて日本政府がそれを受け入れたとしても、私も含めて大半の日本人は「チェコ」を使い続けるだろう。「チェキア」なんて魅力的に響かない名称が、定着して久しい「チェコ」を押しのけうるとは思えない。いや、いっそのこと、英語での正式の略称も「チェコ」にしてしまえばいいのだ。「チェコスロバキア」の前半部分という点では、英語も日本語も変わらないのだから。
それがだめなら、現地の呼称を優先するという近年の傾向に則って、英語でも「チェスコ」でいいじゃないか。それなら、日本語でも使ってもいいと思えるし、同じ場所なのに、使用言語によって呼び方が違うというのは、いい加減やめてもらいたい。チェコ語でコリーンと言われて、プラハの近くのトヨタの工場のある町だと思ったら、実はドイツのケルンだったなんてのを、そろそろどうにかしてくれないものだろうか。今の状況が歴史的な経緯の中から生まれてきたものだということは、重々承知しているのだけれども。
4月19日18時30分。