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2016年04月01日

チェルナー・ホラ――チェコビール列伝(三月廿九日)



 中国の習近平国家主席のチェコ公式訪問に関するニュースの一つに、看過できないものがあった。スラビアが中国企業に買われたのは許そう。サッカーのチェコ代表のスポンサーに中国企業がついたのもいい。いくつかのビール会社が、中国資本に買収されたのもぎりぎり許容できなくはない。でも、でもである。どうして、買収されたビール会社の中に、チェルナー・ホラがあるんだ。これは許せん。チェルナー・ホラがチェコの別のビール会社ロプコビツに買収された時点で気に入らなかったのだが、「貴族のビール」「ビールの中の貴族」とか偉そうなこと言ってるんだったら、共産主義の労働者階級に買収されんじゃねえよ。いや、ロプコビツが身売りしたことはいい。たいしたビールじゃないし。でも、チェルナー・ホラを道連れにするんじゃねえ。

 ちょっと取り乱しぎみの書き出しになってしまったことからもわかるだろうが、チェルナー・ホラのビールには思い入れがある。まだチェコ語を真面目に勉強していたころに、勉強しながら一番よく飲んでいたのがこの会社のビールだった。学校の近くにあったチェルナー・ホラを飲ませるレストランの入り口近くの席が、チェコのレストランにしては明るく勉強するにはちょうどよかったため、かなり頻繁に通っていたのだ。
 この会社のビールは、好みが分かれるビールである。チェコのビール会社の例に漏れず醸造前の糖度で分類されたビールが、10度、11度、12度、14度と四種類置かれていて、その中から毎回三種類のビールを一杯ずつ飲みながら勉強していた。10度のタスは、初めて飲んだときは何と言っていいのか言葉が出てこなかった。特に美味しいと思ったわけではないが、何度も飲んでいるうちに癖になるような味だった。
 一番美味しいと思ったのは14度のクバサルだった。このビールは、なんと蜂蜜を加えて醸造したというビールで、濃厚な味が冬の寒い中に飲むのに合っていた。あの年の冬は非常に寒く、冷たい普通のビールを飲むのは辛いと思うこともあったのだ。毎回、このレストランに行くたびに、必ず一杯はクバサルを飲んだものだ。最初にするか、最後にするかそれが問題だったのだけど。ちなみにこのビール、チェルナー・ホラの醸造所で開発したものではなく、自宅でビールの醸造をしている人が、自分用に開発したレシピを買い取って生産するようになったものらしい。
 そのレストランも今はなく、よく買い物に行くスーパーマーケットの近くにあったピボテーカというチェルナー・ホラのビールを扱うお店も移転してしまって、久しく飲んでいないが、ミニビール醸造所のビールに通じる個性あるビールだった。そういえば、ピボテーカで買った薬草のビールというとんでもない味のビールもあったなあ。さすがに不評だったのか、製品ラインナップからは既に消えているようだけど。

 ブルノから30Kmほど北に行ったところにある山間の町チェルナー・ホラでは、すでに1298年にビールが作られていた証拠があるらしい。当時は、意外なことにチェコにも足跡を残しているテンプル騎士団の関係者が生産し消費していたようである。チェルナー・ホラの看板にはこの1298という数字が書いてあるが、もちろんこの時代のビール生産者と現在の会社が直接つながっているわけではない。
 共産主義の時代には、国の都合であれこれ変更はあったものの大半は、ブルノの国営ビール製造企業傘下の一工場としてすごし、1990年代中盤に独立したビール会社として民営化されたらしい。それが、2010年にロプコビツというビール会社に買収されてしまった。最近チェルナー・ホラの看板に小さくロプコビツのロゴが入っているのを見つけて、チェルナー・ホラという会社の個性が失われないことを願わずにはいられないと思っていたら、親会社が中国企業に買収されたというのだ。これは、ピルスナー・ウルクエルが南アフリカビールの子会社になっているということを知ったのよりもショックかもしれない。

 今確認したら、ロプコビツの傘下には、チェルナー・ホラだけでなく、イフラバのイェジェクや、フリンスコのリフターシュ、プロティビンのプラタン、ウヘルスキー・ブロットの醸造所など、七つのビール会社があるようだ。これがまとめて中国企業に買収されたかと思うと暗澹たる気分になる。チェコの誇りであるビール業界に、こんなに外資を導入してどうするんだろう。株主の効率化の圧力で、伝統的なチェコのビールの美味しさが失われることを危惧するのみである。
 ああ、そうか。2000年代に入って増え続けているミニ醸造所付きのレストランは、チェコ人が外資系ビールの増加に対して抱いている危惧の現われなのだ。つまり、チェコの誇りは、共産主義にも、資本主義にも負けずに続いていくということか。

3月30日23時。



 チェルナー・ホラにあるホテルは一軒しか出てこなかった。名前が「スラドブナ」、つまり大麦の麦芽を生産するところなので、ビール工場の中にあるのかもしれない。値段はちょっと高めだけど。3月31日追記。




posted by olomoučan at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Pivo
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マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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