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2016年04月08日
クリーシュチェ(四月五日)
四月になって気温が上がり、春と呼んでもいい季節がやってきた。チェコは薄着の人が多いので、半ズボンにTシャツ一枚で動き回っている人も見かける。実際は、そこまで暖かいわけじゃない。それにしても、日本と違って花粉症が存在しないのが非常にありがたい。いや、存在はするけれども、自分には関係ないのがありがたい。最近、ちょっと鼻がむずむずしてくしゃみが出ることがあるけど、これは季節の変わり目で風邪気味だと思うことにする。
暖かくなると公園の芝生の上で寝転がったり、山歩きに出かけたりする人、畑で仕事をする人が出てくる。そんな人たちに対して、気をつけるように言われるのが、クリーシュチェという虫である。この虫は日本でいうダニの一種で、どのダニに相当するのかはわからないが、野山に生息していて、気温が高くなると活動を開始し、人の服などについた後に、人体の皮膚のやわらかいところを求めてもぐりこみ、噛み付いて血を吸うらしい。吸血前は小さな虫が、血を吸ってまるまると大きくなったのを見ると、気持ち悪さを感じてしまう。
日本でもダニが媒介するツツガムシ病などの病気が知られているが、チェコのこのダニも、二種類の病気を媒介するらしい。一つは毎年、死亡者も出る脳炎で、毎年シーズンが近づくと予防接種を呼びかけるキャンペーンが行われている。もう一つが、ボレリオーザとか、ライム病といわれる病気で、こちらには予防接種に使えるワクチンはまだ開発されていないようである。
困るのが、同じクリーシュチェに刺されても、病気になる場合とならない場合があることで、これは地方によって、病原菌をもつ個体がいる地域と、いない地域があるかららしい。新聞紙上で見た地図によると、オロモウツ近辺は、ちょうど境界に当たり、チェコに来たころの数年間は、今よりは活動的で山歩きをすることもあったので、予防接種を受けるかどうか悩んでいた。処置が遅れると重態化して、ひどいときには死に到ると言われて、刺されたらどうしようと不安になってしまったのである。周囲に予防接種を受ける人が一人もいなかったことと、山歩きをしても一度も刺されたかったことで、予防接種の存在を忘れていった。
それが、数年ぐらいたったころだっただろうか。オロモウツに住んでいた日本の方に、「クリーシュチェに刺されたんだけど」と相談を受けた。チェコ人の知り合いに誘われてオロモウツ郊外のスバティー・コペチェクという大きな教会のある丘に出かけて、その周囲の森の中を散歩して、うちに帰ってシャワーを浴びようとしたときに、変な虫が足に噛み付いているのに気づいたらしい。「病院に行かなくていいでしょうか」と聞かれて、自分も予防接種を受けて、この人にも受けるように勧めておけばよかったという思いが頭をよぎった。
どう答えていいのかわからなかったので、周囲にいたチェコ人(もちろん知り合い)に片っ端から尋ねることにした。すると、みな異口同音に「病院なんか行く必要はない」と言うのだ。根拠として、これまで何度も刺されたことがあるけど、病気になったことはないと言う。テレビで病気で苦しんでいる人のニュースが流れるじゃないかと言うと、あれは例外的に危険な地域での出来事で、オロモウツの近くならクリーシュチェに刺されても大丈夫だと言う。地元の人の言うことだからと、多少の不安はあったけれども、病院に行かないことにしたら、結局何の問題もなかった。
その後、今度は知り合いのチェコ人が、クリーシュチェに刺されたという話を聞いた。夏休みを利用して、オロモウツではなく、どこか別の町の近くの山の中でキャンプをしていたときのことで、運悪く病気をもらってしまったらしい。脳炎ではなく、ライム病のほうだったので大事にはならなかったけれども、薬を一年以上飲み続ける必要があると言っていた。
大変だったのは、その後、日本に一年間滞在する予定があったことで、さすがに薬を一年分も出してもらうことはできず、日本で医者に行って同じ薬を出してもらえるかどうか心配していた。実際は、その心配は杞憂に終わったらしいのだが、お医者さんが、病気のことも薬のことも知らず、初耳だと言いながらあれこれ調べて取り寄せてくれたのだという。日本滞在のいい思い出にはなったはずである。
この話を聞いたときにも、予防接種を受けようかという気になりかけた。ただ、以前と比べて外に出る機会が減っていたし、そもそも注射は苦手だったしで、結局一度も受けることなく今まで来てしまった。これからも、受けることはないだろう。願わくは、ダニに刺されて死ぬなんてことにはならないことを。
4月6日23時。
これって、刺されたダニを取るのに使うのかな。似たようなのをこちらでも見たような気がする。4月7日追記。