2018年03月01日
森雅裕『流星刀の女たち』(二月廿六日)
縁が切れたと思っていた講談社から、突然のように文庫書下ろしという当時でも珍しい形で1992年に刊行された作品である。この本の刊行の事情が、森雅裕が後に「うちで筆を折ったと思われたら困る」と言われたという話につながるのかもしれない。乱歩賞受賞者を干して廃業に追い込んだなんて評判は講談社の編集部にとってはありがたいものではなかっただろうから、他社で仕事をしている間は、言い訳のように仕事を与えるなんて考えがあったとしても不思議ではない。あのころは文芸は不況でも、マンガと赤川次郎で引っ張って出版業界にもまだゆとりのようなものがあったし。
それでも、雑誌連載から単行本、その後の文庫化という流れをたどらないのが、講談社にとっての森雅裕の価値を示している。雑誌掲載なんてベートーベンシリーズの短編ぐらいしか実現していないけど。それでも森雅裕の読者にとっては講談社はありがたい出版社ではある。森雅裕作品の出版点数が一番多いし、初期の作品は、売り上げ的には失敗だったと思われる『あした、カルメン通りで』も含めて文庫化してくれているのである。その一方で、森雅裕が出版業界から離れざるを得なくなる原因を作ったという面もあって、両手を挙げて賞賛するというわけにもいかない。90年代に入って、講談社と森雅裕の関係が悪化していることを知った後に、本書のように講談社から作品が突然のように刊行されるたびに、ファンとしては微妙なというか何ともいえない気分になったのである。
内容は一言で言えば、森雅裕最初の本格刀鍛冶小説である。その刀鍛冶が某アイドル歌手を思いおこさせるような美人の女子大生という辺りが、この時期の森雅裕作品の特徴と言えば言えるのかもしれない。舞台は東京の私立の美大で、主人公の周囲には一癖もふた癖もある女子大生が集まって、大学を私物化しようとする新しい理事長一派と戦うという話なのだけど、その戦いの中心となるのが、隕石に含まれる鉄、隕鉄で刀を打つことであるのが、本格刀鍛冶小説である所以である。そんなジャンルあるのかと言われれば、森雅裕だけでも三作あるからあるということにしておく。
これも森雅裕の作品でなければ、おそらく手を出していない。表紙にも本文中の挿絵にも、主人公をイメージしたらしい女の子の写真が使われていて、著者本人が撮影したものだったかな、当時の大学生には、森雅裕の作品だからという言い訳がなければ買いづらい本になっていた。内容でも結婚相談所でのサクラ役のアルバイトとか、当時の一部の大学生の実態のようなものが描き出されていて盛りだくさんではあるのだけど、その結果として、森雅裕作品のなかでは、苦手な一冊になってしまっている。
一番の問題は、男性側に他の作品ほど魅力的な人物が出てこないところだろうか。森雅裕は男の情けなさを描くのがうまい作家だとは思うけれども、ベートーベンにしても、森泉音彦にしても、確たるものがあっての情けなさというか、情けなさの向こうに格好よさもあるというか、だったから共感もできた。最初から最後まで情けない男の姿を、格好いい女性の脇で描かれるとちょっとね。作品として面白くないというわけではないし、嫌いというわけでもないのだけど、読み返すのにエネルギーがいるのでなかなか手を出せないのである。
刀剣とか、鍛冶とか、隕鉄とか、当時はまったく一般受けしなかったものを題材にして、しかもかなりの薀蓄をたれつつ、ここまで読み応えのある作品に仕上げる手腕は、森雅裕ならではということになるのだろうけど、出版社側は出すか出さないか判断の難しい作品であったに違いない。その意味では、講談社だからこそ出版できたと言ってもいい。ファンが講談社を憎みきれない所以である。
本書は、『100℃クリスマス』もそうだけど、一般の小説とアニメやマンガの間の垣根が今よりもずっと高かった90年代の初めよりも、小説の世界も何でもありになりつつある2000年代以降に刊行されていたほうが、売り上げ的には成功できていたかもしれない。もうちょっと文体を軽くして、ちょっとだけラノベ風の味付けをすれば……そうなると我が愛読すべき森雅裕の作品ではなくなってしまうのが悩ましいところである。
登場人物たちの苗字が妙にこっていて、主人公は一尺八寸で「かまのえ」、脇役の一人は月見里で「やまなし」と読ませていた。高校の国語の授業で、小鳥遊で「たかなし」とか、十月一日で「わたいれ」とか、謎々のような苗字が存在することは知っていたので、それ自体は特に問題はなかったのだけど、主人公の苗字の一尺八寸はともかく、脇役の月見里は「つきみさと」と読んでいたことを告白しておく。黙読ではあっても漢字の読みは意識するものだし、その際に「月見里」という文字列を見ればどの人物かの把握はできるので頭の中で読み進める際に、正確な読みではなく「つきみさと」という読みを当てていたのである。少なくともこの作品に関しては、あまりいい読者ではなかったのかもしれない。
2018年2月27日23時30分。
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