2016年03月11日
幸せな時代(三月八日)
一部のハプスブルク時代を称揚する人たちと、共産主義の時代を懐かしむ人たちを除くと、ほとんどのチェコ人にとって、チェコ人が、チェコという国が、歴史上最も輝いていたのは、第一次世界大戦後の1918年に成立した、いわゆるチェコスロバキア第一共和国の時代である。初代大統領マサリクの指導の下に、中欧では、いや西欧諸国と比較しても民主的な体制が築かれていたと言われている。スロバキア人に対する扱い、国境地代のいわゆるズデーテンドイツ人などの問題はあったけれども、少なくともドイツでナチスが台頭するまでの間は、経済的に発展を遂げ、政治的にも安定していたのである。
そんな、幸せな時代を舞台にしたドラマが、「チェトニツケー・フモレスキ」である。題名にある「チェトニーク」というのは、警察と軍の中間にあるような組織で、憲兵と訳すこともあるのだが、戦前の日本の悪いイメージの付きまとう憲兵ではなく、フランスのツール・ド・フランスなんかの警備にも駆り出される憲兵をモデルにチェコスロバキアに導入された組織らしい。普通の警察とは違ったレベルで犯罪捜査に当たっていたようである。一体にこの第一共和国の時代は、マサリクの夫人がフランス人だったからということはないだろうけど、フランスの影響が非常に強かったと言われる。ミュンヘン協定では裏切られるんだけどね。
「フモレスキ」の単数の「フモレスク」は音楽の型式の一種で、日本語では「ユーモレスク」とか、「奇想曲」とか「狂想曲」などという言葉で書かれることが多いらしい。言われてみれば小説や映画の題名に使われているのを見たことがあるような気がしないでもない。とまれ、ブルノで捜査活動に当たる憲兵隊員たちの姿をふーモアを交えながら描いた作品である。
ドラマを撮影した監督のアントニーン・モスカリクは、シャフラーンコバーの出世作であるニェムツォバー原作の「おばあさん」の監督としても知られているが、より重要なのは警察ドラマ、犯罪捜査ドラマの監督としての仕事である。特に、ビロード革命の前後に撮影された「犯罪捜査をめぐる冒険」では、指紋鑑定や血液型鑑定などの犯罪捜査史上画期的な捜査方法が生まれた経緯をドラマ化して好評を博したようである。そして、そのモスカリクが畢生の作品が「チェトニツケー・フモレスキ」なのである。
「チェトニツケー・フモレスキ」は普通のチェコテレビのドラマとは違って、ブルノのスタジオで撮影された。主役のカレル・アラジムと、ベドジフ・ヤリーこそ、プラハから呼ばれたトマーシュ・テフレルとイバン・トロヤンという人気実力共に確かな俳優が演じているが、その他の脇を固める俳優の多くは、地元ブルノの、テレビよりも劇場で演劇俳優として活躍している演技の実力のある人たちで安心してみていられる。ヒロインのルドミラ役の女優はスロバキア出身の人だったけど。
1998年に第一シリーズが13作、その後第三シリーズまで製作されて全部で39本、前後編になっているものが一つあるので、38本の作品が撮影された。日本のドラマとは違って、時間が厳密に定められていないので、作品によって長短はあるが、大体80分から90分の間に、中心となる大きな事件と、一つ二つの小さな事件の捜査を行うことになる。その中にチェトニークたちを巡る人間関係や、当時の社会の様子などが描きだされていて、一度見始めてしまうと最後まで見入ってしまう。
最初の作品では、ブルノ近郊の農家で多発する鶏の盗難事件、国会議員のスレピチカ氏の所有する山林での密猟事件、そして盗電事件の捜査に当たる。当初はどの事件もなかなか解決できずに、捜査の中心にいたアラジムはあちこちから非難されるのだが、最後は内務大臣も登場して、盗電事件の犯人がスレピチカ氏であることを突き止める。このドラマで起こる事件の多くは、第一共和国の時代に実際に各地で起こりチェトニークたちが解決したものをモデルにしているという。
第一シリーズは、1930年代前半の比較的平穏な時代を舞台にしているが、先に進むにつれて、いわゆるズデーテンドイツ人や、国境地帯のポーランド人、ハンガリー人たちが不穏な動きを見せ始め、第三シリーズでは、ミュンヘン協定が結ばれた結果、チェコスロバキア第一共和国が崩壊するところまで描かれる。最終話でアラジムは妻(ルドミラ)と子供たちを義兄に託し国外に脱出させ、自分は危険を承知でブルノに残ることを選ぶ。アラジムが第一次世界大戦でロシアにいたときに恋に落ちた貴族の女性との間に生まれ第一シリーズの最後でアラジムの元に現れた娘クラウディアを妻にしたヤリーは、妻子と共に亡命する予定で飛行機には乗ったのだが、最後の瞬間に飛行機を飛び降りる。ヤリーもアラジムや仲間達とともに残ることを選んだのである。
ちなみに、主人公のアラジムは、第一次世界大戦でオーストリア軍として東部戦線に参戦した後、チェコスロバキア軍団に参加し、ロシア内戦を戦った人物として設定されている。チェコスロバキア軍団は日本のシベリア出兵の口実に使われたことで有名だが、アラジムを含むチェコスロバキア軍団は、ウラジオストックから日本に渡ったあとヨーロッパへと向かったのである。実は、その交渉のためにマサリク大統領は日本を訪れているのだが、あまり知られていないようである。
時代考証もしっかりしていて、当時の服装も見事に再現されたこのドラマは、ストーリーも完成度が高く、どの回も面白いのだが、不満が一点。事件関係者として何回か登場するイジナ・ボフダロバーという人気はある女優が、プラハになど行ったことのあるはずもないモラビアの田舎の婆さん役だというのに、プラハ方言でしゃべりやがるのだ。視聴率対策なのかもしれないけど、「チェトニツケー・フモレスキ」ほどの作品であれば、ボフダロバーなんか出なくても、十分に視聴率は取れたと思うのだけど。
このドラマの撮影はチェコ各地で行われており、オロモウツで撮影された部分もいくつかある。聖ミハル教会の脇についている修道院の入り口の前の通りとか、大学の中庭とか。そんな場面を発見すると喜んでしまうということは、オロモウツに愛郷心を感じるようになったということだろうか。
3月9日23時。
なんだか疲れていて何にも思いつかないので、これ。3月10日追記。
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