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2020年12月23日

ファントマス(十二月廿日)



 先日ネズバルの翻訳を刊行してくれたありがたい出版社である風濤社の出版物を検索したら『ファントマ』というフランスの怪盗を主人公にした作品の翻訳が出てきて驚いた。フランスの怪盗というと、日本ではアルセーヌ・ルパンの名前が最初に出てくるが、チェコでは誰がなんと言おうとファントマスなのである。フランス語での読み方は知らないが、チェコではチェコ語の発音の原則に基づいてファントマスと呼ばれる。
 チェコでファントマスが有名なのは、残念ながら小説のおかげではなく、1960年代に制作された映画のおかげである。東西冷戦の時代というと、西側のブルジョワ映画は東側には入っていなかったと思ってしまうが、実はそんなことはなく、かなりの数のフランス映画が、世界最高とも言われる吹き替え技術を駆使して紹介され人気を博していた。映画のタイトルロールが今時の画面にチェコ語の字幕をつけたという形のものではなく、新たにチェコ語版(女性の名字にオバーがつき、吹き替え担当の役者名が併記される)を作っているところからも、力の入れようが見て取れる。

 旧共産圏の吹き替えというのは、90年代に入っても、手抜きというか、技術不足というかで、不十分なものが多く、チェコスロバキアの片割れであるスロバキアのテレビの吹き替えは、台詞が入るときには、BGMなどの背景音が消えるというものだったし、ポーランドのは、一人の役者が出演者全員分の吹き替えをモノトーンな語りで担当するという代物だった。それに対して、チェコスロバキアの吹き替えは出演している俳優本人からも絶賛されるようなものだったらしい。
 そんなチェコでフランスの映画俳優というと、ジャン=ポール・ベルモンドとルイ・ド・フィネスが双璧で、前者は亡命するまではヤン・トシースカ、後者はフランティシェク・フィリポフスキーという専属の吹き替え担当者が存在した。この二人の主演するさまざまな作品は今でも繰り返し、テレビで放映されているのだが、ルイ・ド・フィネスの出演作品の一つが、全部で三作あるけど「ファントマス」なのである。

 つい、久しぶりに見たくなって昼食時に一作目の「ファントマス(Fantomas)」のDVDを引っ張り出した。見るたびに思うのだが、この映画、見ているうちに何が本当で、何がファントマスの仕組んだことなのかわけがわからなくなってしまう。すべてが仕掛けといえばそのとおりなのだろうけど、ルイ・ド・フィネス演じる捜査官と、ジャン・マレー演じる新聞記者もそれぞれファントマスを引っ掛けるためにあれこれ仕掛けるから、混乱が混乱を呼ぶ。謎は謎のまま、そのどたばた感を楽しむべき映画なのだろう。
 日本でも知られているのかとウィキペディアで調べてみたら、日本でも公開されたらしく、日本語題は一作目から「ファントマ危機脱出」「ファントマ電光石火」「ファントマ ミサイル作戦」となっていて、一瞬目を疑った。ファントマスがファントマになっていることもあって、これじゃあ題名だけ見ても気づけなさそうだ。フランス語の原題は知らんけど、チェコ語だと二作目が「怒りのファントマス(Fantomas se zlobí)」、三作目が「ファントマス対スコットランドヤード(Fantomas kontra Scotland Yard)」。個人的にはこっちのほうが好みだなあ。外国映画の日本語題には、チェコ映画もそうだけど、見る気が失せるものが多い。

 チェコにおけるファントマスの人気を象徴するのが、アイスホッケーの世界選手権の応援に、毎回駆けつけていたファントマスである。もちろん本物ではなくファントマスの被り物を被っているのだけど、名物ファンとして必ずニュースで取り上げられていた。最近は見かけなくなったから、本業が忙しくなって、引退したのかもしれない。

 ところで、実はチェコでは、フランス映画以外にも、イタリアのいわゆるマカロニ・ウェスタンもかなりの知名度を誇っていて、今でも繰り返しテレビで放送されている。西側は西側でも共産党の強い国の映画は受け入れやすかったのだろうか。それとも内容を吟味した上で選んでいたのだろうか。ファントマスなら、ブルジョワ階級に鉄槌を下す、そんな設定はないけど労働者階級出身の怪盗を描いた作品という名目でチェコスロバキアでも公開されたなんて話があってもおかしくはなさそうだ。
2020年12月21日22時。
















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