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2016年12月03日

オロモウツで日本武道(十一月卅日)



 ひょんなことから親交のあるパラツキー大学の体育学部のK先生に招待されて、先生が主催して行なわれた剣術、剣道の紹介イベントを見学に出かけた。プログラムによると居合系の抜刀術、戸山流抜刀術、それから普通の剣道、そして古流である香取神道流の三つの剣技を見せてくれるらしい。
 会場は英雄広場の近くにあるスーパービラの後のアイスホッケーのスタジアムのさらに後にあるパラツキー大学の建物の中に入っている体育館(体育室?)だった。チェコの大学、とくに古くから歴史のある大学はキャンパスというものがないところが多く、パラツキー大学の校舎もオロモウツの市内のあちこちに点在している。だから、今回の会場になっている建物に初めて出向いたときには、住所を見て、地図でどこにあるのか確認してから出かけたのだった。
 イベントの開始時間は午後七時。例によって遅れて始まるだろうと思いつつ、時間通りに到着したら意外なことに、すでに準備は整って始めるだけになっていた。チェコ人とはいえ、武道をやっている人たちだから、時間に厳しいのは当然といえば当然なのか。二年前に初めて見たときにも感じたのだが、演舞は日本人でもびっくりするぐらい本格的であった。

 まず、最初の戸山流抜刀術は、耳で聞いたときにはクラマ、トラマなどと聞こえ、ローマ字表記から富山、外山、また当山、遠山などの表記を思い浮かべたのだが、調べてみると実は戦前の陸軍の戸山学校に由来する流派であった。剣術経験のない徴兵された軍人に軍刀の扱いを身に付けさせるために制定された軍刀術がその後も改良されて、今に到るらしい。
 江戸時代から伝わるような流派に比べれば新しく、近代的で合理的な剣術と言えば言えるのだろうか。それとも戦争で使うことを前提にしているから、肉弾戦になったときに相手を殺すことのみを考えた実践的な剣術なのだろうか。戦前の軍国主義的なのものに対するアレルギーが強かった戦後という時代を考えると、このような剣術が現在でも存続し続けていることが、奇跡的であるように思われる。
 女性も含めて九人の剣士達が、居合刀(多分)を使った、師範は座った状態から、他の人たちは立った状態からの形と、木刀を使った組み太刀の演舞を見せてくれ、最後にはござのようなものを巻いて台座に立てて試し切りも見せてくれた。このござのようなものを巻きしめて水を含ませたのが、人体を切るときの感触に近いなんて、ちょっと怖いことも説明していた。人の前での試し切りは初めてで緊張して空振りしてしまう人もいたけど、それも含めて修行なんだよなんてことをチェコ人師範は語っていた。

 二番目の剣道は、二年前よりは人数が減っていたが、今回は日本人の女の子も参加していた。体育学部では日本体育大学と協定を結んでいて留学生が来ているという話をK先生に聞いていたので、日体大の学生さんだろうと思って、終わった後に聞いてみたら、実は愛知淑徳大学の学生さんで、日本で剣道をしていたので、こちらに来て剣道があることを知って毎週練習に参加しているのだと言っていた。大学を勘違いしたことに関しては、全くお詫びの言葉もない。
 前回は練習の様子を見せるのが中心だったけれども、今回は、最後に試合形式の立会いを見せてくれた。いかな日本人とはいえ、剣道の立会いでどちらの打ち込みが有効だったかなんてのを見極めるのは、素人には無理だということを思い知らされた。
 道場としての体育館の壁には「香川会」と書かれた掛け軸がかけられていたが、日本にある香川会という剣道の団体と協力関係にあるらしい。さて、この香川は、香川という人名なのだろうか。それとも香川県なのだろうか。

 最後の香取神道流は、時代小説などにも登場してくるので名前は知っていたが、どんな流派なのかは知らなかった。説明によれば、戦国時代の戦争が日常的だった時代の実践的な剣術で、自分も相手も甲冑を身にまとっていることを前提として動きが決められているのだという。頭に被っている甲が邪魔になるから、刀を頭上に振り上げるようなことはしない。腕を振り上げずに肩に担いだような位置から刀を振るのがこの流派なのだそうだ。
 そして、刀を振り下ろしても切っ先は下に下げず、その位置からさらに前に出て刀を突き出すように動かすのは、相手の体の甲冑でカバーされていない部分、肩や足の側面などに刀を突き刺すためなのだという。常に相手の体の甲冑に覆われていない部分を狙って刀を使わなければならないらしいということを、甲冑を身につけた人を登場させて示してくれた。着物しか身につけない平時の剣術ではなく、戦時の剣術であり、それが古流たる所以なのであろう。
 また演技の最初と最後には、神前でお祈りをするときと同じく、二礼、二拍、一礼をしていた。戸山流は、普通の礼を一回と刀をささげ持つような礼を一回、剣道は普通の礼だけを一回していたのとは対照的で、これが、香取神道流が、神社に起源を持つ所以なのであろう。

 このように、日本ではどこかの道場にでも出かけないと見られないようなものを、近所の体育館で見せてもらえるのだからありがたい。日本では見たことのない、知らなかった日本の物に、チェコに来て触れるというのもなかなか乙なものである。

 ところで、試し切りをしていたということは使っていた刀は、居合刀ではなく真剣だったのかもしれない。実はチェコには何人かの修行をした刀鍛冶がいるのである。日本と違って作刀制限はないはずなので、たくさん打てるはずで、たくさん討てば、技術の向上も早く、価格も安くなったりするのではないかと想像している。
 以前、趣味で刀鍛冶をしているというチェコ人に頼まれて、銘を切るときに使う刀匠としての名前を一緒に考えた事がある。どんな刀匠名にしたんだったかな。無で始まったのは覚えているんだけど……。刀鍛冶も日本では会ったことがなかったもんなあ。縁というのはこんなものなのである。
12月1日23時。



 昔会ったチェコ人の刀鍛冶はこの人の書いた英語の本を読んで、刀鍛冶の初歩の勉強をしたといっていた。名前だけは森雅裕の小説で知っていたけれども、チェコにまで知られているとは思いもしなかった。12月2日追記。


刀匠 吉原義人作 玉鋼 象嵌刀子 壱位鞘 平成13年製


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