アフィリエイト広告を利用しています
<< 2024年02月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
検索
リンク集
最新コメント
チェコの銀行1(十二月二日) by ルイ ヴィトン 時計 レディース hウォッチ (03/20)
メンチンスキ神父の謎(四月卅日) by にっしやん (12/30)
メンチンスキ神父の謎(四月卅日) by にっしゃん (12/30)
メンチンスキ神父考再び(七月卅日) by にっしゃん (12/30)
カレル・チャペクの戯曲残り(二月朔日) by K (08/16)
最新記事
カテゴリーアーカイブ
記事ランキング
  1. 1. 『ヨハネス・コメニウス 汎知学の光』の刊行を寿ぐ(四月十日)
  2. 2. no img 『羊皮紙に眠る文字たち』『外国語の水曜日』(三月十九日)
  3. 3. no img コメンスキー――敬虔なる教育者、あるいは流浪の飲んだくれ(九月廿七日)
  4. 4. no img すべての功績はピルスナー・ウルクエルに(一月廿六日)
  5. 5. no img 「トルハーク」再び(三月廿日)
  6. 6. no img トルハーク四度(十月二日)
ファン
タグクラウド










ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

広告

posted by fanblog

2016年07月11日

チェック・サイクリング・トゥール(七月八日)



 ツール・ド・フランスもそろそろピレネーの山岳地帯に入って、本当の意味で盛り上がり始めているが、かつて、チェコで、いや当時のチェコスロバキアで、ツール・ド・フランス風の、自転車のステージレースと言うと、「ザーボット・ミール」をおいて他にはなかったらしい。この極めて社会主義的なレースの名前は、英語では「ピース・レース」のようだが、これは使いたくないので、日本語に訳して「平和レース」「平和カップ」、うーん、どちらも納得できない。しかたがないので、チェコ語をカタカナにして使用することにする。

 第二次世界大戦後の1948年に、チェコスロバキアとポーランドの日刊紙の主催で始まったこのレースは、プラハ−ワルシャワという両国の首都を結ぶルートを走っていた。途中から東ドイツがレースの運営に参加するようになり、多少の例外はあるが、三国の首都を結んで走る二週間ほどのステージレースとして定着した。ツール・ド・フランスにならって、毎年コースが変更されたようで、ザーボット・ミールが通過するというのは、その町の人々にとっては一大イベントだったという。
 旧東側諸国で行なわれていたレースなので、参加者はみな共産圏の選手かと思っていたら、実はそんなことはなく、優勝者だけを見ても、既に1950年代から、デンマーク、イギリス、フランスなどの選手も並んでいるから、本当の意味で国際色の豊かなレースだったようだ。ただし、プラハの春以後の正常化の時代になると、西側の優勝者は消える。ちなみに1986年には、四月末にチェルノブイリの原子力発電所で事故が起こった直後の五月初めに、ウクライナのキエフからのスタートを、ろくな情報もないまま強要されたらしい。
 1993年以降は、チェコの単独の開催に変更されたが、ドイツやポーランド、時にベルギーなどがコースに組み込まれることも合ったようである。ただ次第に資金面で行き詰るようになり2005年に中止になり、2006年に一度だけ復活したものの以後は一度も開催されていない。2013年からは、23歳以下の若手選手を対象としたステージレースとして「ザーボット・ミールU23」の名前で、オロモウツ地方の北部イェセニークを中心に開催されているが、昔日の面影はない。

 ザーボット・ミールの直接の後継というわけではないが、2010年からオロモウツを中心に、チェコ最大のステージレースとして八月に開催されているのが、チェック・サイクリング・トゥールである。最初はあまり目立たない形でスタートしたのは、オロモウツハーフマラソンと同じで、レースが終わった後にその存在を知った。
 それが、昨年はカテゴリーが上がったのか、UCIワールドチームのクイックステップが参加することになり、最終日は現地から生中継が行なわれた。クイックステップは、オーナーがチェコ人で、シュティバルやバコチというチェコ人の有力選手を揃えている縁で、招待を受けたらしい。レオポルト・ケーニックが移籍したチーム・スカイや、クロイツィグルが所属するティンコフとも交渉したらしいけれども、今後の検討と言うことで招待を受けてもらうことはできなかったらしい。まあチェコの片隅で始まったばかりのステージレースに、一チームとはいえ、トップカテゴリーのチームを招待できたのだから、大成功と言ってもいいだろう。
 出場しないチームに所属するチェコ人の有力選手を集めたチェコのナショナルチームも組織され、ケーニックも、ツール・ド・フランスの疲れを押して出場していた。一番印象的だったのは、ケーニックのお父さんが、自宅のあるチェスカー・トシェボバーから、オロモウツ近くのドラニまで自転車で自走してきたという話だったけど。

 そのチェック・サイクリング・トゥールが、今年も八月十一日から十四日までの予定で開催される。去年の時点では、今年はオロモウツ地方を離れてフリーデク・ミーステクで第一ステージが開幕するという話もあったのだけど、その後情報が出てこないのでよくわからない。あまり更新されていないホームページで確認したらUCIのヨーロッパツアーの2.1というカテゴリーになるらしいけど、そう言われてもよくわからん。
 参加チームは、UCIワールドチームでは、去年のクイックステップに加えて、イタリアのランプレ・メリダが決定しているようだ。スカイとティンコフとも交渉中というニュースが三月ごろに聞こえてきたのだが、その後どうなったのだろうか。チェコ選手権で優勝したクロイツィグルは、ツール・ド・フランスに加えて、ブエルタにも出ると言っていたから難しそうだ。ケーニックは、オリンピックが終わってすぐになるのか。
 それから日本のアイサンチームの参加も決定しているようだ。どうも自動車部品メーカーであるアイサンのチェコ法人がチェック・サイクリング・トゥールとザーボット・ミールU23のスポンサーになったのが縁らしい。これがきっかけで、日本チームの参加が増えたりは、しないだろうなあ。
7月9日19時。


この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/5237563
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
プロフィール
olomoučanさんの画像
olomoučan
プロフィール


チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。