2016年06月22日
サマースクールの思い出(一)――一年目開始前(六月十九日)
先日知人から、今年の夏、オロモウツのパラツキー大学で行われるチェコ語のサマースクールに参加するという連絡があった。日本にあるチェコ大使館が出しているサマースクール向けの奨学金に申し込んだら、もらえることになったらしい。そういえば自分もチェコ大使館の奨学金をもらって、オロモウツに来たのが最初のサマースクールだった。
あのときは、プラハ、ブルノ、オロモウツの三ヶ所で行われるサマースクールが奨学金の対象だったのだが、大使館に申請に行ったときに、オロモウツ以外だったら行かないと、担当者に駄々をこねてオロモウツに行かせてもらった。ほかにオロモウツを希望した人がいなかったのかもしれないが、こちらの希望を通してくれた担当の方には感謝の言葉もない。
当時関っていたあるプロジェクトは、まったく予定通りに進行せず、日々の仕事を考えると、休ませてもらえる余裕はなかったのだが、逆に考えると一人ぐらいなら一月抜けても、本質的には進行に大差がないとも言える状態だったので、大使館から、つまりはチェコの政府から奨学金をもらえることになったのを、口実にして半ば無理やり休みをもぎ取ってチェコに向かった。当時出入りしていたチェコ関係の商社で、スロバキア産のワインやら、ベヘロフカやらを購入して、お詫びのしるしに関係者に配りまくったし、チェコからお土産を買って帰ることを約束させられたけれども、その甲斐は十分以上にあるはずだった。
出発前には、チェコ語で授業を受けることを想定して、当時通っていたある語学学校の先生に使いそうな文法用語の一覧をコピーしてもらい、空港や駅、ホテルなんかで使いそうな表現をチェコ語会話帳みたいな本から書き抜いて、飛行機の中の退屈な時間を使って覚えることにした。映画なんか見てもただの時間の無駄だし、有効に活用しようと思ったのだけど、実際にはほとんど寝ていたように気もする。
このときどの経路でチェコに向かったかが思い出せない。当時は、ウィーンまで直行便で入って、鉄道でオロモウツに向かうという知恵がなかったので、成田からどこかの空港で乗り換えてプラハに入ったはずなのだが、パリ、モスクワ、ロンドン、フランクフルトのうちのどこだったか。パリ着早朝四時か五時の飛行機だったような気もするし、乗り換えの関係でモスクワの空港のホテルに一晩監禁されたのがこのときだったような気もする。
とまれ、プラハの空港のパスポートのチェックも、駅での切符の購入も何とかチェコ語でこなして、チェコに到着したその日のうちにオロモウツに向かった。鉄道の線路も改修前だったし、車両もおんぼろで、鉄道での旅は快適とは言いがたかった。おまけに車内放送がなく、どこまでたどり着いたのかわからなかったので、電車が停車するたびに駅名を確認していた。時刻表の到着時間から、大体わかりそうなものだが、今以上に電車が遅れることが多く、遅れも数分のオーダーではなく、数十分のオーダーだったし、どのぐらい遅れているのかの情報も不確かだったので、まったく当てにならなかったのだ。
昼間であれば、車窓にスバティー・コペチェクの教会が見えてきたら、そろそろオロモウツに着くと考えればいいということがわかったのは、こちらで生活を始めてからだし、夜の電車の場合は、コペチェク自体が見えないので、停車駅で駅名の確認が必要なのは変わらない。最近は、プラハ行きに使う特急が車内放送を導入していて、停車駅が近づくと教えてくれるので、神経質になる必要がなくなったのが嬉しい。
オロモウツに着いて、サマースクールの事務局から送られてきた地図を片手にトラムに乗った。90年代の初めに来たときには、ニコルナだった乗車券は、六コルナになっていた。指示通りにナムニェスティー・フルディヌーで降りたのだけど、地図を見てもどっちに行けばいいのかわからず、道行く人を適当に呼び止めて聞いたら、親切に教えてもらえたのを今でも覚えている。オロモウツを選んでよかったと思った瞬間だった。
この年のサマースクールの寮は、体育学部の寮で、サッカーチームのシグマ・オロモウツのスタジアムと、パラツキー大学の体育館が近くにあった。原則として二人部屋で、一緒になったのはポーランド人の若者だった。うまくもないチェコ語で話したところでは、大学ではなく宗教関係の学校でチェコ語を勉強しているといっていた。チェコのカトリックの教会には、ポーランド人の神父が多いらしいので、チェコ語ができるポーランド人の宗教関係者には需要があるのだろう。ただ、二人ともあまり部屋にいなかったので、交流といえるほどの交流はなかった。
さて、土曜日に寮に入り、サマースクールの事務局に出かけて必要な手続きを取り、日曜日にクラス分けの試験を受け、大学近くのホテルのレストランで開かれた夕食会にでて、というサマースクールが始まる前のイベントを、すべてつたないチェコ語でこなせてしまったとき、私は自信を持ってしまったのだと思う。クラス分けのテストは簡単だったし、夕食会で自己紹介をさせられたときには、大半の人が英語を使っていたのに、英語ができないからという理由はあるのだが、チェコ語で自己紹介できたし、俺って意外とできるじゃないみたいな感想を持ってしまったのだ。
その根拠のない自信は、サマースクールの初日、月曜日の最初の授業の最初の十分で完全に崩壊してしまうのだが、そこまで書くと、長くなりすぎるので、本日分はここまでということにする。
6月21日23時。
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