2019年07月08日
十三番目の世界遺産(七月六日)
すでに歴史的な役割を終えて、オリンピックやサッカーのワールドカップの開催地決定と並ぶ、国際的な利権と化しつつある感のあるユネスコの世界遺産だが、これまでチェコで登録されたのは12件に上る。そのうちのひとつがオロモウツのホルニー広場にある聖三位一体の碑なのだが、正直大騒ぎするほどのものでもないし、世界遺産だからという理由でわざわざオロモウツにまで足を伸ばしたらがっかりすることはうけあいである。オロモウツのすばらしさは、世界遺産などとは関係ないところに存在する。
それはさておき、今年の世界遺産を認定する会議か何かで、チェコから申請されていたものが、二件承認されて世界遺産に登録されることになった。そのうちの一つ、チェコ十三番目の世界遺産となったのが、ドイツとの国境をなすクルシュネー山地(ドイツ名エルツ山地)における鉱山遺跡である。クルシュネー山地では15世紀以降、鉱山の開発が進み、その廃坑が国境を挟んでチェコ側とドイツ側に点在している。
今回はチェコ側の5つの地区と、ドイツ側のいくつかの地区が共同で世界遺産への登録を申請して、それが認められたのである。チェコ側のこの地域はいわゆるズデーテン地方で、ドイツ系の住民が多く、第二次世界大戦中にはドイツに併合され、戦後はその報復としてドイツ系の住民が追放されたという歴史を持つ。その恩讐を越えて、協力関係を打ち立てることに成功したようだ。ただ、ドイツ側では悪臭などの問題が起こると、根拠もなくチェコから流れてくると主張するみたいだけど。
ドイツ側のことは知らないが、チェコ側で登録されたのは、ヤーヒモフ地区、アベルタミ‐ボジー・ダル‐ホルニー・ブラトナー地区、オストロフのルダー・ビェシュ・スムルティ、クルプカ地区、ムニェドニーク地区の五つ。この中で名前を知っているのはヤーヒモフと、ボジー・ダルの二つだけである。
ヤーヒモフの歴史は16世紀の初めにまでさかのぼる。銀の採掘のために町が建設されたのが1516年のことというから、500年以上の歴史があるわけだ。16世紀の中庸には、チェコの王冠領の中で主とプラハに次ぐ人口を誇るまでになった。またこの町で発行された銀貨トラルが、アメリカの通貨ドル(チェコ語ではドラル)の語源になっているなんて話もある。
ヤーヒモフは、銀だけでなく、ウランの採掘が行われていたことでも知られる。キュリー夫人が放射性物質であるラジウムを発見したのはヤーヒモフのウラン鉱山で採掘された鉱石からである。その後共産主義体制化では、ウラン鉱山には政治犯が集められ強制労働としてウランの採掘に従事させられた。世界選手権でソ連のチームに勝ってしまったバスケットボールだったか、アイスホッケーだったかの選手たちの一部もヤーヒモフ送りになったんじゃなかったかな。
現在ではウラン鉱山も廃校になっているが、現在でも放射性のラドンの温泉がわいており、治療に利用されている。2011年の福島原子力発電所の爆発で放射線が話題になった時期に、この街の放射線量が高いというのをテレビでやっていた。だからこの町に近づいてはいけないというのではなく、放射線というのはどこにでも存在し、その量は場所によって大きく違うけれども、この程度なら何の問題もないという内容だった。放射線量をゼロにするなんてアホなことを言う人間は、日本と違ってチェコのテレビには出てこなかった。
ボジー・ダルは、チェコで最も標高の高いところに位置する町として知られている。現在ではチェコのスキーの中心の一つとなっているが、隣接するアベルタミ、ホルニー・ブラトナーとともに、16世紀前半にヤーヒモフに続いて鉱山都市として認定され、銀や錫、鉄鉱石などの採掘が行われていたらしい。
登録された五ヶ所の中でちょっと毛色が変わっているのがルダー・ビェシュ・スムルティで、日本語に訳すと赤い死の塔となる。赤はレンガ造りの塔の色を表しているのだが、同時に共産党を象徴する色でもある。この塔とその周囲は、1950年代に共産党政権が政治犯を収容する強制収容所として使用され、収容された政治犯達は強制的にウラン鉱石の選別に当たらされていた。強制労働で放射性物質を、ろくな安全対策もないままに選別させられていたのだから、命を落とす人が多く、それが「死」の塔と呼ばれた所以なのであろう。
今回世界遺産に登録された五ヶ所は、ボヘミアの北の境界線上にあり、オロモウツから行くにはいかにも交通の便が悪い。鉱山に興味がないわけではないのだけど、オストラバやプシーブラムにあるという廃坑を利用した博物館に行く方が先だな。クトナー・ホラでも、銀鉱山の跡地が博物館になっていたはずである。
2019年7月7日24時。
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