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2019年07月03日

バリアフリー問題(七月一日)



 安倍首相がまたまた余計なことを口走って、批判にさらされているらしい。大阪城の天守閣にエレベーターが設置されていることを「ミス」だと評価して、それがバリアフリーの考え方に反するとして批判されているようだ。安倍首相の発言が軽率なのはいつものことだとして、批判する側の発言にも、条件反射的に批判するのではなく、もうちょっと考えてから批判しろよといいたくなるものが多いのも、よくあることである。

 世の中がいわゆるバリアフリーの方向に向かって進んでいるのはいいことである。これに異論のある人はそれほど多くはあるまい。問題はそのバリアフリーというものをどこまで適用するべきなのかということである。役所や学校などの公共施設であれば、バリアフリーを進めるのは当然であり、それを「ミス」だと言ったのであれば、批判どころか袋叩きにあっても仕方がないだろう。
 では、大阪城の天守閣のような歴史的建造物と言えそうなものまでバリアフリー化の対象にして、エレベーターを付けるべきだと言われるとちょっと待てと言いたくなる。歴史的建造物を修復、復元する際に、もともと存在していなかったものを追加で設置することが、無条件に正しいとは思えない。例えば、ボウゾフのお城に人を運ぶエレベーターがついていたとしたら、便利ではあっても興ざめしてしまうに違いない。あの城には、確か台所と食堂をつなぐ料理や皿を運ぶための手動のエレベーターは付いていたけれども、人を運ぶエレベーターは存在しないはずである。

 しかし、歴史的建造物にはエレベーターを設置してはいけないかというと、これもまた断言しにくい。昔チェコ語を勉強していたころのパラツキー大学の建物は、まだ本格的な改修工事を請ける前で、エレベーターは存在しなかった。同じ大学の建物でも、旧市街の外側にある建物にはエレベーターがついているものもあったから、大学にお金がなかったからではなく、歴史的建造物が保護されている地区内にあることがエレベータの設置に制限をかけていたのだろう。
 その後、改修工事を受けて全面的にきれいになったが、同時にエレベーターも設置された。これは大学という教育機関であることから必要とされたのだろう。エレベーターを設置するにしても、建物の一番奥の目立たないところや、建物の外側にシャフトを後付けする形で設置されており、歴史的建造物に対する配慮がなされている。

 旧市街の他の公共的な施設はと考えると、劇場や美術館にはエレベーターがあったような気がする。市庁舎は、役所となっている部分にはありそうだけど、観光名所となっている天文時計の上の塔にはスペースもないしないはずである。旧市街の真ん中にあるホテル・アリゴネは、以前はなかったのが、最近入ったら設置されていた。
 教会の塔にも当然エレベーターなど設置されていないことを考えると、歴史的建造物のバリアフリー化に関しては、無制限に推進するのではなく、公共機関や宿泊施設など利用が避けられないものに関しては認めるという形になっているように見える。劇場や美術館は、利用しなければならない施設ではないけれども、文化的な生活を送るために必要だと考えられるし、宗教生活に必要な教会も入り口の階段にスロープをつけてバリアフリーにしているところもある。

 と、チェコの例を基に話を大阪城に戻そう。大阪城がややこしいのは、現在の大阪城の建物が、チェコで言うところの歴史的建造物に当たるのかどうかがわからないところにある。あれが過去の大阪城を修復したものでも、復元したものでもないことはよく知られたことで、外見だけそれっぽくコンクリートで建てたものなら、新築の展望台みたいなものなのである。ならばエレベーターを設置しても問題はなさそうである。
 問題はむしろ、そういう、かつて存在した城の建物を、改めて建築する際に、在りし日の姿を復元する必要はないのかというところにある。要は、歴史的な建造物として再建するのと、新たにお城型の展望台として建設するののどちらが正しいのかということなのだが、一度破却された城の場合には、予算の関係もあって、後者を選ぶところが多いようだ。だが、それは国の文化財政策として考えた場合に、正しいのだろうか。

 公共施設などがバリアフリー化していくのは、いいことなのだろうけど、ここらでどこまでを対象にするのか、改めて議論しておく必要はあるまいか。安倍首相の失言をその契機にしようなんて声は聞こえてこなかった。批判するのもいいけど、その批判から建設的な議論につなげるのが、民主主義って物のあるべき姿じゃないのかねえ。
2019年7月2日24時30分。












posted by olomoučan at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言
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