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2019年01月29日

桃色インコのお母さんの話

昨日は定時まで会社にいて即帰った。明日は新年会だ。飲みに行くには気が進まなかった。
飲みに行かなかったらタバコの本数も少ない。会社では午前に3本、午後に3本。
帰ってから寝るまで3本。いつでも止められると思うのだが止める気がない。

10月に移転したオフィスには喫煙所はない。だが、灰皿の置いてある公園やタバコ屋が近くにある。
その内の1軒のタバコ屋さん。自販機と自販機の間に入り口があり、中が見える。
おそらくは透明のガラスなのだろうが、汚れで曇ってすりガラスのようだ。うっすらと中が見える。中にはおばあさんと首元がピンクの鳥がいる。

タバコの間ずっと見ていると、その鳥とおばあさんはとても仲良しだ。しょっちゅうチュッチュッしている。微笑ましく見ていた。あまりのぞき込むのも失礼だが。
ある時、そのおばあさんが自販機のトラブルか、電話をしながら外に出てきた。
いつも炬燵に座っているし、すりガラスもあり相当なおばあさんと思っていたらそうでもない。
自販機のナンバーをスラスラ読み上げて電話をしていた。足腰もしっかりしている。70代半ばか。

昨日、タバコを吸いに出たら、その人が外に出ていた。そこでタバコを買う訳でなく吸わせてもらっているだけの気まずさから話をした。
「いつものオウムちゃんはいないんですね」“今は2階にいるの”「なにオウムなんですか?」“オウムじゃなくて桃色インコなの”「へぇー、インコなんですか、大きいからオウムかと思っていました」“どっか外国のインコなの”“知り合いの家にカラスに追いかけられて逃げ込んできたの、そしたらカラスも一緒に家に入って、カラスだけ追い出して”
“カラスを追い出したけど、ずっと外で出てくるのを待っていたから箱の中にいれて匿っていたって”

“それで調べたら40万円くらいするってわかったから警察に届けて、インターネットで迷い鳥って出して”   ・・・えー、この人、インターネット・・・驚いた。
“それでインターネットに出したら持ち主じゃないけど20万で買いますとか来るのよ”“そんな人はすぐ転売するのよ”“結局、警察にも届けがなくて私が飼うことにしたのよ”

いやぁ、聞いてみるものだ。と、いうより初めて話したのだが、ここまで話してくれるとは。
インターネットにも驚いたが、転売という世のトレンドもよくご存じだ。
チャキチャキの話好きの下町の“お母さん”だった。
なんか幸せな時間を過ごせた。これからはこのタバコ屋さんへ喫煙しに行こうと決めた。

脚はハムと内転筋が張っている。何をしても同じ症状だ。別に特に痛むわけではないので、もう気にしないようにしよう。杖無しで歩ける状況が続いている。まあ、1日の中でも波があるが。
左手の筋肉が付きにくい部分の名称を調べた。左半身全体に筋肉が付きにくいのだが、最近の筋トレやちょっとした工夫で左腕に確実に筋肉が付いてきた。でもそこだけが変わっていない。上腕二頭筋の外。
ただの上腕筋という名称だ。そこの筋肉を付ける筋トレをネットで調べた。

腕のカールがいいらしい。肘を伸ばして腕を上下に。この時に手のひらは内側。
手のひらの方向で付く筋肉は変わるのだ。
これを調べた時に「支配神経」というコトバが出ていた。C5、C6だったか。
やはり筋肉の指令は神経の、しかも中枢神経なのだろう。時間がなかったので詳しく調べていない。
支配神経がイカれていたらダメなのか、なんか活路が見いだせるのか。調べてみよう。
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2019年01月28日

あなたが寝る時に私は夢の中

出張帰りの土曜はそのまま居酒屋Yに寄った。ちょうど大坂なおみがあと2セットで勝つという時だった。特にテニスファンでもないが、応援はする。

日曜は朝から洗濯→クリーニング出し→ジム→英会話。
二日休みがないと回らない。今週は土曜の出勤のため、鍼には行けなかった。特に不調な部分はないが、身体を動かすことでカバーしないと。いつもより筋肉の動きを意識した筋トレを実施。

週後半、手の痺れが強くなっていた。が、それで特別な不自由は感じなかった。手の痺れの強さは気になるし、感じるのだが、それによる日常動作の不自由さはあまりなかった。手の指が不自由ながらも前よりも動くようになっているからだと思う。

英会話は3回目のIさん。17時半からの予約と思って準備していたら18時からだった。
いつも40分位まえからテキストを“暗記”する。テキストが終わればフリートークだ。勉強であり、外人とはいえ、若い女性と10分でも冗談を言いながら話せることは幸せだ。ただ問題は英語なのだ。

テキスト終了後はそのテーマに沿ってフリートークをする。でも、いつも僕は話しを逸らしていく。
そのために何を話そうか事前に考えた時に、単語を調べておかないといけない。
だが、そううまく話しをもっていけない。

昨日は生活のルーティンがテキストだった。フリートークは何時に寝るとか起きるとか。
そこから何か面白い話にもっていかないといけない。事前の単語検索はしなかった。
僕は22時過ぎにベッドに入ると答え、Iさんは0時という。「じゃあ、あなたが寝る時に私は夢の中ですね」くらいの会話。テキストに沿わない一言を言って笑ってもらう。
本当はもっと受けることを言いたいが、英語では難しい。

英会話の前にはビールを飲んで予習する。昨日は時間を間違えていたので焼酎まで進んだ。軽く飲んで会話することで自然な会話になる。とはいえ、30分待つ間に焼酎も進んだので自制した。

今日も19時半からIさんとの英会話。月8回こなすには平日も入れないと。
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2019年01月26日

新幹線にて(2019/1/26)

昨日、今日と出張だった。
新幹線が15時前に止まっていると情報が出ていたが復旧して良かった。
家には20時半には帰れる。帰りは居酒屋Yに寄ろう。今週の月曜に一緒に飲みに行ってから店に行っていない。

新幹線の前に乗った特急でショックなことがあった。
通路側の席だった。隣の客が降りるので立ち上がった。
そして座ったらズボンの左のポケットが肘掛けに引っ掛かりポケットの上下が裂けるように破れた。

お気に入りのスーツだ。
この破れ方は修復不可能だろう。隠すために上着を着て新幹線は座っている。
一応大卒時にアパレルメーカーに就職した位なので今でも服装に少しは気を使っている。

上着は長時間座る時にはシワ予防で脱ぐ。ズボンも毎週アイロンをかける。
スーツも昔ほど高いモノを買わないが、それなりだ。ショックだ。

冬だから厚い生地のスーツ。この厚みのスーツは2着を着回している。
問題は店頭にはこの厚みのスーツケースがもう無いだろうということ。1月からバーゲンで今や店頭は春物だと思うのだが、どうだろう。あったとしてもバーゲンの残りモノ、気に入る商品はないかも。

ポケットを肘掛けに引っかけるのは身体の不自由が関係している。ドンっと座る訳ではないのだが、微妙な座る位置や座り方を調整して身体を動かすことに気がまわらない。
立って通路に出て、元の席に戻って座るということだけで精一杯になっていた。

ズボンを破くのは一昨年もあった。
これはオフィスの狭い箇所を通る時に何か出っぱった側に身体が寄ってしまい、避けようとして右のお尻に突起物が引っかかって破れた。

いくら脚の調子がいいといっても、健常ではない。怪我をしないだけ良かったと思うか。

さっき新幹線の切符を買う時、財布に領収書を入れようとした。右手は杖、左手は持ち手の太い出張用バッグ。杖を持った右手に財布を持ち、バッグを持った左手を動かして右手の財布の方へ動かしたとたんにバッグが手から滑り落ちた。
これは前にも経験ある。左手の握力が弱いので、太い持ち手をひねったら握力が耐えきれないのだ。

落ちたバッグは放置してとりあえず領収書を入れようとしていたら、若い女性が駆け寄ってバッグを拾いに来てくれた。「大丈夫ですよ」と言ったが親切さに感謝だ。と、共に横着している自分を反省。
いつも杖とバックを置いてやっている動作だ。自分の横着で人に迷惑をかける。

スーツはまた買えばいい。
調子が少し良くても気をもっと回さないといけないのだ。自分のためにも。また、駆け寄ってくれる親切な人にお手数を掛けないためにも。
posted by shigenon at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2019年01月24日

立って飲む

昨日は属している会の互例会。立食だ。
以前は長時間立つことに不安があった。だが、脚の調子良さは継続している。立食だといつも酒は2杯程度に抑えるのだが、飲みたいだけ飲んでも大丈夫だった。

会には仲の良い客先のUさんも来ていた。仕事を通じてUさんと親しくなり、別の会にも誘い入れている。Uさんがどんどんお酒を持ってきてくれた。
会が終わり、Uさんから別の会社のNさんを誘って飲みに行こうというという話になった。
Nさんはこの会合に出ていない。Uさんが電話すると、既に帰宅していたのだが上野まで出てくるという。

Uさんと僕で焼酎1本、Nさんはビール。Nさんもこの会の仕事を通じて仲良くさせてもらった。
退院した後、一番大きな仕事はUさん、Nさん無しでは成し得なかった。感謝している。
楽しく飲んで21時頃に別れた。

脚の調子はいい。杖をつかなくてよい状態が続いている。肩の疼痛は先週より感じるか。
一昨日の超音波治療器は肩には効果を発揮しなかった。

なんだかんだで昨日の酒量は多かったようだ。朝起きたら軽く残っていた。今日は短めで。
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2019年01月23日

ヒロシと寿司屋のマスターの話

昨日はさすがに飲み疲れもあり家でゆっくり。
久しぶりに超音波治療器を使った。まずは気になる右のモモ裏からふくらはぎ。普通の感覚であれば、治療器を押し当てた部分は深層部に“熱さ”を感じるのだが、痺れている足にはその感覚がない。
これくらいで熱く感じるだろうというタイミングであてる部位を移動する。

右脚が終われば両肩。特に痛みは感じていなかったが、ケアとして。肩は熱さを感じる部分がある。
超音波治療器を使う時はジェルを使うので裸にならないといけない。いつもより熱い湯に浸かってゆっくりした。

大学時代に家庭教師をしていた。ダイエーのバイトで知り合ったパートの方にお願いされたのだ。
それを頼まれたのが高校受験の10日ほど前だったと思う。
ヒロシはやんちゃな子だった。でも素直だった。家庭教師といっても何から始めていいかいいかわからなかった。まずは学力。

ヒロシは中学の3年間を全く勉強していなかった。勉強に関しては手が付けられなかった。
中一程度の学力だ。理科や社会、英語など中学校で学んで知識になるべきモノが全くなかった。どうしようもない、中一の教科書を順番に進めていった。

卒業式の時にいつまでたっても帰ってこない。待っていたら酒を飲んで帰ってきた。
もう勉強を教えるのは諦めた。本人も望んでいない。
それ以降、2時間は色んな話をして過ごした。当然、全て受験した学校は落ちた。
結局、専門学校のような学校に入学が決まった。

入学が決まって、お役御免と思っていたらお母さんから「続けてやってほしい」と言われた。
ヒロシの家は商売をしている。一人っ子だ。
教えた後に夕食を頂くのだが、お母さんとヒロシとテレビを見ながら一緒に団らんする。当時、ザ・ベストテンを見ながらお母さんが「郷ひろみは年を取りませんねぇ」と出るたびに言っていたことを思い出す。家庭教師の継続は兄貴として必要と思ってもらったのだろうか。

ヒロシの専門学校もちゃんと中間試験・期末試験はある。商業系だから僕が教えられない簿記もあった。
僕は商学部で簿記1を履修していた。教科書すら持っていないし、授業だけは出席があったので出た。
出席していれば単位をもらえた時代だ。全く簿記を知らないのに単位を取った。

試験の前でない時は簿記を教えた。ヒロシの教科書を一緒に見ながら教える。もちろん自分にとっても初めての知識だ。でも先に教科書を見ながら教えられた。
試験前は試験に出る問題を教えてくれる学校だった。先生が黒板に書くという。
ヒロシはそれさえノートに書かない。試験前、友達に電話させて聞かせたりした。それを暗記させるのが授業だった。

ヒロシの部屋で二人。教えているとヒロシはよく居眠りをした。飽きてくるのだ。その度に勉強を止めて色んな話をした。他のバイトの話など。ヒロシはバイクに乗りたかったようだ。バイクの運転の仕方、クラッチや変速など教えた。

教えている時に休憩を挟むが、僕は勝手にタバコを吸っていた。今では考えられない話だ。
タバコを切らしている時、ヒロシがタバコを差し出してくれたこともある。僕自体も高校から吸っていた、兄としてもOKだ。
家庭教師は1年くらい続いたか。何で終わったのかは覚えていない。お母さんから「もう良い」といわれたのだったか。悪い関係で終わったのではないことは確かだ。

家庭教師が無くなって半年くらいしてからだろうか。
当時は携帯電話やスマホはない。ヒロシを気にかけながらも、わざわざ電話する用事もなかった。
ある時、大学の正門前でよく行く喫茶店があった。学校は当時で週に3回くらいしか行かなかったか。
僕の行っていた大学は関西でも大規模な大学だ。正門まで続く道は学生で溢れている。

授業が終わり、友達とその喫茶店に入ろうと正門を出た時に声がする。
「せんせーい」穴の開いたマフラーのバイクの爆音とともに。
ヒロシだ。髪は金髪に染めている。何でここに居るのだろう。

ヒロシは僕に逢いたくて、おそらく何度も大学に来て・何時間も探していたのだろう。バイクの爆音を鳴らしながら。よく掃き捨てるような多さの人の中で見つけたものだと思う。
その時に何を話したかは覚えていない。それ以降、ヒロシには会っていない。1983年くらいの話だ。

卒業しても、たまたま会社の寮は大学の一つ前の駅だった。ヒロシの家との中間。
ヒロシの家も知っている。なのに何で訪ねなかったのだろう。
それから札幌へ転勤や、会社を辞めたりして色々と住むところは変わった。

2000年に大阪に勤務することになった。学生時代を過ごした街へも近い。
毎晩近くのお好み焼き屋で飲んでいた。ブログにも書いた、年に2回くらい電話をくれるママだ。そこが閉店すると、商店街にある寿司屋で飲むようになった。
2003年に東京に来るまで、1年近くはその寿司屋に週3で行っていた。
そこで知り合ったマリリンの話もあるが、それは後日。
その寿司屋のマスターは雇われだった。気のいい旭川出身の人。

東京に転勤になってからその店が閉店し、マスターは違う店に移ったと聞いた。2004年ころか。
出張の時に2度ほど行ったか。ヒロシの家の近くだ。
マスターに言った。「昔、このすぐ近くの○○屋さんに家庭教師に行っていたんだよ」
それを聞いていたパートの人が言った。「ヒロシさん?ウチにも何度か来てますよ」

驚いた。この店に来たら会えるかもしれない。大人になって家を継いだヒロシはどんな様子だろう。
2005年の2月に結婚した。兵庫で式を上げ、そのまま大阪に泊まって新婚旅行の予定。
夜はその寿司屋に飲みに行くことになっていた。だが、前日にはしゃぎ過ぎたのか風邪を引いた。
翌日からの旅行を考えたら安静にしなければいけない状態だった。

その日はその店に行けなかった。マスターから「○○さんの大好きな物を用意していたんだけど」と言われた。申し訳なかった。

その店にはそれから行く機会がなかった。マスターにはたまに電話していたが、「実は癌になって」と言われた。店は辞めたようだった。
その後、電話をしたら旭川に戻ったと聞いた。札幌出張の時に旭川に行こうと思ったが行動できなかった。その後、電話は解約されていた。なんで行かなかったか自分を責めた。

ヒロシの話から色んな話になってしまった。
昨日、寝つきが悪くて色々考えた。Yマスターと常連客mちゃんと飲みに行ったのも人の縁なのだろうなと。
これまで人の縁を大事にしてきたのか?・お前はお前のことを思ってくれた人にちゃんと答えられたのか?自問自答した。これまで人を裏切りはしたことないが、人の気持ちに応えられていない自分を思った。

頸髄損傷・リハビリに全く関係のない話でした。
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2019年01月22日

Yマスターと飲んだ話と左手の話

昨日は勤務地付近に居酒屋YのマスターとYの常連客のmちゃんと飲んだ。mちゃんは前に書いたMちゃんとは違う。5.6年前からYでたまに会う若者だ。いつも帰り際に来るのでゆっくり話したことはなかったが、先月早く来たのでけっこう喋った。
mちゃんは僕と同じ駅に勤めている。奇遇だが、同じ兵庫出身。また、僕が持っている株の会社に勤めていることが先月判った。それ以降、株価は急落しているが・・・。

Yマスターと個人的に飲むのは4度目くらいか。酒は思ったほど強くない。気さくな下町の兄いタイプだ。18時過ぎに待ち合わせ、3人で3軒回った。
この街も中央区ながら昔ながらの下町情緒あふれる飲み屋街がある。Yマスターは街を歩きながら、しきりに“変わった・変わった”という。そうなのだ、街も人も変化するのだ。

けっこう飲んだ。でも23時半くらいまでか。1軒目で3杯、2軒目は3人で焼酎ボトル1本、最後はバルでワインを2本。
今日、起きて会社をズル休みしようかと思ったが、それは情けないので起きた。

昨日の足指の痛みは治まった。だが、昨日は営業でけっこう歩いた。足をかばって歩いたので腰が痛い。
昨日気づいたが、左手の手のひらを外に向けて水平より上に広げる動き。先月から痛みを伴いながら繰り返していたが、昨日から全く痛みなく動くようになった。

土曜の鍼で、この動きをしたら左の三角筋の後部が痛いという話をセンセイに言ったのだが、そこに打ってくれなかった。よくあるのだが、言ったことを忘れたのかと思ってそれ以上は言わなかった。
だが、うつ伏せで背中を打ってもらう時に、いつもは打たない脇の下あたりにそれほど深くない鍼を打ってくれた。なんとなく、この鍼が効いたように感じる。

まあ、土日の筋トレでもバーに指を1本1本かけて伸ばして腕の細かな筋肉を刺激したり、思いつく限りのことをしている。何が良かってどうなったかは言えない。
ただ、一つ改善できたことは嬉しい。

頸髄損傷は“症状”は改善しないのだろう。冷感や灼熱感や痺れや麻痺や疼痛や。
ただ、その症状が直接関係ないのだろうが、症状があることによって出来ないと思ってしまっている動作が多くあると思う。
例えば痺れているから手を動かせないと思い込んでしまうとか。

僕の場合だが、症状があっても動かすことが大事だ。完全に痺れている右脚だが、自分の意志で動かすことができた。一方、左脚は手で“よいしょ”って動かさなければいけない状況が多かった。
筋トレマシンは左右同じ動きだ。右脚は力が入るからマシンは動く。徐々に左脚に負荷がかかるように動かす。

退院当初は左脚を後ろに跳ねることができなかった。エアロビクスでいうカールという動作。
普段、この動きをしないので気づかなかった。ただ、ジムで鏡を見てなんとなく昔やっていたエアロビの動きをしていて動かないことに気づいた。
筋トレマシンでレッグカールがある。最初は左脚で動かせなかった。
でも続けていれば動くようになった。麻痺もあった左だが、筋力が付くことでカバーできたのだと思う。

頸髄損傷になって、急性期を終えて、自分でネットとかで調べて「一度損傷した中枢神経は回復しません」というコトバを見つけてみんな絶望する。IPS細胞で治療とかが最近ニュースになったが、何人が受けられるのだろう。
自分で治すしかないのだ。
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2019年01月21日

犬としもやけの話

金曜日は居酒屋Yに寄った。僕が勤めている辺りはマスターも詳しいらしい。どこか美味しい店がないかなという話から、定休日の月曜にマスターと飲みに行くことになった。

土曜日はルーティン。洗濯→クリーニング→ジム→鍼、そして英会話。
2回目のレッスンとなるIさんとも楽しく話せるようになった。英会話の予習を1時間ほどするのだが、その時に缶ビールを1本のみながら予習。今回のテキストは簡単だったのでそれほど時間はかからず、予習中に焼酎まで飲んでしまった。少し酔いが入った方が英語も流暢になる。

鍼では先週の施術後に右お尻と脚がすぐに張ったことを言う。「打ちすぎたかな」とセンセイは言うが、そうでもなかったと思う。今回も帰りに同じように張っていた。
思うに、脚が緩んで歩くときに力が入っているのではないかと。来週の土曜は会議で鍼に行けない。2日はセンセイが休むという。1日の夕方に予約。

日曜日は早起きして部屋の掃除。受傷前は毎週していた掃除機も今は3週間に1回。まあ狭いし、大体、生活時間が短いからそれほど汚れない。昼前にKさんの飼っている犬の散歩に付き合う。ポメラニアンとトイプードルだ。子供のころ、通学路の風呂屋の犬に噛まれてから犬は好きでなかった。大きな網の扉の中で飼われていたのだが、小学生の僕を見るといつも走ってきて吠えた。
覚えていないが、扉があるから何度かからかったかもしれない。
ある時、扉が開いていた。僕を見つけたその犬は勢いよく走ってきて僕の太ももを噛んだ。
マセてひねくれた子供だったのだろう。泣きながら訴えてやるとか言っていたのを覚えている。

猫も好きじゃなかった。よく本屋に行く子供だった。本屋中の本を吟味するくらい見て、気に入った小説を買っていた。小学4.5年の頃か。その本屋のカウンターに猫がいつもいた。
ある時、頭を撫でたら噛みつかれた。これで猫も苦手になった。

今はけっこう犬好きだ。2匹の犬をそれぞれ膝の上に置いてマッサージしてやる。ここが大殿筋、ここが大腰筋とか思いながら。脚の悪いポメラニアンは下腿二頭筋とハムをマッサージ。
2匹とも気持ちよさそうな顔をしている。犬のマッサージ師もいいなと思った。

昼からジム。この日は英会話をやりたかったが、現地の祭りで全て休講。ジムが終われば洗濯とズボンのアイロン、灯油の補給という仕事がある。
結局、月曜からの仕事のために土日を費やす日々だ。

昨日、左足の指がしもやけになっていることに気づいた。右足ほどではないが、左足先は軽いしびれがあり、感覚も鈍い。
今朝、酷いことが起こった。ベッドの下は2つに別れた引き出しになっているのだが、足元の方の引き出しが少し開いていた。昨日、洗濯物を入れた時にちゃんと閉めていなかったようだ。

朝、起きてリビングに向かう時に左足先を思いっきりその引き出しの段差に当てた。思わず座り込んでのけぞる位の痛さだ。
実はこれ、よくやる。どうしても右脚が強くて左脚を運ぶ時に空間にある左脚全体に力が入らずぐらついているのだ。真っすぐ歩くときは良いが、角度を変える時に左がついてきていない。

痛みも少し治まり、朝の支度をしていると床に血の跡が。
いつも靴下を履いて寝る。その靴下に結構な血が染みていた。靴下を脱ぐと真ん中の指の爪先が腫れて出血していた。しもやけの部分だ。
子供の頃からよくしもやけになった。腫れる位のしもやけだ。母親に足の指を縛って針をさして“悪い血”を出してもらったり、「ムトウハップ」という硫黄臭のキツイ薬に足を付けたりした。

今日の出血。単なる怪我なのだが、ちょうどしもやけの辺りだ。悪い血が出たと思うことにしよう。
ただ、歩くにはさらに不自由になった。でも、これで解ったことがある。
左足を着地した時に足のかかとから着地、足先に抜けるように歩く大事さを。
なんてポジティブだ!と自分で思う。
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2019年01月18日

大学生と歯医者の話

結局、昨日は昼前に薬を飲みに家に戻った。やはり薬を飲んでいないことで気になり、手の痺れが強くなったような気がしたから。気だけだと思うが。今後の飲み忘れ対策のためにある程度の数量を鞄に入れておくことにした。

杖は持ってはいるものの歩くときにはほぼ突かなくて良い状態。だが帰りの満員電車では必要だ。
出入りの激しい地下鉄では、奥に入らないといちいち駅の度に動かなければいけない。吊り輪の確保は必須だ。狭い空間で足を上手く運んで人を避けることまでは完全にできない。他人に軽くぶつかることもある。杖がなかったら相手は簡単に理解してくれないだろう。

昨日の帰り、空いていたので普通席の端の吊り輪に行こうとしたら若い女の子がすばやく立って席を譲ってくれた。空いているし10分程の乗車なのだが感謝だ。
英語のプリントを持って勉強している。大学生だろう。そういえば試験の時期だ。

最近の大学生は勉強をするらしい。当たり前か。思い起こす。大学時代に勉強ってしたっけ。僕の話だが。
試験前に語学は「訳本」と言われる日本語に訳した本、専門や一般教養は授業に出ていた人のノートが大学の駅前の店で売られていた。友達の友達のノートとかも回ってきて、当時1枚50円だったか、いやもっと高かったか、コピーをしたものだ。
それを揃えるために友達が集まる→酒を飲む→麻雀というパターン。訳本やノートのコピーはお守りだ。
1980年代前半の話だ。私立文系の多くはそんな奴らが多かったと思うが。

授業は出席を取る授業だけ出る。教科書も買わない。
毎日バイトだ。バイトで様々な社会経験をした。それが自分にとっての4年間だったように思う。
バイト・・・ドライブイン、ワッペンの型抜き、古墳発掘、ダスキンの新規開拓、ダイエー、インテリア輸入商社、ラウンジ、家庭教師、交通量調査、思いつくのはこれ位か。
長くて印象的だったのはダイエーとインテリア輸入商社とラウンジと家庭教師か。

学生時代のバイトの話は過去に書いたことあったかな?家庭教師をしたヒロシの話は書いたかな?ラウンジのことも。ちょっと過去ブログを見てみよう。

今週はほぼ22時過ぎに就寝。毎日熱めの風呂に長く浸かった。規則正しい生活は体調を維持するのだろう、先週に引き続き快調だ。ただ歯がダメだ。歯茎の腫れが引かないのと、餅で詰め物が取れたので歯医者に行った。歯茎の腫れは、根の治療が必要とのことで被せている歯を削り取った。奥歯だ。
それでも歯茎の腫れは引いていない。信頼している歯医者だ。あれ、何でこの歯医者さんに信頼を置いているか、書いたかな?。

この歯医者さんは、もう15年以上の付き合いだ。前の前のオフィスの近く。
同い年くらい。冴えない風貌だ。ある時、「○○さんは幼い時に高熱を出しましたね」と言う。その通り、おたふく風邪が酷かったらしい。何故こう言われたかというと、前歯の真ん中に段がありへこんでいる。
「永久歯は生える前から歯の中にあって育っていく、生える前に高熱などが影響してその時の影響ですね」僕は知らない知識を教えてもらうと感動しやすいタイプなのだ。

冴えない先生と思っていたが、優しい先生だ。無駄な治療はしない。詰め物が取れても問題なければ再使用する。以前の歯医者だったら全て新しく作り変える。
歯は身元不明者の照合に使われる。もし僕がそうなったら、この先生なら警察からの問い合わせですぐに「○○さんです」と言ってくれるだろう。

奥歯の被せは削り取って“根”に薬を入れているが、歯茎は腫れたまま。今朝は出血した。
根まで穴が届いていないように治療中に思ったのだが。
前の2番目の奥歯なので舌が引っかかって喋りにくい。信頼している先生だが、腕の方は少し疑問がある。今日も歯医者だ。
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2019年01月17日

薬の飲み忘れ

前にも同じタイトルで書いたような。
昨日・今日と朝飲む薬を飲み忘れた。痛風の薬とリリカ。鞄の中にリリカは入れている。昨日飲み忘れたので朝と昼過ぎに飲んでしまった。今日の分はない。
駅の改札で気づいたが、戻る気はしない。駅の入り口から家までは2分だが、改札から駅の入り口までは長い道のりと階段がある。これまで会社携帯やスマホを忘れて取りに戻ったことがあるが、健常ではないのだ、せっかく辿り着いた場所から後戻りは気分的にもしんどい。

どうしても調子悪ければ、時間を見て一度家に戻ろう。昼前に出て戻ればいい。
ただ飲むべきものを忘れると気になる。
薬は頭痛薬・胃薬のように頓服のものもあるが、大抵は継続しないと効果を発揮しない。成分の濃度を体内で一定にしなければいけないようだ。

連続で忘れたのには理由がある。
朝起きた時の疼痛がそれほど酷くない。手の痺れも強くない。それで「薬飲まなきゃ」を忘れてしまう。
それと今年から始めたシルバーヘアーのワックス。均等に付けるため、合わせ鏡で後ろを見たりして髪のセットに余計な時間がかかる。

昨日は居酒屋Yに寄って2時間半。今年2回目。シルバーヘアーを「10歳老けましたよ」と口悪く言っていたYマスターも、昨日は「5歳老けて見えますよ」と5歳の修正が入った。一度見たら慣れるのだ。
ただ、髪のてっぺんが薄くなったきていることに加え、根元の白髪が伸びているのでハゲに見える。これをうまくセットしなければならない。

薬は気分で飲むものではないのだが、飲み忘れると気持ちが弱る。今も手の痺れが昨日より強くなったような気がする。よく医薬品メーカーが臨床実験で、偽薬(プラセボだったっけ?)と本物を飲ませて気分的な効果と実際の臨床データを取る。
偽薬でも効果があったと感じる人は多い。それだけ“飲んだ安心感”で良くなったと感じる部分は多いのだろう。

飲みに戻った方が精神衛生上、良さそうだな。
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2019年01月16日

英会話再開

昨日からオンライン英会話を再開始。会社でやらされているのだが、昨年の11月末でいったん終了。希望者は1月15日から3か月受けられることになっていた。月8回だ。けっこうなパワーが必要だ。
前回の3か月、24回はいつも同じ講師・Jさんとレッスンしていた。

元々はTOEIC対策のための英会話。だから会社もお金を出している。ほとんどの人がTOEIC対策の口座を受けているらしいが、僕は関係ない、楽しい普段の会話コースを選んでいる。まずは英語に慣れることが重要というのが言い分だ。講師はほとんどがフィリピン人女性講師。
講師は都度都度、自由に選択できるのだが、笑顔が素敵なJさんをいつも指名していた。テキストはたわいもない普段の会話だ。フリートークを楽しんでいた。

Jさんとは最後のレッスンの時にいったん終了すること・次は1月15日からということ・それではよいクリスマスと正月を、と僕なりの英語で伝えて再会を約束していた。
ところが今月の開始に向けて講師の予約をしようと思ったらJさんが講師一覧にいない。
辞めたのか。ちょっとショックだ。

気を取り直して、写真一覧と紹介ビデオから選んだのはIさん。美人だ。だから選んだのではないとは言っておく。
昨日は1回目。Jさんとは違い、アジアンイングリッシュではなく欧米風。うまく聞き取れない。
レッスンのテキストはいたって簡単だ。初心者レベルなのだ。そのテキストを小1時間は予習する。暗記だ。だからイラストを見て質問や回答をやりとりするのだが、ある程度流暢に答えられる。

それで“英語がある程度できる人”と判断されたのだろうか、テキスト外の会話のスピードが速い。
一応、土曜日もIさんで予約を入れている。これに慣れていくべきなのだろう。まだ知り合ったばかりだ。
夕食は英会話があったので、外出先で買って帰ったケンタッキーのチキン。これもネタに使おうと「もう夕食を食べましたか」と質問し、当然「あなたは?」とくるから、KFCの袋を取り出して「これとビールが夕食です」とかやった。関西人はウケのために仕込みをするのだ。ちょっと良いコミュニケが取れた。「ケンタッキーとマクドナルドのどっちが好き」とか聞かれた。英会話といってもこの程度のやり取りなのだ。

身体の調子はいい。お尻とハムの張りも緩和した。なんであんなにお尻が張ったのかは疑問だが。
昨日は握力を計ってみた。左が27kg。右が37kg。んー、前はどうだったっけ。
左は強くなった気がしていたのだが、30kgには届いていない。まあ、座って測定したし。
ソファーのすぐ横に握力計を置いているが、あまり測定しない。このように数値が期待外れだとモチベーションが下がるから。実感として握力は強くなった気がするのだが。
posted by shigenon at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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