2020年06月29日
教育活動の目標
「教育活動の目標ってなんだろう。」
人事評定の目標シートを書くたびに、そう思う。
「生徒たちを学び、社会に役立つ大人として成長させるための一助となる」、ことが教師の仕事であるとすれば、全人格的な成長が求められることになる。
塾や予備校ならば、直近の学校への合格であったり、学校の授業についていけるようになることだったり、はたまたが学校の宿題をこなすことだったりする。
そうは言っても、彼らだって、教育者としての自信と誇りを持って、生徒たちを育てているに違いない。
親のニーズ、社会のニーズが、教育の目的であるとするならば、本来の目的から少しずれてしまうこともあり得る。社会的な『常識』が時に間違っていることがあるからだ。
「クラスの偏差値を5ポイント上げます」、と言えば、耳障りは良いが、それだけを追い求めてしまうと、点数至上主義に走る。
そんな折、教頭面談があった。
「この半年間の、よかった点と改善点をお話しください。」
毎年、このことを聞かれる。
本心から言えば、私自身、良くもなく、悪くもなく…、何となく時が流れた感じ。
敷いて言えば、再び生徒が愛おしく思えるようになったことだろう。
以前の私は、もしかしたら生徒との関係が近すぎたのかも知れない。
そういう意味では、担任も学年主任も外れた昨今、彼らと絶妙な距離になり、おおらかに彼らを見られるようになったのだろう。
「特に校長に伝えたいことはありますか?」、という質問にも、「特にありません」、と答えて面談は終わった。
こののち、校長面談が入り、授業評価のフィードバックを受ける。
かつての自分は、「定年までつつがなく、特に目立つこともせず、淡々と毎日を過ごす」ような働き方に強い嫌悪感を持っていた。
だが、昨今は、その気持ちも少し分かるようになってきた。
「自分は、そんなに優れた人間ではない」、という思いが歳を重ねるたびに大きくなってきたのかも知れない。
今の私は、授業と部活に特化している感じだ。
「あまり、学校には貢献されていないな…。」
そう。思いつつ、毎日が過ぎていく。
この倦怠感は何だろう…。
人事評定の目標シートを書くたびに、そう思う。
「生徒たちを学び、社会に役立つ大人として成長させるための一助となる」、ことが教師の仕事であるとすれば、全人格的な成長が求められることになる。
塾や予備校ならば、直近の学校への合格であったり、学校の授業についていけるようになることだったり、はたまたが学校の宿題をこなすことだったりする。
そうは言っても、彼らだって、教育者としての自信と誇りを持って、生徒たちを育てているに違いない。
親のニーズ、社会のニーズが、教育の目的であるとするならば、本来の目的から少しずれてしまうこともあり得る。社会的な『常識』が時に間違っていることがあるからだ。
「クラスの偏差値を5ポイント上げます」、と言えば、耳障りは良いが、それだけを追い求めてしまうと、点数至上主義に走る。
そんな折、教頭面談があった。
「この半年間の、よかった点と改善点をお話しください。」
毎年、このことを聞かれる。
本心から言えば、私自身、良くもなく、悪くもなく…、何となく時が流れた感じ。
敷いて言えば、再び生徒が愛おしく思えるようになったことだろう。
以前の私は、もしかしたら生徒との関係が近すぎたのかも知れない。
そういう意味では、担任も学年主任も外れた昨今、彼らと絶妙な距離になり、おおらかに彼らを見られるようになったのだろう。
「特に校長に伝えたいことはありますか?」、という質問にも、「特にありません」、と答えて面談は終わった。
こののち、校長面談が入り、授業評価のフィードバックを受ける。
かつての自分は、「定年までつつがなく、特に目立つこともせず、淡々と毎日を過ごす」ような働き方に強い嫌悪感を持っていた。
だが、昨今は、その気持ちも少し分かるようになってきた。
「自分は、そんなに優れた人間ではない」、という思いが歳を重ねるたびに大きくなってきたのかも知れない。
今の私は、授業と部活に特化している感じだ。
「あまり、学校には貢献されていないな…。」
そう。思いつつ、毎日が過ぎていく。
この倦怠感は何だろう…。
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