2018年10月12日
初めての時間割係
最初に専任として勤めた学校の校務分掌は教務の時間割係だった。
時間割係には大きく二つの仕事があり、一つは年間時間割の作成。もう一つは、日々の自習監督の割り当て。その学校では、補充授業と言っていたが、要は、「休んだ先生の代わりに自習監督を割り当てる」というもの。
休みの先生の時間割を見て、その時間空いている先生を探し、その先生に補充をお願いする。必要があれば、時間割を入れ替え、同じ教科の先生が担当できるようにする。新人で、先生方の顔と名前が一致していない中、この仕事は結構重たかった。
「数学科卒なのだから、時間割のコマを動かすのはお手のものだろ。」
などと持ち上げられてこの時間割係についたのだが、当時、「○○先生お休みです。」という連絡が怖かった。
時間割表を見て、「さっと」監督の先生を決める。そして、おそるおそる
「○○先生、大変申し訳ありませんが、□時間目、補充をお願いできませんか?」
と交渉。
「俺、嫌だよ。今日は忙しいんだよ。」
そう、言われると、若い私はなかなか押し切れず、次の候補を探す。
「この間やったばっかりじゃないか。俺ばっかり頼むなよ。」
などと、怒られることもあった。
だから、私は、誰が何回補充をしたかを一覧表にもした。
「今月は初めてです。」
と押し切る。
その後、この補充には手当がつくようにもなった。
この仕事は、担任になるまで何年間か続いたが、慣れてきた頃は、
「○○先生」
と言うだけで、OKや拒否が分かった。
「大変だね。みんなに頼んで回って…。」
と言って下さる先生もいれば、
「4限はだめ。家に帰ってお昼食べるから…。」
「その時間は病院。ボク定期的に病院に行かないと、死んでしまうんだ。」
などなど、あり得ないような理由が認められていた不思議な学校だった。
後に、時間割係は、年間の時間割を作る時間割作成係と、自習担当を決める補充係に分かれ、私は補充割り当ての方からは解放された。
もしかしたら、若手の教育のために、私をあえてこの仕事につけたのかな、 と思う。
すぐに全先生の顔と名前が一致したし、性格も把握できたし、声のかけ方も工夫することができた。
いずれにせよ、鍛えられたことは事実。
苦しい仕事でも、実になるものはある。
「えーまた俺ですか?」
などと言いながらも、その後ニコッと笑って、
「大丈夫、大丈夫。稼がなきゃね。」
と、引き受けてくれるようになった頃、この分掌から外れた。
先輩諸氏は、コミュニケーションとして一言を加えていたようだが、当時は、そんな風には思えなかった。
「一言余計なんだなぁ…。」
若手への言葉かけ、気をつけねば…。
時間割係には大きく二つの仕事があり、一つは年間時間割の作成。もう一つは、日々の自習監督の割り当て。その学校では、補充授業と言っていたが、要は、「休んだ先生の代わりに自習監督を割り当てる」というもの。
休みの先生の時間割を見て、その時間空いている先生を探し、その先生に補充をお願いする。必要があれば、時間割を入れ替え、同じ教科の先生が担当できるようにする。新人で、先生方の顔と名前が一致していない中、この仕事は結構重たかった。
「数学科卒なのだから、時間割のコマを動かすのはお手のものだろ。」
などと持ち上げられてこの時間割係についたのだが、当時、「○○先生お休みです。」という連絡が怖かった。
時間割表を見て、「さっと」監督の先生を決める。そして、おそるおそる
「○○先生、大変申し訳ありませんが、□時間目、補充をお願いできませんか?」
と交渉。
「俺、嫌だよ。今日は忙しいんだよ。」
そう、言われると、若い私はなかなか押し切れず、次の候補を探す。
「この間やったばっかりじゃないか。俺ばっかり頼むなよ。」
などと、怒られることもあった。
だから、私は、誰が何回補充をしたかを一覧表にもした。
「今月は初めてです。」
と押し切る。
その後、この補充には手当がつくようにもなった。
この仕事は、担任になるまで何年間か続いたが、慣れてきた頃は、
「○○先生」
と言うだけで、OKや拒否が分かった。
「大変だね。みんなに頼んで回って…。」
と言って下さる先生もいれば、
「4限はだめ。家に帰ってお昼食べるから…。」
「その時間は病院。ボク定期的に病院に行かないと、死んでしまうんだ。」
などなど、あり得ないような理由が認められていた不思議な学校だった。
後に、時間割係は、年間の時間割を作る時間割作成係と、自習担当を決める補充係に分かれ、私は補充割り当ての方からは解放された。
もしかしたら、若手の教育のために、私をあえてこの仕事につけたのかな、 と思う。
すぐに全先生の顔と名前が一致したし、性格も把握できたし、声のかけ方も工夫することができた。
いずれにせよ、鍛えられたことは事実。
苦しい仕事でも、実になるものはある。
「えーまた俺ですか?」
などと言いながらも、その後ニコッと笑って、
「大丈夫、大丈夫。稼がなきゃね。」
と、引き受けてくれるようになった頃、この分掌から外れた。
先輩諸氏は、コミュニケーションとして一言を加えていたようだが、当時は、そんな風には思えなかった。
「一言余計なんだなぁ…。」
若手への言葉かけ、気をつけねば…。
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