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クロア篇−5章2 [2019/03/02 02:30]
透明な朱色の飛獣がすいっと屋敷の正門を越えた。いよいよ町中での戦士捜しだ。町灯が照らす大通りには人影が多く行きかっている。彼らの風貌がどんなのか、クロアは目をこらしてみるものの、よくわからない
「この高さからだと人の身なりまで見えないわ」
「俺が遠目の術を使ってみましょう」
ダムトは透明化と同時に望遠の術を使いはじめた。術の同時併用ができるとは器用だ、と術に不慣れなクロアは関心した。が、彼の集中力を途切れさせるような雑談は避ける。
「それで、いま見た感じはどうなの..
クロア篇−5章1 [2019/02/22 01:11]
クロアは夕食を家族とともにとった。遅れてきた公女を家族はみな温かくむかえてくれ、クロアはいつもの調子のまま食事をはじめた。
夕食を食べおえた母と祖母が早々に退室する。居室には父と娘が二人きりになった。父も食事はおわっているが、座ったままだ。クロアは父が娘に話したいことがあるのだと察する。その内容は言うまでもないが、話の切り口がてら問う。
「今晩の護衛の件は、どうなりました?」
「ソルフを同行させようと思う」
「お父さまの護衛を?」
「ああ、クロアはソルフが好きだ..
クロア篇−4章7 [2019/02/20 02:20]
クロアは夕食の時間まで自室で休むことにした。レジィの寝室が見えた頃合いに、レジィにも休養をすすめた。今日はもうレジィにやらせたいことがなかったからだ。
「寝る支度をしちゃってていいわ」
「はい……今日はここでおわかれですね」
ベニトラを抱えていた彼女は名残惜しそうに猫を放した。レジィはまだ猫に触れていたいらしい。その動物好きぶりを見たクロアはほほえむ。
「そのうちあなたとベニトラが一緒に寝られる日を用意するわ」
「えへへ、たのしみにしてます」
レジィは屈託の..
クロア篇−4章6 [2019/02/19 01:40]
クノードは仕事机とはべつにある机のそばに立った。そこは椅子が六脚ある。クノードが上座に着き、その対面する位置にクロアが座る。レジィは余っている椅子をうごかして、クロアの真横に座った。朱色の猫はゆっくり浮遊し、レジィの膝元におさまる。少女はベニトラが自分を休憩場に選んだことによろこび、顔をほころばせた。
「さっそく志願者を見つけてきたそうだね」
クノードが官吏たちから収集したらしい速報を述べた。クロアが物申したい話題とちかいので、クロアは頭を上下にうごかす。
「はい、..
クロア篇−4章5 [2019/02/18 01:30]
クロアは厩舎にいるエメリに会い、ティオの試合結果を伝えた。本来の目的は果たせなかったが、武官に取り立てる算段をつけていると。
「まだボーゼンが承諾するとは決まってないのだけれど……」
「父は断りませんよ」
「わかるの?」
「父もティオのことは気にしてたんです。むかし、ティオとオゼが仲良くなって──」
ボーゼンは息子のオゼが武術の訓練相手にする少年を気に入り、この少年は将来有望な戦士になると見込んでいた。しかし少年の親は息子が戦いの道に行くことをのぞまなかった。そ..
クロア篇−4章4 [2019/02/15 21:00]
ティオの試験は終わった。訓練場内に散らばった矢をティオが集めるさなか、レジィが「あのう」とクロアに話しかけてくる。
「このまま、ティオさんのことをユネスさんに託してていいんでしょうか?」
「なにが心配なの?」
「ティオさんの親御さんは、息子が武官になるのを反対してるんでしょう?」
クロアはティオの家事情をうっかりわすれていた。レジィの言うとおり、ティオの家族は少年が戦いに身を置くのをこばんでいる。その意思を軟化させないうちは、今日の出来事がすべて白紙になってしまう..
クロア篇−4章3 [2019/02/13 02:20]
老爺の監視はなくなった。クロアは発言力のある外野がいなくなったおかげで気持ちがゆるむ。
(これで観戦に身が入る──?)
と思いかけたが、べつの事態も思いつく。
「カスバンがいないんだったら、試合はしなくてもいいのかしら」
クロア自身はそれが適切な判断だと考えていない。ティオの実力がいかほどか、この目でたしかめたいと思っていた。
だがユネスにはそんなクロアの思いなど関係ない。今朝がた上の者たちが決めたことを、彼はいきなり押し付けられている。つまり良いようにこき..
クロア篇−4章2 [2019/02/12 00:00]
「じゃ、挑戦者にはあそこにある武器を持たせてください」
ユネスが示す椅子の上には、木剣や棍棒、槍と杖の代替となる長い棒、そして弓矢がある。この矢は鏃(やじり)が太めの平らな木で出来ていて、殺傷能力が低い。だが急所に当たれば充分痛い代物だ。
「パチモンが気に食わねえなら本物でもいいんだが」
「むやみに医官の手をわずらわせたくないわね」
クロアは「あれでよろしいかしら?」と若い弓士にたずねた。ティオうなずいて「そうする」と素直に応じた。
ティオは肩に乗っていた茶色..
クロア篇−4章1 [2019/02/10 23:40]
クロア一行はティオに傭兵の試験を受けさせるべく、屋敷へもどった。馬車は厩舎へ向かうまえに一時、敷地内に停まる。クロアはカゴを抱えて馬車を降りた。そこへ手ぶらな衛兵がやってくる。通常、彼らは槍をたずさえているのだが、物騒なものは持ち場に置いてきたらしかった。
「お帰りなさいませ」
衛兵が持ち場を離れてまで公女に声かけをする、という事態は慣例にない。この衛兵は見たところ年若い。経験の浅い者だと思ったクロアは「出迎えをありがとう」と礼を述べる。
「けれど、わざわざわたしに..
クロア篇−3章7 [2019/02/09 00:00]
クロアたちは馬車へ乗った。クロアは荷物の隣りに座り、クロアの対面にティオがいて、その隣りにレジィが座った。レジィが抱いていた二匹の鼬は車内で解放される。鼬たちは互いの招術士の間でころげまわった──とクロアは思ったが、ティオが招術士だという確証がないことに気付く。
「この茶色いイタチは、ティオさんの招獣?」
「ああ、ドナっていう名前なんだ」
「女の子みたいな名前ですわね」
「そう、メスだよ。レジィの招獣はオスだし、そのおかげですぐに打ち解けたのかもな」
ティオはク..
クロア篇−3章6 [2019/02/08 02:22]
「この人はティオさんって言うんです!」
レジィは二匹の鼬を抱えながら、弓を携える男性を紹介した。ティオという弓士は思いのほか年少だ。正面から見てみると、青年というよりはまだ少年な雰囲気がある。
(レジィと同じ年頃?)
クロアは彼を十五歳前後の若者だと思った。その若さでは実戦経験を期待できず、即戦力になるか疑念が湧く。
(でもいいわ、傭兵になれなくても武官として育てられれば……)
その算段を秘めておき、クロアはティオの意思を確認する。
「ティオさんはレジィから..
クロア篇−3章5 [2019/02/06 01:20]
クロアはベニトラを両肩に乗せた状態で、組合内の壁に注目した。そこには組合で取りあつかう業種の説明をまとめた紙が貼ってあった。そのほかに建物の案内もある。クロアが意外だと思ったのは演劇の宣伝などの広告も貼られていることだ。
(海神ローラントの劇……)
絵本に小説に人気のある題材だ。その演目もまた、ありふれている。
(新劇に困ったらいつもこれなんだわ)
大昔の記録を基盤にした物語、かつ神族礼賛の面もふくむ内容である。神を信仰する聖王国において、国民全員が一度は見聞き..