2019年02月19日
クロア篇−4章6
クノードは仕事机とはべつにある机のそばに立った。そこは椅子が六脚ある。クノードが上座に着き、その対面する位置にクロアが座る。レジィは余っている椅子をうごかして、クロアの真横に座った。朱色の猫はゆっくり浮遊し、レジィの膝元におさまる。少女はベニトラが自分を休憩場に選んだことによろこび、顔をほころばせた。
「さっそく志願者を見つけてきたそうだね」
クノードが官吏たちから収集したらしい速報を述べた。クロアが物申したい話題とちかいので、クロアは頭を上下にうごかす。
「はい、結果的には賊討伐にくわわれない人員でしたけれど……」
「気にすることはない。この調子で人材を見つけていけば、そのうち及第する戦士があらわれるとも」
「前向きなお言葉をいただき、うれしく存じます」
クロアは父のやさしい声掛けをありがたく受け取った。この友好的な反応を見るに、夜間の外出も父が許容してくれそうだと思った。
「クロアの話というのは、今日の成果報告だけではないんだろう?」
「そうです。戦士捜しの件で、いくつか許可を得たく──」
「夜の外出、だね?」
「ご存知ですの?」
「ああ、じつはユネスからだいたいのことを聞いた」
クロアは首をかしげた。父がユネスと話す機会があっただろうか、と。
「私はキリのよいところで仕事をおわらせて、訓練場へ行ったんだ。残念なことに、すでに試合がおわったあとだったんだがね。けれど片付け中のユネスには会えたよ」
「そうでしたの。わたしと入れちがいになっていましたのね」
「クロアが私に会いにむかったと聞いたから、この部屋にもどってきたんだ」
「いきさつはよくわかりましたわ。あの、お父さまはわたしの外出をどのようにお考えでいらして?」
「クロアがどうしたいかによって、こちらが譲歩することも変わってくる」
「わたしがどうしたいか……?」
クロアは夜間の外出許可のほかに、自分が特殊な希望を秘めていた感覚をおぼえていた。しかしとっさには思い出せない。
「ええと、それは……わたしが夜に外出すること自体には許しがもらえる、ということですの?」
「そう思っていい。理想としてはクロアが屋敷に残って、ほかの者に行かせるほうが私は安心できるんだが」
「わたしごのみのやり方ではありませんわね」
「そうだろうな。自分の足で捜したいんだろう?」
「いえ、ベニトラに乗ってさがしたいのです」
中年は一瞬おどろき、次に憂いの表情になる。
「飛獣の飛行許可……しかも、先日まで町中で暴れていた魔獣を?」
「わたしたちの姿は住民に見られないようにしますわ。ダムトがいればできるはずです」
「……それなら不必要な騒ぎは起きないか」
口では同意するものの、クノードの顔から不安の色が消えない。
「連れて行くのはダムトとレジィかい?」
「ダムトがいればレジィはこなくてもいいかと……ねえ?」
クロアは横にいるレジィに顔を見合わせた。少女はだまってうなずく。レジィのほうからは「行きたくない」といった発言がしづらいので、それが精一杯の意思表示だった。
「私もそれがよいと思う。かよわい女の子が夜歩きをするものではないからね」
「お父さまはレジィを案じてくださっていたのね」
クノードが心配する何かをクロアはわかった。同時にその配慮に痛み入る。
「お心遣い、ありがとうございます」
「あ、いや……私が言いたかったことは、そこじゃない」
「そうでしたの? ではなにを心配なさっていらっしゃるの」
「クロアの護衛が足りないと思うんだ」
この指摘はクロアの想像になかった。クノードはびっくりした娘に説明をくわえる。
「夜は昼にくらべて予想外なことが起きやすい。だからダムトひとりでは手が回らなくなるかもしれない」
「ほかにも護衛をつけてから、外出せよと?」
「そうだ。戦いに慣れた武官がいい」
父の提案はもっともだ。しかし夜間の武官の出動はそう簡単にはいかない。昼間なら調練をやめさせてほかの仕事を与えてもいいのだが、夜の勤務には中止してよい業務がない。また非番の者にたのむにしても、緊急事態でもない用事で個人の自由時間をつぶすのはクロアの気が引ける。
「護衛を増やすのはよいのですが、護衛の任を与えられた者の本来の業務や休暇に差支えが出てしまいますわ」
「手が空いている者は私が捜そう」
「ではお父さまにおまかせしてよろしいのですね」
「ああ、夕食までに護衛役を決めておく」
「あまり時間の猶予がありませんけれど……『ちょうどよい護衛が見つからなかったら外出は無し』なんておっしゃいませんわよね?」
「そんなみっともない真似はしない。自分の不出来さを娘に押し付けていては父親失格だろう?」
クノードはなごやかな表情で娘の心配事をぬぐいさった。クロアがある程度予想できていた返事なのだが、それでも父の懐の広さには安堵をおぼえる。
「そうおっしゃっていただけて、よかったですわ。お父さまのお時間をとってはいけませんし、わたしはこれで退室します」
「そうだね、では夕食のときにまた会おう」
クロアとレジィは席を立った。使った椅子をもとにもどしたのち、二人が部屋を出る。執務室の扉のそばにはクノードの護衛役が立っている。彼はなにも言わず、クロアたちが去るのを見ていた。
「さっそく志願者を見つけてきたそうだね」
クノードが官吏たちから収集したらしい速報を述べた。クロアが物申したい話題とちかいので、クロアは頭を上下にうごかす。
「はい、結果的には賊討伐にくわわれない人員でしたけれど……」
「気にすることはない。この調子で人材を見つけていけば、そのうち及第する戦士があらわれるとも」
「前向きなお言葉をいただき、うれしく存じます」
クロアは父のやさしい声掛けをありがたく受け取った。この友好的な反応を見るに、夜間の外出も父が許容してくれそうだと思った。
「クロアの話というのは、今日の成果報告だけではないんだろう?」
「そうです。戦士捜しの件で、いくつか許可を得たく──」
「夜の外出、だね?」
「ご存知ですの?」
「ああ、じつはユネスからだいたいのことを聞いた」
クロアは首をかしげた。父がユネスと話す機会があっただろうか、と。
「私はキリのよいところで仕事をおわらせて、訓練場へ行ったんだ。残念なことに、すでに試合がおわったあとだったんだがね。けれど片付け中のユネスには会えたよ」
「そうでしたの。わたしと入れちがいになっていましたのね」
「クロアが私に会いにむかったと聞いたから、この部屋にもどってきたんだ」
「いきさつはよくわかりましたわ。あの、お父さまはわたしの外出をどのようにお考えでいらして?」
「クロアがどうしたいかによって、こちらが譲歩することも変わってくる」
「わたしがどうしたいか……?」
クロアは夜間の外出許可のほかに、自分が特殊な希望を秘めていた感覚をおぼえていた。しかしとっさには思い出せない。
「ええと、それは……わたしが夜に外出すること自体には許しがもらえる、ということですの?」
「そう思っていい。理想としてはクロアが屋敷に残って、ほかの者に行かせるほうが私は安心できるんだが」
「わたしごのみのやり方ではありませんわね」
「そうだろうな。自分の足で捜したいんだろう?」
「いえ、ベニトラに乗ってさがしたいのです」
中年は一瞬おどろき、次に憂いの表情になる。
「飛獣の飛行許可……しかも、先日まで町中で暴れていた魔獣を?」
「わたしたちの姿は住民に見られないようにしますわ。ダムトがいればできるはずです」
「……それなら不必要な騒ぎは起きないか」
口では同意するものの、クノードの顔から不安の色が消えない。
「連れて行くのはダムトとレジィかい?」
「ダムトがいればレジィはこなくてもいいかと……ねえ?」
クロアは横にいるレジィに顔を見合わせた。少女はだまってうなずく。レジィのほうからは「行きたくない」といった発言がしづらいので、それが精一杯の意思表示だった。
「私もそれがよいと思う。かよわい女の子が夜歩きをするものではないからね」
「お父さまはレジィを案じてくださっていたのね」
クノードが心配する何かをクロアはわかった。同時にその配慮に痛み入る。
「お心遣い、ありがとうございます」
「あ、いや……私が言いたかったことは、そこじゃない」
「そうでしたの? ではなにを心配なさっていらっしゃるの」
「クロアの護衛が足りないと思うんだ」
この指摘はクロアの想像になかった。クノードはびっくりした娘に説明をくわえる。
「夜は昼にくらべて予想外なことが起きやすい。だからダムトひとりでは手が回らなくなるかもしれない」
「ほかにも護衛をつけてから、外出せよと?」
「そうだ。戦いに慣れた武官がいい」
父の提案はもっともだ。しかし夜間の武官の出動はそう簡単にはいかない。昼間なら調練をやめさせてほかの仕事を与えてもいいのだが、夜の勤務には中止してよい業務がない。また非番の者にたのむにしても、緊急事態でもない用事で個人の自由時間をつぶすのはクロアの気が引ける。
「護衛を増やすのはよいのですが、護衛の任を与えられた者の本来の業務や休暇に差支えが出てしまいますわ」
「手が空いている者は私が捜そう」
「ではお父さまにおまかせしてよろしいのですね」
「ああ、夕食までに護衛役を決めておく」
「あまり時間の猶予がありませんけれど……『ちょうどよい護衛が見つからなかったら外出は無し』なんておっしゃいませんわよね?」
「そんなみっともない真似はしない。自分の不出来さを娘に押し付けていては父親失格だろう?」
クノードはなごやかな表情で娘の心配事をぬぐいさった。クロアがある程度予想できていた返事なのだが、それでも父の懐の広さには安堵をおぼえる。
「そうおっしゃっていただけて、よかったですわ。お父さまのお時間をとってはいけませんし、わたしはこれで退室します」
「そうだね、では夕食のときにまた会おう」
クロアとレジィは席を立った。使った椅子をもとにもどしたのち、二人が部屋を出る。執務室の扉のそばにはクノードの護衛役が立っている。彼はなにも言わず、クロアたちが去るのを見ていた。
タグ:クロア
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