2019年02月09日
クロア篇−3章7
クロアたちは馬車へ乗った。クロアは荷物の隣りに座り、クロアの対面にティオがいて、その隣りにレジィが座った。レジィが抱いていた二匹の鼬は車内で解放される。鼬たちは互いの招術士の間でころげまわった──とクロアは思ったが、ティオが招術士だという確証がないことに気付く。
「この茶色いイタチは、ティオさんの招獣?」
「ああ、ドナっていう名前なんだ」
「女の子みたいな名前ですわね」
「そう、メスだよ。レジィの招獣はオスだし、そのおかげですぐに打ち解けたのかもな」
ティオはクロアの身分を知ってなお、同世代の知人のような態度でいる。クロアは自分を対等な存在に見られる分には不快を感じないので、そのままにした。
「しっかし、公女さまが兵士の勧誘をしにくるとは思わなかったなぁ」
「わたくしも正直おどろいておりますの。いままで外出に制限がかかっていたものですから」
「そうだよな? 公女が外出するっていったら、悪者退治をするときばっかだって」
「ええ、その認識でだいたい合っていますわ」
「今日の外出も賊を退治する関係で、公女さま直々にやってるのか?」
「そのとおりですわ」
「そんくらいはほかの役人がやってもよくないか?」
ティオが至極正当な意見を言う。なにかと戦う役目はクロアでなくては失敗に終わることがあっても、人材の確保はちがう。公女以外の者でも遂行できる仕事だ。
「公女さまが直接やらなきゃいけないほど、人手がいろいろと足りないのか?」
「勧誘くらいは人員を割けるはずですわ。けれど一部の高官が賊の掃討に難色を示していますの。交渉の結果、わたしが戦士を集めて、その高官が試験を課すことになりました」
ティオは口をとがらせ、不満をあらわにする。
「わるいやつらを懲らしめちゃいけねえのか?」
「騒ぎが大きくなるまでは様子を見る、ということらしいのです」
「最初に被害に遭うやつがどうなると思ってんだ。物は盗られて、ケガさせられるっていうのに」
「出兵を渋るのにも事情がありまして……それはそうと、ティオさんのことをうかがってもよろしいかしら?」
「ん? なに?」
少年はころっと表情を変え、真顔でクロアを見つめてきた。クロアはティオとの会話をしていく中で、生じてきた疑問を告げる。
「あなたは官吏登用試験に参加なさらなかったの?」
アンペレでは年に二度、大々的な官吏の募集をかける。冬から春にかけた時期に文官、春が始まる時期に武官を一斉に登用するのだ。文官は行政を担う一般文官以外にも、学官や医官などの業種を分けて試験を行なう。一方、武官は一律一兵卒から始まり、基礎的な修練をこなした後で個々の適性と希望を考慮した配属に変わる。募集資格には年齢の下限も上限もない。それは種族によって成熟の早さ、寿命の長さが異なることを考慮しているためだ。
実家がアンペレの工房にあるティオは毎年挑戦の機会があった。ティオはしょぼくれた様子で、足元に置いた弓矢を見る。
「親が許してくれないんだ」
「どうしてです?」
「口すっぱく言うんだよ。『兵士になったら痛い思いをするだろう、運が悪けりゃ死んじまうだろう。そうまでして金を稼ぐ理由があるのか』ってね」
工房の主が言うと説得力のある主張だ。安定した稼業が手近にあるのに、ほかの仕事に手を出すのは理解しがたいだろう。まして命の危険が及ぶ職種ではなおさらだ。ティオへの反対意見はアンペレ住民の総意とも言える。それゆえこの町では兵士が足りなくなるのだ。
「それは正論なのでしょうね。この町の武官職は不人気ですもの」
「でも、だれかがやらなきゃいけない仕事だろ?」
「はい、必要としていますわ」
「戦う能力がオレに足りてないならあきらめはつくよ。まだためしてもいないのにダメだと言われるんじゃ、納得いかない」
ティオは一時的な傭兵の仕事だけで満足する少年ではなさそうだ。永続的な従事を希望しているようにクロアは見受ける。
「……ティオさんは、正規の武官になりたいと思っていらっしゃる?」
「ああ、親が認めてくれたらね」
言ってティオが「あ、そうだ」となにかひらめく。
「『公女さまにたのまれて兵士になるんだ』と言えばいいのか」
「わたしのおねがいで?」
「そうだよ、武芸達者な公女さまがオレを見つけてくれたっていうなら、親もだまるさ」
ティオの見解はまちがいではない。クロアはたしかに組合でこの少年を戦士として見い出した。だが実際にあった出来事の順番は多少前後している。
「最初に傭兵の話を持ちかけたのはレジィですけどね」
レジィは黄色い鼬を両手で持ち上げる。
「マルくんが声をかけるきっかけだったんですよ」
「そうだったわ、そのイタチがまっさきに駆けていったのよね」
女性二人が事実を修正していく。ティオは自分に都合のよい誤認をしていたと婉曲的に言われ、少々むくれる。
「じゃあなんだ、オレはイタチの縁で兵士になったと言えってか?」
彼は自身の膝の上に伸びてきた茶色の鼬をつついた。クロアはふふっと笑う。
「冗談ですわ。イタチとレジィがいなくても、わたしはティオさんにお声をかけるつもりでしたもの」
「べつの人を誘ったあとで?」
クロアはティオの言葉の意味がわからなかった。ティオは「男の人と話してただろ?」と言う。
「体の大きい人だったな。あの人には傭兵の話をしたのか?」
クロアはようやく自分が勧誘に失敗した一件を思い出す。
「そういえばわたし、薬草採取を依頼しにきていた男性と話してたわ」
「あの人さっさと行っちゃったし、ダメだったみたいだけど」
「ええ、断られてしまいましたわ。仕方ありませんわね、あの方は戦いがお好きではないようでしたもの」
「戦いが好きな人は薬士(くすりし)をやらなさそうだしなー」
クロアは半魔の男性との会話を想起してみた。その内容は募兵に関するやり取りのみ記憶にのこる。彼の去り際の勧告はもう頭から消えていた。
「この茶色いイタチは、ティオさんの招獣?」
「ああ、ドナっていう名前なんだ」
「女の子みたいな名前ですわね」
「そう、メスだよ。レジィの招獣はオスだし、そのおかげですぐに打ち解けたのかもな」
ティオはクロアの身分を知ってなお、同世代の知人のような態度でいる。クロアは自分を対等な存在に見られる分には不快を感じないので、そのままにした。
「しっかし、公女さまが兵士の勧誘をしにくるとは思わなかったなぁ」
「わたくしも正直おどろいておりますの。いままで外出に制限がかかっていたものですから」
「そうだよな? 公女が外出するっていったら、悪者退治をするときばっかだって」
「ええ、その認識でだいたい合っていますわ」
「今日の外出も賊を退治する関係で、公女さま直々にやってるのか?」
「そのとおりですわ」
「そんくらいはほかの役人がやってもよくないか?」
ティオが至極正当な意見を言う。なにかと戦う役目はクロアでなくては失敗に終わることがあっても、人材の確保はちがう。公女以外の者でも遂行できる仕事だ。
「公女さまが直接やらなきゃいけないほど、人手がいろいろと足りないのか?」
「勧誘くらいは人員を割けるはずですわ。けれど一部の高官が賊の掃討に難色を示していますの。交渉の結果、わたしが戦士を集めて、その高官が試験を課すことになりました」
ティオは口をとがらせ、不満をあらわにする。
「わるいやつらを懲らしめちゃいけねえのか?」
「騒ぎが大きくなるまでは様子を見る、ということらしいのです」
「最初に被害に遭うやつがどうなると思ってんだ。物は盗られて、ケガさせられるっていうのに」
「出兵を渋るのにも事情がありまして……それはそうと、ティオさんのことをうかがってもよろしいかしら?」
「ん? なに?」
少年はころっと表情を変え、真顔でクロアを見つめてきた。クロアはティオとの会話をしていく中で、生じてきた疑問を告げる。
「あなたは官吏登用試験に参加なさらなかったの?」
アンペレでは年に二度、大々的な官吏の募集をかける。冬から春にかけた時期に文官、春が始まる時期に武官を一斉に登用するのだ。文官は行政を担う一般文官以外にも、学官や医官などの業種を分けて試験を行なう。一方、武官は一律一兵卒から始まり、基礎的な修練をこなした後で個々の適性と希望を考慮した配属に変わる。募集資格には年齢の下限も上限もない。それは種族によって成熟の早さ、寿命の長さが異なることを考慮しているためだ。
実家がアンペレの工房にあるティオは毎年挑戦の機会があった。ティオはしょぼくれた様子で、足元に置いた弓矢を見る。
「親が許してくれないんだ」
「どうしてです?」
「口すっぱく言うんだよ。『兵士になったら痛い思いをするだろう、運が悪けりゃ死んじまうだろう。そうまでして金を稼ぐ理由があるのか』ってね」
工房の主が言うと説得力のある主張だ。安定した稼業が手近にあるのに、ほかの仕事に手を出すのは理解しがたいだろう。まして命の危険が及ぶ職種ではなおさらだ。ティオへの反対意見はアンペレ住民の総意とも言える。それゆえこの町では兵士が足りなくなるのだ。
「それは正論なのでしょうね。この町の武官職は不人気ですもの」
「でも、だれかがやらなきゃいけない仕事だろ?」
「はい、必要としていますわ」
「戦う能力がオレに足りてないならあきらめはつくよ。まだためしてもいないのにダメだと言われるんじゃ、納得いかない」
ティオは一時的な傭兵の仕事だけで満足する少年ではなさそうだ。永続的な従事を希望しているようにクロアは見受ける。
「……ティオさんは、正規の武官になりたいと思っていらっしゃる?」
「ああ、親が認めてくれたらね」
言ってティオが「あ、そうだ」となにかひらめく。
「『公女さまにたのまれて兵士になるんだ』と言えばいいのか」
「わたしのおねがいで?」
「そうだよ、武芸達者な公女さまがオレを見つけてくれたっていうなら、親もだまるさ」
ティオの見解はまちがいではない。クロアはたしかに組合でこの少年を戦士として見い出した。だが実際にあった出来事の順番は多少前後している。
「最初に傭兵の話を持ちかけたのはレジィですけどね」
レジィは黄色い鼬を両手で持ち上げる。
「マルくんが声をかけるきっかけだったんですよ」
「そうだったわ、そのイタチがまっさきに駆けていったのよね」
女性二人が事実を修正していく。ティオは自分に都合のよい誤認をしていたと婉曲的に言われ、少々むくれる。
「じゃあなんだ、オレはイタチの縁で兵士になったと言えってか?」
彼は自身の膝の上に伸びてきた茶色の鼬をつついた。クロアはふふっと笑う。
「冗談ですわ。イタチとレジィがいなくても、わたしはティオさんにお声をかけるつもりでしたもの」
「べつの人を誘ったあとで?」
クロアはティオの言葉の意味がわからなかった。ティオは「男の人と話してただろ?」と言う。
「体の大きい人だったな。あの人には傭兵の話をしたのか?」
クロアはようやく自分が勧誘に失敗した一件を思い出す。
「そういえばわたし、薬草採取を依頼しにきていた男性と話してたわ」
「あの人さっさと行っちゃったし、ダメだったみたいだけど」
「ええ、断られてしまいましたわ。仕方ありませんわね、あの方は戦いがお好きではないようでしたもの」
「戦いが好きな人は薬士(くすりし)をやらなさそうだしなー」
クロアは半魔の男性との会話を想起してみた。その内容は募兵に関するやり取りのみ記憶にのこる。彼の去り際の勧告はもう頭から消えていた。
タグ:クロア
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