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2019年09月05日

時代が変わっても日露交渉は・・・

歴史は繰り返すのか?

今日、安倍首相はロシアのウラジオストクでプーチン大統領と日露首脳会談を行ないます。

今回も安倍首相は「平和条約交渉の進展を」などと声明してますが、毎回ほとんど進展がないままもう何度目でしょうか?

大国ロシア大統領との首脳会談だというのに、国民は勿論マスコミでさえ関心が薄いことに驚くやら情けないやら・・・。

しかも、日露首脳会談の直前にも関わらず、プーチン大統領は色丹島にできた水産物加工場の操業開始にわざわざ祝福のコメントを表明したそうです。

・・・・安倍首相、完全にナメられてますよね?

偶然にも、本日9月5日は日露戦争が終結しポーツマス条約が締結された日(明治三十八年 1905年)なのです。

日本とロシアの国境をめぐる歴史は安政元年(1854年)の日露和親条約以来、これまでに何度も行われてきましたが、スムーズに交渉を終えられたためしがほとんどありません。

そこで今回は、そのやっかいな日露交渉の代表ともいえるポーツマス条約について語りたいと思います。

日露戦争は日本が勝利

日露戦争に至った経緯や戦争の詳細についてはまたの機会として、今回は概略を説明します。

ロシアが事実上、満州を占領していることで対立していた日本は、明治三十七年(1904年)2月ロシアに宣戦布告し日露戦争が始まります。

日本はイギリスやアメリカの支援もあり、戦局を有利に展開します。

翌年1月にはロシアの根拠地であった旅順を陥落させ、その勢いのまま奉天も占領、そして5月の日本海海戦の勝利により日本の優勢は決定的となりました。

しかし、戦いには勝ったものの、日本の損害は甚大で深刻なものでした。

日本の戦死者は8万人以上、軍事費は17億円(当時の国家予算の3倍以上)を超えてしまい、戦争のために増税を強いられた国民の負担も限界に達していました。

つまり、日本にはこれ以上戦争を続ける余力がなかったのです。

一方、ロシアでも革命の風潮が高まり国内情勢が混乱していたので、日本との戦争どころではなくなっていました。

このような事情により、両国は和平交渉へ移行することになりました。

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戦争に勝ったのに賠償金なし !?

明治三十八年(1905年)9月5日 ポーツマス条約の締結

和平交渉はアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋により行われたので、場所はアメリカ・ニューハンプシャー州ポーツマス、日本の全権は小村寿太郎外務大臣、ロシアの全権はウイッテでした。

主な講和内容は以下の通りです。

  1. 韓国における日本の優越権を承認

  2. 旅順・大連の租借権及び長春以南の鉄道を日本へ譲渡

  3. 北緯50度以南の樺太を日本へ譲渡

  4. 沿海州とカムチャッカの漁業権を日本へ譲渡


一見、日本がロシアから様々な権利を得たように見えますが、実際には満州や朝鮮半島からロシアを撤退させただけに過ぎず、樺太も戦争終盤に日本軍が全島占領したにも関わらず半分ロシアに返すことになってしまいました。

そして、何より問題となったのは、日本がこの戦争で多大な犠牲を出し莫大な軍事費を費やしてしまったにも関わらず、ロシアから賠償金が全くとれなかったことです。

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講和内容に不満を爆発させた民衆が暴徒化

この戦争の勝利のために過酷な増税に我慢してきた国民は、この講和内容にとうてい納得できるはずがありません。

条約調印の日に日比谷公園で講和反対の国民大会が開かれ、そこで暴徒化した民衆が内務大臣官邸、新聞社、東京各所の警察署や交番などを焼き討ちします。

この暴動により死者17人、負傷者500人以上が出て、翌日政府は東京に戒厳令を発令し軍隊が出動してようやく収まりました。

これが日比谷焼き打ち事件です。

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大統領の愛称が名前となったクマ

ここで全くの余談ですが、皆さんはテディベアをご存じですか?
テディベア.png
世界中で愛されているクマのぬいぐるみですが、テディベアはポーツマス条約を斡旋したセオドア・ルーズベルト大統領のエピソードから誕生したキャラクターなのです。

ある日、趣味である熊狩りに出掛けた大統領ですが、その日はなかなか獲物がいませんでした。

そこで気を使った側近が弱った熊を捕え、大統領にとどめの一発を頼みましたが、大統領は「弱った熊を撃つのはスポーツマンシップに劣る」といい、熊を撃たずに逃がしてやりました。

同行していた新聞記者がこの話を記事にしたのですが、この逸話に感動したメーカーが大統領の愛称・テディにちなんでテディベアというクマのぬいぐるみを制作したそうです。



まとめ

  • 日本は日露戦争に勝利したが多大な犠牲を払い莫大な軍事費を費やしてしまった

  • 戦争に勝ったにも関わらずポーツマス条約では全く賠償金が得られなかった

  • ポーツマス条約の内容に不満が爆発した民衆が日比谷焼き討ち事件を起こした


ちなみに、猫ひろしのギャグ「ポーツマス!ポーツマス!」は、彼が大学受験の時に覚えた言葉を使っただけらしく、特に意味はないそうです。(笑)
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カナケン
元高校教師。 以前に「日本史講座」のタイトルでツイッターをやってました。 ここでは(現代にも繫がる日本史)をテーマにエピソードを多数紹介し、肩肘張らず(ほー、なるほど)と思える話を語っていきたいと思います。
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