アフィリエイト広告を利用しています
写真ギャラリー
検索

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog

2022年07月08日

ビデオメッセージ


ビデオメッセージとは、洒落怖のひとつ。
会社の同僚はフリークライミングが趣味で、ビデオにメッセージを残すのだが……。


【内容】



会社の同僚が亡くなった。
フリークライミングが趣味のKという奴で、俺とすごく仲がよくて家族ぐるみ(俺の方は独身だが)での付き合いがあった。
Kのフリークライミングへの入れ込み方は本格的で、休みがあればあっちの山、こっちの崖へと常に出かけていた。
亡くなる半年くらい前だったか、急にKが俺に頼みがあるといって話してきた。

「なあ、俺がもし死んだときのために、ビデオを撮ってほしんだ」

趣味が趣味だけに、いつ命を落とすかもしれないので、あらかじめビデオメッセージを撮っておいて、万が一の際にがそれを家族に見せてほしい、ということだった。
俺はそんなに危険なら家族もいるんだから辞めろといったが、クライミングをやめることだけは絶対に考えられないとKはきっぱり言った。いかにもKらしいなと思った俺は撮影を引き受けた。

Kの家で撮影したらバレるので、俺の部屋で撮ることになった。白い壁をバックに、ソファーに座ったKが喋り始める。

「えー、Kです。このビデオを見てるということは、僕は死んでしまったということになります。〇〇(奥さんの名前)、××(娘の名前)、今まで本当にありがとう。僕の勝手な趣味で、みんなに迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っています。僕を育ててくれた父さん、お母さん、それに友人のみんな僕が死んで悲しんでるかもしれませんが、どうか悲しまないでください。僕は天国で楽しくやっています。皆さんと会えないことは残念ですが、天国から見守っています。××(娘の名前)、お父さんはずっとお空の上から見ています。だから泣かないで、笑って見送ってください。ではさようなら」

もちろんこれを撮ったときKは生きていたわけだが、それから半年後本当にKは死んでしまった。
クライミング中の滑落による事故死で、クライミング仲間によると、通常、もし落ちた場合でも大丈夫なように下には安全マットを敷いて登るのだが、このときはその落下予想地点から大きく外れて劣化したために事故を防ぎきれなかったそうだ。

通夜、告別式ともに悲壮なものだった。
泣き叫ぶKの奥さんと娘。俺も信じられない思いだった。まさかあのKが。

一週間が過ぎたときに、俺は例のビデオをKの家族に見せることにした。
さすがに落ち着きを取り戻していたKの家族は、俺がKのメッセージビデオがあるといったら是非見せて欲しいと言って来たので、ちょうど初七日の法要があるときに親族の前で見せることになった。

俺がDVDを取り出した時点で、すでに泣き始める親族。

「これも供養になりますから、是非見てあげてください」

とDVDをセットし、再生した。
ヴーーーという音とともに、真っ黒な画面が10秒ほど続く。
あれ?撮影に失敗していたのか?と思った瞬間、真っ黒な中に突然Kの姿が浮かび上がり、喋り始めた。
あれ、俺の部屋で撮ったはずなんだが、こんなに暗かったか?

「えー、Kです。このビデオを‥るということは、僕は‥んでしまっ‥いう‥ります。〇〇(奥さんの名前)、××(娘の名前)、今まで本‥ありが…」

Kが喋る声に混ざって、さっきからずっと鳴り続いているヴーーーーーーという雑音がひどくて声が聞き取りにくい。

「僕を育ててくれたお父さん、お母さん、それに友人のみんな、僕は死んで悲しんでるかもしれませんが、どうか悲しまないでください。僕はズヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア××(娘の名前)、お父さん死んじゃっヴァアアアアアアアアアアアアアアアアア死にたくない!死にズヴァアアアアアアアアアアアたくないよおおおおヴヴァアアアアアアアアアアアアアアアア、ザッ」

背筋が凍った。

最後の方は雑音でほとんど聞き取れなかったが、Kの台詞は明らかに撮影時と違う断末魔の叫びのような言葉に変わり、最後Kが喋り終わるときに暗闇の端から何かがKの腕を引っ張っていくのがはっきりと見えた。

これを見た親族は泣け叫び、Kの奥さんはなんて物を見せるんだと俺に掴みかかり、Kの父親は俺を殴りつけた。奥さんの弟が、K兄さんはいたずらでこういうものを撮るような人じゃないとなだめてくれたおかげでその場は治まったが、俺は土下座をして、すぐにDVDは処分しますといってみんなに謝った。

翌日、DVDを近所の寺に持っていったら、処分をお願いしますという前に住職がDVDの入った紙袋を見るや否や

「あ、それはうちでは無理です」

と。
代わりに、ここなら清霊してくれるという場所を教えてもらい、行ったがそこでも

「えらいとんでもないものを持ってきたね」

と言われた。

そこの神主(霊媒師?)によると、Kはビデオを撮った時点で完全に地獄に引っ張り込まれており、何で半年永らえたのかわからない、本来ならあの直後に事故にあって死んでたはずだと言われた。

2022年07月07日

地下のまる穴 5


私は両親と名乗る男女や、妹を名乗る女の子や、見舞いに来た自称友達や、自称担当の先生だったという男性らに

「僕は〇〇じゃないし、あなたを知らない」

と言い続けました。
AやBの事や、自分の過去や記憶を覚えている範囲で話し続けましたが、すべて記憶障害、記憶喪失で片付けられました。
Aなど存在しない、Bもいない、そんな人間は存在しないと説得されました。
しかし、みんな私にとても優しく接してくれました。

医師や周りの話だと、私は学校帰りに自転車のそばで倒れているところを通行人に発見され、そのまま病室に担ぎ込まれたそうです。
私が入ってくるこの世界の情報は、どれも聞いた事がないものばかりでした。
例えば、「ここは神奈川県だよ」と言われた時は、私は神奈川県など知らないし、そんな県はなかったはずでした。
通貨単位も円など聞いた事もない。東京など知らない。日本など知らない…という感じです。
そのつど医師からは、「じゃあ、なんだったの?」と聞かれるのですが、どうしても思い出せないのです。
Aの名前も思い出せず、「同級生の友達」と何度も説明しましたが、周りからは「そんな子はいないよ」と言われました。
あの施設に入り、あのフラワープに入った話を医師に何度も必死に説明しましたが、「そtれは眠っていた時の夢なんだよ」という感じで流され続けました。

しかし、恐ろしい事に私自身、

『自分は記憶喪失なんだ。前の人生や世界は全部寝ていた時の夢だったんだ』

と真剣に思い始めていたのです。

『記憶喪失な上、別人格・別世界の記憶が上書きされている』

と信じはじめていたのです。

どちらにせよ私には、別人としての人生を生きていく事しか選択肢はありませんでした。
痰飲後に父や母や妹に連れられ自宅に戻りました。
「思い出せない?」と両親から聞かれましたが、それは初めて見る家に初めて見る街並みでした。

私はカウンセリングに通いながら、必死にこの新しい人生に順応しようと思いました。
私に入ってくる単語や情報は、違和感のあるものとないものに分かれました。
都道府県名や国名はどれも初めて聞いたものばかりですし、昔の歴史や歴史上の人物も初耳でしたが、大部分の日常単語については違和感はありませんでした。
テレビや新聞、椅子やリモコンなどの日常会話はまったく違和感ありません。

最初は家庭に馴染めず、敬語で話したり、パンツや下着を洗われるのが嫌で自分で洗濯などしていましたが、不思議な事に本物の家族なんだと思えるようになり、前の人生は前世か夢だと思うようになりました。
そう思えてくると、前の人生での記憶が少しずつ失われていきました。

唯一鮮明に覚えていた両親の顔や兄の顔や友人の顔や田舎の街並みも、思い出すのに時間がかかるようになりました。
しかし、あの最後の一夜、宗教施設での記憶だけはハッキリ覚えていました。
特にあの満面の笑みの老人の顔が忘れられませんでした。

新しい生活にも慣れ、カウンセリングの回数も減り、半年後には高校にも復帰しました。
二十歳で高校3年生からやり直したのですが、友人もでき、楽しさを感じていました。
テレビ番組も観た事がない番組ばかりでとても新鮮でした。神奈川県の都市だったので、都会の生活もすごく楽しかったのを覚えています。

しかし、高校復帰から4ヶ月ほど経った後に、意外な形であの世界とこの世界とをつなぐ共通点が現れました。

ちょうど夏休み、私は宿題の課題のため、本屋で本を探していました。
すると、並べてある本の中で『〇〇〇〇』という文字が目に入りました。
宗教関連本でした。『〇〇〇〇』というのは紛れもなく、私が最後の夜に侵入した新興宗教の名前でした。
私は驚愕しました。そして本を手にとり、必死に読みました。
『〇〇〇〇』は、この世界ではかなり巨大な宗教団体というのが分かりました。
私のいた世界では、名前も聞いた事がない無名の新興宗教団体だったのに、こちらでは世界的な宗教団体だったのです。

それから私はその宗教の関連本を何冊も買い読みあさりましたが、それは意味のない行為でした。
読んだからといって何も変わりません。
戻れるわけでもなければ、誰かに私の過去を証明できるような事実でもありません。
周りに話したところで、

「それは意識がなかった時に〇〇〇〇が夢に出てきただけだ」

と言われるだろうと思ったからです。
それに、親切にしてくれる新しい家族や友人たちに、迷惑や心配はかけたくなかったのです。
せっかく高校にも復学し、過去の話をしなくなった私に対して、安心感を感じている周囲に対しての申し訳なさ、また、カウンセリングに通う苦痛を考え、私は見て見ぬふりをする事にし、普通に人生を送ってきました。

17年が経ち、私は今は都内で働くごく普通のサラリーマンです。
ではなぜ今さらこんな事を書き記そうと思ったかと言うと、先月、私の自宅に封書の手紙が届きました。
匿名で書かれた手紙の内容は

『突然で申し訳ありません。私はあなたをよく知っています。あなたも私をよく知っているはずです。あなたを見つけるのにとても長い時間と手間がかかりました。あなたは〇〇という名前ですが、覚えていますか?また必ず手紙を送ります。この手紙の内容は誰にも言わないでください。あなたの婚約者にも。よろしくお願いします。』

という内容でした。

〇〇〇と呼ばれても、私にはもはや全くピンときませんが、以前そんな名前だったような気がします。
手紙が送られてきた事に対しては不思議と恐怖も期待もなく、どちらかというと人ごとのように感じていました。
そして、その手紙の相手は先週二通目を送ってきました。
要約すると

『あなたが知っている私の名前は〇〇です。あなたは覚えていませんよね?どうやらここにはあなたと私しか来ていないようです。』

と書かれ

『今月25日の19時に〇〇駅前の〇〇にいるので、必ず来てください。あなたに早急に伝えなければならない事があります。必ず一人で来てください』

と書かれていました。

私には〇〇の名前が誰なのか一切覚えていませんが、会いに行くつもりです。行かなければならない気がしています。
誰がそこに立っていたとしても思い出せないと思いますが、あの夜のメンバーなら話せば誰なのか分かります。
できればBであってほしいです。

なにが起こるか分からないので、こういう形で書き残そうと思いました。同じような文明を、婚約者と唯一の身内になった妹には残しておこうと思います。
長々と読んで頂いてありがとうございました。

2022年07月06日

地下のまる穴 4


フラワープ状の丸い輪の向こう側に飛び越えるはずなのに、Bが忽然と姿を消してしまった事に、恐怖よりも放心状態になりました。
私は扉から離れ、扉とフラワープの間に立っていました。
『謝ろう!』と思いました。

『すみません。勝手に入ってしまいました。本当にすみません』

そう言おうと思いました。

扉がゆっくり開きました。開いた扉の隙間から、わざとらしくひょいっと顔だけが現れました。
王冠のようなものをかぶった老人が、顔だけ覗かせてこちらを見ていました。満面の笑みでした。
おじいさんかおばあさんか分かりませんでしたが、長い白髪に王冠をかぶったしわくちゃの老人が、満面の笑みで私を見ていました。
それは見た事もない悪意に満ちた笑顔で、私は一目見て『これはまともな人間ではない』と思いました。
話しが通じる相手ではないと思ったのです。
その老人の無機質な笑顔に一瞬でも見られたくないと思い、「はうひゃっ」と情けない悲鳴が喉の奥から勝手に出てきて、私もまたBと同じようにフラワープ状の輪の中に飛び込みました。

目を開くと病室にいました。頭がボーッとしていました。
腕には注射器が刺さり、私は仰向けに寝ていました。
上半身を起きあがらせるのに3分近くかかりました。

窓を見ると綺麗な夕焼けでした。
部屋には人はおらず、個室の病室でした。何も考えられずボーッとしていました。
どのくらいの時間ボーッとしていたか分かりません。
しばらくすると、ガチャとドアが開き看護婦さんが現れました。
看護婦さんはかなり驚いた表情で目を見開くと、そのままどこかに駆け出しました。
私はそれでもボーッとしていました。
その後は担当医や他の医師たちが数人来て、私に何かを話しかけているようでしたが、私はボーッとしたままだったらしいです。

その後時間が経ち、意識もだんだん鮮明になってきました。
医師からは

「さっき〇〇君の家族呼んだからね。〇〇くんは長い時間寝ていたんだよ。でも心配しなくていい。もう大丈夫だよ」

と、意味不明な事を言われました。
起きてからも時間の感覚がよく分からなかったのですが、やがて母らしき人と若い女の子が、泣きながら病室に入ってきました。

それは母ではありませんでした。それに私の名前も〇〇でもありません。
母を名乗る女性は「よかった…よかった」と泣いて喜んでいました。
若い女の子は私に「お兄ちゃん、おかえり…」と言いながら、泣き崩れてしまいました。
しかし、私には妹はいません。
3つ離れた大学生の兄ならいましたが、妹などいません。

私は「誰ですか?誰ですか?」と何度も聞きました。
医師は「後遺症でしょうが時間が経てば大丈夫だ」みたいな事を、母らしき女性や妹らしき女の子に励ますように言っていました。

「今夜は母さんずっといるからね」

と言われました。

私は寝たままいろいろ検査を受け、その際医師に

「僕は〇〇でもないし、母も違うし妹もいません」

と言いました。
しかし医師は「う〜ん…記憶にちょっと…う〜ん…」と首を傾げていました。

「〇〇君はね、二年近く寝たきりだったんだよ。だから記憶がまだ完全ではないんだと思うよ」

と言われました。
そう言われても、私はショックな感情すらありませんでした。
現実にいま起きている事が飲み込めなかったので、ショックを受ける事さえできなかったのです。
医師は言葉を選びながら、私を必死に励ましていました。
母らしき人は、記憶喪失にショックを受けて号泣していました。
私は「トイレに行く」とトイレに行きました。
立ち上がる際に足が異常に重く、なかなか立ち上がれずにいると、医師や看護婦や妹らしき人が手伝ってくれました。

トイレに行くと、初めてあの夜の事を思い出しました。
不思議ですが、目覚めてからの数時間、一度もあの肝だめしの事は思い出さずにいました。
トイレがすごく怖かったのですが、肩をかしてくれた医師や付いてきた母や妹がいたので中に入りました。
用を足したあと、鏡を見て悲鳴をあげました。
顔が私ではありませんでした。まったくの別人でした。
覚えていないのですが、その時私は激しいパニックを起こしたらしく、大変だったらしいです。

その後は、一ヶ月近く入院しました。


地下のまる穴 5へ

2022年07月05日

地下のまる穴 3


Bは「…仕方ないわ。降りよう」と言い出しました。
私は「えっマジで…?」と返事をしました。
あの得体の知れない階段を降りるのはすごく嫌でしたが、トイレ内にはもはや隠れる場所もなく、走り出したところで、暗闇の中でしかも場所がよく分からないので、捕まるだろうと思いました。
深夜の宗教施設という特殊な状況下で、判断力も鈍っていたのかもしれません。

足音がもうすぐトイレ付近に差しかかる中、私とBは個室の扉を開き、足音を忍ばせながら下の階段を降りました。
階段はコンクリート造りの階段で、長い階段なのかと思っていましたが、意外にも10段くらいで下に着きました。
真っ暗闇なので何も見えないのですが、前を歩いていたBが、降りた突き当りの目の前にあったのだろう扉を開きました。

中には部屋がありました。
部屋の天井にはオレンジ色の豆電球がいくつかぶら下がり、部屋全体は淡いおれんじいろに包まれていました。
私とBはその部屋に入ると、扉をそっと静かに閉めました。
部屋を見渡すと、15畳くらい(よく覚えていません)の何もないコンクリート造りの部屋で、真ん中には大きく円状のものがぶら下がっていました。
説明しにくいですが、巨大な鉄製のフラフープみたいなものが縦にぶら下がっている感じです。

そのフラフープは、部屋の両脇の壁に付くくらい巨大なものでした。
私とBはそんなのを気にせずに、扉の前で硬直していましたが、私が

「Aたちは?おらんじゃん…」

と小さな声で言うと、Bは

「わからん、わからん……」

と、ひきつった表情で言いました。

そして、私たちが聞いていた足音が、予想通りにトイレの中に入ってきたのが分かりました。真上から足音がコンクリートを伝って響いてきました。
その足音は3人〜4人くらい。私たちはジッと動けないまま、扉の前で立ち尽くしていました。
なにやらブツブツ話し声が聞こえてきましたが、内容まで聞きとれません。
話し合うような声に聞こえましたし、それぞれがなにかをブツブツ呟いているようにも聞こえました。
Bは下をうつむいたまま目を閉じていました。

どのくらい時間が経ったのか分りません。
私はなにか楽しい事を思い出そうとして、当時流行っていたお笑い番組『爆SHOW☆プレステージ』を必死に思い出していました。
いつのまにかトイレ内のブツブツ呟く声は、3〜4人から10人くらい増えている事に気づきました。
上にいる連中は、私たちがココに隠れている事を知っているのではないかと思いました。
怖くてガタガタ震えてきました。ブツブツブツブツと気味の悪い話し声に気が遠くなりそうでした。

突然ブツブツ呟く声が聞こえると、ガタンッと扉が二つ連続して開く音が聞こえた後、さらにガタンッと音がしました。
そのガタンッはトイレの個室を開く音だとすぐに分かり、鳥肌が立ちました。

『他の個室には最初から人は入っていたんじゃないか』

私と同じようにBがその可能性に気づいたのかどうかは分かりませんが、さっきは鍵が閉まっていたのですから、外から開けたのではなく、個室から誰かが出てきたんだと思ったのです。
そして、階段を降りる足音が聞こえてきました。限界でした。

階段を降りきるまで15秒とかからないでしょう。私はBの腕をギュッと掴みました。
階段を降りる足音が中間地点くらいになった時、Bは「うわぁぁぁ〜」と情けない悲鳴をあげながら私の手を振り払い、部屋の奥に走り出しました。

その時です。Bがあの丸い輪をピョンとジャンプした瞬間、一瞬でBの姿がいなくなったのです。

私はただただ唖然としました。


地下のまる穴 4へ

2022年07月04日

地下のまる穴 2


その後は懐中電灯をつけたり消したりしながら、更地の敷地内をグルグルしていました。
「なんにもないじゃん」「建物に近づいたらさすがにヤバイのよ」など、小さな声で雑談していたのですが、あまりにも何もなくつまらないので、施設に近付いてみる事にしたんです。
敷地内は正面の門からは100メートルくらいの完全な更地で、その先に大きな施設が三棟並んでいました。

よく覚えていませんが、とても奇妙な外観をしたデザインの建物でした。
施設周辺をコソコソ歩いていると、施設と施設の間に灯りのついたキレイな公衆トイレの建物がポツンとあり、トイレがある一帯は白いキレイなコンクリートで舗装されていて、ベンチまでありました。
Aが「ちょっと休憩しようや」と言い出し、周りの同級生らは「はぁ?見つかったらさすがにヤバイだろ」「さっさと一周して帰ろうや」と言いました。
私も「見つかったら警察呼ばれるかもしれんし、卒業まであと少しじゃん、問題おこしたらヤバイ、はよ帰ろうや」と言いました。

しかし、Aはベンチに座ると煙草を吸い始めました。
「じゃ一服だけして帰るか」という事で、全員でその場に坐って煙草を吸いました。
すると、Aが「俺ちょっとトイレに行ってくるわ」と、その公衆トイレの中に入っていきました。
BやCは

「アイツ勝手に入った建物のトイレでよくションベンなんか出せるなぁ」「ウ〇コなら悪魔に呪われるんじゃないか」

とか冗談を言いながら煙草を吸っていたのですが、しばらくするとAが、トイレの中から

「おーい。ちょっと来て。面白いもんがあるよ」

と小さな声で言いました。

ゾロゾロと行ってみると、Aは「ほら、ここなんだと思う?」と便所の個室を指さしました。
Bが「トイレじゃん」と言うと、「ドア開けてみてや」と言い、Bが「なんや」と言いながら扉を開けました。
扉を開けてみると、なぜか中には地下に降りる階段がありました。
Aは「おかしいじゃろ。便所便所と並んで、ここだけ階段なんよ」と言いました。

いよいよこの状況がおかしな事に気づきました。第一、Aの言動がずっと不可解でした。
Aが急に肝だめしを提案した事、横の扉の位置を把握していた事、トイレの扉をわざわざ開いた事などです。

私はAに、「お前まさかココでウ〇コするつもりだったん?」と聞きました。
Aは「いや、うん、そうじゃ」と曖昧に答えた後、「ちょっと降りてみんか?」と皆に聞き始めました。私は当然断りました。

「お前おかしな事言うなや。はよ帰ろう。ここでグズグズしよったら見つかるじゃろ」

と言うと

「はは〜お前怖いんじゃろ?ちょっと降りるだけなのに怖いんじゃろ」

と馬鹿にした感じで言い出しました。
私はこれはAの挑発だと思いました。下に誘導しようとしているとしか思えなかったのです。
Bも「「ワシもいかんわ。帰ろうで」と言ってくれたのですが、他の二人は「なんか面白そう。ちょっとだけ降りようか」みたいな感じでAに同調したのです。
Aは「お前らは勇気あるの〜」とか言いながら、私やBを更に挑発していましたが、Bは「ワシ行かんで。勝手に行けや」と吐き捨てるように言いました。
Aは「ならまず3人で降りるわ。お前らはとりあえずココで待っといてや」と言いました。
そして3人は下へと降りて行ったのです。

私とBの二人はトイレの外には出ず、中で待っていました。
トイレの周辺は施設に挟まれた形で、窓も多数あったため、どこかの窓から見つかるか分からないと思い、トイレ内で待機していました。

Bは「おい、Aってなんか変じゃないか?」と聞いてきました。
私は「今日のAはおかしい。なんか最初っから俺らをココに連れてきたみたいな感じがする」と答えると、Bも「ワシもそう思いよった」と言いました。
その後はBと一緒に、今夜の事や見つかってしまった時の対処法などを話していました。

5分近く経った頃、「ちょっと遅くないか?」と私もBもイライラし始めました。
Bは「もう二人で帰るか」と言い出したのですが、二つあった懐中電灯のうち、二つともAたちが持って降りてしまったので、暗闇の中あの小さな横の扉を発見するのは時間がかかると判断し、しぶしぶ待っていました。
すると、遠くのほうから足音が聞こえてきたのです。

ザッザッザッという、複数の足音が遠くから聞こえてきました。
私もBも一瞬で緊張しました。
私たちは小声で、「ヤバイ…人がきた。マズイで…」と囁きあいました。
場が張り詰めた雰囲気に変わりました。
足音は遠くからでしたが、どの方角からの足音か分からなかったですし、いま外に出ても私たちは施設内の方向や構造が分からないので、見つかってしまう可能性がありました。

Bが「ヤバイ…近づいて来とるで…どうする?」と、かなり慌てた感じで言っていました。
私も内心は心臓がバクバクしながら、「コッチに来るとは限らんし、来そうなら隠れよう」と言いました。
しかし、確実に足音は私たちのいるトイレに近づいていきました。

その時、Bがいきなり階段ではない他の大便の個室の扉に手をかけました。しかし開きません。隣の個室もなぜか開きませんでした。
Bは「クソッ!閉まっとる。あ〜クソっ」と小さな声で叫びました。
足音はおそらく15mくらいまで近づいてきています。
直感的ですが、私はその時、足音の連中は間違いなくトイレに来ると確信していました。Bもきっと同じ予感がしていたのだと思います。
私もBもジッと立ち尽くしたままでした。


地下のまる穴 3へ

2022年07月01日

地下のまる穴


地下のまる穴とは、記憶喪失をした人がメモをたよりに内容を語っていくというものである。


【内容】



これは17年前の高校3年の冬の出来事です。
あまりに多くの記憶が失われている中で、この17年間、わずかに残った記憶を頼りに残し続けたメモを読みながら書いたので、細かい部分や会話などは勝手に捕捉や修正をしていますが、できるだけ誇張はせずに書いていきます。


私の住んでいた故郷はすごく田舎でした。
思い出す限り、たんぼや山に囲まれた地域で、遊ぶ場所といえば、原つきバイクを1時間ほど飛ばして市街に出て、カラオケくらいしかなかったように思います。

そんな片田舎の地域に1991年突如、某新興宗教施設が建設されたのです。
建設予定企画の段階で地元住民の猛反発が起こり、私の親もたびたび反対集会に出席していたような気がします。
視聴や県知事に嘆願書を提出したり、地元メディアに訴えかけようとしたらしいのですが、宗教団体側は「ある条件」を提示し、建設が強行されたようです。
条件については地元でも様々な憶測や噂が飛び交いましたが、おそらく過疎化が進む市に多額の寄付金を寄付する事で、自治体が住民の声を見て見ぬふりをした、という説が濃厚でした。

宗教施設は私たちが住んでいる地域の端に建てられましたが、その敷地面積は、東京ドームに換算すると2〜3個分程度の広さだったと思います。過疎化が進む片田舎の土地は安かったのでしょう。

高校2年の秋頃に施設が完成し、親や学校の担任からは「あそこには近づくな」「あそこの信者には関わるな」と言われていました。

私たちはクラスの同級生8人くらいで見に行ったのですが、周りがすべて高い壁で囲われ、正面には巨大な門があり、門の両端の上の部分に、恐ろしい顔をした般若みたいなのが彫られていました。
それを見た同級生たちは、「やばい!悪魔教じゃ悪魔教じゃ」と楽しそうに騒いでいましたが、そういう経緯から、学校ではあの宗教を、『悪魔教』や『般若団体』などと、わけのわからないアダ名で呼ぶようになりました。

たまにヒマな時などは、同級生ら数人で好奇心と興味と暇潰しに、施設周辺を自転車でグルグルしていましたが、不思議な事に、信者や関係者を見た事は一度もありませんでした。
あまりに人の気配がなく、特に問題も起きなかったので、しだいに皆の関心も薄れていきました。

高校3年になり、宗教施設の事は話題にもならなくなったのですが、ある日、同級生のAが「あそこに肝だめしに行かんか」と言いはじめました。
Aが言うには

「親から聞いたけど、悪魔教の建物に可愛い女が出入りしとるらしい。毎日店に買い物に来とるらしいで」

Aの実家は、地域内で唯一そこそこ大きいスーパーを経営していました。Aの両親は、毎日2万円〜3万円ぶんも買い物をしていく『悪魔教』に、すっかり感謝しているようでした。
Aは「俺の親は、あそこの信者はおとなしくて良い人ばっかりって言いよったよ。怖くないし、行ってみようや。」
私やその他の同級生も、遊ぶ場所がなく毎日退屈していましたので、「じゃあ行くか!」という事になり、肝だめしが決定しました。

メンバーは、私とAとBとCとD(同じクラスの5人)と、後輩のEとFの、全員男の7人になりました。
7人もいれば怖くないでしょう。皆も軽い気持ちで行く雰囲気でした。
待ち合わせは施設にほど近い、廃郵便局の前になりました。

私が到着すると、ABCとEは来ていたのですが、DとFが30分近く待っても来なかったので、5人で行く事になりました。

施設の近くに自転車を停車させ、徒歩で施設の紋へ。
「うわ〜夜中はやっぱ怖いわ」や、「懐中電灯もう一つ持ってくりゃよかったね」などと話していました。
巨大な門の前まで来ると、門からかなり離れた敷地内の建物の一ヶ所に電気がついていました。

「うわぁ信者まだ起きとんじゃね」「悪魔呼んだりしとんかね(笑)」

などと軽口をたたいていましたが、Cが

「これ、中に入れんじゃん」

と言いました。
するとAが

「俺が知っとるよ。横を曲がったとこに小さな門があってそっから入れる」

と言いました。

「A、なんで早く言わんのや」とか言いながら、壁づたいに歩き、突き当りを横に曲がり、少し歩くと壁に小さな扉がありました。Aが手で押すと、向こう側に開きました。
人ひとりようやく通れる扉を、5人で順番に通って中に侵入しました。


地下のまる穴 2へ

2022年06月30日

晴美の末路


晴美の末路とは、とあるスナックで働いていた女性のストーリーである。
語り部は苦しい思いをしてきたらしく、誰に聞いてもらわないとどうにかなってしまう、懴悔の話。
語り口調はこれまでの洒落怖にない、独特なものである。


【内容】



へへへ、おはようございます。さすがに皆さん怖い話をしなさる。今日は生憎天気が悪いようで。
あの時も丁度今日みたいな雨空だったかな。あ、いえね、こっちの話でして。え?聞きたい?
そんな事誰も言っていない?はぁはぁ、すみませんね、私も毎日苦しくて。正直この話を誰かに打ち明けないと気が狂いそうでして。それでは、早速暇つぶしにでもお読みください…へへへ。

もう10年ほど前になりますがね。当時、私はとある地方の寂れたスナックで働いていましてね。
そこで、店の女の子の1人と良い仲になっちまったんですよ。ま、良くある話です。へへへ。
アパートに同棲してまして。スナックのママも他の従業員もみな承知の上でしてね。
まぁそこそこ気楽に楽しく暮らしていましたわ。しかし、この、仮に晴美としましょうか。
晴美はかなりギャンブル狂でして。パチンコ・競馬・競艇・ポーカー・マージャン、なんでもござれでして。これが勝ちゃ良いんですが、弱いんですよ。賭け事にも才能ってありますよね。
案の定、借金まみれになっちまった。それでも何とか、働きながら返してたんですよ。

え?私はどうかって?私はあなた、ギャンブルなんてやりませんよ。そんあ勝つか負けるか分からないのに大金賭けられますかいな。意外にも堅実派なんですよ。へへへ。…話を戻しましょうか。

同棲しだして、2年ほど経った頃でしたかね。とうとう、にっちもさっちも行かなくなっちまった。
切羽詰まった晴美は、借りちゃいけない所から金借りちゃったんですよ。まぁヤクザもんですよね。

ある夜、アパートに2人でいる時に、男が2人やって来ましてね。見るからにそれモンですよ。
後は大概、お分かりですよね?TVや映画でも良くある展開と同じですよ。笑っちまうくらい同じです。
金が返せないのなら、風俗に沈める、の脅し文句ですよ。それでも晴美は1週間、1ヶ月待って下さい、と先延ばししながら働いていましたよ。え?私?私は何も出きゃしませんよ。
ヤクザもんですよ?とばっちりは御免です。え?同棲しておいてそれはないだろうって?
はぁはぁ、ごもっとも。でもね、皆さんもいざ私のような環境に置かれると分かりますって。

ある夜、いつもの様にアパートに取立てがやって来ましてね。所がちょっと様子が違うんですよ。
幹部って言うんですか?お偉いさんが来ちゃいまして。一通り晴美と話した後、つかつか〜と私の方にやって来まして、お前があいつの男か?と聞くんですよ。
ここで違う、とは言えませんわね。認めると、お前にあいつの借金の肩代わりが、出来るのか?と聞くんですよ。出来るわけないですよ。その頃には借金1千万ちかくに膨れ上がってましたからね。当然無理だと言いましたよ。そしたらその男が、あぁ、今思えば北村一輝に似た中々の良い男でしたね。あ、へへへ。すみません。

話を戻しましょうか。その男が、ならあの女は俺らがもらう。ってんですよ。
仕方が無いな、ともう諦めの境地でしたよ。私に害が及ばないのであれば、どうぞご自由に、と。え?鬼?悪魔?鬼畜?はぁはぁ、ごもっとも。でもね、水商売なんて心を殺さないとやっていけないんですよ。晴美に惚れてたならまだしも、正直体にしか興味ありませんでしたからね。え?やっぱり鬼畜?はぁはぁ、結構です。

それでもって、男が妙な事を言い出したんですよ。あの女の事を今後一切忘れ、他言しない事を誓うならば、これを受け取れ。と言うと、私に膨れた茶封筒を差し出したんですよ。丁度百万入ってましたよ。でもね、嫌じゃないですか。

ヤクザから金もらうなんて。下手したら後で、あの時の百万利子つけて返してもらおうか、何て言われちゃたまりませんからね。断りましたよ。そしたら、その幹部の連れのちんぴらが、ポラロイドカメラでもって私を撮ったんですよ。

そしてその幹部が、この金を受け取らなかったら殺す、って言うんですよ。
何で私がこんな目に、と思いましたよね。渋々受け取りましたよ。そして、もし今後今日の事を他言する様な事があれば、お前が世界のどこにいても探し出して殺す、と。その時、私は漠然とですが、晴美は風俗に沈められるのでは無く、他の事に使われるんだな、と思ったんですよ。もっと惨い事に。

晴美はある程度の衣服やその他諸々を旅行鞄に詰め込み、そのまま連れて行かれました。
別れ際も、私の方なんて見ずにつつ〜と出て行きましたね。結構気丈な女なんですよ。

1人残されたアパートで、私はしばらくボーッとしてました。明日にでもスナック辞めてどこかへ引っ越そうと思いましたね。嫌ですよ。ヤクザに知られてるアパートなんて。

ふと、晴美が使っていた鏡台に目がいったんですよ。リボンのついた箱が置いてあるんです。
開けて見ると、以前から私の欲しがってた時計でした。あぁ、そういえば明日は私の誕生日だ。

こんな私でも涙がつーっと出てきましてね。その時初めて、晴美に惚れてたんだな、と気がつきました。え?それでヤクザの事務所に晴美を取り戻しに行ったかって?
はぁはぁはぁ、映画じゃないんですから。これは現実の、しょぼくれた男のお話ですよ。

翌日、早速スナックを辞めた私は、百万を資金に引っ越す事にしたんです。
出来るだけ遠くに行きたかったんで、当時私の住んでた明太子で有名な年から雪祭りで有名な都市まで移動しました。そこを新たな生活の場にしようと思った訳です。

住む場所も見つかり、一段落したので、次は仕事探しですよ。もう水商売はこりごりだったので、何かないかなと探していると、夜型の私にピッタリの、夜間警備の仕事がありました。面接に行くと、後日採用され、そこで働くことになったんですよ。

それから約10年。飽きっぽい私にしては珍しく、同じ職場で働きました。
え?晴美の事?時々は思い出してましたよ。あの時計はずっとつけてました。北国へ来てから新しい女が出来たり出来なかったり、それはそれで、楽しくは無いですが平凡に暮らしてましたよ。

私、こう見えてもたま〜にですが、川崎麻世に似てるって言われるんですよ。
え?誰も聞いてない?キャバ嬢のお世辞?はぁはぁ、失礼しました。

それで、つい1ヶ月前ほどの話です。同僚のMが、凄いビデオがある、って言うんですよ。
どうせ裏モンのAVか何かだろうと私は思いました。こいつから何回か借りた事があったので。そしたらMが、スナッフビデオって知ってる?って言うんですよ。

私もどちらかと言うと、インターネットとか好きな方なんで、暇な時は結構、見たりするんですよ。だから、知識はありました。海外のサイトとか凄いですよねぇ。
実際の事故映像、死体画像、などなど。で、ある筋から手に入れて今日持って来てるんだが見ないか?ってMが言うんですよ。深夜3時頃の休憩時間でしたからね、まぁ暇つぶしくらいにはなるだろうってんで、見ることにしたんですよ。私は、どうせフェイクだろうと疑ってたんですけどね。ビデオをデッキに入れ、Mが再生ボタンを押しました。

若い全裸の女が、広い檻の中に横たわっていました。髪の毛も下の毛もツルツルに剃りあげられていました。薬か何かで動けないのか、しきりに眼球だけが激しく動いていました。晴美でした。私は席を立ちたかった。でも何故か動けないんですよ。

やがて、檻の中に巨大なアナコンダが入れられました。何か太いチューブの様な物を通って。大げさじゃなしに、10m以上はあったんじゃないでしょうかね。

それはゆっくりと晴美の方に近づいて来るんですよ。Mが凄いだろ、と言わんばかりに得意げに私の方を、チラチラと横目で見てきます。

それは、ゆっくりと巨体をしならせ、晴美の体に巻きつきました。声帯か舌もやられてるんでしょうか、晴美は恐怖の表情を浮かべながらも、声ひとつあげませんでした。バキバキ、と言う野菜スティックを2つに折った様な音がしました。晴美の体が、グニャグニャとまるで軟体動物の様にうなっていったんです。10分ほど経ったでしょうか。それが大口を開けました。

晴美のツルツルになった頭を飲み込んだんですよ。

ここからが長いんだ、とMは言い、早送りを始めました。それは、晴美の頭部を飲み込み終えると、さらに大口を開け、今度は肩を飲み込み始めました。胴体に達したとたん、テープが終わりました。続きが、後2本あるんだ、とMが言ったんです。もういい、と私は言うと、逃げるようにビルの巡回に戻りました。

それからなんですけどね、いつも同じ夢を見るんです。晴美の顔をした大蛇が、私に巻きつき、締め付けてくるんですよ。そして体中の骨を砕かれ、頭から晴美に飲み込まれるんです。凄まじい激痛なんですが、逆にこれが何とも言えない快感でしてね。晴美の腹の中でゆっくり溶かされ始める私は、まるで母親の胎内に戻った様な安心感さえ感じるんですよ。

え?そのビデオはどうしたかって?Mから私が買い取りましたよ。それこそ、給料何ヶ月分かの大数はたいてね。3本全部見て、少し泣いた後、私は全てビデオを叩き壊しました。

それで、深夜仕事をしてると、晴美を感じるんですよ。
ビルなどの屋上を1人で見回るでしょう?すると、後ろからピチャピチャと足音が聞こえてくるんですよ。振り返ると、誰もいない。でまた歩き出すと、濡れた雑巾が床に叩きつけられる様な音で、ピチャピチャと。晴美かな、と思うんだけれども、一向に姿を見せないんですよ。感じるのは気配と足音だけ。

そんな事が数日続き、流石に精神的にまいってしまいましてね、今現在、休暇と言う事で仕事を休んでいるんですよ。3日前です。とうとう晴美が現れたんですよ。

深夜、自宅のベッドでボーッと煙草をふかしていたら、白い煙の様な物が目の前に揺れ始めたんですよ。煙草の紫煙かな、と思ったんですが、動きがおかしい。
まるで生きてるように煙がゆ〜らゆ〜らと形をとり始めたんですよ。
晴美でした。既に溶けかかり、骨が砕けた全身を、マリオネットの様に揺らし、「まだある」方の眼球で、私を見つめてきました。何かを言いたげに口を動かしていますが、舌が無いのか声帯が潰されているのか、声にならない声で呻いていました。

どの位時間が経ったでしょうかね。いつの間にか晴美は消えていたんですよ。
恥ずかしい話、私は失禁と脱糞をしていました。はぁはぁはぁ、汚くてすみませんねぇ。

次の日の夜も晴美はやってきました。もう私はね、晴美に呪い殺されてもしょうがないんじゃないかと思い始めましてね。晴美が再び現れるのを心持ちにしてた部分もあったんです。

やはり、晴美は何か言いたげに口を動かしています。

私は駆け寄り、何が言いたい?私はどうすれば良いんだ?時計、時計、時計ありがとう、あの時何もしてやれなくてすまない、時計は大事に持ってる、時計は、時計は。

半狂乱のまま、私は叫び続けたんです。すると、晴美が折れた首を健気に私の方に近づけて、言ったんです。途切れ途切れながらも、ハッキリと聞き取れました。

「わたし、あんたのこどもほしかったな」

今日も夜が来る。

2022年06月29日

非常階段


非常階段とは洒落怖のひとつである。
その内容は、トラブル続きの職場で体験した出来事となっている。


【内容】



数年前、職場で体験した出来事です。
そのころ僕の職場はトラブルつづきで、大変に荒れた雰囲気でした。
普通では考えられない発注ミスや工場での人身事故があいつぎ、クレーム処理に追われていました。
朝出社して夜中に退社するまで、電話に向かって頭を下げつづける毎日です。
当然僕だけでなく、他の同僚のストレスも溜まりまくっていました。

その日も事務所のカギを閉めて廊下に出たときは、午前三時を回っていました。
O所長とN係長、二人の同僚と僕をあわせて五人です。
みな疲労で青ざめた顔をして、黙りこくっていました。
ところが、その日はさらに気を滅入らせるような出来事が待っていました。

廊下のエレベータ―のボタンをいくら押しても、エレベータ―が上がってこないのです。
なんでも、その夜だけエレベータ―のメンテナンスのために通電が止められたらしく、ビル管理会社の手違いで、その通知がうちの事務所にだけ来ていなかったのでした。
これには僕を含めて全員が切れました。ドアを叩く、蹴る、怒鳴り声をあげる。
まったく大人らしからぬ狼藉のあとでみんなさらに疲弊してしまい、同僚のSなど床に座りこむ始末でした。

「しょうがない、非常階段から、下りよう」

O所長が、やがて意を決したように口を開きました。
うちのビルは、基本的にエレベータ―以外の移動手段がありません。
防災の目的でつくられた外付けの非常階段があるにはあるのですが、浮浪者が侵入するのを防ぐために内部から厳重にカギがかけられ、滅多なことでは開けられることはありません。
僕もそのとき、はじめて階段に続く扉を開けることになったのです。

廊下のつきあたり、蛍光灯の明かりも届かない薄暗さの極まったあたりに、その扉はありました。
非常口を表す緑の明かりがぼうっと輝いています。
オフィス街で働いたことのある方ならおわかりだと思いますが、どんなに雑居ビルが密集して立っているような場所でも、表路地からは見えない『死角』のような空間があるものです。
ビルと壁と壁に囲まれた谷間のようなその場所は、昼間でも薄暗く、街灯の明かりも届かず、鳩と鴉の寝床になっていました。

うちの事務所はビルの7Fにあります。
気乗りしない気分で、僕はまず扉を開きました。
重い扉が開いたとたん、なんともいえない異臭が鼻をつき、僕は思わず咳き込みました。
階段の手すりやスチールの踊り場が、まるで溶けた蝋のようなもので覆われていました。
そしてそこから凄まじくイヤな匂いが立ち上っているのです。

「鳩の糞だよ、これ……」

N女史が泣きそうな声で言いました。
ビルの裏側は鳩の糞で覆い尽くされていました。
まともに鼻で呼吸をしていると肺がつぶされそうです。
もはや暗闇への恐怖も後回しで、僕はスチールの階段を下り始めました。
すぐ数メートル向こうには隣のビルの壁がある、まさに『谷間』のような場所です。
足元が暗いのももちろんですが、手すりが腰のあたりまでの高さしかなく、ものすごく危ない。
足を踏み外したら、落ちるならまだしも、壁にはさまって宙吊りになるかもしれない……。
振り返って同僚たちをみると、みんな一様に暗い顔をしていました。
こんなについていないときに、微笑んでいられるヤツなんていないでしょう。
自分も同じ顔をしているのかと思うと、悲しくなりました。

かん、かん、かん……

靴底が金属に当たる乾いた靴音を響かせながら、僕たちは階段を下り始めました。
僕が先頭になって階段を下りました。すぐ後ろにN女史、S、O所長、N係長の順番です。

足元にまったく光がないだけに、ゆっくりした足取りになります。
みんな疲れきって言葉もないまま、六階の踊り場を過ぎたあたりでした。
突然、背後から囁き声が聞こえたのです。
唸り声とか、うめき声とか、そんなものではありません。

よく映画館なんかで、隣の席の知り合いに話し掛けるときのような押し殺した小声で、ぼそぼそと誰かが喋っている。

そのときは後ろの誰か、所長と係長あたりが会話しているのだと思いました。
ですが、どうも様子が変なのです。
囁き声は一方的につづき、僕らが階段を下りている間もやむことがありません。
ところが、その囁きに対して誰も返事をしている様子がないのです。
そして……その声に耳を傾けているうちに、僕はだんだん背筋が寒くなるような感じになりました。

この声を僕は知っている。係長や所長やSの声ではない。
でも、それが誰の声なのか思い出せないのです。

その声の、まるで念仏をとなえているかのような一定のリズム。ぼそぼそとした陰気な中年男の声。
確かによく知っている相手のような気がする。
でも……それは決して、夜の三時に暗い非常階段で会って楽しい人物ではないことは確かです。
僕の心臓の鼓動はだんだん早くなってきました。
一度だけ足を止めて後ろを振り向きました。
すぐ後ろにいるN女史が、きょとんとした顔をしています。
そのすぐ後ろにS。所長と係長の姿は、暗闇にまぎれて見えません。

再び階段を下りはじめた僕は、知らないうちに足を速めていました。
何度か鳩の糞で足を滑らせ、あわてて手すりにしがみつくという危ない場面もありました。
が、とてもあの状況で、のんびり落ち着いていられるものではありません……。

五階を過ぎて、四階を過ぎました。

そのあたりで……背後から、信じられない物音が聞こえてきたのです。

笑い声。

さっきの人物の声ではありません。さっきまで一緒にいたN係長の声なのです。
超常現象とか、そういったものではありません。
なのにその笑い声を聞いたとたん、まるでバケツで水をかぶったように、どっと背中に汗が吹き出るのを感じました。

N係長は強面でなる人物です。
すごく弁が立つし、切れ者の営業マンでなる人物なのですが、事務所ではいつもぶすっとしていて、笑った顔なんて見たことがありません。
その係長が笑っている。
それも……そごくニュアンスが伝えにくいのですが……子供が笑っているような無邪気な笑い声なのです。
その合間にさきほどの中年男が、ぼそぼそと語りかける声が聞こえました。
中年男の声はぼそぼそとして、陰気で、とても楽しいことを喋っている雰囲気ではありません。
なのにそれに答える係長の声は、とても楽しそうなのです。

係長の笑い声と中年男の囁き声がそのとき不意に途切れ、僕は思わず足を止めてしまいました。
笑いを含んだN係長の声が、暗闇の中で異様なほどはっきり聞こえました。

「所長……」
「何?……さっきから、誰と話してるんだ?」

所長の声が聞こえます。
その呑気な声に、僕は歯噛みしたいほど悔しい思いをしました。
所長は状況をわかっていない。答えてはいけない。振り返ってもいけない。強くそう思ったのです。

所長とN係長は、なにごとかぼそぼそと話し合いをはじめました。
すぐ後ろで、N女史がいらだって手すりをカンカンと叩くのが、やけにはっきりと聞こえました。
彼女もいらだっているのでしょう。ですが、僕と同じような恐怖を感じてる雰囲気はありませんでした。

暫く僕らは階段の真ん中で立ち止まっていました。
そして震えながらわずかな時間を過ごしたあと、僕は一番聞きたくない物音を耳にすることになったのです。

所長の笑い声。

なにか楽しくて楽しくて仕方のないものを必死でこらえている、子供のような華やいだ笑い声。

「なぁ、Sくん……」

所長の明るい声が響きます。

「Nさんも、Tくんも、ちょっと……」

Tくんというのは僕のことです。
背後でN女史が躊躇する気配がしました。
振り返ってはいけない。警告の言葉は乾いた喉の奥からどうしてもでてきません。

振り返っちゃいけない、振り返っちゃいけない……

胸の中で繰り返しながら、僕はゆったりと足を踏み出しました。
甲高く響く靴音をこれほど恨めしく思ったことはありません。
背後でN女史がSと何か相談しあっている気配があります。
もはやそちらに耳を傾ける余裕もなく、僕は階段を下りることに意識を集中しました。

僕の身体は隠しようがないほど震えていました。
同僚たちの……そして得体の知れない中年男の囁く声は、背後に遠ざかっていきます。
四階を通り過ぎました……三階へ……足の進みは劇的に遅い。
もはや笑う膝を誤魔化しながら前へ進むことすらやっとです。

三階を通り過ぎ、眼下に真っ暗な闇の底……地面の気配がありました。
ほっとした僕はさらに足を速めました。同僚たちを気遣う気持ちよりも恐怖の方が先でした。

背後から近づいてくる気配に気づいたのはそのときでした。

複数の足音が……四人、五人?……早足に階段を下りてくる。
彼らは無口でした。何も言わず、僕の背中めがけて一直線に階段を下りてくる。
僕は悲鳴をあげるのをこらえながら、あわてて階段を下りました。
階段のつきあたりには、鉄柵で囲われたゴミの持ち出し口があり、そこには簡単なナンバー鍵がかかっています。
気配はすぐ真後ろにありました。
振り返るのを必死でこらえながら、僕は暗闇の中、わずかな指先の気配を頼りに鍵を開けようとしました。

そのときです。
背後で微かな空気の流れを感じました。

すぅぅ……。

何の音だろう?
必死で指先だけで鍵を開けようとしながら、僕は音の正体を頭の中で探りました。
とても背後を振り返る度胸はありませんでした。

空気が微かに流れる音。
呼吸。

背後で何人かの人間が、一斉に息を吸い込んだ。
そして次の瞬間、僕のすぐ耳の後ろで、同僚たちが一歳に息を吐き出しました……思いっきり明るい声とともに!

「なぁ、T、こっち向けよ!いいもんあるから」
「楽しいわよ、ね、Tくん、これがね……」
「Tくん、Tくん、Tくん、Tくん……」
「なぁ、悪いこといわんて、こっち向いてみ。楽しい」
「ふふふ……。ねぇ、これ、これ、ほら」

悲鳴をこらえるのがやっとでした。
声はどれもこれも、耳たぶの後ろ数センチのところから聞こえてきます。
なのに、誰も僕の身体に触ろうとしないのです!
ただ言葉だけで……圧倒的に明るい楽しそうな声だけで、必死で僕を振り向かせようとするのです。


悲鳴が聞こえました。
誰が叫んでいるのかとよく耳をすませば、僕が叫んでいるのです。
背後の声はだんだんと狂騒的になってきて、ほとんど意味のない笑い声だけです。
そのとき掌に、がちゃんと何かが落ちてきました。
重たく冷たいものでした。
鍵です。僕は知らないうちに鍵を開けていたのでした。
うれしいよりも先に鳥肌の立つような気分でした。
やっと出られる。闇の中に手を伸ばし、鉄格子を押します。
ここをくぐれば、ほんの数メートル歩くだけで表の道に出られる……。
一歩、足を踏み出したそのとき。
背後の笑い声がぴたりと止まりました。
そして……最初に聞こえた中年男の声が、低い、はっきり通る声で、ただ一声。

「おい」

2022年06月28日

旅館の求人


旅館の求人とは洒落怖に投稿された作品である。
とある旅館にバイトが決まるものの徐々に体調が悪くなっていき……。


【内容】



丁度2年くらい前のことです。旅行にいきたいのでバイトを探してた時の事です。
暑い日が続いてて汗をかきながら求人をめくっては電話してました。
ところが、何故かどこもかしこも駄目、駄目駄目。
擦り切れた畳の上に大の字に寝転がり、適当に集めた求人雑誌をペラペラと悪態をつきながらめくってたんです。

不景気だな…節電の為、夜まで電気は落としています。
暗い部屋に落ちそうでおちない夕日がさしこんでいます。
窓枠に遮られた部分だけがまるで黒い十字架のような影を畳に落としていました。
遠くで電車の音が響きます。
目をつむると違う部屋から夕餉の香りがしてきます。

「カップラーメンあったな」

私は体をだるそうに起こし散らかった求人雑誌を片付けました。
ふと、、偶然開いたのでしょうかページがめくれていました。

そこには某県(ふせておきます)の旅館がバイトを募集しているものでした。
その場所はまさに私が旅行に行ってみたいと思ってた所でした。

条件は夏の期間だけのもので時給はあまり、、というか、全然高くありません。
でしたが、住み込みで食事つき、というところに強く惹かれました。
ずっとカップメンしか食べてません。まかない料理でも手作りのものが食べれて、しかも行きたかった場所。
私はすぐに電話しました。

「はい。ありがとうございます!〇〇旅館です。」
「あ、すみません。求人広告を見た者ですが、まだ募集してますでしょうか?」
「え、少々お待ち下さい。……ザ…ザ…ザザ…い…そう…だ………」

受けつけは若そうな女性でした。
電話の向こう側で低い声の男と(おそらくは、宿の主人?)小声で会話をしていました。
私はドキドキしながらなぜか正座なんかしちゃったりして、、待ってました。やがて受話器をにぎる気配がしました。

「はい。お電話変わりました。えと…バイトですか?」
「はい。××求人でここのことをしりまして、是非お願いしたいのですが」
「あー、ありがとうございます。こちらこそお願いしたいです。いつからこれますか?」
「いつでも私は構いません」
「じゃ、明日からでもお願いします。すみませんお名前は?」
「神尾(仮名)です」
「神尾君ね。はやくいらっしゃい」

とんとん拍子だった。運が良かった。私は電話の用件などを忘れないように録音するようにしている。再度電話を再生しながら必要事項をメモっていく。
住みこみなので持っていくもののなかに、保健所なども必要とのことだったのでそれもメモする。
その宿の求人のページを見ると白黒で宿の写真が写っていた。こじんまりとしているが自然にかこまれた良さそうな場所だ。

私は急にバイトが決まり、しかも行きたかった場所だということもあってホっとした。
しかし何かおかしい。私は鼻歌を歌いながらカップメンを作った。何か鼻歌もおかしく感じる。
日はいつのまにかどっぷり暮れ、あけっぱなしの窓から湿気の強い生暖かい風が入ってくる。
私はカップメンをすすりながら、なにがおかしいのか気付いた。

条件は良く、お金を稼ぎながら旅行も味わえる。女の子もいるようだ。
旅館なら出会いもあるかもしれない。だが、何かおかしい。
暗闇に窓のガラスが鏡になっている。その暗い窓に私の顔がうつった。
なぜか、まったく嬉しくなかった。理由はわからないが私は激しく落ちこんでいた。
窓にうつった年をとったかのような生気のない自分の顔を見つめつづけた。


次の日、私は酷い頭痛に目覚めた。激しく嗚咽がする。風邪か?
私はふらふらしながら歯を磨いた。歯茎から血が滴った。
鏡で顔を見る。ギョッとした。目のしたにはくっきりと墨で書いたようなクマが出来ており、顔色は真っ白。まるで…。
バイトもやめようかと思ったが、すでに準備は夜のうちに整えている。
しかし気がのらない。そのとき電話がなった。

「おはようございます。〇〇旅館のものですが、神尾さんでしょうか?」
「はい。今準備して出るところです」
「わかりましたー。体調が悪いのですか?失礼ですが声が…」
「あ、すみません。寝起きなので」
「無理なさらずに。こちらについてはまず温泉などつかって頂いて構いませんよ。初日はゆっくりとしててください。そこまで忙しくはありませんので。」
「あ、だいじょうぶです。でも、ありがとうございます。」

電話をきって家を出る。あんなに親切で優しい電話。ありがたかった。
しかし、電話をきってから今度は寒気がしてきた。ドアをあけると目眩がした。

「と…とりあえず、旅館までつけば…」

私はとおる人が振りかえるほどフラフラと駅へ向かった。
やがて雨が降り出した。
傘をもってきていない私は駅まで傘なしで濡れながらいくことになった。
激しい咳が出る。

「…旅館で休みたい」

私はびしょぬれで駅に辿りつき、切符を買った。そのとき自分の手を見て驚いた。。
カサカサになっている。濡れているが肌がひび割れている。まるで老人のように。

「やばい病気か、、?旅館まで無事につければいいけど」

私は手すりにすがるようにして足を支えて階段を上った。何度も休みながら。
電車が来るまで時間があった。私はベンチに倒れ込むように座りこみ苦しい息をした。
ぜー、ぜー、声が枯れている。手足が痺れている。波のように頭痛が押し寄せる。
ごほごほ!咳をすると足元に血が散らばった。私はハンカチで口を拭った。
血がベットリ。
私は霞む目でホームを見ていた。

「はやく…旅館へ…」

やがて電車が轟音をたててホームにすべりこんでき、ドアが開いた。
乗り降りする人々を見ながら、私はようやく腰を上げた。腰痛がすごい。
フラフラと乗降口に向かう。体中が痛む。あの電車にのれば…。
そして乗降口に手をかけたとき、車内から鬼のような顔をした老婆が突進してきた。

どしん!私はふっとばされホームに転がった。老婆もよろけたが再度襲ってきた。
私は老婆と取っ組み合いの喧嘩を始めた。
悲しいかな、相手は老婆なのに私の手には力がなかった。

「やめろ!やめてくれ!俺はあの電車にのらないといけないんだ!」
「なぜじゃ!?なぜじゃ!?」

老婆は私にまたがり顔をわしづかみにして地面に抑えつけながら聞いた。

「りょ、旅館にいけなくなってしまう!」

やがて駅員たちがかけつけ私たちは引き離された。
電車は行ってしまった。私は立ち上がることも出来ず、人だかりの中心で座りこんでいた。
やがて引き離された老婆が息をととのえながら言った。

「おぬしは引かれておる。危なかった。」

そして老婆は去っていった。

私は駅員と2〜3応答したがすぐに帰された。
駅を出て仕方なく家に戻る。
すると体の調子がよくなってきた。声も戻ってきた。
鏡を見ると血色もいい。
私は不思議に思いながらも家に帰った。
荷物を下ろし、タバコを吸う。
落ちついてからやはり断ろうと旅館の電話番号をおした。すると無感情な軽い声が帰ってきた。

「この電話番号は現在使われておりません。」

押しなおす。

「この電話番号は現在使われておりません。」

私は混乱した。まさにこの番号で今朝電話が掛かってきたのだ。
おかしいおかしいおかしい…。
私は通話記録をとっていたのを思い出した。
最初まで巻き戻す。

……キュルキュルキュル、ガチャ
再生
「ザ…ザザ………はい。ありがとうございます。〇〇旅館です」

あれ?私は悪寒を感じた。若い女性だったはずなのに、声がまるで低い男性のような声になっている。

「あ、すみません。求人広告を見た者ですが、まだ募集していますでしょうか?」
「え、少々お待ちください。……ザ…ザ…ザザ…い…そう…だ……」

ん??
私はそこで何か話し合われているのか聞こえた。
巻き戻し、音声を大きくする。

「え、少々お待ちください。……ザ…ザ…ザザ…い…そう…だ……」

巻き戻す。

「……ザ…ザ……ザザ…むい…こご…そう…だ………」

巻き戻す。

「さむい…こごえそうだ」

子供の声が入っている。さらにその後ろで大勢の人間が唸っている声が聞こえる。
うわぁ!!私は汗が滴った。
電話から離れる。すると通話記録がそのまま流れる。

「あー…ありがとうございます。こちらこそお願いいたします。いつからこれますか?」
「いつでも私は構いません」

記録にある会話。しかし、私はおじさんと話をしていたはずだ。
そこから流れる声は地面の下から響く老人の声だった。

「神尾くんね、はやくいらっしゃい。」

そこで通話が途切れる。私の体中に冷や汗がながれおちる。
外は土砂降りの雨である。金縛りにあったように動けなかったが私はようやく落ちついてきた。
すると、そのままの通話記録が流れた。
今朝、掛かってきた分だ。
しかし、話し声は私のものだけだった」

「死ね死ね死ね死ね死ね」
「はい。今準備して出るところです」
「死ね死ね死ね死ね死ね」
「あ、すみません、寝起きなので」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「あ、だいじょうぶです。でも、ありがとうございます。」

私は電話の電源ごとひきぬいた。
かわいた喉を鳴らす。
な、なんだ…なんだこれ、なんだよ!?どうなってんだ??

私はそのとき手に求人ガイドを握っていた。
震えながらそのページを探す。
すると何かおかしい。手が震える。
そのページはあった。綺麗なはずなのにその旅館の1ページだけしわしわでなにかシミが大きく広がり少しはじは焦げている。
どうみてもそこだけが古い紙質なのです。まるで数十年前の古雑誌のようでした。
そしてそこには全焼して燃え落ちた旅館が写っていました。

そこに記事が書いてありました。

死者30数名。台所から出火したもよう。
旅館の主人と思われる焼死体が台所でみつかったことから、料理の際に炎を出したと思われる。泊まりに来ていた宿泊客達が逃げ遅れて炎にまかれて焼死。

これ…なんだ。求人じゃない。
私は声も出せずにいた。求人雑誌が風にめくれている。
私は痺れた頭で石のように動かなくなった。

そのときふいに雨足が弱くなった。一瞬の静寂が私を包んだ。
電話がなっている。

2022年06月25日

邪霊の巣窟 9



悪霊を駆使して自分たちを取り殺そうとしましたがお守りがあった為に上手くいかず悪霊を神社の外に出れる様にしたりして手を加えましたがあの時、自分たちは見えていなかったけど兄の友人たちが必死で自分たちを守っていたと教えられました。

そしてお守りが身代わりになる様に弾けた為、その力で神社に押し戻されたという事なのです。

そして浄化の際には大木に身を隠して浄化さえたと見せ掛けて怨みを募らせながら機会を窺っていた‥。そこにEを見つけたMが再び行動を起こしたというのですが。

今度はかつて自分が利用しようとしたご神体に阻まれてその憎悪に終止符を打たれたという事でした。自分はなんて言っていいのか解りませんでした。

自覚はなかったとはいえ自分が発端になっていた事を知りショックを隠し切れませんでした。

「そっか…だからMは消える間際に…」

他の二人はよく聞こえなかったらしいのですが自分にはハッキリと聞こえていました。

「なんで…どうして‥いつもお前ばかり‥」

自分は泣いていました。

巻き込んだ人に対して、Mに対して、申し訳ない気持ちと自分に対しての怒りで泣きました。

「もう終わったんだよ?大丈夫、大丈夫だから」

Aも泣きながらそう言いました。

「パパ、ママ、どこか痛いの?さっきのお兄ちゃんになにかされたの?」

Eが心配そうに見つめていました。自分は二人を思い切り抱きしめて泣きました。
もうあの悪夢は終わった…。そう思い自分は罪悪感と安堵感に包まれていました。

あの事件の後、自分たちは亡くなった人たちのお墓を周りました。
兄の友人たちのお墓で深い感謝の気持ちを伝え、毎年お参りにくると約束しました。

Mのお墓にも行きました。
本当は実家にお線香をあげに行きたかったのですが、引っ越した後で行方が解らないとの事でした。

魂のないお墓‥。自分はMになんと言えばいいのか解らず…線香をあげて手を合わせて祈る事しかできませんでした。

あのMに襲われて怪我をしたクラスメイトたちも今は皆元気にしているそうです。(神社に入ってからの記憶はないみたいですが)
近々同窓会でも開こうと通達が来ました。

あ、それから娘のEも今は小学校に上がり元気です。あの後、どうも神様に触れられたEは特別らしくて退魔士の方たちが

「うちにお迎え頂く事はできないでしょうか?」

と頼み込んできました。
無論、丁重にお断りしましたが…。
Eの霊的防御力は凄まじい物になっているらしく、並の悪霊とかは近づくことすら出来ないと言っていました。(喜んでいいのやら…)Aは苦笑いしていましたけど…。

後、他の神社などに行った時に自分たちは守ってくれている存在がいっぱいいると告げられました。
皆が守ってくれている…。自分は彼等に感謝の気持ちを一生忘れないと思います。


最後にあの神社ですが今では昔の面影も無く、境内で子供たちが遊んでいたり、たまに祭が開かれる等、大変賑わっています。

でも自分たちはあの事件を忘れません。

亡くなった人の為にもこれから神社に行く人の為にもこの話をなるべく正確に伝え、忘れられない様にする為に自分はこうして投稿を決意しました。
<< 2024年06月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
最新記事
カテゴリーアーカイブ
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。