2017年11月02日
チェコ映画を見るなら1(十月卅日)
実は知り合いに東京のチェコセンターの関係者がいて、たまたまメールをもらったので返事を書くついでに、いつまでもノバー・ブルナじゃないだろう、飽きられるから別な映画を紹介しろよと書いて送ったら、ノバー・ブルナだけじゃなくて別なのも紹介しているよという返事が来た。
その映画が「リモナードビー・ヨエ」である。なるほど、そう来たか。多くのノバー・ブルナの作品よりは少し前、1964年にオルドジフ・リプスキーが制作したこの作品、本来は題名の後ろに「もしくはコニュスカー・オペラ」と付くように、馬が出てくる活劇なのである。つまりは、チェコ製の西部劇なのである。イタリアを中心に制作されたヨーロッパの西部劇をマカロニウエスタンと言うことから、チェコだからビールウエスタンとか言ってみたくなるけど、内容には全くそぐわない。
チェコ人が西部劇のフォーマットを使うからと言って、それがまともな西部劇になるわけがない。しかも監督が馬鹿馬鹿しさの極致を極めるチェコ的B級コメディーを量産したリプスキーである。そう考えると、この題名、日本語で「レモネード・ジョー」とするのはいかがなものかという気がしてくる。題名に使われた英語名の「JOE」を、チェコ語風に「ヨエ」と読ませるところから、この壮大なパロディの仕掛けなのである。
映画は、西部の荒くれ者の集まるギャングに支配された町を舞台にしている。馬に乗って拳銃を持ち歩く男たちが街の酒場で飲むのは、当然強い酒ウイスキーである。そこに「コラロクのレモネード」というアルコールの入っていない飲み物の販売に父と娘がやってくるところから物語が始まる。ギャングに絡まれて窮地に陥った親子を救うために登場するのが、主人公の「ヨエ」である。
この男、馬の扱いも拳銃の腕も最高なのに、アルコールが飲めないのである。そして、「コラロクのレモネード」を飲みながら、にこやかに笑いながら敵役のギャングを次々に撃ち倒していく。そんなちぐはぐさを象徴しているのが「ヨエ」という、字面は英語でかっこよく、読みはチェコ風で妙に軟弱な名前なのである。
ストーリーはいつものリプスキーのどたばた劇で、ヨエの活躍で町からアルコールが一掃され、みんな「コラロクのレモネード」を飲み始めたと思ったら、ヨエが復習に燃えるギャング団にアルコールを飲まされて昏倒し、形勢が一転してしまう。集中して見ていても筋と人間関係がこんがらがっていて訳が分からなくなってくるのだけど、最後は実はみんな生き別れの兄弟だったという、おい、それでいいのかと言いたくなるような大団円を迎える。
これを最初に見たとき。江戸時代の歌舞伎で、役者の格に合わせるために、軽い役にも重い人間関係を与える必要があったため、話が必要以上にややこしくなっていたというのを思い出してしまった。まあ、チェコのコメディだから、これはこれでいいんだろうけどさ、ツィムルマンも、自作の劇の結末でさらにとんでもない家族関係を使っていたし……。あれこそ不条理劇と言うにふさわしかった。うん。実際見てたら金返せと言うだろうけど。
閑話休題。
この映画の一番の特徴は、悪役が魅力的なことだ。ギャングのボスのミロシュ・コペツキーも、ヨエを誘惑してアルコールを飲ませる酒場の歌姫クビェタ・フィアロバーも、主人公のヨエ以上の印象を残す。ヒロインのはずのレモネード売りの娘なんて存在感希薄で顔も思い出せないし、ヨエ役の俳優は名前が出てこない。コペツキーは、いろいろな映画やドラマで活躍しているから覚えやすかったというのもあるかな。チェコの映画では貴重な悪役俳優なんだよ。
日本でチェコ語を勉強している人、チェコに興味がある人たちには、「レモネード・ヨエ」、もしくは「ソフトドリンク・ヨエ」、いやいっそのこと「清涼飲料水のヨエ」を見る機会があったら、逃さないほうがいいと助言しておく。チェコ語で言うと「Nenechte si ujít」という奴である。理論好きの映画の専門家でなければ、「ひなぎく」や「大通りの店」を見るよりずっと満足できる、はず、である、と思う。
できればチェコ映画史上の最高傑作で今後もこれを越えるものは現れないと思われる「トルハーク」を日本に紹介してほしいところだが、知人には「日本に紹介するには百年早い」と言われてしまった。確かにそうかもしれない。ということで、啓蒙活動はこれからも続く。それはそうなんだけど、やり方が問題である。
2017年10月31日23時。
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