2017年02月02日
シクロクロス(正月卅日)
この奇妙な、と言ったら失礼だが、最初に見たときにはそう思ってしまった、自転車競技の存在を知ったのはチェコに来てから、チェコテレビがスポーツ専門チャンネルを設けてスポーツ中継の時間を増やしてからだ。それ以前はサッカー、アイスホッケー以外のスポーツは、オリンピックなんかの大イベントがない限り放送されなかったのだから。
日本にいるときには自転車競技というと、ツールドフランスに代表されるロードレースしか知らなかった。競輪の存在は知っていたけれども、あれを純粋にスポーツと言っていいのかどうかには疑念が残る。そのロードレースしか知らない人間の目から見たシクロクロスは、雪の上、砂の上、泥の中を走り、時には自転車を降りて担いだり押したりするという、何ともバーバラスなというか、ワイルドなというか、とにかくロードレースの洗練性を全く感じさせない野蛮なものに見えた。
しかし、見る側から考えると、集団での走行が中心で、個人スポーツというよりは団体スポーツになってしまい数時間に及ぶレースの内、開始直後のアタック合戦と、ゴール間際のスプリント合戦さえ見ておけば問題のないレースの増えてしまったロードレースよりも、はるかに面白かった。上から下まで泥まみれになってゴールするから、食事時なんかに見るのはちょっと勘弁してほしいと思うけれども、レース時間も一時間ちょっとで長すぎないし。
毎年行われるツールドフランスの中継は、ついついチャンネルを合わせてしまうけれども、あれは仕事をしているときのBGMのようななものだし、映像もフランス各地観光案内みたいな部分のほうに見入ってしまう。チェコ選手権のような周回コースでのレースだと、大半は退屈なレース展開と何度も同じ景色を見せられることになる。
その点、シクロクロスはちょっとしたミスで順位が入れ替わることが多いし、パンクなどの機材のトラブルが起こると、デポまで自力で自転車を持っていって交換しなければならないから、首位を独走していても安心することはできない。コンディションによっては転倒が多いのも結果が読みにくくなる原因になっている。だから、応援している選手が、正確にはチェコ人の有力選手が出ていると、目が離せないのである。ちょっとトイレにたった間に、さっきまでトップを走っていたのになんてことになる。
チェコでは、数年前にロードレースに転向してしまったズデニェク・シュティバルが、ワールドカップや世界選手権で優勝争いを繰り返していたこともあって、シクロクロスのレースがチェコテレビで放送される機会は多い。かつてのフス派の本拠地ターボルでワールドカップのレースや世界選手権が行なわれたことがあるのも世界的にも有数の選手がいるからだろう。
シュティバルは、日本では比較的チェコ人の人名表記が正確なシクロワイアードでも、「ゼネク・スティバル」と書かれていて、その名前で覚えている人もいるかもしれないが、「ズデニェク・シュティバル」というのがチェコ語での発音に最も近いのである。
そのシュティバルがロードに転向した後、チェコのトップ選手になっていたツィンクも、今年からロードに転向して、新設のバーレーンかどこかのアラブの国のチームに加入してしまった。その結果、週末にルクセンブルクで行われた世界選手権で、優勝争いができそうなチェコ人選手は、男子のカテゴリーではいなくなってしまった。結局一人予想外の大活躍で十位以内に入っていたけど、以前は二人、三人なんてこともあって、ベルギー、オランダに次ぐシクロクロス大国はチェコだったのに。
その代わりに今回は、三十台も後半に入って年々少しずつ成績を上げているような印象のある女子のカテジナ・ナッシュが、最大の期待で、その期待に応えて三位に入って、表彰台に上っていた。先頭争いをしていて、中盤でパンクか何かで姿を消したときには、駄目かと思ったのだが、終盤挽回したようだ。もう一人の選手は一週目の集団転倒に巻き込まれて自転車のフレームが壊れてしまって、即座に棄権ということになっていた。残念。
とまれ、このテーマで一番書きたかったのは、シクロクロスそのものでも、世界選手権の結果でもないのだ。「カテジナ・ナッシュ」、この名前の表記を見て、あれっと思った人はいないだろうか。いたらチェコ語ができるか、チェコ語はできなくてもチェコにどっぷり浸かっている人だろう。女性の名字なのに「オバー」が付いていないのである。
チェコでは、外国人であっても女性の名字には、かたくなに「オバー」をつける。以前、スキーのクロスカントリーの女子のレースの解説をしていた元選手が、外国人の名字は「オバー」を付けずに、原語のままに呼んでいたら、次のレースの解説の担当を外されたなんてこともあったぐらいである。だから、チェコに住んでいると、今のドイツの首相を「メルケル」と言われても、イギリスの首相を「メイ」と言われてもぴんとこない。チェコに来てから登場してきた政治家なので、チェコ語のメルクロバー、メヨバーが頭にこびりついてしまっているのだ。
それなのに、チェコ人選手の「ナッシュ」には、「オバー」が付いていない。これは、最近、と言っても十年以上前になるだろうか、制定された名字に関する法律のせいである。チェコ人が外国人と結婚する際に、男性の名字を夫婦の名字として選んだ場合、妥当な理由があれば女性の名字に、女性形の「オバー」をつけなくても構わないことになったのだ。ナッシュもアメリカ人と結婚してアメリカを拠点にトレーニングを積んでいるので、英語の名字に「オバー」を付けない形で、正式に登録されているのだろう。
こういう例外規定ができた以上、外国人女性の名字にも「オバー」を付けるのはやめたほうがいいと思うのだけど。チェコ人の女性が、名字で「ナッシュ」とか、「エモンズ」とか呼ばれるのに、日本人女性が、「イシダオバー」とか、「タカナシオバー」なんて呼ばれているのには、違和感以外の何物も感じられない。
以前、いわゆる名字の代わりに父称を使っているアイスランドの選手を呼ぶときにどうするかで、女性形の父称にさらに女性形の「オバー」をつけるのかどうかで、チェコテレビでも混乱していたなんてこともあったし、中国人や韓国人の名前と同じで、現地の呼び方を優先する方向に行くかと思っていたら、そんなこともなかった。ちなみに中国人や韓国人の名前は、どっちが名前で名字なのか判別できなかったので、現地語のままになったものと推測している。チェコだし。
2月1日14時。
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