大体の平日の夜を家で過ごすようになったのはコロナ禍の少し前。
近所の居酒屋Yが閉店したのは去年の2月の最初だったか。特に新しく夜を過ごせる居酒屋を開拓しないままコロナ禍となった。
近所で落ち着いて呑める店はなかなかない。そうしているうちに居酒屋Qに行くようになった。だが、居酒屋Qは徒歩15分くらいなのだ。酔っぱらってもすぐ家に着く距離の基準は徒歩5分と思っている。ましてやこの身体の状態で酔っぱらって歩くことは避けたい。
これまでもそうだが、居酒屋での一人飲みは黙々と食べて飲むのではない。カウンターに座って店主と少し話ながら、また、隣り合わせた客との会話も楽しみながら時間を過ごす。
人と知り合う・人と話するのが好きなのだろう。
もう長年の飲み方だ。だからそういう雰囲気の店を探すし、一度行ったら長い付き合いになる。
東京に来てからは居酒屋Sには毎日行っていた。日曜日も。そこでは多くの友人ができた。
居酒屋Sの閉店後、居酒屋Yに行くようになった。毎日ではない。週に2回くらい。実はそれほど気に入ってはいなかった。マスターも客も居酒屋Sの時の雰囲気とはまるで違った。ただ家に近いというだけだ。
ただ夜の時間を潰すには良かった。居ても2時間程度。帰ってシャワーを浴びて寝るという規則正しい週2回のルーティンだった。
そのルーティンが無くなってどう夜を過ごそうかという時にコロナ禍のステイホーム。
緊急事態宣言が明け、感染者数が激減したからといって新たなホームとなる居酒屋を開拓しようとは思はない。
それは、新たに人との関係を作るのが面倒くさいということも大きな要因だ。
コンパクトな生活。
そう言ったら聞こえはいいが、もう58歳なのだ。自分の好きなことをやるだけで手いっぱいだ。
何かを我慢して将来に向けて修行することは、好きなこと以外に必要はない。
そう、好きな事だけでいいのだ。
新たな関心や新たな学びを放棄するわけではない。ただ基準は好きな事。
好きな事と言ってもなかなか出てこない。まずはイヤな事をしないということからのスタートだろうか。
まずは平日の夜をどう一人で過ごしたら快適なのかから考えないといけないか。
2021年10月20日
2021年10月19日
振り返ってみる
右下腿の痺れは全く無くなった訳ではないが、感覚がずいぶん違う。
もちろん痺れているのだ。だがこれまでは触らない限り感覚がなかったくらいの痺れだった。これはいつからだったのだろう、そのためにこのブログで記しているのだが。
記憶にあるのは昨年の龍王峡を歩いてから格段に歩行が良くなったこと。
そのあたりから振り返って読み返す。ちょうど1年前。
その頃に手の痺れが緩和したと書いている。それは今も続いている。これは間違いなく受傷後よりも良くなったのだ。
この頃に歩き方を考えている。「右足裏で地面を舐めるように」という表現。今更ながら読み返して何のことかと思った。要はこれまで足裏全体を地面につけて、足裏でキックせずに脚を運ぶ歩きだったようだ。それを踵から足裏全体を地面に設置することを意識し、最後に足で蹴る歩き。
昨晩これを読み返して今朝は何も意識せずに歩いてホームに向かう。
ちゃんと足裏が地面を舐めている。習慣になったのだ。果たして受傷前はそう歩いていたのかは思い出せないが、正しい歩き方だ。
右下腿はこの頃から痺れが強くなったようだ。足の甲の痺れも書いていた。
我ながら長いし読みにくい文章だ。1か月分読んだらイヤになった。
昨晩は久しぶりに超音波治療器を使った。
土曜の鍼後に右ふくらはぎと足首がすごく柔らかかった。鍼後にすぐに何か変わることは珍しい。
昨日触ると、もう硬くなっていた。やはり寒かったからだろうか。
超音波治療器を右の足首からふくらはぎの外側をあてる。その時に感覚はあまりないが、風呂に入った時に超音波治療器をあてた箇所が他より熱を持っているのが感じ取れる。
何故、右下腿の痺れが強くなってしまったのか。現段階の推測。
足裏を使うようになってふくらはぎの筋肉を使い、そしてふくらはぎと足首のケア不足で硬くなって甲まで痺れたという推測。
もう一つは冷え。4月くらいからはお湯に浸からずシャワー。脚が温まっていない。
今日は昨日の続から読み返してみよう。
もちろん痺れているのだ。だがこれまでは触らない限り感覚がなかったくらいの痺れだった。これはいつからだったのだろう、そのためにこのブログで記しているのだが。
記憶にあるのは昨年の龍王峡を歩いてから格段に歩行が良くなったこと。
そのあたりから振り返って読み返す。ちょうど1年前。
その頃に手の痺れが緩和したと書いている。それは今も続いている。これは間違いなく受傷後よりも良くなったのだ。
この頃に歩き方を考えている。「右足裏で地面を舐めるように」という表現。今更ながら読み返して何のことかと思った。要はこれまで足裏全体を地面につけて、足裏でキックせずに脚を運ぶ歩きだったようだ。それを踵から足裏全体を地面に設置することを意識し、最後に足で蹴る歩き。
昨晩これを読み返して今朝は何も意識せずに歩いてホームに向かう。
ちゃんと足裏が地面を舐めている。習慣になったのだ。果たして受傷前はそう歩いていたのかは思い出せないが、正しい歩き方だ。
右下腿はこの頃から痺れが強くなったようだ。足の甲の痺れも書いていた。
我ながら長いし読みにくい文章だ。1か月分読んだらイヤになった。
昨晩は久しぶりに超音波治療器を使った。
土曜の鍼後に右ふくらはぎと足首がすごく柔らかかった。鍼後にすぐに何か変わることは珍しい。
昨日触ると、もう硬くなっていた。やはり寒かったからだろうか。
超音波治療器を右の足首からふくらはぎの外側をあてる。その時に感覚はあまりないが、風呂に入った時に超音波治療器をあてた箇所が他より熱を持っているのが感じ取れる。
何故、右下腿の痺れが強くなってしまったのか。現段階の推測。
足裏を使うようになってふくらはぎの筋肉を使い、そしてふくらはぎと足首のケア不足で硬くなって甲まで痺れたという推測。
もう一つは冷え。4月くらいからはお湯に浸からずシャワー。脚が温まっていない。
今日は昨日の続から読み返してみよう。
2021年10月18日
右下腿の痺れが消える
右下腿の痺れが一瞬消えた。
これは日曜日の深夜に目覚めた時。寝ぼけているのかとトイレにも立ったが痺れがない。
金曜日はいつものごとく居酒屋Qへ。会社を出て駅へ向かう時に思わず笑ったのは、その日そんなに良くも悪くもない脚の調子だったのが、スイスイ歩いている。
居酒屋に呑みに行くのが嬉しいのだ。何度も書いているが、脳が喜んでいる。実際に歩いていて、それ以外に要因はないので笑ってしまった。マスクをしていて良かった。
土曜日はジム。
同じ荷重のマシンを動かしても重く感じる時とラクな時がある。これも“やる気”の問題なのだ。
自分が腕の動きとか働きをチェックしながら動かしていると、それほど重く感じない。それが、何も考えずに義務のようにジムに来て動かしていると重く感じる。
これも脳の働きだと思う。現実のマシンの荷重は変わらないのだ。
ジム後は鍼へ。
先週は休んだので先々週からの身体の変化をメモしていた。前回の鍼後すぐは足首の可動が良く、痺れも少なくなった。その後はモモ裏の張りや力が抜けるなどの事象があった。
今思えばふくらはぎが柔らかくなったから足首の動きが良くなったように感じたのだろう。元々硬い足首だが、それほど可動域は変わっていなかった。
鍼の打つ箇所の微妙な違いは解らない。ただAセンセイは狙って打ってくれている。
1本1本打ってもらう度にどこに刺激がいったかを感じている。下腿の外側に打つ鍼で、足の親指に軽く響く鍼、足裏に響く鍼、甲に響く鍼と色々だ。打つ深さ毎に反応する箇所が変わるのを感じ取れる。
これは自分の特殊な能力なのだ。何故かと言うと、右脚全体が痺れているためにすごく敏感なのだ。
同じように左脚に打ってもらっても感じ方がまるで違う。右脚は鍼が入った瞬間から深く入っていくまでを感じ取れる。
この日の鍼は何が違ったのか正直解らない。仰向けは同じように下腿と足裏。
足裏はどれくらいの深さ入っているんですか?と聞くと5センチ位との回答。正直2.3センチと思っていた。考えるとゾッとするが。
うつ伏せでの鍼は、前回と同様にふくらはぎへの鍼。それはそれほど深く入っていない。
ただ、本数は前回より多かった。あと、モモ裏に1本深い鍼。希望としてはモモ裏にもっと打って欲しい。あとお尻も多く打って欲しいなと思った。押して痛いところは鍼で刺激したいと思うのが素人考えだ。
終わってすぐは良くなったと漠然と思っただけ。
それから居酒屋Qまで歩く。呑んだ帰りも歩き。何も意識していなかった。
呑んで帰ったら20時過ぎなのだが、量を多く呑んでいるしする事もないのですぐ眠くなる。そのまま就寝。深夜に目が覚めたら最初に書いたように痺れがほぼ無くなっていた。
長く治療をしているのだ、何かの変化は起こる。
だが、これほどはっきり感じた変化は初めてだった。
じゃあ翌日はどうかというと、全く痺れがないわけではないが、これまでとは違う。靴下2枚脱いだ感覚だ。
日曜日、雨ということもあったが鍼の効果がどう持続するかも検証したいのでジムには行かなかった。
今朝の通勤。
先々週は痺れが緩和したけど力が入り辛いなどを感じたが、それはない。快調だ。
思ったのがこの状態は今までで一番良い状態なのかどうか。
少なくとも足裏の着地など歩き方を習慣化させようと書いていた頃、痺れはあったがそれほど強かったのだろうか。
知らず知らずのうちに痺れが強くなっていたと思う。痺れているがゆえ、それが強くなっていても違和感を思わなかった。なぜなら動けるから。脚の動かし方と痺れは別だ。痺れているから動かせないという思い込みを脳から払しょくしている。
それをそう思うのは、通常出勤になって通勤路やタバコロードを久しぶりに歩いた時、踵からついて足裏外側から親指に蹴るというチェックをしていたが、地面の感じ方がぼんやりしていた。
だから悪い状態が良くなったのだろう、でも、その前よりも痺れが緩和しているようにも感じる。
どちらにしろ良くなったのだ。良くなった時は良くなった理由を検証し、それを記しておくことが大事だ。
ただ、日曜の夜中に右下腿のほとんどの痺れが消えたのは幻ではない。
これは日曜日の深夜に目覚めた時。寝ぼけているのかとトイレにも立ったが痺れがない。
金曜日はいつものごとく居酒屋Qへ。会社を出て駅へ向かう時に思わず笑ったのは、その日そんなに良くも悪くもない脚の調子だったのが、スイスイ歩いている。
居酒屋に呑みに行くのが嬉しいのだ。何度も書いているが、脳が喜んでいる。実際に歩いていて、それ以外に要因はないので笑ってしまった。マスクをしていて良かった。
土曜日はジム。
同じ荷重のマシンを動かしても重く感じる時とラクな時がある。これも“やる気”の問題なのだ。
自分が腕の動きとか働きをチェックしながら動かしていると、それほど重く感じない。それが、何も考えずに義務のようにジムに来て動かしていると重く感じる。
これも脳の働きだと思う。現実のマシンの荷重は変わらないのだ。
ジム後は鍼へ。
先週は休んだので先々週からの身体の変化をメモしていた。前回の鍼後すぐは足首の可動が良く、痺れも少なくなった。その後はモモ裏の張りや力が抜けるなどの事象があった。
今思えばふくらはぎが柔らかくなったから足首の動きが良くなったように感じたのだろう。元々硬い足首だが、それほど可動域は変わっていなかった。
鍼の打つ箇所の微妙な違いは解らない。ただAセンセイは狙って打ってくれている。
1本1本打ってもらう度にどこに刺激がいったかを感じている。下腿の外側に打つ鍼で、足の親指に軽く響く鍼、足裏に響く鍼、甲に響く鍼と色々だ。打つ深さ毎に反応する箇所が変わるのを感じ取れる。
これは自分の特殊な能力なのだ。何故かと言うと、右脚全体が痺れているためにすごく敏感なのだ。
同じように左脚に打ってもらっても感じ方がまるで違う。右脚は鍼が入った瞬間から深く入っていくまでを感じ取れる。
この日の鍼は何が違ったのか正直解らない。仰向けは同じように下腿と足裏。
足裏はどれくらいの深さ入っているんですか?と聞くと5センチ位との回答。正直2.3センチと思っていた。考えるとゾッとするが。
うつ伏せでの鍼は、前回と同様にふくらはぎへの鍼。それはそれほど深く入っていない。
ただ、本数は前回より多かった。あと、モモ裏に1本深い鍼。希望としてはモモ裏にもっと打って欲しい。あとお尻も多く打って欲しいなと思った。押して痛いところは鍼で刺激したいと思うのが素人考えだ。
終わってすぐは良くなったと漠然と思っただけ。
それから居酒屋Qまで歩く。呑んだ帰りも歩き。何も意識していなかった。
呑んで帰ったら20時過ぎなのだが、量を多く呑んでいるしする事もないのですぐ眠くなる。そのまま就寝。深夜に目が覚めたら最初に書いたように痺れがほぼ無くなっていた。
長く治療をしているのだ、何かの変化は起こる。
だが、これほどはっきり感じた変化は初めてだった。
じゃあ翌日はどうかというと、全く痺れがないわけではないが、これまでとは違う。靴下2枚脱いだ感覚だ。
日曜日、雨ということもあったが鍼の効果がどう持続するかも検証したいのでジムには行かなかった。
今朝の通勤。
先々週は痺れが緩和したけど力が入り辛いなどを感じたが、それはない。快調だ。
思ったのがこの状態は今までで一番良い状態なのかどうか。
少なくとも足裏の着地など歩き方を習慣化させようと書いていた頃、痺れはあったがそれほど強かったのだろうか。
知らず知らずのうちに痺れが強くなっていたと思う。痺れているがゆえ、それが強くなっていても違和感を思わなかった。なぜなら動けるから。脚の動かし方と痺れは別だ。痺れているから動かせないという思い込みを脳から払しょくしている。
それをそう思うのは、通常出勤になって通勤路やタバコロードを久しぶりに歩いた時、踵からついて足裏外側から親指に蹴るというチェックをしていたが、地面の感じ方がぼんやりしていた。
だから悪い状態が良くなったのだろう、でも、その前よりも痺れが緩和しているようにも感じる。
どちらにしろ良くなったのだ。良くなった時は良くなった理由を検証し、それを記しておくことが大事だ。
ただ、日曜の夜中に右下腿のほとんどの痺れが消えたのは幻ではない。
2021年10月15日
新たな痺れ
良いと思ったら何か悪くなる。
実際これの繰り返しなのだが、少し気になる症状。左肩から腕・小指にかけて痺れがある。
これは受傷による症状と別ものだ。
なぜ別ものかと言い切れるかというと、過去に経験した痺れなのだ。
10年くらい前にゴルフ中に左肩から腕にかけて“ピキッ”という音がしたような状態で力が入らなくなった。リキんでドライバーの素振りをしていた時だ。
ゴルフ後、腕と小指が痺れる。
今でこそ頚髄損傷という原因が解った上での痺れだが、ふつうは痺れなど起こると身体に何の異変が起きたのか心配になる。痺れは正座によるもの以外は馴染みがないものだ。
その時に整形外科に行った。I整形外科だ。
そこはその後、頚髄損傷で入院したのちに近くでリハビリできればと行ったところ。「こんな重症な人は来てもらってもどうしようもない」くらいの勢いで言われた。
そのゴルフ後の痺れで行った時も、「痺れは見えませんからね、神経を取り出して修理するという訳にはいきませんから」みたいなことを言われた。
いつも混んでいる。2時間待ってこれだ。今、思い出すだけでも腹が立つ。
結局、自分で調べて「胸郭出口症候群」ではないかなと思った。胸郭から肩・腕・小指と繋がる神経が痺れていたのだ。胸郭を押せば痺れが少し緩和した。
それは自分の診察であり、I整形外科で言われた通り“痺れは治らない”と思っていた。
今から思えば、頚髄が狭いことも影響していたのではないかとも思う。過去にそういう診断を受けていた。違う医者に行っていれば頚髄の狭さや後縦靭帯の骨化についても明らかになり、この頚髄損傷という事態にならなかったかもしれない。
そんなことを言っても仕方ない。
今の肩・腕・小指の痺れ。これはその時の痺れ方に似ている。頚髄損傷による痺れがある上にその痺れが加わっているのだ。よく違う痺れが感じ取れるなとも思う。それくらい頚髄損傷による痺れは自分の身体の一部になっているのかと思うと笑えてくるのだが。
前の症状と違うのが、胸郭からその痺れが来ていない。自分で押して痺れの元をたどると、左首の側面から肩の後ろを通って腕・小指へと痺れている。
前と違って“痺れ”のエキスパートだ。
この新たな痺れ、受傷はあまり関係ないだろう。まあ何らかの影響はあるかもしれないが。
1か月くらい前から左肩あたりに変な感じがあったのだ。肩こりもあった。
左を下にして寝ていると肩が痺れることもあった。これはどこかが神経を圧迫しているのだろう。
考えられることとして、これまで可動が悪かった左腕が少し良くなったことにより、筋肉も付き始めた。
筋肉が付き始めたが、それに見合う動きが出来ていないのかも。筋肉は筋トレなので、生活で付いたものではないから。
まあ解らない。後は対処療法しかない。明日の鍼でセンセイに相談だ。
今日は金曜日。くだらない会議をこなし、居酒屋Qへ行こう。TGIF!
実際これの繰り返しなのだが、少し気になる症状。左肩から腕・小指にかけて痺れがある。
これは受傷による症状と別ものだ。
なぜ別ものかと言い切れるかというと、過去に経験した痺れなのだ。
10年くらい前にゴルフ中に左肩から腕にかけて“ピキッ”という音がしたような状態で力が入らなくなった。リキんでドライバーの素振りをしていた時だ。
ゴルフ後、腕と小指が痺れる。
今でこそ頚髄損傷という原因が解った上での痺れだが、ふつうは痺れなど起こると身体に何の異変が起きたのか心配になる。痺れは正座によるもの以外は馴染みがないものだ。
その時に整形外科に行った。I整形外科だ。
そこはその後、頚髄損傷で入院したのちに近くでリハビリできればと行ったところ。「こんな重症な人は来てもらってもどうしようもない」くらいの勢いで言われた。
そのゴルフ後の痺れで行った時も、「痺れは見えませんからね、神経を取り出して修理するという訳にはいきませんから」みたいなことを言われた。
いつも混んでいる。2時間待ってこれだ。今、思い出すだけでも腹が立つ。
結局、自分で調べて「胸郭出口症候群」ではないかなと思った。胸郭から肩・腕・小指と繋がる神経が痺れていたのだ。胸郭を押せば痺れが少し緩和した。
それは自分の診察であり、I整形外科で言われた通り“痺れは治らない”と思っていた。
今から思えば、頚髄が狭いことも影響していたのではないかとも思う。過去にそういう診断を受けていた。違う医者に行っていれば頚髄の狭さや後縦靭帯の骨化についても明らかになり、この頚髄損傷という事態にならなかったかもしれない。
そんなことを言っても仕方ない。
今の肩・腕・小指の痺れ。これはその時の痺れ方に似ている。頚髄損傷による痺れがある上にその痺れが加わっているのだ。よく違う痺れが感じ取れるなとも思う。それくらい頚髄損傷による痺れは自分の身体の一部になっているのかと思うと笑えてくるのだが。
前の症状と違うのが、胸郭からその痺れが来ていない。自分で押して痺れの元をたどると、左首の側面から肩の後ろを通って腕・小指へと痺れている。
前と違って“痺れ”のエキスパートだ。
この新たな痺れ、受傷はあまり関係ないだろう。まあ何らかの影響はあるかもしれないが。
1か月くらい前から左肩あたりに変な感じがあったのだ。肩こりもあった。
左を下にして寝ていると肩が痺れることもあった。これはどこかが神経を圧迫しているのだろう。
考えられることとして、これまで可動が悪かった左腕が少し良くなったことにより、筋肉も付き始めた。
筋肉が付き始めたが、それに見合う動きが出来ていないのかも。筋肉は筋トレなので、生活で付いたものではないから。
まあ解らない。後は対処療法しかない。明日の鍼でセンセイに相談だ。
今日は金曜日。くだらない会議をこなし、居酒屋Qへ行こう。TGIF!
2021年10月14日
調子が戻る
もう木曜日。長旅だった。
土曜に実家へ帰った。両親ともに元気なのだが、89歳の父親は春から膝が痛くてあまり歩けない。去年まで毎日1万歩以上歩いていたのに。
膝が痛い・水が溜まっている状態でも無理をした。無理して動かせば良くなるだろうという考え。その習性は自分にも当てはまる。
膝の不具合を別にすれば元気だ。母親も元気だ。
親が元気で長生きしてほしいと思うのは子供として当たり前の感情だ。しかし、寿命だけはだれも予測できない。会える時に会い、一緒に時間を過ごしたい。
実家に帰ってもすることはない。10月なのに連日30度くらいまで上がる気温。家の中でゴロゴロしていた。
身体の具合は良い。
右下腿は痺れも少ないし、右太ももの裏の張りや痛みも少なかった。これはゴロゴロして脚を使っていないからだろうか。
金曜日、筋肉痛のような張りを感じていた時にいつも通りの筋トレをした。何か刺激を入れないと変化はない。
これが良かったのだろうか。張りは消えた。こんなことで変わるのだ。身体は不思議だ。
土曜日に帰省したので鍼に行っていない。
鍼後に右脚は調子良かったのだが、その時の状態になっている。鍼による効果であるのは間違いないのだが、その間に悪くなって回復するという状態。それを思うと毎週の鍼という頻度はどうなのだろう。
本当は自分の調子で行くべきタイミングで判断して行けることが望ましいが、そういう訳にもいかない。
毎週土曜の決まった時間を空けてもらっているのだ。
今日・明日と社内でルーティンの仕事。
通勤・タバコロードと歩きのチェックができる。先週から日々の状態を簡単にスマホにメモしている。
これを鍼のセンセイに報告して新たな改善にしよう。
土曜に実家へ帰った。両親ともに元気なのだが、89歳の父親は春から膝が痛くてあまり歩けない。去年まで毎日1万歩以上歩いていたのに。
膝が痛い・水が溜まっている状態でも無理をした。無理して動かせば良くなるだろうという考え。その習性は自分にも当てはまる。
膝の不具合を別にすれば元気だ。母親も元気だ。
親が元気で長生きしてほしいと思うのは子供として当たり前の感情だ。しかし、寿命だけはだれも予測できない。会える時に会い、一緒に時間を過ごしたい。
実家に帰ってもすることはない。10月なのに連日30度くらいまで上がる気温。家の中でゴロゴロしていた。
身体の具合は良い。
右下腿は痺れも少ないし、右太ももの裏の張りや痛みも少なかった。これはゴロゴロして脚を使っていないからだろうか。
金曜日、筋肉痛のような張りを感じていた時にいつも通りの筋トレをした。何か刺激を入れないと変化はない。
これが良かったのだろうか。張りは消えた。こんなことで変わるのだ。身体は不思議だ。
土曜日に帰省したので鍼に行っていない。
鍼後に右脚は調子良かったのだが、その時の状態になっている。鍼による効果であるのは間違いないのだが、その間に悪くなって回復するという状態。それを思うと毎週の鍼という頻度はどうなのだろう。
本当は自分の調子で行くべきタイミングで判断して行けることが望ましいが、そういう訳にもいかない。
毎週土曜の決まった時間を空けてもらっているのだ。
今日・明日と社内でルーティンの仕事。
通勤・タバコロードと歩きのチェックができる。先週から日々の状態を簡単にスマホにメモしている。
これを鍼のセンセイに報告して新たな改善にしよう。
2021年10月08日
ママからの電話F
昨日は震度5の地震。
ちょうどベッドに横になった時だった。揺れ始めたらどうしようもない、これでどこかに逃げられる人っているのだろうか。じっとしているが大きい揺れ。
揺れが終わるとベッドの横のタンスの上に置いていた扇風機が転がり落ちている。それが落ちたことすら気づかなかった。揺れに巻き込まれている時はそんなものなのか。
寝室を出ると玄関とキッチン。冷蔵庫の上に置いていたモノが床に落ちている。玄関に置いているシューズスタンドが倒れている。
シューズスタンドの後ろに折り畳み傘を3本発見した。いつも傘が行方不明になっていた、ラッキーだ。
リビングに行くとカラーボックスに詰め込んでいる本の一部が飛び出しているので適当に突っ込む。
落ち着かせるために焼酎の水割りを1杯作ってテレビを付ける。
SNS上の友達2名から着信やメッセージが来る。電車は止まっているようだ。
落ち着いて寝たが4時半に目が覚めた。
トイレに立つが脚に力が入り辛い。前日は調子が良かったのにまただ。右太ももの裏が張っている。
今日は展示会を見に行って、早く家に帰ってジムに行こうと画策している。
モモ裏は筋肉痛のような痛みなのだが、こんなに筋肉痛が続くわけがない。生活でそんなにモモ裏に負荷はかかっていないのだ。可能性としては、ふつうに使っているどこかの筋肉がモモ裏に影響しているのだろう。筋トレでこのモモ裏痛がどう変化するかを試したい。もう4日目だ、何かやらない限り変わらない。
リビングのボックスから飛び出した本などの中に封筒があった。
何だと見てみるとママからの手紙。大阪時代のお好み焼き屋のママ。ずいぶん前に届いたものだ。内容は忘れたが、そのボックスに仕舞っていたのだ。
駅について反対方向の喫煙所に行ってから会社に向かう。会社の前で鞄の中のスマホが震えている。
ママだ。昨日飛び出していた手紙は偶然だったのだろうか。
「起きたらテレビが地震やゆうから電話したんや」「どないもない?」
「電話出ぇへんかったらどないしょ思たけど、出てよかったわ」
ママこそ元気?と聞くと元気だと言う。「もう80やで」
去年も80歳と言っていたような。まあ1年くらいは大差ない。心配して電話をくれたのだ。
有難いことだ、遠く離れて心配してくれている。
今日はジムに行ってから居酒屋Q。ドリアを作ってよとマスターにリクエストしている。
明日は実家に帰る。火曜・水曜と関西に出張なのだ、月曜を休んで土曜から実家で過ごそうと。
父親の膝の具合が心配なのだ。
ちょうどベッドに横になった時だった。揺れ始めたらどうしようもない、これでどこかに逃げられる人っているのだろうか。じっとしているが大きい揺れ。
揺れが終わるとベッドの横のタンスの上に置いていた扇風機が転がり落ちている。それが落ちたことすら気づかなかった。揺れに巻き込まれている時はそんなものなのか。
寝室を出ると玄関とキッチン。冷蔵庫の上に置いていたモノが床に落ちている。玄関に置いているシューズスタンドが倒れている。
シューズスタンドの後ろに折り畳み傘を3本発見した。いつも傘が行方不明になっていた、ラッキーだ。
リビングに行くとカラーボックスに詰め込んでいる本の一部が飛び出しているので適当に突っ込む。
落ち着かせるために焼酎の水割りを1杯作ってテレビを付ける。
SNS上の友達2名から着信やメッセージが来る。電車は止まっているようだ。
落ち着いて寝たが4時半に目が覚めた。
トイレに立つが脚に力が入り辛い。前日は調子が良かったのにまただ。右太ももの裏が張っている。
今日は展示会を見に行って、早く家に帰ってジムに行こうと画策している。
モモ裏は筋肉痛のような痛みなのだが、こんなに筋肉痛が続くわけがない。生活でそんなにモモ裏に負荷はかかっていないのだ。可能性としては、ふつうに使っているどこかの筋肉がモモ裏に影響しているのだろう。筋トレでこのモモ裏痛がどう変化するかを試したい。もう4日目だ、何かやらない限り変わらない。
リビングのボックスから飛び出した本などの中に封筒があった。
何だと見てみるとママからの手紙。大阪時代のお好み焼き屋のママ。ずいぶん前に届いたものだ。内容は忘れたが、そのボックスに仕舞っていたのだ。
駅について反対方向の喫煙所に行ってから会社に向かう。会社の前で鞄の中のスマホが震えている。
ママだ。昨日飛び出していた手紙は偶然だったのだろうか。
「起きたらテレビが地震やゆうから電話したんや」「どないもない?」
「電話出ぇへんかったらどないしょ思たけど、出てよかったわ」
ママこそ元気?と聞くと元気だと言う。「もう80やで」
去年も80歳と言っていたような。まあ1年くらいは大差ない。心配して電話をくれたのだ。
有難いことだ、遠く離れて心配してくれている。
今日はジムに行ってから居酒屋Q。ドリアを作ってよとマスターにリクエストしている。
明日は実家に帰る。火曜・水曜と関西に出張なのだ、月曜を休んで土曜から実家で過ごそうと。
父親の膝の具合が心配なのだ。
2021年10月07日
二本足ロボット
つくづく不思議だなと思う。
身体の状態がコロコロ変わるのだ。昨日の午前までは右モモ裏の張りが強く、歩いていても無駄な力が入ってスムーズに足が出なかった。
午後からのWeb打合せを終わらせ帰宅。いつもより30分早い。早く帰ると決めた瞬間から足の動きがいい。駅に向かう歩きは何の苦痛もない。脳が喜んでいるのだろうかと考えながら歩く。
じゃあ常に脳を喜ばせるにはどうしたらいいのか考えながら家路へ。
さあ何か買いに行こうかと思ったが、面倒くさくなってチャリで居酒屋Qへ。
平日だ、呑み過ぎないようにしようと心に決めている。呑んで翌日にしんどい状態で過ごすには、まだ通常出勤に慣れていない状況では避けたい。
呑みに行こうと思ったのは、呑んで寝たら痙攣に気づかず熟睡できるかと考えたこともある。20時まで店で過ごして帰ってシャワーして21時頃にはベッドへ。少し早いかと思いながら。
やはり目が覚めた。2時。
深夜に目覚めることの多くはトイレなのだが、トイレまで数歩歩くときは力なく歩いている。脚が寝ているという表現がピッタリかもしれない。
その脚が寝ているような状態は最近なのだ。前は寝て起きてもしっかり歩けていた。脚が力ない状態になってから痙攣も起きるようになったと思う。
不思議なことに痙攣がない。それに痺れも強くない。
再び横になるが、もう寝られない。
結局5時前に寝付いたので1時間弱は寝ることができたか。
朝の通勤、地下鉄ロードは苦も無く歩ける。右モモ裏の張りが少し緩くなったからだろうか。わざと早足にしてみる。モモ裏は痛いがちゃんと脚は反応する。ベストな状態ではないが。
脳からの指令を電流に例えたことがある。電流が伝わらなかったり、弱かったり。
脳が喜ぶと放電量が増えるのだろうか。そして大量の電気を流すから動きが良くなるのだろうか。
頭の中は電池で動く2本足のロボットが思い浮かんでいる。もう電池の少なくなった状態でゆっくり足を動かすロボット。電池を入れ替えると動きが早くなる。
このように単純であればラクなのだが。
身体の状態がコロコロ変わるのだ。昨日の午前までは右モモ裏の張りが強く、歩いていても無駄な力が入ってスムーズに足が出なかった。
午後からのWeb打合せを終わらせ帰宅。いつもより30分早い。早く帰ると決めた瞬間から足の動きがいい。駅に向かう歩きは何の苦痛もない。脳が喜んでいるのだろうかと考えながら歩く。
じゃあ常に脳を喜ばせるにはどうしたらいいのか考えながら家路へ。
さあ何か買いに行こうかと思ったが、面倒くさくなってチャリで居酒屋Qへ。
平日だ、呑み過ぎないようにしようと心に決めている。呑んで翌日にしんどい状態で過ごすには、まだ通常出勤に慣れていない状況では避けたい。
呑みに行こうと思ったのは、呑んで寝たら痙攣に気づかず熟睡できるかと考えたこともある。20時まで店で過ごして帰ってシャワーして21時頃にはベッドへ。少し早いかと思いながら。
やはり目が覚めた。2時。
深夜に目覚めることの多くはトイレなのだが、トイレまで数歩歩くときは力なく歩いている。脚が寝ているという表現がピッタリかもしれない。
その脚が寝ているような状態は最近なのだ。前は寝て起きてもしっかり歩けていた。脚が力ない状態になってから痙攣も起きるようになったと思う。
不思議なことに痙攣がない。それに痺れも強くない。
再び横になるが、もう寝られない。
結局5時前に寝付いたので1時間弱は寝ることができたか。
朝の通勤、地下鉄ロードは苦も無く歩ける。右モモ裏の張りが少し緩くなったからだろうか。わざと早足にしてみる。モモ裏は痛いがちゃんと脚は反応する。ベストな状態ではないが。
脳からの指令を電流に例えたことがある。電流が伝わらなかったり、弱かったり。
脳が喜ぶと放電量が増えるのだろうか。そして大量の電気を流すから動きが良くなるのだろうか。
頭の中は電池で動く2本足のロボットが思い浮かんでいる。もう電池の少なくなった状態でゆっくり足を動かすロボット。電池を入れ替えると動きが早くなる。
このように単純であればラクなのだが。
2021年10月06日
些細な悪い変化
夜寝ていると脚が痙攣する。
いつからかというと、もう2,3か月なのかもしれない。慣れっこになるのが危険だ、書き記しておかないと。
寝ていて夜中に目が覚めると脚がピクンピクンと痙攣。もしかしたらその痙攣で目が覚めているのかもしれない。最初は右脚だけだった。それが昨日は左脚も。
ベッドに横になり脚の力が抜けると痙攣が来そうな予感がする。だいたいが横を向いて寝るのだが、その時は脚の上に脚を重ねて重みをかける。重みをかければ痙攣が起きにくいことを学んでいる。
身体の状態について良くなったことばかりを書く気はないのだが、些細な悪くなったことを気にしない癖をつけているので、思いがけずその悪さが常態化していることがある。
右下腿・右足の痺れがそうなのだろう。もともと右足裏の痺れは強かったり弱かったりだが、強くなっても全体的な歩きが良くなっていたら気にしていなかった。
それはあながち間違ってはいないと思っている。この1年は格段に歩きが良くなっていった。それが自分にとっての大きな変化であり、そこに注視して維持する・更に良くするが第一だった。
その頃からだったろうか、右下腿の痺れが強くなったのは。足の甲や裏の痺れもそれに連動していたのだろう。
なってしまっていることを悔やんでも仕方ない。
それをどう克服できるかが重要だ。ただ反省として小さな悪い変化も記しておくことだ。良くなった変化はさんざん記してはいるのだが。
痙攣の話も今回書いておかないとと思った。変わった症状が出るたびにもちろん考えてはいるのだが。
最近の傾向として、寝るなど脚の力が抜けると痙攣がおき、朝立ち上がる時も力が入りにくい。
起きてしばらくすると歩く力は回復するのだが。
土曜の鍼で右足首の可動が良くなったと感じた。これは今もいい。
同時に痺れも緩和されていたのだが、昨日の夜からは元に戻っているような感じ。可動が良くなった替わりに右モモ裏内側の張りが強い。それがお尻まで来ている。
この原因は何なのか。1つは右下腿と右モモ裏内側との筋肉や神経の連動性。これはセンセイに聞こう。
もう1つは脚の筋トレでレッグカールやレッグエクステンションの動きをゆっくりにしたことによる筋肉の変化。それにこの前のどこかに打った鍼が影響したか。
何か起因があるから変化は起きる。これを常に思わないけないのだが、どんな変化も良い方向だと思ってしまう傾向があるので注意だ。
今日は脚だけでなく手先の痺れも強く感じている。そう思うと肩の疼痛も強い。肩の疼痛は意識しないようにしているから、どうだろうと考えないと痛みを感じない。
手先の痺れが強い時は肘から痺れがある。この肘から先の痺れも前はそんなに感じなかったのだが。
痺れや痛みが強い時、これは気圧だと思いたいが気圧配置を見るとそうでもない。
なるようにしかならないと投げやりになる気持ちになりそうになるが、そう思ったら負けなのだ。
いつからかというと、もう2,3か月なのかもしれない。慣れっこになるのが危険だ、書き記しておかないと。
寝ていて夜中に目が覚めると脚がピクンピクンと痙攣。もしかしたらその痙攣で目が覚めているのかもしれない。最初は右脚だけだった。それが昨日は左脚も。
ベッドに横になり脚の力が抜けると痙攣が来そうな予感がする。だいたいが横を向いて寝るのだが、その時は脚の上に脚を重ねて重みをかける。重みをかければ痙攣が起きにくいことを学んでいる。
身体の状態について良くなったことばかりを書く気はないのだが、些細な悪くなったことを気にしない癖をつけているので、思いがけずその悪さが常態化していることがある。
右下腿・右足の痺れがそうなのだろう。もともと右足裏の痺れは強かったり弱かったりだが、強くなっても全体的な歩きが良くなっていたら気にしていなかった。
それはあながち間違ってはいないと思っている。この1年は格段に歩きが良くなっていった。それが自分にとっての大きな変化であり、そこに注視して維持する・更に良くするが第一だった。
その頃からだったろうか、右下腿の痺れが強くなったのは。足の甲や裏の痺れもそれに連動していたのだろう。
なってしまっていることを悔やんでも仕方ない。
それをどう克服できるかが重要だ。ただ反省として小さな悪い変化も記しておくことだ。良くなった変化はさんざん記してはいるのだが。
痙攣の話も今回書いておかないとと思った。変わった症状が出るたびにもちろん考えてはいるのだが。
最近の傾向として、寝るなど脚の力が抜けると痙攣がおき、朝立ち上がる時も力が入りにくい。
起きてしばらくすると歩く力は回復するのだが。
土曜の鍼で右足首の可動が良くなったと感じた。これは今もいい。
同時に痺れも緩和されていたのだが、昨日の夜からは元に戻っているような感じ。可動が良くなった替わりに右モモ裏内側の張りが強い。それがお尻まで来ている。
この原因は何なのか。1つは右下腿と右モモ裏内側との筋肉や神経の連動性。これはセンセイに聞こう。
もう1つは脚の筋トレでレッグカールやレッグエクステンションの動きをゆっくりにしたことによる筋肉の変化。それにこの前のどこかに打った鍼が影響したか。
何か起因があるから変化は起きる。これを常に思わないけないのだが、どんな変化も良い方向だと思ってしまう傾向があるので注意だ。
今日は脚だけでなく手先の痺れも強く感じている。そう思うと肩の疼痛も強い。肩の疼痛は意識しないようにしているから、どうだろうと考えないと痛みを感じない。
手先の痺れが強い時は肘から痺れがある。この肘から先の痺れも前はそんなに感じなかったのだが。
痺れや痛みが強い時、これは気圧だと思いたいが気圧配置を見るとそうでもない。
なるようにしかならないと投げやりになる気持ちになりそうになるが、そう思ったら負けなのだ。
2021年10月05日
喜ぶ脳
右のモモ裏は張ったままだが、気にしていても仕方ない。
ふつう通りに身体を動かすだけだ。痛いや痺れているとか言ってられない。
10月1日から会社へは通常出勤。地下鉄通路やタバコロードでの歩きチェックも復活だ。やはり規則正しい習慣は大事なのだ。やりたい時や思いついた時に何かやるというのと、一定の規則に従って嫌だけどやらないといけない状態。これは大事なのかもしれない。
昨日、見慣れない番号から電話。
出るとマイちゃんだ。彼女はオフィスの1階にある信用金庫の営業。昨年『妄想を口に出す』というタイトルで書いた彼女。
その後も2か月に1回くらいビルの前の道で会う。ニコニコして手を振って○○さ〜んと言ってくれるのは世の中で彼女だけなのだ。
1か月くらい前に出社した時にも道で会った。その時にもうこの支店に3年なので転勤する予感があると言っていた。
彼女の電話は転勤が決まったという知らせだった。
何か特別な関係がある訳ではない。いつも自転車で走っている姿や信用金庫の裏口から元気に行ってきますと言って出ていく姿を何度も目についていた。
たまたまビルの入口で会った時に「いつも頑張っているね」と声をかけた。ヘタをすればストーカーみたいだが。今度、信用金庫の預金キャンペーンがあったら100万預けるねとも言っていた。
そしたらその日に口座開設に来た。
その彼女が転勤。100万を預ける前に。
もう手を振って笑顔で名前を呼んでくれる人はいなくなる。
金融機関の転勤は辞令が出てすぐと聞いたことがある。彼女も3日間で引き継ぎらしい。今週は会社にいるからいつでもおいでと言っておいた。
以前、彼女と道で会った時に数メートル一緒に話しながら歩いた。その時を覚えているが何の不自由さも感じない歩きだった。脳が喜んでいたのだろう。
身体を支配する脳を喜ばすことが大事だ。
ふつう通りに身体を動かすだけだ。痛いや痺れているとか言ってられない。
10月1日から会社へは通常出勤。地下鉄通路やタバコロードでの歩きチェックも復活だ。やはり規則正しい習慣は大事なのだ。やりたい時や思いついた時に何かやるというのと、一定の規則に従って嫌だけどやらないといけない状態。これは大事なのかもしれない。
昨日、見慣れない番号から電話。
出るとマイちゃんだ。彼女はオフィスの1階にある信用金庫の営業。昨年『妄想を口に出す』というタイトルで書いた彼女。
その後も2か月に1回くらいビルの前の道で会う。ニコニコして手を振って○○さ〜んと言ってくれるのは世の中で彼女だけなのだ。
1か月くらい前に出社した時にも道で会った。その時にもうこの支店に3年なので転勤する予感があると言っていた。
彼女の電話は転勤が決まったという知らせだった。
何か特別な関係がある訳ではない。いつも自転車で走っている姿や信用金庫の裏口から元気に行ってきますと言って出ていく姿を何度も目についていた。
たまたまビルの入口で会った時に「いつも頑張っているね」と声をかけた。ヘタをすればストーカーみたいだが。今度、信用金庫の預金キャンペーンがあったら100万預けるねとも言っていた。
そしたらその日に口座開設に来た。
その彼女が転勤。100万を預ける前に。
もう手を振って笑顔で名前を呼んでくれる人はいなくなる。
金融機関の転勤は辞令が出てすぐと聞いたことがある。彼女も3日間で引き継ぎらしい。今週は会社にいるからいつでもおいでと言っておいた。
以前、彼女と道で会った時に数メートル一緒に話しながら歩いた。その時を覚えているが何の不自由さも感じない歩きだった。脳が喜んでいたのだろう。
身体を支配する脳を喜ばすことが大事だ。
2021年10月04日
鍼後すぐに変化を感じる
ちょっとした変化。
これまで鍼を打ってすぐに変化が起きたことは数回しかない。鍼が終わって家への帰路の足取りが軽いのはいつもだが、それ以上の変化。
右下腿の裏、ふくらはぎの痛みと右足甲と裏の痺れはずいぶん緩和された感覚。そんな状態で土曜日の鍼の日を迎える。もう一度同じような治療をしてもらうと良くなるような感覚があった。
センセイには良くなったということと膝裏が気になると告げる。膝の裏は坐骨神経痛のツボがあり、やはりそこが押せば痛いのだ。
坐骨神経痛は坐骨神経の通り道の神経が痛む。それは腰から足先まで。
仰向けが終わりうつ伏せ。いつもは腰・背中中心。太ももとふくらはぎは1,2本だけだ。
今回は前回同様にふくらはぎに多く打ってもらった。
しばらく置いている時点で変化を感じた。痺れている足首から先がすごく活きた感覚がある。何枚も重ねて履いている靴下を1枚脱いだ感覚。足の指もすごく動く。
鍼を打ってもらってすぐに良い感覚になることは殆どないのだが。
ふくらはぎの鍼が及ぼした変化なのだろうか。ふくらはぎは第二の心臓と言われる。10本くらい打ってもらったか。しかし、どちらかというと浅く鍼を置いただけという状態だ。そのうち1本だけが少し響いただけだった。深い鍼じゃなくても効果が出るのが不思議なのだが。
帰りに歩いている時も大きな違いを感じた。右足首と足裏の感覚がいい。
その日はいつもの通り居酒屋Qへ。
翌日、右のモモ裏が痛い。なんか筋肉痛のような感覚に加えて押せば痛い箇所が多くなった。右太もも全体が重い。しかし右の下腿は痺れが少なく、これまで押して痛かった箇所はそれほど痛くない。
右下腿が軽くなった分、太ももが張っているのだろうか。
3年前と4年前に疼痛の引っ越しというタイトルで書いていた。
どちらも肩の疼痛が背中の方になったということ。今の疼痛の状態は肩だ。いつの間に戻ったのだろう。足も疼痛の引っ越しなのだろうか。
また気づかないまま痛みが消えていればいいのだが。
これまで鍼を打ってすぐに変化が起きたことは数回しかない。鍼が終わって家への帰路の足取りが軽いのはいつもだが、それ以上の変化。
右下腿の裏、ふくらはぎの痛みと右足甲と裏の痺れはずいぶん緩和された感覚。そんな状態で土曜日の鍼の日を迎える。もう一度同じような治療をしてもらうと良くなるような感覚があった。
センセイには良くなったということと膝裏が気になると告げる。膝の裏は坐骨神経痛のツボがあり、やはりそこが押せば痛いのだ。
坐骨神経痛は坐骨神経の通り道の神経が痛む。それは腰から足先まで。
仰向けが終わりうつ伏せ。いつもは腰・背中中心。太ももとふくらはぎは1,2本だけだ。
今回は前回同様にふくらはぎに多く打ってもらった。
しばらく置いている時点で変化を感じた。痺れている足首から先がすごく活きた感覚がある。何枚も重ねて履いている靴下を1枚脱いだ感覚。足の指もすごく動く。
鍼を打ってもらってすぐに良い感覚になることは殆どないのだが。
ふくらはぎの鍼が及ぼした変化なのだろうか。ふくらはぎは第二の心臓と言われる。10本くらい打ってもらったか。しかし、どちらかというと浅く鍼を置いただけという状態だ。そのうち1本だけが少し響いただけだった。深い鍼じゃなくても効果が出るのが不思議なのだが。
帰りに歩いている時も大きな違いを感じた。右足首と足裏の感覚がいい。
その日はいつもの通り居酒屋Qへ。
翌日、右のモモ裏が痛い。なんか筋肉痛のような感覚に加えて押せば痛い箇所が多くなった。右太もも全体が重い。しかし右の下腿は痺れが少なく、これまで押して痛かった箇所はそれほど痛くない。
右下腿が軽くなった分、太ももが張っているのだろうか。
3年前と4年前に疼痛の引っ越しというタイトルで書いていた。
どちらも肩の疼痛が背中の方になったということ。今の疼痛の状態は肩だ。いつの間に戻ったのだろう。足も疼痛の引っ越しなのだろうか。
また気づかないまま痛みが消えていればいいのだが。