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2021年11月19日

活力

ジムの筋トレでいつも思う事。1週間程度空けて行ってマシンを動かす時に軽く感じる。
これはたぶんその動きに対して筋肉を使わないから十分に筋肉が休んでいるからだと思っている。連続していった時は同じ荷重でも辛いからそう思う。
しかし。昨日は最初から辛く感じた。間違えて5キロ多い荷重かと思ったくらいだ。
最初にスタートする腕を引く・降ろすだけかと思えばレッグプレスや腹筋もキツイ。

なんか先週位から感じていた。急激に疲れやすかったりする。
上りの階段でそれを感じた。ただでさえ不自由さがある脚や歩行なのだが、上り階段で脚を上げることが辛く感じた。上るスピードも遅い。脚の状態の不調がいつもと比べてあるわけではないのに。
歩くスピードが遅くなったように思う。もちろん歩くということは状態に大きく左右されるのだが、調子いい時でもスピードが自然と遅くなっている。
ただし金曜日の終業後の居酒屋へ向かう時は早い。

不自由な身体ながらも、もう少し全身に活力があったのだ。それは元通りに近づけようという決めた意志のもと、不自由さで腐る気持ちを凌駕する思いに支えられ。
何が無くなったかと言えば活力がないのだ。
決して少し良くなったものの慢性化した今の状態に満足しているわけではない。常に元通りを目指していることは間違いない。
歳をとったのだ。

加齢による機能の低下。
もちろん急に来るものではないだろう。一体どのように加齢による様々な運動機能は低下していくのか調べてみよう。ただ自分に関していえば受傷で低下してしまった運動機能は良くなっている。
機能の低下は運動機能だけではない。
今日、久しぶりにゆっくり会社に行こうと1時間半遅く起きた。朝の番組を見ながら、だいたいこのコーナーの時までに歯磨きを終わらして…とかがルーティンだ。だが時間が変わればそれは変わる。
今日、会社に来て気づいた。髭を剃るのを忘れていた。

脳の働きが低下するのだろう。うっかりと言えどもそうなのだ。
最初は小さなこと。髭の剃り忘れもそうかも。脳の働きの低下なのか脳の萎縮なのか。
活力というコトバは曖昧だ。ただ自分に自覚があるとすれば活力の低下なのだ。そういえば更年期障害なのかと調べたら、当てはまる年代は40代後半から50代前半とあった。もう終わっている。
活力は読んで字のごとく活き活きとした力だ。生きるためのエネルギー。

新しいことをやらないといけないのだろう。
新しい人と出会わないといけないのだろう。
自らの行動、他からの影響、この二つが今の自分には欠けている。ずっと欠けていると思っていたことだ。欠けていることが解り、思うことはまだ自分の防御本能が働いている。
加齢による精神的・肉体的劣化は必ずある。それを超える活力を自分の中に造りたい。
posted by shigenon at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月18日

つばさのすいか

Suicaを拾った。
いつものように会社の駅に着くと喫煙所方面へ。オフィスとは駅出口から反対方向。
この日も歩く状態を思いながら歩道を歩いていた。歩道には樹々が植えられている。その樹々を囲む石垣の上にsuicaは置いてあった。
落ちているのではない、誰かが意図的に置いたのか、それともそこに座りでもしてsuicaを横に置いたか。

たぶん誰かが拾って、届けるのも面倒だから目立つ石垣の上に置いたのではないだろうか。
名前が書いてある。○○○〇ツバサ。男か女か子供か解らない。まあ知る必要もないが困っているだろうと想像する。子供だったら親に怒られているだろうかとか、学生だったらお金がなくて困っているだろうとか。定期ではなかった。
たぶんJRに届けてやるのが一番なのだろうが、近くは地下鉄だけ。大きな警察署はある。9時の朝礼が終わったら届けよう。

今日は家を出る時に家の階段で左脚を上げて2,3度ストレッチ。
それから歩くが、やはり朝一はギクシャクした歩き。左脚の長さが右脚に比べて違うような歩きになる。
再び駅の階段。十分に左脚のふくらはぎが伸びるように降りる。その後の駅の通路はほぼ違和感なく歩ける。これで確定だ、左脚のふくらはぎを伸ばせば良いという対処法。

右脚の状態。中程度の痺れは続いている。3回前の鍼後の痺れが消えたのは幻だったのか。それとも強い痺れから中程度まで収まったから、痺れが消えたくらいに感じたのか。
ただ今は前の痺れより緩和されていると感じる。
2018年の今頃を読み返していたら右下腿の痺れや右足甲の痺れを書いている。そんなに前から強い痺れの状態だったのだ。漢方薬で良くなって、止めてから酷くなったのだったか。

その頃は左手の手のひらを外に向けて拡げ辛いと書いている。今は難なくできる。
進化しているのだ。
今日は昼一に客先。それが終わったら直帰してジムに行こう。
posted by shigenon at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月17日

平日

昨日と同じ状態。
家から駅までのわずか2分ほどだが左脚を引きずるような歩き方。大して寒くもないのにこうなるのは、この先が思いやられる。そして駅の階段を降りる。
昨日や一昨日と違うのは、出る時間が遅くなり何も考えていなかったこと。ただ必死で階段を降りただけ。降り終わるころに気づいた、あぁ、ふくらはぎの伸縮を意識するんだったと。

しかしその後のホームまでの通路ではちゃんと歩けている。
ただ意識して階段を降りる動作を強めにしなかったから、若干弱々しい。
やはりふくらはぎか、いや腰かもしれないが、階段を降りる動作で左脚の動きが良くなるのはほぼ確定か。こうやって繰り返して考えて確信にしてそれを習慣化する。仕事でも同じことだ。

緊急事態宣言解除後、平日は家呑みだ。金・土は居酒屋Qだが。
家で簡単なモノを食べる。レンチンや弁当も多いが卵系の料理を作ることもある。家で呑むと言っても量はずいぶん減った。缶ビール後の焼酎も4杯くらいか。
最初は一人での時間の過ごし方が解らなかった。今はずっとSNSや動画を見ていたら時間が過ぎる。
こんな過ごし方は2年前では考えられなかったのだが。

今日は水曜日。今日と明日を家で過ごせば金曜日か。その分金曜日の居酒屋Qでは呑み過ぎて食べ過ぎる。身体に気を遣ってリハビリしているが、健康の違う面には至って大らかか。

実家には毎日電話している。前のような強い痛みは緩和したようで、少しは歩くことはできている。
座り込んだら立ち上がれなかったのだが、今は座れるようだ。それも日によってのようだが。
痴呆になったような症状はもうないようだ。少し安心している。
posted by shigenon at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月16日

使えるように呼び起こす

昨日歩いていると左足のペッタンが無くなっていることに気づいた。
先週色んな歩き方や着地をしたのだが、“ペタン”という音は消えなかった。この間にやった行為と言えばゴルフ。ゴルフ場で歩けば歩く調子が良くなることはこれまでに実証済みだ。
これは斜面を歩くことで足首が色んな方向に稼働して柔らかくなるから。
今朝も歩いていてペタンの音はない。歩き方が何か変わった訳ではないのだが不思議。

一昨日書いた階段を降りることで左脚の動作が良くなる件。
それならば外に出る前にマンションの3階から降りる時に意識しようと。駅の階段の長さの4分の1ほどだが効果はあるだろう。
そしてマンションを出る。
全然効果が出てない。駅までは左脚の可動はよくない。

駅の階段を降りる。何が違うのか、どうすれば変身できるのか考えながら降りる。
なるほど、家の階段は急勾配だ。しかし駅の階段は家ほど急勾配ではない。降りていく時に足を前の段に出す時に後ろ足はつま先立ちで蹴りだす状態になる。
この時にふくらはぎの筋肉が伸びる。
家の階段は勾配が急だから、それほどふくらはぎは伸びない。この違いだ。
階段を降りてストレートの通路。いつも歩きをチェックする通路。家を出た時の歩きとは違う歩きに変わっている。

歩くために必要な筋肉は解っているつもりなのだが。
でもその筋肉が使えるように呼び起こさないといけないのだろう。足首の柔らかさも同じだ。
これは頚髄を受傷したからだけでなく加齢によることもあるのだろうか。認めたくないが。
右脚の痺れは相変わらず。強くもなければ弱くもない。昨晩感じたのは、足首から20センチまでの下腿の色んな所を押すと足裏の痺れが緩和する。また、押すと気持ちいい。
足先を向ける方向によって筋肉はパンプアップする。パンプアップさせず柔らかい状態にしておくことがいいように感じた。
posted by shigenon at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月15日

動作のリセット

土曜日は久しぶりの鍼だった。
2週間の様子、特に2週間前の右下腿への鍼は脚の筋肉が張ったことを伝える。
Aセンセイは「やっぱり、多すぎましたね」と笑って答える。これは全然気にならない。やってみないと解らないことをやってくれているのだ。「他の人にはしませんけどね」とセンセイは続ける。
左脚の足先が下がる状況について話すと、今日は左脚からやりましょうと。

久しぶりに11センチ入った。左脚に。
右脚への深い鍼は痺れているから心地よさを感じる。左脚は痺れていないので、鍼が深く入る度にじわじわと足先・ふくらはぎにビリビリと強く感じる。「硬いから回して入れています」
そんな解説を聞くと多少はゾっとする。この日センセイは饒舌だ。センセイはプロのバレエダンサーのケアもしている。「○○さん(自分)1人で4人分くらいの検証ができます」とも。
いいことなのだ。答えのある治療ではない、臨床を繰り返して良くなる鍼の方法が積み上げられる。

日曜日は久しぶりのゴルフ。向島のコンペ。
筋肉も付いている、充分にクラブは振り切れるはずだ。そろそろ優勝が狙えるかと期待していた。
結果、クラブを振ることへの違和感は少し軽減している。クラブが振れるだけではスコアに繋がらない。いいゴルフをするという現場感を忘れている。集中力だ。フィジカル面ではそれほど心配はなくなった。が、また100を超えるという結果だった。
午前のハーフを終わると左腕の筋肉がパンパンだ。筋トレで筋肉が付いているのにこうなる。これは使う筋肉の違いなのだろうか。筋肉の使い方の違いなのだろうか。
恐らくは両方か。受傷後にやっていた右手で打つという打ち方は全くやっていない。受傷前の打ち方が頭に残っている。そのいい時の普通の打ち方をするにはまだ忘れてしまっている動作があるのだろうか。

今日、会社に来ていつもの如くブラインドを15個上げる。
実はこの動作も最初はうまくできていなかった。細い紐を両手で順繰りに手繰るという作業。
右手・左手を順番に上げながら紐を掴んで引き下げる。この時、手を上げる時に片方の手にぶつかったり、紐が細いので掴んだつもりで掴めなかったり。
今はずいぶん上手になったが、頭ではブラインドを上げるという動作を解っていても、その動作がうまくできないのが不思議だった。そんな筋肉を使う動作でもない。
頚髄の損傷によって、身体を動かす動作がリセットされたのかもしれない。
これと同じようなことがたくさんあったのだろう。日常生活の動作は知らず知らずに出来るようになっているのだ。紙コップを掴む・歯を磨く・蓋を開けるなど。
まだ当たり前にできると思っていることで、実際はできにくいことがあるだろう。

今日は月曜日。ゴルフの筋肉痛は意外にも早く来た。
昨日のゴルフ終了後から腰や腕は張っている。今朝も痛い。スポーツ後の筋肉痛は心地よい痛みなのだ、神経痛に比べて。
posted by shigenon at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月12日

動作を変える変身ポーズ

今日は少しひんやりと感じる程度、寒くない。
家を出て駅に向かう2分ほどの歩行。左脚がうまく運べない。何とか歩こうとすると右脚に力が入る。
たまにある状態だ。
今週、酔っぱらって帰る時はこの状態の酷いくらいだったか。退院後はしばらくこんな歩きだった。
ちょうど去年くらいに書いたのだが、寒さを感じたら震えてそちらに全神経が集中してしまう。そうなれば神経の疎通が弱々しい左脚を動かすことに神経は手が回らない。

でもそんな寒い訳でない。少しひんやりしたと顔が感じたくらいなのだ。
それを脳は寒い⇒危険だぞ!と判断したのか。まあ、それは解らない。去年、覚えているのは家を出てそんな状態で歩いて、駅に降りる前に蕎麦を食べたら駅の通路を歩くときにふつうに戻っていたと書いたこと。
その時は身体が温まったこと、駅の通路に降りて寒くなかったからだと書いた記憶がある。

うまく左脚が動かないのは何でだろう、寒さかなと考えながら階段を降りる。けっこうな段数がある階段。転がり落ちないように気を付けようと思いながら。
実は駅の階段を降りる動作は去年までぎこちながった。ゆっくりしか降りられなかった。脚がうまく運べなかったのだ。これが少し上達したのが、去年コロナ禍で始めた階段ダッシュ。
足の運びというか、腰も含めて階段を降りるという動作に必要な身体の動きを忘れていたと思われる。
今、調子のいい時は駆け降りまで出来ないがテンポよく早足で降りられる。

今日は歩きがそんな状態なのに意外にも何の違和感なく階段を降りられた。
左脚を前に出すことに難があっても、下に降ろすことは難なくできることに驚いた。そして階段後の長い通路。いつも歩きチェックをする通路。
全く駅までの歩きと違う。ちゃんと歩けるのだ。何が起こった?
通路を歩きながら考えるが、階段を降りる動作で使う筋肉によってふつうの状態に戻れたのではないだろうか。

左脚の動きが悪くなることはよくある。悪くなっても歩けないほどではないが、ギッコンバッタンでその歩きが続くと右脚まで何か悪い影響を及ぼしそうだ。
どうやったらそれが解消できるか。それは、その歩く目的まで完了し他のことをやっていると少し変化する。家に着いて座ったり寝たりしたら大体は良くなっている。
しかし歩いている最中に左脚が不自由になると、それはどうやっても変えられなかった。
今日だけのことでいえば、階段を降りる動作がスイッチとなって良くなった。思い返せば去年も蕎麦を食って温まったからではなく、階段を降りたからかもしれない。

まあ、そんなことを毎日考えながら動いている。
左脚の動きが悪くなったとして、階段をいちいち探して降りる訳にはいかない。
仮面ライダーのような変身ポーズでチェンジできないものだろうか。(変身ポーズって古いか)
posted by shigenon at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月11日

脳が喜ぶを考える

よく書いている「脳が喜ぶ」。
一番多いというか全てだが、仕事を終わらし居酒屋に行く金曜日。
会社を出てからの歩きは全く違うのだ。本当に自分の理解の域を超えている。ふつう何か楽しみがある時に人はワクワクする。でもその時に肉体のパフォーマンスがどう変わるかを調べた人は殆どいないだろう。だから自分でも立証できない、でもまぎれもない事実。

しかしふと気づいた。
脳が肉体の動きを指示する。しかしながら、その通りに動かせない。それが今の自分だ。つまり脳➝中枢神経➝末梢神経。その中枢神経が損傷している。
“脳が喜ぶ”状態でない時、もちろん身体をうまく動かそうと努力するが、その通りにはいかない。それはうまく動かない筋肉があるからか。
受傷してすぐ、左腕から先は全く動かなかった。脳は動かそうとしているのだが。

それを考えると何か嬉しい予定があった時に喜ぶのは脳でなくて中枢神経なのだろうか。
もしくは脳内物質。
脳内物質を調べると
「脳内物質には神経伝達物質と脳内ホルモンがあります。シナプスで情報伝達を介在し局所的に作用する物質を神経伝達物質。循環器などにより大局的に作用するものを脳内ホルモンと呼びます。」

脳内物質は身体と精神の両方へ影響を及ぼすようだ。
今日、これを書きながら調べて良かった。脳内物質をコントロールできれば言う事はない。
「脳内物質」で検索すると色々出てくる。理解して損はないだろう。
それより居酒屋行く前の歩行の良さは何の脳内物質なのだろう。
これからも自分は「脳が喜ぶ」という表現を使いたい。
posted by shigenon at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月10日

脳の働きを想う

昨日は平日だが居酒屋Qへ。
やはりだ。会社を出たとたんに歩きは快調そのもの。呑みに行くことで脳が喜んでいる。物理的な龍王峡効果+脳が喜ぶ状態。これは最強だ。
これまでの中で最高の歩く状態。そのまま走れそうだった。
居酒屋Qはキープでなく1杯売りなのでママが作る。また、それが濃い。氷を入れずに焼酎を入れる。そして氷。そうなるとほとんど水が入らない。ほぼロックだ。
また、それを調子に乗って飲みたいだけ呑んでしまう。さすがに昨日は平日なので20時に帰ると決めて呑んだ。

それでもけっこう酔った。酔った勢いなのだろう、腹一杯なのに大盛チャーハンまで注文した。半分は持ち帰り。そんな状態で家まで15分の道のり。
満足に歩けない。左足が言う事を聞かないのだ。右足の勢いで左足を前へ運ぶ感じ。受傷後、初めて歩き始めた時のようだ。居酒屋に行くまでの歩きと全く違う。
酔っているからだ。酔った状態で千鳥足になる人がいるが、まさしくそれだ。千鳥足になっている人はほとんど意識がないのだろうが、意識はしっかりしている。
色々考えながら歩くのだが、足は言う事をきかない。

帰ってシャワーして、少しチャーハンを食べたことは覚えている。
早く帰ろうと思ったのは翌日のこともあるが、何でも鑑定団を見たかったこともある。見たような記憶があるが、全く記憶に残ってない。それくらい酔っていたのだ。
そして今日。
昨日の帰りほどではないが、歩くことに全く不自由はない。
酔ったら歩けないという事象は、脳が麻痺し指令が筋肉を動かす末梢神経に十分伝わらないからなのだ。
いくら酔っていてちゃんと歩こうと思っても、思う脳の部分と筋肉に命令する脳は違う部分なのだろう。

昨日、沖縄に住むAさんからラインが来た。
脳内が危険な状態になったと。言葉が出ない、話ができない、会話が理解できないと。
少しは落ち着いたとは書いてあったが。まだ71歳だ。
今朝、再びラインが来た。忘れているのは言葉、歌詞、英語、野菜、名前だと。Aさんはライブをやるほど歌好きなのだ。
脳内で忘れている・覚えているがはっきり分かれていて面白いとも書いてきた。
また、Aさんは大腸がんで人工肛門にしたことがある。それを元に戻してから排便のコントロールが難しくなっていた。漏れてしまうのだ。それが正常になったと。
人間の脳は複雑だ。

父親の腎臓結石の手術は延期になった。血液検査の結果が良くなかったようだ。
何が悪くて延期になったかは誰も理解していない。父親と毎日電話で話をするが、昨日は膝の痛みが少なくよく歩いたという。動けるからといって歩きまわってはいけないよと言っておく。膝の水を8日に抜いたのが効いているからだろう。また膝に負担がかかると良くない。
だが、動かないと脳の機能も働かなくなるのだろう。
posted by shigenon at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月09日

足首がポイントか

龍王峡後の身体。筋肉痛とか筋肉痛が疼痛に変化するとかはなかった。
右下腿の痺れがどうなるかが一番気になったのだが、これは変化ない。前々回の鍼後の痺れがほぼ消えた状態がどんな感じだったのか思い出せない。その後の再びの痺れ、それ以前より強いのか弱いのかが解らないのだ。
何となく前よりは痺れが少なくなっているとは感じる。龍王峡前と後はそれほど変わらない。

昨日1日の歩きは力強かった。左足の足先が下がる状況も理解できた。足裏が内側に体重がかかった時に足先をうまく上げられないようだ。
これは足首のどこかの神経が働いていないのだろうか。何かの刺激を入れれば回復できそうか。
まだ少しあった左足の着地時のペッタンも少なくなったような気がした。
何が変わったかを思うと足首の柔らかさだ。これが重要なのだろう。元々足首は硬い。

今日は父親が腎臓結石の手術だ。
どういう手術なのかは詳しく聞いていないのだが、体外から衝撃波で石を砕くと思われる。
実家には毎日電話している。昨日は姉の下の娘が沖縄から帰り来てくれていたようだ。母親のスマホからラインで父親の画像を送ってきてくれていた。彼女は実家に来るとよく母親のスマホで両親の画像や動画を送ってきてくれる。

こんな状態の時に両親に寄り添えていない。これが一番辛い。
posted by shigenon at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年11月08日

龍王峡2021

土曜日の朝から東京を出発。11時半には龍王峡に到着した。
不安はいっぱいだ。去年、歩ききった後の脚はパンパン、腰や首まで張っていた。去年の脚の状態はどうだったろう、痺れは強かったのだろうか。去年のことだが歩いた後のことしか覚えていない。
脚の状態は痺れが強かったはずだ。歩きについては去年の龍王峡の後に常にゴルフ後のように調子がいいと書いた記憶がある。
去年の龍王峡ハイキングが歩きの好転のきっかけだった。

天気は快晴。気温も高かった。
これまで紅葉は10月末くらいと予測して来ていつも紅葉しきっていないことが多かったが、今年はちょうどいい時期だ。
歩いていて、あれ、こんな道だったっけと思った。
記憶が正しいかどうかは自信がないが、板が引いてあったり手すりが付いたりとしている。歩きやすくなっていた。序盤の道だ。
コロナ禍の緊急事態宣言解除で人は多かった。

序盤の上り階段で息が切れた。脚の状態云々よりも息が切れる。
右脚の状態は痺れたままだ。でも動かすことに苦はない。
歩きながら気づいたことは、依然左足の足先が下がること。普段の歩きでも、ほぼ克服したかと思いきや、たまに左足先が下がって地面を擦る。
この状態がどう起こっているかが理解できた。

左脚が後ろになり、次に前に出す時に左足先が下がっている。それも内向きに。
生活で平らな道を歩いている時は、左足の着地だけを気にしていた。踵を着いて足先で蹴る。この意識が習慣として働いてはいるが、脚を運ぶタイミングが早い時に足先が下がっているようだ。
平らな道ではあまり脚を運ぶタイミングが早くなったりしない。龍王峡のような山道だと足場の良い箇所を選んで右足を着地させるるから、歩幅などが変わってタイミングが変わる。
どうやれば左足の先が下がらないかだが、これは解らない。まずどういう時に起きるかがはっきり解っただけでも良かった。

龍王峡から川治温泉までのコース、4分の3を行った所でミスをした。
発電所の辺りで、道を間違えて発電所まで降りてしまった。元の道に戻ったつもりが、そのまま国道に
出てしまった。
かなりの坂道を登ったのだ、引き返すという選択肢はない。そのまま国道を歩いて川治温泉駅に向かった。距離で言うと少しだが、時間で言うと1時間くらいショートカットしてしまった。
なんか中途半端な終わり方だ。

この日は鬼怒川温泉に宿泊。
去年は宿に着いた途端に動けなくなるくらいの疲労感だったが、今年はそうでもない。右脚は痺れてはいるが、それほど強くない。腰や首も張ってはいるが、去年ほどではない。
これは道を間違えてショートカットしてしまったからだろうか。単純に去年と比較できない。
ただ去年の歩数と今年の歩数を調べると1000歩しか変わらない。十分な量を歩いているのだ。
それでも去年より脚が疲れていないのは筋肉が付いたからだろうか。
ケアとして温泉に長湯した。

日曜日は周辺の散歩。もう何年も前には渡ったが吊り橋を渡る。
吊り橋を渡り展望台方面へ。高台の展望台までは階段だ。結構な段数がある。途中で休憩をしないと上がりきれなかった。降りる時に他の人を見ると、途中で休憩している人は少ない。
筋肉は問題ない、心肺能力が低下しているのだろうか。ジムでステップマシンを復活させる必要があるかと思った。

昼くらいの電車で東京へ帰ってきた。家に着くと15時前。
あとはのんびり過ごした。何が変わったのかチェックすると、足首が格段に柔らかくなっている。
龍王峡後の歩き、今朝の出勤では快調だ。脚の痺れもそれほど強くはない。
posted by shigenon at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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