2019年12月10日
答案返却
期末試験が終わると成績処理に入るため、私の学校では、答案返却日を儲け、特別な時間割で一気に答案を返却する。
今回中1の数学は6時間目だった。
「よし、これで最後だ…」と、勢い勇んで教室に行き、返却してしばらくした頃、配点がおかしく、合計点が100点にならないことに気がついた。
どうやら配点表を作るとき、問題数を間違え、その間違った状態で100点満点にしてしまったため、結果的に、合計しても100点にならなくなってしまったのだ。
早速、全員分の答案を回収して、計算のやり直し…。
さすがに授業中にはできないので、放課後の作業になる。
と言うわけで、週初めの部活が吹っ飛んでしまった。
実際は、30分くらいで再計算できたので、事なきを得たが、またしてもミス。
このところ、そういう単純ミスが増えている。
私は、長い教員生活で試験問題を作り、先に配点を考えたことがなかった。
たいていは採点を終えてから、配点を作っていたのだ。
私のこのスタイルがミスを招いたと思われる。
ミスを事前に防ぐためにも、今後は先に配点を作るようルーチンを変えたいと思う。
教員生活は楽しいのだが、どうもこの試験問題の作成とその採点は好きになれない。
何となく、教師側が権力を振りかざしているようにも思えるし、逆に自分が試験をされることが極端に嫌なので、やはり試験をするのも好きになれないのだ。
「試験するぞ…。」、という脅しは噴飯ものだし、そういう方法でしか生徒たちに勉強することを促せない教師は、私は最低レベルだと思っている。
「成果を量るのも教員の大切な仕事」、ではあるのだが、お互いいい気持ちで、いい関係ので、成果判定ができる方がいい。
「点数を引くぞ…。」
という脅しも、私には同じだ。
「体罰も駄目、点数で脅すのもだめ、それでは一体どうやって生徒たちを掌握するんだ。」
と言われそうだが、私はやはり『徳』の力であると思う。
この『徳』があれば、たとえ体罰が行われようと、点数で脅しがあろうと、すべてがうまくいく。
「ごめんね。配点が狂っちゃってたよ。」
と、答案を返しながら謝ろうと思っていたら、今日は合唱練習で授業が吹っ飛んだ。
世の中そんなものだ…。
今回中1の数学は6時間目だった。
「よし、これで最後だ…」と、勢い勇んで教室に行き、返却してしばらくした頃、配点がおかしく、合計点が100点にならないことに気がついた。
どうやら配点表を作るとき、問題数を間違え、その間違った状態で100点満点にしてしまったため、結果的に、合計しても100点にならなくなってしまったのだ。
早速、全員分の答案を回収して、計算のやり直し…。
さすがに授業中にはできないので、放課後の作業になる。
と言うわけで、週初めの部活が吹っ飛んでしまった。
実際は、30分くらいで再計算できたので、事なきを得たが、またしてもミス。
このところ、そういう単純ミスが増えている。
私は、長い教員生活で試験問題を作り、先に配点を考えたことがなかった。
たいていは採点を終えてから、配点を作っていたのだ。
私のこのスタイルがミスを招いたと思われる。
ミスを事前に防ぐためにも、今後は先に配点を作るようルーチンを変えたいと思う。
教員生活は楽しいのだが、どうもこの試験問題の作成とその採点は好きになれない。
何となく、教師側が権力を振りかざしているようにも思えるし、逆に自分が試験をされることが極端に嫌なので、やはり試験をするのも好きになれないのだ。
「試験するぞ…。」、という脅しは噴飯ものだし、そういう方法でしか生徒たちに勉強することを促せない教師は、私は最低レベルだと思っている。
「成果を量るのも教員の大切な仕事」、ではあるのだが、お互いいい気持ちで、いい関係ので、成果判定ができる方がいい。
「点数を引くぞ…。」
という脅しも、私には同じだ。
「体罰も駄目、点数で脅すのもだめ、それでは一体どうやって生徒たちを掌握するんだ。」
と言われそうだが、私はやはり『徳』の力であると思う。
この『徳』があれば、たとえ体罰が行われようと、点数で脅しがあろうと、すべてがうまくいく。
「ごめんね。配点が狂っちゃってたよ。」
と、答案を返しながら謝ろうと思っていたら、今日は合唱練習で授業が吹っ飛んだ。
世の中そんなものだ…。
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