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タグ / 実澄
記事
拓馬篇前記−実澄11 [2017/11/06 00:50]
実澄は青年に出会った時のことを娘に話した。ベランダから転落する少女を助けた、たくましい体つきの若者だったと。弱者の窮地を救ったヒーローだが、本人はその巨躯や怪力を良く思っていないことなども教えた。ヒーローものが好きな娘は「カッコいいね」と称賛する。
「なんだかヘラクレスみたい」
「ギリシャ神話の?」
「うん、赤ん坊のヘラクレスが蛇を絞め殺した話があるでしょ? あんなふうに、生まれつき英雄になる力を持った人かもね」
青年が否定的だった能力を最大限にプラスに言い表して..
拓馬篇前記−実澄10 [2017/11/05 22:01]
実澄は青年の道案内兼、服装の助言を続けた。はじめは他人に怖がられない色選びを主題にした。徐々に普通のコーディネート話へ変容する。実澄は青年の髪がグレーなことから、色相に迷った時に灰色で固めれば一安心だと勧めた。青年は「むかし、言われたことがある」と述べる。
「風土がちがえば色彩感覚も変わると思ったが……」
「人間の本能的な部分はいっしょなんじゃないかしら。赤は闘争本能を刺激する、とか」
実澄は青年の口ぶりにより、彼が異国の者なのだと確信した。だが自身の本名さえ明かさ..
拓馬篇前記−実澄9 [2017/11/02 23:59]
雑貨屋での利用料金と商品代はレイコの母が支払った。実澄は自分が代金を負担するつもりだったが、喫茶店でのレイコの飲食費を肩代わりしたことを指摘され、その帳消し案として押し通された。「本当なら食事代も払わなきゃいけない」ともレイコの母は言う。それは実澄がレシートをわざわざ他人に見せるみみっちさを嫌ったために実現しなかった。
レイコの母による一連の交渉は、金銭のやり取りだけだった。しかしその本質はレイコを救った人たちへの感謝がこもっている。それが伝わったからこそ、実澄は金額の..
拓馬篇前記ー実澄8 [2017/10/30 23:57]
実澄がレイコに手作りをすすめたのはレジンアクセサリーだった。雑貨屋では既製品が陳列され、その片隅に曜日限定の体験コーナーが設けてある。そこで特製の樹脂小物を作るつもりだったが──
「これ、かわいい!」
レイコは出来合いのものに一目ぼれした。猫の顔を模した金色の空枠にレジンを注いだペンダントだ。レジンで描いたイラストにヒゲは無く、顔の下半分が白っぽく、簡略化された口だか鼻が細長い逆三角形になっている。そのデザインはミミズクのようにも見えた。そこがレイコには「かわったネコ..
拓馬篇前記ー実澄7 [2017/10/29 23:58]
実澄たちは一時間近く喫茶店で過ごした。店を出ると外は薄暗くなっていて、街灯がともりはじめる。雪は止みつつあったが寒さは増していた。
青年に抱えられたレイコは寒そうに体をちぢこめている。実澄が貸したニット帽子とマフラーだけではレイコの体、特に足は寒さをしのげない。実澄は少女を心配し、彼女が履く靴下をなでた。数分前に暖かい店内にいたというのに、温かさはもう感じない。
「アクセサリー作り、やめましょうか……お家の人が帰ってきてるかもしれないし」
実澄は自分で発した言葉に..
拓馬篇前記ー実澄6 [2017/10/28 23:45]
実澄はレイコの興味から外れた小瓶を手に取る。
「どこの親も願掛けはするのかしら。銀くんがその指輪にこめた想いのままの子に育ってくれて、親御さんは喜んでるでしょうね」
「そう、ならいいが……私は、あの方の期待に応えていないと思う」
青年はまことにそう感じているようで、声色がすこし沈んだ。実澄は彼をそんなふうに落ち込ませる存在に反発心が湧く。
「そんなのゼータクな話よ! あなたは優しくて素直だし、努力家で──」
「ミスミがそう思っているだけだ」
「優しくない人が、..
拓馬篇前記−実澄5 [2017/10/27 23:59]
「ね、銀くんの親御さんはどんな人か、聞いていい?」
「私を生んだ親……はわからない」
孤児──この質問はまずかったかな、と実澄は後悔した。
「だが育ての親……のような方はいる」
青年はそれまでの会話と同じ調子で自己紹介している。己の出自に引け目を感じていないらしい。実澄は気を取りなおして会話を続ける。
「その人が『勉強してこい』と言ったの?」
「そうだ。その方は、人前に出られる姿じゃなかった。それで私を単独で人里に向かわせた」
人に見せられない姿──実澄は..
拓馬篇前記−実澄4 [2017/10/25 23:59]
実澄たちのテーブルにようやく飲食物が届いた。さすがに応対する店員は嫌疑をかけてきた少女とは別の人だったが、どこかよそよそしい。やはり一悶着あったために場の雰囲気を悪くしたのだろう。実澄はこの店で長居できそうにないと感じた。
(頼んだものを食べたら、もう出たほうがいいかも……)
誰が悪いとは明確に言えない一件だったものの、当分この喫茶店は出入りしないでおくのが無難そうだ。
実澄の憂慮をよそに、隣りのレイコはフライドポテトをもくもく食べる。この子は口に物が入っていると..
拓馬篇前記ー実澄3 [2017/10/24 23:59]
実澄とレイコはそれぞれ注文するものを決めた。実澄が店員を呼ぼうとするとレイコが「おにいちゃんのぶんは?」とさえぎった。
「追加で注文できるから、それで選んでもらいましょ」
「うん……」
あまり乗り気でないようだ。実澄は彼女の思いに沿う案を考える。
「じゃ、銀くんも食べそうなものをたのむ? フライドポテトだったらみんなでつまめるし」
「うん、ポテト、好き!」
どうやらレイコは食べたいものを遠慮していたらしい。ポテト一皿は子どもが食べきれる量ではなさそうなので、..
拓馬篇前記ー実澄2 [2017/10/23 23:59]
実澄は喫茶店へ歩を進めていたが、青年に抱えられるレイコの足を見るとべつの行き先を思いつく。
「靴、買ったほうがいいのかしら」
少女は靴下を履いているが、足をちぢこめていた。毛布代わりにくるまるマフラーの布地内に足先をおさめようとしているらしい。寒がるレイコは「いらない」と言う。
「クツがあったら、一人であるくんでしょ?」
「ええ、そうね。そしたら銀くんがレイコちゃんを抱っこしないでいいし」
「やだ。だっこがいい」
レイコは纏ったマフラーの下から青年の胸元をつ..
拓馬篇前記−実澄1 [2017/10/22 23:57]
寒々しい曇り空を中年の女性が見上げた。天気予報によると降水確率は半々。家を出た時よりも雲は濃くなったように見える。
(降ってくる前に帰りましょ)
スノーブーツを履いた足を心持ち速くうごかした。だがロングスカートが開く範囲はせまい。スカートのすそがパタパタとあおぐ。
(ズボンのほうがよかった? でもどうせ短足だものね)
彼女は背が小さいほうだ。それが娘にも遺伝したのを申し訳なく思っていた。父親に似たならそこそこ見栄えのする高身長になれただろうに、と。だが娘は「全部..
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